学位論文要旨



No 217367
著者(漢字) 傳田,香里
著者(英字)
著者(カナ) デンダ,カオリ
標題(和) 糖鎖修飾抗原に対する免疫応答におけるマクロファージガラクトース型C型レクチン2(MGL2)の役割
標題(洋)
報告番号 217367
報告番号 乙17367
学位授与日 2010.06.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17367号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 准教授 有田,誠
 東京大学 准教授 紺谷,圏二
内容要旨 要旨を表示する

第一章序論

真核生物の作るタンパク質の半分以上が糖鎖修飾を受けていると予測されており、抗原に修飾された糖鎖によって免疫応答が影響を受けることが予想される。しかし、抗原に存在する糖鎖が実際に免疫応答、特に獲得免疫応答に影響を与えるかが明らかになった例は少ない。高等動物の細胞表面に存在するタンパク質上の糖鎖の末端の多くはシアル酸が付加されているのに対して、酵母等の下等な真核生物ではマンノースが露出した糖鎖構造を持つ。我々の免疫系が、主に下等生物に存在するマンノース型の糖鎖を認識して活性化することは、外来抗原に対する防御応答として理解しやすい。一方、マンノース残基とシアル酸残基の間に挟まれて存在するガラクトース(Gal)や、O-結合型糖鎖の根元のN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)などについては、免疫系が活性化するのか、抑制的に働くのか不明である。GalやGa1NAcが免疫応答に影響を与えることが示唆される例として、ムチン上のTn抗原(GalNAcα-Ser/Thr)およびT抗原(Galβ1-3GalNAcα-Ser/Thr)があげられる。腫瘍抗原として知られるMUC1ムチンに対しては、癌患者においてMUCI特異的なT細胞応答や抗体応答が検出される例が知られている。こうした免疫応答は、MUC1上の糖鎖が正常細胞に比べTn抗原やT抗原を含む短い糖鎖に変化したために、免疫系によって認識されるようになったためであると考えられている。

マクロファージガラクトース型C型レクチン(MGL/CD301)は、免疫系に発現するC型レクチンの中で唯一Gal/GalNAcに特異性を有するレクチンである。ヒトでは単一の遺伝子によってコードされるが、マウスでは非常に相同性の高いMGL1/CD301aおよびMGL2/CD301bをコードする2つの遺伝子が存在する。細胞内にチロシンエンドサイトーシスモチーフを持ち、抗原の取り込みに関与することが予想される。研究開始当初、MGLは結合組織内マクロファージ(MΦ)に発現すると考えられていたが、MGL2に特異的な抗体が存在しなかったため、MGL1とMGL2を区別した発現細胞の詳細は不明であった。

以上の背景より、私は、Gal/GalNAcの修飾が、抗原に対する免疫応答にMGLを介して影響を及ぼすかを明らかにすることを本研究の目的とした。

第二章抗MGL2モノクローナル抗体の作製

既に作製されていたモノクローナル抗体(mAb)は、MGL1に特異的な抗体(mAb LOM-8.7)あるいはMGL1およびMGL2に交差反応する抗体(mAb LOM-14)であり、MGL2に特異的な抗体は存在しなかった。そこで、MGL2の細胞外ドメインに特異的なmAb URA-1を作製した。mAb URA-1は、MGL2と糖鎖の結合に重要なアミノ酸を含む立体的な構造を認識すること、CHO細胞に強制発現させたMGL2に結合することなどを明らかにした。

第三章MGL1またはMGL2を発現する細胞の同定

新規MGL2特異的mAb URA-1およびMGL1特異的mAb LOM-8.7を用いて、骨髄、脾臓、末梢リンパ節、肺から細胞を単離し、MGL1またはMGL2を発現する細胞を同定した。MGL1またはMGL2を発現する細胞は、樹状細胞(DC)の一部で、MGL1を単独で発現する細胞は観察されたが、MGL2はMGL1を発現する細胞の一部に限られて発現しており、MGL2を単独で発現する細胞は認められなかった。MGL1とMGL2をともに発現する細胞は比較的均一な集団(CDllc+CD4±CD8-CDllb+MHCII+F4/80low)であり、CD8-コンベンショナルDC(cDC)と考えられたのに対して、MGL1を単独で発現する細胞にはCD8-cDCの他にCDllc1owCDllb-B220+MHCIIlowである形質細胞様DCが含まれていた。GM-CSFを用いて骨髄細胞から誘導したDC(BM-DC)では、CDllc+MHCIIintの未成熟BM-DCにMGL1、MGL2がともに発現するが、CDIIc+MHCIIhiCD40+CD86+の成熟BM-DCにはどちらもほとんど発現していなかった。一方、骨髄細胞からM-CSFを含む培養液によって誘導したMΦでは、MGL1が高レベルで発現するのに対して、MGL2の発現はほとんど認められなかった。腹腔内にチオグリコレート培地を投与することで得られる炎症性MΦでは、MGL1、MGL2ともに発現が認められたが、MGL2の発現レベルは低かった。以上より、MGL1またはMGL2が、MΦだけなく、免疫応答の制御に特に重要な抗原提示細胞であるDCに発現することを初めて明らかにし、MGL2の発現は、MGL1に比べ比較的DCに限られていることが明らかとなった。

