No | 217368 | |
著者(漢字) | 前田,文孝 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | マエダ,フミタカ | |
標題(和) | 水中セキュリティソーナーシステムを用いた水中常時監視の研究 | |
標題(洋) | Research on the underwater constant surveillance with the Underwater Security Sonar System | |
報告番号 | 217368 | |
報告番号 | 乙17368 | |
学位授与日 | 2010.06.09 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(環境学) | |
学位記番号 | 第17368号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.序論及び背景 国内外を問わず、沿岸水域では大規模なテロ・破壊・殺傷事件が年々増加傾向にあり、小型艇等による水域からの沿岸施設への侵入により被害をもたらす事件がこの20年で急増しており、今後は水中からの侵入によるテロや破壊行為が増えると予想される。日本は産業及び貿易に関するインフラ施設が沿岸域に集中しており、発電所などのテロの標的となる重要施設に加え、LNG・石油タンカーなどの船舶が数多く存在するため、上記の背景のもと、国民の生活への脅威は高まってきている。また、通常は目の届かない密輸や密猟など海中空間を利用した犯罪行為も依然後を絶たない。日本国民の安全・安心な生活を実現するためには、沿岸施設への水中からの不法侵入を防ぐ、水中常時監視システムの実現が必要不可欠である。この目的のために2005年~2007年にかけて「水中セキュリティソーナーシステム(Underwater Security Sonar Subsystem, USSS)の研究開発」プロジェクトを実施してきた。本研究論文は、このUSSSを用いて、これまで沿岸施設のために有効な手段の存在しなかった水中常時監視を実現させるための研究を行い、成果をまとめたものである。 可視光などの電磁波が遠方まで伝達しない水中において、広域遠方までを常時監視し、侵入者を発見するためには監視ソーナーを用いた監視手法が挙げられるが、従来ソーナーの使い方は、出力される監視映像に対して監視要員が目視で移動する信号を検出し、侵入を発見するというものであった。 これを雑音・残響等の音響信号の環境が劣悪な沿岸監視において常時行うとなると、監視要員の負担は更に大きなものとなる。そこで近年レーダーの分野などでは自動目標検出・追尾処理(Automatic target Detection and Tracking: ADT)によって、監視映像から時々刻々と移動する目標の信号をコンピュータが検出し、追尾航跡を画面に示す事で常時目視による監視を行う必要性を低減する技術が発達してきた。 しかし、Fig. 1に見られるように、監視ソーナーを用いる沿岸施設付近の浅海域は、元来雑音・残響に関して劣悪な環境であり、目標の信号を捉え難いだけでなく、海中の固定物のエコー信号までも時間とともに揺らぎを持ち、それが映像においては移動している物体のように見えるという現象がある。その上、目標は移動中に絶えず姿勢が変わり、それがソーナーの送波パルスに対する反射強度の変動となり、しばしば目標の信号が雑音・残響にマスクされて見えなくなるという事が起きる。このため、従来の目視による監視については、監視要員にソーナー映像に対して目標信号に対する高度な判別能力や、目標の信号を見失っても目標の位置を推定して移動経路を推測するような、高度な目標追尾技能が要求され、監視要員にとってはその様な監視に対する特殊な訓練と経験を積んでいる必要があった。 2.水中常時監視手法と実現課題の検討-総合運用データ取得試験による課題抽出 上記のような環境下でADTを実現するためには、熟練した監視要員が持つような目標検出・追尾技能と同等の信号処理・目標検出・追尾処理を開発する必要があるが、それには新しいADT技術として、目標信号と不要な情報を判別する高度な信号解析、判別アルゴリズムや、目標信号の検出が困難な場合でもこれまでの追尾結果や追尾性能を担保して、目標追尾を続行させるような推定・判断アルゴリズムを開発する事が重要である。このようなADTの実用化を試みる研究では、このような劣悪な環境条件下における監視ソーナーの信号データを取得し、その信号を解析する事で不要な情報の判別・分離と最適な目標信号の検出方式を開発し、目標検出が困難な場合の追尾処理における補償処理を開発する事が必要であるが、これまでの既存の研究では、このようなデータを取得し、実用化を試みた研究が存在しなかった。そこで本研究では水中セキュリティソーナーシステムで開発した監視ソーナーを用いて運用環境下での様々なデータを取得した。中でも2007年10月~11月に実施した北海道苫小牧港における総合運用試験では、ダイバーの侵入に関するデータを取得し、その結果、従来の目標検出処理と目標追尾処理をただ組み合わせただけのADTでは実用性に乏しい事を示し、新しいADTの開発に必要なソーナー信号の特性を明らかにした。 