学位論文要旨



No 217363
著者(漢字) 富永,達矢
著者(英字)
著者(カナ) トミナガ,タツヤ
標題(和) 細菌フローラ解析に基づく食品汚染源推定技術の開発
標題(洋)
報告番号 217363
報告番号 乙17363
学位授与日 2010.06.04
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17363号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 准教授 横田,明
 東京大学 准教授 伊藤,喜久治
 東京大学 准教授 石井,正治
 製品評価技術基盤機構 生物遺伝資源部長 鈴木,健一朗
内容要旨 要旨を表示する

食中毒菌の混入した食品が流通すると、生産者・消費者の受ける被害は甚大である。食品生産者は最終製品の細菌検査によって食品安全を確保する。大腸菌群株や好気性芽胞などの衛生指標菌が食品から検出された際、その汚染源として可能性のある全ての場所を清掃等して、食中毒菌の食品への混入を未然に防ぐ。しかし、衛生指標菌は工場内の各所に常在する。そのため、汚染源が清浄化され、食品から指標菌が検出されなくなるまでには、多大な労力・時間・コストを要していた。

「大腸菌群」は37℃・48時間以内に乳糖を発酵して酸を生産するグラム陰性桿菌の総称であり、「好気性芽胞」は一定の加熱処理後、生育可能な細菌の総称である。前者には腸内細菌科のCitrobacter属やEnterobacter属等が含まれ、後者にはBacillaceae科のBacillus属・Sporosarcina属等が含まれる。これらの至適環境条件や至適栄養条件は株により異なるため、食品製造環境下の様々な場所に異なる微生物構成叢(フローラ)を形成すると予想される。

食品の微生物汚染は、食品がこれらの繁殖場所と接触することに起因する。特に加熱処理から製品の包装・出荷に至る時間が短い総菜等の加工食品では、食品が接触した細菌繁殖場所(汚染源)のフローラが維持されやすい。したがって、食品の細菌フローラとその食品を製造する工場内各所の細菌フローラを照合することにより、汚染源となった場所や経路を突き止めることが可能であると考え、一連の研究に臨んだ。

第2章では、食品とその製造設備・環境間の大腸菌群株フローラの類似性に基づく汚染源推定の実用性を検証した。第1節では、5種類の糖からの酸産生性の組合せ(酸産生パターン)を指標にした大腸菌群分譲菌株の型別法を検討した。その結果、分譲菌株を8種類のグループに型別できた。2つの惣菜工場(A工場・B工場)で得られた大腸菌群株をこの型別法を用いてフローラ分析した。食品や場所によって様々な大腸菌群株フローラが形成されていることが明らかとなった。食品と各製造設備・環境間のフローラの類似性をJaccard係数によって評価した。A工場ではエアコンと冷蔵室床が汚染源と推測され、B工場では成形加工機が汚染源と考えられた。食品分離株と上記汚染源分離株のRAPD型が一致したため、推測された場所が汚染源と確認された。

第2節では、糖の資化性と抗生物質耐性の相違を指標にした大腸菌群分譲菌株の型別法を検討し、分譲菌株を4種類に型別した。豆腐工場で得られた大腸菌群株をこの型別法でフローラ解析し、食品と各製造設備・環境間のフローラの類似性をクラスター分析で検討した。その結果、絹ごし豆腐と木綿豆腐の汚染源が各々で異なることが明らかになった。型別法の検討により、培地上に生育した大腸菌群株を計数するだけでフローラ解析が可能になった。

第3章では、好気性芽胞の汚染源を4ヶ所の醤油工場で推定した。醤油麹とその製造設備表面から得られた好気性芽胞をRandom Amplified Polymorphic DNAの電気泳動パターンに基づく型別・16SrRNA遺伝子の部分配列に基づく型別を行った。その結果、各工場の好気性芽胞フローラはBacillus属・Paenibacillus属・Lysinibacillus属・Sporosarcina属・Oceanobacillus属の細菌から形成されていることが示唆された。クラスター分析の結果、推定された醤油麹の汚染源はコンベアや混合機等であり、工場により各々異なることが明らかになった。

第4章では、醤油製造設備から分離されたSporosarcina属細菌とOceanobacillus属細菌の性質の詳細な解析を行った。第1節では、Sporosarcina属細菌の遺伝形質の解析(16S rRNA遺伝子・DNA-DNA相同性試験)、形態学的解析(グラム染色性・細胞形態・胞子形成位置)、生理生化学的解析(糖からの酸産生・酵素活性)、化学系統解析(脂肪酸組成・細胞壁のアミノ酸組成・キノン種・リン脂質組成・GC含量)の結果から、分離株をSporosarcina属の新種として提案した。

