学位論文要旨



No 217365
著者(漢字) 森本,晶
著者(英字)
著者(カナ) モリモト,ショウ
標題(和) 土壌中の3-クロロ安息香酸分解細菌の分子生態学的研究
標題(洋)
報告番号 217365
報告番号 乙17365
学位授与日 2010.06.04
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17365号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 准教授 野尻,秀昭
 東京大学 准教授 大塚,重人
内容要旨 要旨を表示する

微生物は、物質代謝をはじめとする極めて多様な役割を環境中で担っている。そうした能力の利用法の一つにバイオレメディエーションがある。これは、化学物質で汚染された環境を、その物質の分解能をもつ微生物の働きによって浄化しようとするものである。こうした分解菌を探索する手段としては、集積培養とよばれる培養法が広く用いられてきた。しかし、環境中とは全く異なる人工的な培養条件でスクリーニングされた分解菌は、必ずしも環境中で働く分解菌を反映しないという問題がある。さらに、環境微生物の大部分は難培養であることが知られ、培養技術のみに依存していては環境中の微生物資源のほんの一部にしかアクセスできない。これらの問題を克服する手段として、近年、環境試料から直接抽出したDNA(メタゲノム)を用いて環境中の微生物の構成や動態を解析する分子生態学的手法が急速に発達した。中でもPCR-DGGE法は、微生物群集の比較やモニタリングに広く用いられており、汚染環境中の優占的な分解菌を検出することにも活用できる。ただし、遺伝子の検出によって有望な分解菌の存在を示せたとしても、それだけではその能力をさらに調べたり利用したりすることはできない。見いだした微生物を実用につなげるためには、その微生物の実体を得るか、遺伝子資源として利用できる形にする必要がある。こうした背景をふまえ、本研究では、3-クロロ安息香酸(3CB)分解細菌をモデルターゲットとして、PCR-DGGEを機軸とする実用的な分解菌スクリーニング法を提案することを目指した。

クロロ安息香酸類は、環境汚染物質として知られるPCBの中間代謝物のひとつであり、3CBは芳香族塩素化合物の分解菌研究におけるモデル化合物としてよく用いられている。これまでに、多くの3CB分解細菌が土壌から見つかっているが、それらは人工培地中での分解能を指標として得られたものであり、土壌中で実際に働いている分解菌を反映したものかどうかは分からない。そこで、3CBを添加した土壌で優占化する細菌をPCR-DGGE法で検出することによって、土壌中で優占的な役割を果たす3CB分解菌を明らかにすることを試みた。自然林から採取した土壌に3CBを添加したところ、添加7日後には初期量の約40%にまで3CB濃度が低下し、細菌16S rRNA遺伝子のPCR-DGGEプロファイルには少なくとも4本の新たなバンドが出現した。系統解析の結果、これらのバンドはいずれもBurkholderai属細菌の16S rRNA遺伝子に高い相同性を示した。また、3CBの初発酸化酵素である安息香酸ジオキシゲナーゼ遺伝子(benA)を標的としたPCR-DGGEによっても、3CBの添加に伴って増強するバンドが複数確認できた。このうちの2本のバンドについては、既知benAとの類縁関係からBurkholderia属由来のbenAであることが推定された。以上の結果から、供試土壌における3CB分解には、複数種のBurkholderia属細菌が関与していることが示された。

続いて、3CBを反復添加した土壌で優占化する3CB分解菌を、DGGEバンドの塩基配列を指標として培養分離することを試みた。土壌中の3CB分解速度は反復添加によって加速され、当初500mg/Kgの3CBがほぼ消失するまでに約3週間を要したが、3回目の添加時にはその期間が3日間に短縮された。3CB分解速度の上昇にともなって、16S rRNA遺伝子とbenAのDGGEプロファイルには複数のバンドの優占化がみられた。この土壌から、直接平板法と液体集積法それぞれを用いて細菌を分離し、16S rRNA遺伝子とbenAのDNA配列を解読して優占DGGEバンドとの照合を行った。その結果、直接平板法によって収集した分離株の中から、3CB反復添加土壌の優占DGGEバンドと同じ遺伝子配列を有する5系統のBurkholderia属細菌(ASS3, ASS7, ASS8, ASS11, ASS14)が得られた。一方、液体集積法では、このうちの1系統(ASS7)が選択的に集積され、他の系統が排除されてしまうことが分かった。取得した5系統のBurkholderia属細菌株はいずれも3CBの資化能を示し、これらに相当するDGGEバンドは3CB反復添加土壌の主要な優占DGGEバンドを網羅した。よって、この5系統のBurkholderia属細菌株が供試土壌中の優占的な3CB分解菌群であると考えられた。

