学位論文要旨



No 217364
著者(漢字) 山下,正
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシタ,タダシ
標題(和) 沖縄における下水処理水の農業利用の研究
標題(洋)
報告番号 217364
報告番号 乙17364
学位授与日 2010.06.04
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17364号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩沢,昌
 京都大学大学院工学研究科附属流域圏総合環境質研究センター 教授 田中,宏明
 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 教授 山路,永司
 東京大学 准教授 西村,拓
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに(第1章―第3章)

沖縄本島南部に位置する島尻地区は、サトウキビや生食野菜等の農業用水が必要であるが、河川や地下ダム適地が無く、下水処理水を再生し農業用水として利用することを検討中である。しかし,利用しようとしている那覇市の下水処理水は、海面下に敷設された下水管の破損部分からの塩水地下水浸入により塩化物イオン濃度(以下「濃度」という)が高く、農業用水として使うことができない。作物の生育に支障の無い200mg/L以下に下水処理水の濃度を下げる必要があるが、海外にもそのための基準や適当な事例は見当たらない。そこで、本研究では、下水処理水の濃度を下げ利用するため、新たな那覇市下水への塩水地下水浸入対策を検討する。即ち栽培にできるだけ支障の無いように下水処理水の濃度を下げる塩分低下対策を技術的、制度的に検討するとともに、一度低下した濃度が再び上昇した場合に必要となる高塩分時対応した営農方法や再生水製造プラントの管理について検討する。また、これらの結果を踏まえ、一般的に利用できる指針や手法等を考察する。

2.塩分低下対策(第4章)

濃度と流量の測定を行い、下水管の更生により塩水地下水浸入を防ぐ管更生案と、経路の変更により濃度が低い下水のみを集めて処理するバイパス案を検討し比較した。

(1)濃度と流量の測定

管更生案とバイパス案を検討するために、鏡原MH並びに小禄幹線及び南風原幹線における、塩水地下水浸入の可能性のある末端下水管との接続点直下流のマンホールの濃度と流量を、自記記録式の電気伝導度計及び水位・流速計を設置し、大潮時を含む一定期間の連続測定を行い、濃度と流量を求めた。また、管更生案を検討するために、大潮の満潮時に、塩水地下水浸入の可能性のある末端下水管との接続点直下流の他のマンホールやポンプ場(以下「マンホール等」という)の濃度を採水の上電気伝導度計(非自記記録式)で測定した(図1)。

測定の結果、潮位と幹線下水管におけるマンホールの濃度の変動には関連性があり、特に大潮の満潮時をピークとして濃度が高くなる傾向が見られた。大潮の満潮時におけるマンホール等の濃度は、那覇処理区全体で2,166mg/Lで、年平均の550mg/L程度よりかなり高い値であった。

(2)管更生案

一般に末端下水管は、どこでも同様の構造で似たような破損等が起こるとのことであり、破損区間長や破損区間長当たりの塩水地下水浸入量をどこでも同じと仮定すると、塩水地下水浸入量と塩水地下水浸入区間長は比例する。そのため、管更生案については、作業の効率性の観点から、まず、幹線下水管における満潮時の下水の濃度や流量から、それぞれのマンホール等への塩水地下水浸入量と、マンホール等の直上流に接続する海面下の末端下水管の単位長さ当りの塩水地下水浸入による塩化物イオン負荷量(以下「負荷量」という)を推定した。次に、末端下水管の単位長さ当りの負荷量が各幹線で最も大きい排水区の濃度測定により末端下水管の塩水地下水浸入区間長を求め、塩水地下水浸入量の比率により那覇処理区全体の末端下水管の塩水地下水浸入区間長を推定した。

推定の結果、那覇処理区全体の末端下水管の塩水地下水浸入区間長は、3.2~15.9kmとなった。

(3)バイパス案

バイパス案は、那覇浄化センターの水処理が2つの系統から構成されていることに着目し、下水管の切り替えや接続等を行うことにより濃度が低い下水を1系処理系統に集め処理するものであり、次のケースを検討した。ケース1は南風原幹線と小禄幹線の切り替えを行い南風原幹線の下水だけを、ケース2は南風原幹線を小禄幹線に接続し両幹線の下水を(図2)、ケース3は南風原幹線を直接接続し両幹線の下水を1系処理系統で処理するものである。また、ケース2と3は、下水の濃度が顕著に高い鏡原MH排水区の下水管を管更生することや、鏡原地区の下水だけを2系処理系統へ送ることも検討した。

(4)管更生案とバイパス案の比較と指針等の検討

以上の検討を踏まえ、整備費、維持管理費、濃度低下の程度、濃度の安定性等について検討し総合的に比較したところ、表1のとおりとなった。整備費、計画下水流量及び濃度の低下の程度では優劣を判断できないが、バイパス案は将来濃度が上昇する可能性が管更生案よりも低いことから、バイパス案が適当と判断した。また、一般的に利用できる塩分低下対策の指針や塩水地下水浸入区間長の推定手法を考察した。