その結果を基に、ソーナー受信データに対して生成した位相差情報から不要な情報を判別・除去又は抑制するための、「位相差時間空間分散フィルタ」を用いた信号処理・目標検出手法と、目標が検出できない場合の補完検出である「適応2段階閾値検出」、さらにそれでも信号を見つけられない場合の「航跡信頼度判定法」による追尾航跡の確定・棄却・推定・追尾続行アルゴリズムを開発した。 3.位相差時間空間分散を用いた水中低速移動目標の検出手法の開発 前述の運用試験データの評価結果から、音響レーダーによる水中常時監視のためには雑音・残響並びに時間的な変動により移動体の様に観測される海中固定物のエコー信号、及びトンネル効果によるクロストーク等の不要な信号を除去する必要がある事が分かった。 そこで港湾域におけるこれらの不要信号を除去し、移動する水中の目標を効果的に検出するために、マルチビーム信号処理とは別過程で生成される、スプリットビーム位相差情報を用いた新しい不要信号除去を加えた目標検出手法を開発した。 提案する手法は、位相差のレンジ方向の分散について、時間方向に分散を計算した「時間空間分散」によって、固定物や時間空間的に均一と思われる位相差成分を持つ散乱物の情報を除去する。 提案する手法を用いた目標検出手法を開発し、海上試験データに適用した結果、目標の検出能力に対し悪影響を及ぼさずに、従来の信号処理・目標検出手法誤警報に対して、更に91%~96%の誤警報を除去できる事がわかった。この結果、提案手法は水中常時監視のために目標信号と不要情報を自動的に分別する、高度な信号判別能力を持つアルゴリズムを提供できる手法である事を確認した。 4.適応2段階閾値検出と航跡信頼度判定を用いた水中自動目標検出・追尾システム 前述の統合監視のための総合運用データ取得試験の結果から、ソーナーによる水中常時監視を実現するためには、移動する水中目標の移動をリアルタイムで追尾し、その移動経路を航跡として示す事で、監視要員が注視し続けなくても常時監視が成立するようなADT技術が望まれている。 しかし、実運用環境は不要信号の多発する環境下では、目標のエコー信号強度の時間変化などによる検出能力の低下や背景信号の揺らぎによる誤警報が多数発生する。このような環境では従来の目標追尾処理では安定した目標航跡を形成する事ができず、却って監視の妨げになる恐れがある。 これに対し、筆者はソーナーによる水中常時監視を実現する安定したADTとして「位相差時間空間分散フィルタによる誤警報低減処理」「適応型2段階閾値検出による信号検出補完」「目標信頼度判定法」からなるADTアルゴリズムによって誤警報を低減し、追尾持続性を向上させ、目標判定のためのパラメータを確率論的に決定する事で、監視要員が複雑な信号処理パラメータの設定を行わなくて済むような、監視要員の業務負担を低減した常時水中監視システムを開発した。 提案手法の目標追尾処理性能をシミュレーションによって評価する事で、従来のADTに比べて水中目標航跡の追尾時間が21~24秒速くなり、航跡の追尾時間が6~12倍向上し、更に不要航跡の発生を大幅に抑制する事が分かった。 また、実海域において取得した実験データを用いて提案するADTの性能を評価した(Fig. 2)。その結果、誤警報を低減させる事で従来手法では水中目標に対する航跡の追尾開始時間70秒かかっていたものが10秒で開始できるようになり、適応2段階閾値検出や航跡信頼度判定に基づく追尾の補完技術により航跡の追尾持続時間が4倍以上向上し、更に誤航跡や紛らわしい航跡を80%以上低減する事が示され、提案するADT手法は従来監視要員に要求されていた、検出困難な目標に対して追尾性能を担保できる高ドア追尾持続性の高いADT手法である事を確認した。また航跡信頼度判定手法により、監視要員への業務負担をも低減した実用的な手法である事も併せて確認した。 5.総合考察・結論 本研究で示したアルゴリズムを開発し、総合運用試験データに適用してその効果を検証する事で、提案するADT技術やアルゴリズムは水中における目標検出・追尾に十分な性能をもつ事を確認した。その結果、実際のソーナー信号データを用いて最適なADT技術を開発した事によって、浅海域での水中常時監視について従来は熟練した監視要員が目標検出や目標の追尾に関して高度な技能・知識や経験によらなければ実現が困難であったが、提案するADT手法を用いる事で未熟な監視要員でも同等の目標検出・追尾が可能になり、それを常時実行できるために監視要員の負担が大幅に低減できると考えられる。 今後は、他の沿岸施設などでデータを取得し、運用環境について他の課題が存在するようならばそれらの課題を解決するような信号処理手法を開発していく予定である。また、追尾航跡の運動解析による目標の類別や、他の監視センサーを用いたデータ融合による更に高度な監視情報の判断アルゴリズムの開発などを行い、監視要員の監視に対する能力への依存を低減させ、使いやすい水中セキュリティソーナーシステムの実現に向けた技術を開発したいと考える。 Fig. 1: Raw image of surveillance sonar. Fig. 2: Track record results of (a) conventional and (b) proposed ADT. The "red" trajectories with yellow marker indicate the ongoing track, and other colors mean the track records. | |