ASS3、ASS7、ASS8、ASS11、ASS14が土壌中で実際に3CB分解菌として働くことを実証するために接種実験を行った。これらの株をそれぞれ3CB添加土壌に接種したところ、いずれの株を接種した場合にも土壌中の3CBの分解速度が顕著に促進された。また、PCR-DGGEによるモニタリングの結果、これらの株は接種後速やかに土壌中で優占化することが示された。これら5株を混合接種した場合にも3CBの分解促進が観察されたが、その効果は単独で接種した場合とほぼ同様であった。したがって、これらのBurkholderia属細菌は協調的に3CB分解を行うのではなく、競合的に土壌中の3CBを資化しているものと考えられた。以上の結果に基づき、ASS3、ASS7、ASS8、ASS11、ASS14の5株は供試土壌中で機能する優占的な3CB分解菌群であると結論づけられた。

3CB添加土壌で優占化したDGGEバンドのうち、一部については対応する培養分離株を得ることができなかった。このように、PCR-DGGEで検出される細菌は必ずしも一般的な手法で培養できるものとは限らない。benAのような機能遺伝子を標的としたPCR-DGGEにより検出されるバンドは、それ自体が遺伝資源として利用し得るものであるが、それらは標的遺伝子の部分断片にすぎないという欠点がある。完全な機能遺伝子を得るためには、メタゲノムからその断片の隣接領域を回収しなければならない。そこで、PCR-DGGEで検出した部分断片の隣接領域を回収する手段として、メタゲノムウォーキングを用いることとした。benAのPCR-DGGEによって3CB添加土壌に特異的に検出された優占バンドのうち、培養分離株が得られていないバンド(ben-1, 358 bp)をメタゲノムウォーキングの標的benA断片として選んだ。その結果、2161 bpの遺伝子配列を得ることに成功し、この配列には標的benA(1338 bp)およびbenB(486 bp)の全長領域が含まれていることが分かった。PCR-DGGEとメタゲノムウォーキングを用いたストラテジの汎用性を検証するために、3CBの代謝物であるクロロカテコールの開裂を担うクロロカテコール1,2-ジオキシゲナーゼ遺伝子(tfdC)について同じ方法を適用した。tfdCを標的としたPCR-DGGEによっても3CB添加土壌で優占化するバンドが複数検出され、そのうちの最優占バンドtfd-1(263 bp)をメタゲノムウォーキングの標的として選んだ。その結果、3649 bpの遺伝子配列が得られ、この配列は標的tfdC(765 bp)とその下流遺伝子tfdD(1110 bp)、tfdE(702 bp)の各全長領域を含んでいた。これらの結果から、PCR-DGGEとメタゲノムウォーキングを用いた手法がメタゲノムからの完全長機能遺伝子の取得に有用であることが実証された。

以上、本研究では土壌中で優占的な役割を果たす3CB分解細菌に焦点をあて、環境中の微生物資源開拓のための以下二つのストラテジの有効性を示した。

(1)PCR-DGGEと培養法の併用による優占分解菌の分離

(2)PCR-DGGEとメタゲノムウォーキングによる完全長分解酵素遺伝子の取得

本研究で確立したこれらのストラテジは、環境中で優占的に機能する微生物や遺伝子のスクリーニングに広く応用できるものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

微生物の多様な代謝龍の利用法の一つに、化学物質などによって汚染された環境を、その物質の分解能をもつ微生物によって浄化するバイオレメディエーションがある。従来、環境中からこうした微生物を取得するためには、集積培養法などの培泰技術が主要な役割を果たしてきた。しかし、環境中とは全く異なる人工的な培毒条件で選抜された微生物は、必ずしも環境中で働く微生物を反映するとは限らない。また、環境微生物の大部分は難培養であることが知ら訂しており、培養技術のみに依存した方法では微生物資源のごく一部しか利用することができないという問題がある。