3.農業外の管理施設の形状を農業側が変更するための制度(第5章)

農業側の排水事業で行った河川拡幅について分析したところ、河川側に速やかに拡幅を行う必要性は無く、農業側が、河川法第20条(管理者以外の者の施工する工事を規定)に基づき、農業上の目的を持って河川管理施設の形状を変更していることが分かった。河川拡幅の事例は、バイパス案と工事の内容は異なるものの、法解釈の観点からは、農業上の目的を持って農業外の管理施設の形状を農業側が変更する点で同様であり、バイパス案は、河川法第20条と類似の下水道法第16条に基づき実施すべきとの結論を得た。これらを踏まえ、農業外の管理施設の形状を農業側が変更するための一般的に利用できる制度の検討手順を考察した。

4.高塩分時対応した営農方法と再生水製造プラントの管理(第6章)

塩水生育試験で、ゴーヤー、サヤインゲン、マンゴー等に濃度が高くなると影響が出ることが分かった。これらの結果を踏まえ、濃度の低下目標を200mg/L以下とすることを確認した。また、栽培上の留意点は、作物の耐塩性を考慮し作付け作物の制限等を行うこととした。さらに、除塩対策は、ハウスのビニールの除去等を行うこととした。下水処理水の取水方法は、再生水の電気伝導度を計測し、濃度が200mg/Lに相当する電気伝導度を超えた場合に自動的に取水バルブを閉じることとした。これらを踏まえ、高塩分時対応した営農方法の指針を考察した。

再生水製造プラントの管理は、通常時は、遠方監視を行いながら、毎日施設の状況の目視等を行う日常管理と、保守点検を行う巡回管理を組み合わせた無人管理が適切と判断した。事故で下水処理水の濃度が上昇する場合は、下水道関係機関と農業関係機関が連絡調整を行いながら農家への営農指導等を行うこととした。

5.おわりに(第7章)

本研究で検討した新たな塩水地下水浸入対策の主な内容をとりまとめると次のとおりである。(1)管更生案とバイパス案を検討し比較した結果、バイパス案が適当と判断した。また、塩分低下対策の指針と塩水地下水浸入区間長の推定手法を考察した。(2)バイパス案は、下水道法第16条に基づき実施すべきとの結論を得た。また、農業外の管理施設を形状変更するための制度の検討手順を考察した。(3)栽培上の留意点は作付け制限等、除塩対策はハウスのビニールの除去等、下水処理水の取水方法は濃度が200mg/Lを超えた場合に自動的に取水の停止等を行うこととした。また、高塩分時対応した営農方法の指針を考察した。(4)再生水製造プラントの管理は、無人管理を行うのが適当と判断した。また、事故で濃度が上昇した場合は、下水道関係機関と農業関係機関が連絡調整を行いながら営農指導等を行うこととした。

図1 測定を行った幹線下水管のマンホ-ル及びポンプ場の位置

図2 バイパス案(ケ-ス2)のイメージ図

表1 管更生案とバイパス案の比較

審査要旨 要旨を表示する

沖縄本島南部に位置する島尻地区は、サトウキビや生食野菜の栽培のために農業用水が必要であるが河川や地下ダム適地がないため、那覇市の下水処理水を再生(再処理)し農業用水として利用することを検討中である。しかし,利用しようとしている那覇浄化センターの下水処理水は、海面下に敷設された下水管の破損部分からの塩水地下水浸入により塩化物イオン濃度(以下「塩濃度」という)が高く、現状では農業用水として使うことができず、ない。作物の生育に支障の無い200mg/L以下に下水処理水の塩濃度を下げる必要がある。下水再生水の農業利用は海外の乾燥地を中心に行われているが、が、そのための基準や海水浸入下水の利用事例は海外にもない。そこで、本研究では、下水処理水の塩濃度を下げて農業利用するために、下水管への塩水地下水浸入対策を工学的ならびに制度的に検討し、さらにこれを踏まえて、今後、国内外の沿岸都市の下水再生水を農業利用する場合に一般的に利用できるように、計画の指針と手法をまとめ示したものである。