審査要旨 | 同君は、沿岸施設の水域の安全・安心を実現するための水中セキュリティソーナーシステムの開発において、水中音響雑音の多い浅海域の劣悪な環境下で水中広域遠方監視を可能とする新しい自動目標検出・追尾処理(ADT)の開発と、実運用環境下でのデータ計測並びに信号処理手法の研究開発を通して優れた研究成果を収めてきた。これに伴い、「水中セキュリティソーナーシステムを用いた水中常時監視の研究」と題する研究論文を纏めた。 従来、浅海域の水中監視は、雑音源が多く存在し、海底・海面からの残響影響が大きく、水中侵入目標であるダイバー等の音響反射強度が小さいため、その信号の発見が困難とされてきた。また、その時間的特徴の変化や目標信号強度の変動も激しく、目標の検出や追尾が困難であった。 このような難しい条件下で監視要員が水中監視を行うには、監視エリアにおけるソーナー信号の特性を熟知し、目標信号と雑音・残響等の不要情報の判別や、的確に目標の有無を判断する、特殊なソーナー信号分析技能・知識や目標追尾に関する高度な推定・判断能力が必要であり、長時間連続して監視を行う事は困難であった。そこで自動ターゲット検出追尾法(ADT)に高度なソーナー信号解析・信号処理技術、的確な目標追尾アルゴリズムを開発実装し、従来熟練の監視要員でもできなかった水中監視を常時ADTが代行し、特殊技能を有しない一般の監視要員がオペレーション、監視を行える事が望まれていた。 この研究開発にあたり、まず監視ソーナーを用いて様々な実運用環境下でダイバー侵入に関するデータ取得試験を行い、実海域での監視データを解析して沿岸域の背景及び目標信号の振る舞いを調査した。実用的な水中常時監視のためには、雑音・残響だけでなく、海中固定物の反射エコーの時間的・空間的な揺らぎが移動体のように検出され、固定物すらも誤警報となる事を確認し、これら不要情報のみを判別・除去する手法が重要である事を示した。 この解決のために、信号強度の揺らぎの影響を受けにくいインターフェロメトリ手法を用いて雑音・残響・海中固定物のエコー信号といった不要情報と、移動体の信号の位相差情報に関する違いから、これらの不要情報のみを効果的に除去し、目標信号を検出する手法を提案し、開発した。提案手法は、監視方向に反射体が存在すると、生成されるスプリットビームの位相差が信号の到来時間(距離レンジ)に対して反射体の形状に応じた位相差の時間特性を示す事に着目し、海中固定物等の比較的大きな反射体はこの特性が直線で近似できるとして回帰直線分析を行い、不要情報はその回帰直線が時間的にほぼ一定であり、移動体はその場所を通過した時だけ回帰直線が変動する事を応用して移動体と不要情報を分離し、不要情報のみを除去する「位相差時間空間分散フィルタ」を開発した。開発した解析処理法を用いて実際の運用試験データに適用する事で、従来の目標検出のための信号処理手法に比べ、更に91~96%の誤警報を除去する事ができ、移動する目標のみを効果的に検出する事が可能となった。 また、目標の信号強度については姿勢の変化により信号の反射強度が大きく変動し、しばしば検出が困難になる問題があった。レーダーなどの分野では従来2段階閾値検出による追尾航跡の断片化を補償する手法が知られているが、沿岸の浅海域における水中常時監視においてこの手法を用いるには変動幅を見積もる事が難しく、適切な閾値の設定に問題があった。また、第2検出閾値でも検出できない目標に対して追尾持続が難しく、水中常時監視のための手法としては検討課題が多かった。 この課題を解決するために「適応2段階閾値検出法」を開発し、第2検出閾値を目標の検出信号強度の変化に合わせて適応更新させる事で目標信号の変動に合せ目標検出の安定化を図った。また第2検出閾値でも検出できない場合に、過去の目標追尾の結果から航跡の追尾続行を判定する「航跡信頼度判定法」を開発し、追尾中の航跡に対して、過去の追尾結果やその実績から、目標として再確定、或いは目標が消滅し追尾航跡を棄却する判断を、目標追尾におけるデータ相関尤度を用いて評価し、自動判定を実現した。 これらの信号処理技術や判断アルゴリズムを搭載した新しいADTを用いて港湾域運用試験データに適用し、ADTの性能を評価した。この結果、ダイバーの追尾開始時間について従来手法で70秒かかっていたものが10秒後には追尾を開始し、航跡の追尾持続性についても従来手法が100秒程度しか追尾出来ない場合でも提案手法はダイバーを途切れる事なく追尾できた。更に、誤警報や追尾の断片化により生じる不要な航跡の発生数を84%以上抑制し、監視要員に対して、信頼性の高い目標航跡情報を表示する事ができるようになった。 また、これらの開発した手法は、2008年の洞爺湖サミットにおいて水中監視ソーナーによる水中警備を実施し、また、国外メーカと2009年よりADTの共同研究をスタートさせ、将来的にこれらの技術が広く応用される事が期待される。 よって本論文は博士(環境学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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