第2節では、Oceanobacillus属細菌について、第1節と同様に遺伝形質の解析・形態学的解析・生理生化学的解析・化学系統解析を行い、分離株をOceanobacillus属の新種として提案した。

今回開発された汚染源探索技術は、食品汚染と因果関係の強い場所を突き止めるものである。汚染源としての危険性が高いと特定された場所から優先的に清掃することにより、汚染源除去に要する時間を短縮できる。大腸菌群株・好気性芽胞以外にも様々な微生物が食品に混入し、食品生産者はその対処に苦慮している。今後、このような微生物を対象にした汚染源推定技術の展開が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

食中毒菌の混入した食品が流通すると、生産者・消費者の受ける被害は甚大である。食品生産者は最終製品の柳菌検査によって食品安全を確保する。大腸菌群株や好気性芽胞などの衛生指標菌が食品から検出された臥その汚染源として可能性のある全ての場所を清掃して、食中毒菌の食品の混入を未然に防ぐ。しかし、衛生指標菌は工場内の各所に常在する。そのため、汚染源が摘浄化され、食品から指標菌が検出されなくなるまでには、多大な労力・時間・コストを要している。本論文では食品の細菌汚染の場所や経路を、食品の細菌フローラとその食品を製造する工場内各所の細菌フローラを照合する方法により追跡して、食品の安全を確保する技術の開発を行った。

論文は5章より構成されている。序論に続く第2章では、大腸菌群について、食品とその製造設備・環境間のフローラの類似性に基づく汚染源推定技術の開発を行った。まず、5種類の糖からの酸産生性の組合せ(酸産生パターン)を指標にした大腸菌群の型別法を検討した。その結果・食品から頻繁に検出される大腸菌群を8コのグループに型別できた。この方法を用いて2つの惣菜工場(A工場・B工場)で得られた大腸菌僻株のフローラ分析を行い、フローラ分析パターンの類似度とそれぞれの菌株をRandom Amplified Polymorphic DNA(RAPD)法により株レベルの識別を行うことにより汚染源を特定できることを示した。つぎに、この手法をさらに簡便化するため、糖の資化性と抗生物質耐性の相遠を指標にした大腸菌群の型別法を検討し、大腸菌群を4種類に型別した。この型別法で豆腐工場から得られた大腸菌群株に対し、株レベルの識別を行わないで培地上に生育した大腸菌群株を計数するだけでフローラ分析を行う方法を適用した。つぎに、食品と各製造設備・環境間のフローラの相似性をクラスター分析で検討した結果、この方法で汚染源の推定が行えることを示した。

第3章では、好気性芽胞の汚染源を4ヶ所の歯抽工場で推定した。醤油麹とその製造設備表面から得られた好気性芽胞をRAPD法で電気泳動パターンに基づく型別と16SrRNA遺伝子の部分配列に基づく型別を行った。その結果、各工場の好気性芽胞フローラはBacillus属・Paenibacillus属・Lysinibacillus属・Sporosarcina属・Oceanobacillus属の細菌から形成されていることが示唆された。クラスター分析の結果、推定された醤油麹の汚染源はコンベアや混合機等であり、工場により各々異なることが明らかになった。

第4章では、醤油製造設備から分離されたSporosarcina属細菌とOceanobacillus属細菌の性質の詳細な解析を行った。Sporosarcina属細菌の遺伝形質の解析(16SrRNA遺伝子・DNA-DNA相同性試験)、形態的観察(グラム染色性・細胞形態・胞子形成位置)、生理生化学的性質(糖からの酸産生・酵素括性)、細胞成分分析(脂肪酸組成・細胞壁のアミノ酸組成・キノン種・リン脂質組成・GC含量の結果から、分離株をSporosarcina属の新種Sporosarcinaluteolaとして記載した。また、Oceanobacillus属細菌について、同様に遺伝形質の解析、形態的観察、生理生化学的性質、細胞成分分析を行い、この結果から分離株をOceanobacillus属の新種Oceanobacillus sojaとして記載した。

以上、本論文は食品の細菌汚染の汚染源を追跡する簡便な技術を開発したものであり、審査委員一同は学術上応用上価値あるものと認め、博士(農学)の学位論文として十分な内容を含むものと認めた。

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