第1章~第3章では、研究の背景と目的および対象地について述べている。

第4章では、那覇浄化センターに接続する幹線下水管において塩濃度と流量の測定を行い、下水管の内部を樹脂でライニングして塩水地下水浸入を防ぐ管更生案と、下水処理施設における処理系統の経路の変更により塩濃度が低い下水のみを集めて処理するバイパス案を比較検討した。まず、那覇処理センターの4つの幹線のうち既存調査で濃度が低いことが概ね分かっている2つの幹線において、下水管埋設標高が満潮海水面以下で塩水地下水浸入の可能性のあるマンホールでに自記記録式の電気伝導度による塩濃度測定計と水位・流速計による流量測定を、を設置し、大潮時を含む一定期間にの濃度と流量の連続測定を行ったい、別の2幹線においては、塩水地下水浸入の可能性のあるマンホール等の濃度を、電気伝導度計(非自記記録式)で、濃度と流量の大潮の満潮時の測定を行い求めた。その結果、塩濃度は潮位と連動していること、4幹線のうち2幹線小禄(おろく)幹線と南風原(はえばる)幹線の塩濃度は低く那覇幹線と安謝(あじゃ)、他の2幹線の塩濃度が高いことをが明らかにしとなった。管更生案の費用算定には末端下水管の補修が必要な破損区間長を求める必要があるが、膨大な末端下水管を全て調べることはコストと労力の点で現実的でない。そこで、まず、幹線下水管に接続する海面下の末端下水管の単位長さ当りの塩化物イオン負荷量が各幹線で最も大きい排水区を選定し、次に、選定した排水区の塩濃度測定により末端下水管の塩水地下水浸入区間長を求め、さらに、末端破損区間長は塩水地下水浸入量に比例すると仮定して選定した排水区と那覇処理区全体との塩水地下水浸入量の比率により那覇浄化センター全体の末端下水管の塩水地下水浸入区間長を推定した。ここではその際に、電気伝導度による濃度測定のみで任意区間の塩水地下水浸入量の算定を、正確な測定の困難な水収支にはよらずに、出口における塩濃度と流量測定のみにより容易に推定算定できることを塩収支式に基づいて示し、この方法を使った。バイパス案については、那覇浄化センターの水処理が4幹線を2つの処理系統としてから構成されていることに着目し、下水管の切り替えや接続等を行うことにより塩濃度が低い下水を1つの系統に集め処理した下水処理水を利用するものであり、この接続法について南風原幹線と小禄幹線の切り替えを行い南風原幹線の下水処理水だけを利用するケースや、南風原幹線を小禄幹線に接続し両幹線の下水処理水を利用する3つのケース等を検討した。管更正案とバイパス案の整備費、維持管理費、計画下水流量、対策後の塩濃度、濃度の安定性について検討し総合的に比較した結果、整備費、計画下水流量、対策後の濃度では優劣は明確でないが、管更生案は将来破損によって塩濃度が上昇する可能性があること、および将来の管更生費が農家負担になる可能性があることから、バイパス案が適当と判断した。

第5章では、下水道農業外(那覇市)の管理施設である下水道の形状を変更するバイパス工事の制度的検討のために、農業外の管理施設の形状を農業側が変更した類似の事例として、農地排水のために河川拡幅を行った事例を分析した。この事例では、河川管理者側(国交省)に河川拡幅を行う必要性はなく、農業側が、河川法第20条(管理者以外の者の施工する工事を規定)に基づき、いて河川管理施設の形状を農業側の負担で変更していることが分かった。河川拡幅の事例は、法解釈の観点からは、農業上の目的によって農業外の管理施設の形状を農業側が変更する点で下水道バイパス工事と同様であり、バイパス工事は、河川法第20条と類似の規定をしている下水道法第16条に基づき実施すべきと判断した。

第6章では、栽培予定作物の塩水生育試験を行い、塩濃度の低下目標を確認するとともに、栽培上の留意点と除塩対策を検討し、また、再生水製造プラントの通常時と事故等による塩分上昇時の管理の検討を行なった。その結果、ゴーヤー、サヤインゲン、マンゴーの生育等に塩濃度が高くなると影響が出た。この結果を踏まえ、塩濃度の低下目標を200mg/L以下とすることを確認した。また、栽培上の留意点として、作物の耐塩性を考慮し作付け制限等を行うこととした。さらに、ハウスの除塩対策として降雨時にハウスのビニールカバーをの除去してリーチングを等を行うこととした。再生水製造プラントの管理は、通常時は、遠方監視を行いながら、毎日施設の目視等を行う日常管理と、定期的に保守点検を行う巡回管理を組み合わせた無人管理とし、下水管の破損により下水処理水の塩濃度が上昇するした場合は、下水道関係機関と農業関係機関が連絡調整を行いながら営農指導等を行うこととした。

以上、本研究は、沿岸都市の下水処理水を農業用水として使うための、塩水浸入量と破損区間長の推定方法、対策工法の比較、その工事を行う制度を示し、再生水製造プラントの管理と事故時の対応を含む計画を示し、計画の手順をまとめたものである。この研究は今後、下水再生水の農業利用を計画する場合の重要な指針を提供しており、学術上、応用上の価値が高い。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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