第四章樹状細胞による糖鎖修飾抗原の取り込みと提示におけるMGLの役割

ムチンに付加したO-結合型糖鎖のモデルとして、α-GalNAcの結合したポリアクリルアミドポリマー(GalNAc-PAA)を用いてBM-DCによる結合と取り込みを検討した。ビオチン化GalNAc-PAAは、未成熟BM-DCにカルシウム依存的に結合し、この結合はGalNAcにより阻害された。さらに、FITC標識GalNAc-PAA(FITC-GalNAc-PAA)は、BM-DCと37℃でインキュベートすることで細胞内に取り込まれた。コンフォーカル顕微鏡によりFITC-GalNAc-PAAが細胞内でMGL1/2、LAMP-1、MHC class Ilと共局在していたことから、GalNAc修飾された抗原はMGL1またはMGL2を介してエンドサイトーシスにより取り込まれ、細胞内のMHC class IIコンパートメントに運ばれることが示唆された。そこで、GalNAcを付加した抗原がMHC分子に提示されるかを明らかにするため、ビオチンーストレプトアビジン(SAv)複合体を利用した抗原提示アッセイ法を確立した(図1)。ビオチン化Ga1NAc-PAAと結合させたSAv(GalNAc-SAv)を取り込んだBM-DCは、コントロールのGlcNAc-SAvやSAvのみに比べ、効率的にSAv感作T細胞の増殖応答を誘導した(図2)。次にSAv感作T細胞をCD4+T細胞またはCD8+T細胞に分離して実験を行ったところ、Ga-NAc-SAvを取り込んだBM-DCは、CD4+T細胞のみに効率的な増殖応答を誘導した。以上より、GalNAc修飾された抗原を取り込んだBM-DCは、抗原をMHC class IIに提示し、抗原特異的CD4+T細胞を活性化することが示された。

続いて、Mgl1ノックアウトマウス(Mgl1-1-)またはMgl2ノックアウトマウス(Mgl2-1-)と各々の野生型マウスからBM-DCを誘導し、FITC-GalNAc-PAAの結合と取り込みを解析した。Mgl1-1-のBM-DCでは、野生型に比較して結合および取り込みが約50%に減少したのに対して、Mg12-1-のBM-DCでは、FITC-GalNAc-PAAの結合および取り込みがFITC-GlcNAc-PAAレベルまで減少していた。この際、Mgl1-1-のBM-DCにおけるMGL2の発現レベルは野生型の約50%に低下し、Mgl2-1-のBM-DCにおけるMGL1の発現レベルは野生型に比べ著しく低下していた。以上より、FITC-Ga1NAc-PAAの結合および取り込みにはMGL2が必須であることが示された。

さらに、GalNAc-SAvを取り込ませたMgl1-1-のBM-DCを用いた場合には効率的なT細胞応答が認められたのに対して、Mgl2-1-のBM-DCではこの効果が認められなかった(図3)。以上から、BM-DCによるGalNAc付加された抗原の取り込みと効率的なCD4+T細胞応答には、MGL2を介した抗原の結合と取り込みが必要であることが示された。

最後に、mAb URA-1をLPSとともにマウス皮下に投与し、1週間後の血清中の抗ラットIgG2a抗体応答を調べた。BALB/cマウスではmAb URA-1投与群はコントロール抗体投与群に比べ効率的な抗ラットIgG2a抗体応答を生じたが、Mgl2-1-マウスではmAb URA-1投与群とコントロール抗体投与群で有意な差が認められなかった。BALB/c個体で認められた抗ラットIgG2a抗体にはIgGクラスの抗体が検出されたことから、生体内においてもMGL2を介して取り込まれた抗原はCD4+T細胞応答を介して液性免疫応答に寄与することが示唆された。