本研究ではこうした問題の克服のために、3-クロロ安息香酸(3CB)分解細菌をモデルターゲットとして、分子生態学的手法の一つであるPCR-DGGE法を用いた実用的な分解菌スクリーニング法を提案することを目的とした。クロロ安息香酸類は、ポリ塩化ビフェニル(PCB)の中間代謝物として知られ、芳香族塩素化合物の分解菌研究におけるモデル化合物として好適である。本研究では、特に、土壌中で優占的な役割を果たす3CB分解細菌あるいはその分解酵素遺伝子を効率的に取得することを主眼に置き、

(1)PCR-DGGEと培養法の併用による土壌中の優占分解細菌の分離

(2)PCR-DGGEとメタゲノムウオーキングによる分解酵素遺伝子の取得

という二つのストラテジについて検討を行った。以下、第2章一第4章で(1)について、第5章で(2)について述べている。

第2章では、PCR-DGGEによる3-クロロ安息香酸(3CB)添加土壌の細菌群集構造解析について述べている。3CBを添加した自然林土壌の細菌群集構造を、細菌16S rDNAのPCR-DGGEによって解析したところ、添加7日目には無添加土壌のパターンにはみられない4本の新たなDGGEバンドが出現した。これらの塩基配列はいずれもBurkholderia属細菌の16SrDNAに高い相同性を示した。また、クロロ安息香酸の代謝に関わる安息香酸1,2-ジオキシゲナーゼ遺伝子(benA)を標的としたPCR-DGGEによっても、3CBの添加にともなって増強する複数のバンドが確認され、少なくともこのうちの2本については、既知鳥飽Aとの系統関係からBurkholderi属由来のbenAであると推定された。以上の結果から、複数のBurkholderi属細菌が3CBの添加にともなって土壌中で増殖することが示された。

第3章では、PCR-DGGEによって検出した優占細菌の培養分離について述べている。ここでは、3CBの反復添加によって土壌中で3CB分解菌を優占させ、DGGEバンドの塩基配列に基づいてそれらを培養分離することを試みた。反復添加によって土壌中の3CB分解速度は顕著に高まり、16SrDNAとbenAの各DGGEパターンには複数の優占的なバンドが現れた。この土壌から直接平板法によって細菌の分離を行い、それらの遺伝子とDGGEバンドを照合した結果、DGGEパターンに出現した主要な優占バンドを構成する5系統のBurkholderia属細菌(ASS3,ASS7,ASS8,ASS11,ASS14)を取得した。

第4章では、取得した5系統の血融通血属細菌の土壌への接種効果について述べている.ASS3,ASS7,ASS8,ASS11,ASS14をそれぞれ3CB添加土壌に接種したところ、全ての系統で明瞭な3CB分解促進効果が認められた。また、PCR-DGGEによるモニタリングの結果、これらは接種後速やかに土壌中で優占することが示された。以上の結果に基づき、これら5系統の且戯曲由属細菌は供試土壌中で優占的な役割を果たす3CB分解菌群であると結論され、PCR-DGGEと培養法の併用がこうした環境中で働く分解菌の探索・取得に有用であることが示さ訂した。

第5章では、PCR-DGGEとメタゲノムウオーキングによる3CB分解酵素遺伝子の取得について述べている。ここでは、DGGEで検出した遺伝子断片を元に、分解酵素遺伝子の全長をメタゲノムから直接取得することを目指した。benAのPCR-DGGEによって検出された優占バンドのうち、培毒分離株が得られなかったものについてメタゲノムウオーキングを行った結果、このバンド配列を含む完全長のbenAを土壌DNAから取得することに成功した。この方法の汎用性を調べるために、3CBの代謝に関わる別の酵素遺伝子(tfdC)を標的として同じストラテジの適用を試みたところ、3CB添加によって土壌中で優占する紺の全長を期待通りに取得できることが確かめられた。以上の結果により、PCR-DGGEとメタゲノムウオーキングを用いたストラテジが、メタゲノムから標的分解酵素遺伝子を直接取得する方法として有効であることを実証した。

以上、本研究は、土壌中の3-クロロ安息香酸分解細菌のスクリーニング過程を通して、PCR-DGGE法を機軸とした二つのストラテジが環境中の微生物資源の開拓に有用であることを示した。これらのストラテジは、環境中で機能する微生物や遺伝子を対象とする様々な研究に幅広く適用し得るものであり、学術的、応用的に貢献するところは少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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