第五章結論

本研究により、新たにMGL2特異的モノクローナル抗体を作製し、初めてMGL1とMGL2を区別してマウス生体内で発現する細胞を同定することが可能となった。MGL2の発現は、MGL1に比べ、DCに比較的限られた発現パターンを示し、DCに密接な機能への関与が示唆された。さらに、GalNAcを付加した抗原はDCに発現するMGL2を介して効率的に取り込まれ、MHC class IIに提示され、CD4+T細胞を活性化すると考えられた。これは、GalNAcの付加がDCに発現するレクチンを介して効率的な抗原提示を誘導することを示した初めての報告である。さらに、MGL2は、マウス生体内においてもCD4+T細胞応答を介して液性免疫応答に寄与する可能性が示された。MGL2は、糖鎖認識特異性および発現細胞の種類から、ヒトMGLのマウスにおける機能的カウンターパートである可能性が高いことから、MGLへの抗原ターゲティングは、新たなワクチン開発に貢献できる可能性が高い。

図1: ビオチンーストレプトアビジン複台体を利用した抗原提示アッセイ法の概略

図2: GalNAc-SAvによる効率的なT細胞増殖応答の誘導二**p<0.01,***p<0.001

図3: GalNAc-SAvによる効率的なT細胞増殖応答は、Mgl1-1-マウスでも野生型と同様に認められるのに対して、Mgl2-1-マウスでは認められなかった。

審査要旨 要旨を表示する

「糖鎖修飾抗原に対する免疫応答におけるマクロファージガラクトース型C型レクチン2(MGL2)の役割」と題する本論文は、樹状細胞(DC)表面に存在する膜結合型レクチンであるMGL2が、糖を含む分子に対する免疫応答においてどのような役割を持つかを解明するに至った経緯が述べられている。このグループのレクチン(MGL)は脊椎動物の免疫細胞に発現するカルシウム依存型レクチンの中では唯一、単糖としてガラクトース及びN-アセチルガラクトサミンに結合性を有するものである。全体は五章から成り、第一章に序論、第五章に結論が述べられている。

序論では、タンパク質に付加した糖鎖の免疫応答への影響について、これまでに得られている知見とそれに基づく予想されるシナリオが詳細に述べられ、特にGalやGalNAcが免疫応答に影響を与えることが示唆される例として、ムチン上のTn抗原(GalNAcα-Ser/Thr)およびT抗原(GalβI-3GalNAcα-Ser/Thr)に対する免疫応答について紹介されている。すなわち、腫瘍抗原として知られるムチン1(MUC1)に対して、癌患者においてT細胞応答や抗体応答が検出される例が知られ、MUC1上の糖鎖が正常細胞に比べTn抗原やT抗原を含む短い糖鎖に変化したために、免疫系によって認識されるようになったと考えられていることなどが背景として述べられている。また、MGLについてはヒトでは単一の遺伝子によってコードされるが、マウスでは非常に相同性の高いMGL1およびMGL2をコードする2つの遣伝子が存在すること、細胞内にチロシンエンドサイトーシスモチーフを持ち、抗原の取り込みに関与することなどの、これまでに知られていたことが的確に述べられている。これらに基づき、今回行われた研究の独創性、重要性が明らかにされている。

「抗MGL2モノクローナル抗体の作製」と題する第二章では、マウスMGL2の細胞外ドメインに特異的で、MGL1には交叉しないモノクローナル抗体(mAb)URA-1を作製した経緯が述べられている。mAbURA-1は、MGL2と糖鎖の結合に重要なアミノ酸を含むコンフォメショナルエピトープを認識すること、CHO細胞に強制発現させたMGL2に結合することなどが明らかにされ、有用なモノクローナル抗体が作製されたことを示している。

「MGL1またはMGL2を発現する細胞の同定」と題する第三章では、新規MGL2特異的mAb URA-1及びMGL1特異的mAb LOM-8.7を用いて、骨髄、脾臓、末梢リンパ節、肺から単離した細胞を対象に、MGL1またはMGL2を発現する細胞をフローサイトメトリー解析にて同定した結果が述べられている。MGL1またはMGL2を発現する細胞は、DCの一部で、MGL1を単独で発現する細胞は観察されたが、MGL2はMGL1を発現する細胞の一部に限られて発現しており、MGL2を単独で発現する細胞は認められなかった。MGL1とMGL2をともに発現する細胞は比較的均一な集団(CDllc+CD4±CD8-CDllb+MHCII+F4/80low)であり、CD8-コンベンショナルDC(cDC)と考えられたのに対して、MGL1を単独で発現する細胞にはCD8-cDCの他にCDllclowCDllb-B220+MHCIIlowである形質細胞様DCが含まれることが初めて明らかになった。骨髄細胞から誘導したDC(BM-DC)では、CDllc+MHCIIintの未成熟BM-DCにMGL1、MGL2がともに発現するが、CDllc+MHCIIhiCD40+CD86+の成熟BM-DCにはどちらもほとんど発現していないこと、骨髄細胞から誘導したMΦでは、MGL1が高レベルで発現するのに対して、MGL2の発現はほとんど認められないことも示された。このように、論文提出者は、MGL1またはMGL2が、MΦだけなく、免疫応答の制御に特に重要な抗原提示細胞であるDCに発現することを初めて明らかにし、MGL2の発現がDCに限られていることを証明し、抗原プロセシング細胞の多様な亜集団の定義と分別法の確立に著しく貢献した。

「樹状細胞による糖鎖修飾抗原の取り込みと提示におけるMGLの役割」と題する第四章では、O-結合型糖鎖が多数付加したムチンのモデルとして、α-GalNAc残基の結合したポリアクリルアミドポリマー(GalNAc-PAA)を用いてMGL2を介するBM-DCによる結合、取り込み、及びこれに対するT細胞応答の効率を測定するシステムを確立し、GalNAc-PAAが樹状細胞に結合した結果として起こるT細胞応答について解析した結果が述べられている。ビオチン化Ga1NAc-PAAは、未成熟BM-DCにカルシウム依存的に結合し、37°CでBM-DCとインキュベートすることで細胞内に取り込まれた。取り込まれたFITC-GalNAc-PAAが細胞内でMGL1/2、LAMP-1、MHC class IIと共局在していることはコンフォーカル顕微鏡によって明確に示された。GalNAcを付加した抗原がMHC分子に提示されるかを明らかにするため、ビオチンーストレプトアビジン(SAv)複合体を利用した抗原提示アッセイ法を確立した。この方法を用いて、ビオチン化GalNAc-PAAと結合させたSAv(GalNAc-SAv)を取り込んだBM-DCは、コントロールのGlcNAc-SAvやSAvのみに比べ、効率的にSAv感作T細胞の増殖応答を誘導することが明らかになった。CD4+T細胞に効率的な増殖応答を誘導するが、CD8+T細胞では見られなかったので、GalNAc修飾された抗原を取り込んだBM-DCは、抗原をMHC class IIに提示し、抗原特異的CD4+T細胞を活性化することが示された。

Mgl1ノックアウトマウス(Mgl1-1-)またはMgl2ノックアウトマウス(Mg12-1-)と各々の野生型マウスからBM-DCを誘導し、FITC-GalNAc-PAAの結合と取り込みを解析した結果、Mgl1-1-のBM-DCでは、野生型に比較して結合および取り込みが約50%に減少したのに対して、Mgl2-1-のBM-DCでは、FITC-GalNAc-PAAの結合および取り込みがコントロールであるFITC-GlcNAc-PAAで観察されるレベルまで減少していた。これらの結果から、FITC-Ga1NAc-PAAの結合および取り込みにはMGL2が必須であることが示された。さらに、GalNAc-SAvを取り込ませたMgl1-1-のBM-DCを用いた場合には効率的なT細胞応答が認められたのに対して、Mgl2-1-のBM-DCではこの効果が認められなかった。以上のように、論文提出者はBM-DCによるGalNAc付加された抗原の取り込みと効率的なCD4+T細胞応答は、MGL2を介して行われていることを、実験的に明確にした。MGL2に結合するmAbであるURA-1を(ラットIgG2a)をマウス皮下に投与し、血清中の抗体応答を調べた結果、BALB/cマウスではコントロール抗体投与群に比べ効率的な抗ラット抗体応答を生じたが、Mgl2-1-マウスではmAb URA-1投与群とコントロール抗体投与群で有意な差が認められなかった。BALB/c個体で認められた抗ラットIgG2a抗体にはIgGクラスの抗体が検出されたことから、生体内においてもMGL2を介して取り込まれた抗原はCD4+T細胞応答を介して液性免疫応答に寄与することが示唆された。これらの結果から、DCに発現するガラクトース型レクチンであるMGL2が免疫応答を制御することが確証された。

第五章で述べられている結論の中で、特に重要なのは、MGL2が糖鎖認識特異性および発現細胞の種類から、ヒトMGLのマウスにおける機能的カウンターパートである可能性が高いことである。論文提出者が主張するように、MGLに抗原ターゲティングをすることにより、新たなワクチン開発に貢献できる可能性が高い。

以上のように本論文は糖鎖認識分子であるMGL2が非常に限られた細胞、すなわちMGL1を発現する細胞の中でcDCに限局して発現し、ムチン様分子の糖鎖を認識して取り込み、この細胞による抗原提示が効率的に行われる結果をもたらすことを明らかにした。その研究内容は、免疫学及び糖鎖生物学の発展に資するところが大きく、これを行った傳田香里は博士(薬学)の学位を得るにふさわしいと判断した。

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