学位論文要旨



No 217369
著者(漢字) 山口,義信
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,ヨシノブ
標題(和) 我国の線路保守における技術発達史とその移入、定着、変容及び創出に関する研究 : 線路保守技術の原点とオリジナリテイを探る
標題(洋)
報告番号 217369
報告番号 乙17369
学位授与日 2010.06.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17369号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 教授 小澤,一雅
 東京大学 教授 石原,孟
 東京大学 教授 中井,祐
 東京大学 准教授 清水,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

我国の鉄道は現在、輸送人員、スピード等、世界トップの鉄道の一つであることは国民ともが認める一致した事実であり、これは戦後の高度経済成長期の昭和39年に東海道新幹線を実現し、世界を驚嘆させた以降である。創始以来、欧米鉄道のシステムを輸入してきたものであって、土木構造物、車両等の比較的手間をかけないものがある一方で、線路は過酷な列車荷重を直接受け、絶えず監視・修繕を続ける機構で、しかも欧米と異なり軟弱な地盤による保守や自然災害の対応に多大な労力を費やしている特殊事情を持っている。鉄道の重大な要素の一つである線路を維持する「保線(線路保守)の技術」もなぜ世界のトップ足るものとなっているかと言う科学的な疑問がある。そこで

(1)鉄道黎明期から現在に至る線路保守の技術発達史を示し、その移入、定着、変容及び創出等の容態が何時如何にして成し遂げられてきたかについて、時代区分を解明しそれらの時代の特性を大局的に示す。続いて、

(2)我国における独創性と有用性が特に高い技術(オリジナル技術)を選定し、その成り立ちを明らかにし、更にこの技術がなぜ時代を先取りして出現したかについて考察する。

これにより我国が如何に世界のトップ技術になり得たのかを知り、保線の原点を探ることになる。更なる技術発展の目標を見出すことが難しい今、保線の原点に示唆を与えてくれるのではないかと考える。これらの解明、考察等が本研究の目的である。

本論文は、第1部から第4部(全10章)で構成されている。

第1部は緒論として、本研究の背景、目的等を述べた。

本研究の背景として、我国の線路は欧米鉄道と異なり多大な労力を費やしている特殊事情を持ちながら、その保守技術は世界のトップ足る体系にある。線路保守技術がどのようにして世界のトップ技術に成り得たを解明することは、不確実な未来に向けての教訓を得るために必要であるとした。「本研究の目的」は、冒頭に示した(1)及び(2)である。

第2部は「本研究の目的(1);時代区分、その実態」の解明を行った。

線路保守における技術発達史の過程を、黎明期から現在までについて、鉄道の輸送概況、線路保守の体系、軌道構造・材料の規格の変化等について述べた。この内容を踏まえて技術的な発明・改良及びマネージメントが変化する視点から、技術の移入、定着等の特性による時代区分の解明を試みた。その時代は概ね20~30年となる次の6段階に区分され、明治期の欧米からの移入を経て、大正から昭和初期に日本化しさらに戦後、日本独自の技術を創出したことを示した。

(1)欧米技術を移入する時代(鉄道創始~)

(2)欧米技術を定着する時代(鉄道敷設法公布~)

(3)日本式技術に変容する時代(第一次世界大戦~)

(4)技術を創出する時代(終戦~)

(5)技術の進化に遷移する時代(43.10ダイヤ改正~)

(6)技術の進化を実現する時代(JR移行~)

これらの時代が形作られる背景には、戦役または経済発展に伴う輸送量の増大、保守量不足による荒廃した軌道状態・保線を取巻く厳しい経営環境、あるいは技術者の移入・市場技術の適用等の保守に対する大きな変動が認められ、それぞれの時代は、早期の技術移入の実現、体制・技術基準の全国統一と制定、整備・構造手法の確立、独自技術による新幹線の実現、メンテナンス技術の進化等に代表される取組みを通した技術的なステップアップを成してきたと言えた。

第3部は「本研究の目的(2);オリジナル技術の起源・成り立ち・至った理由」の解明を行った。

線路保守技術の主だった項目を体系的に表し、独創性と有用性(発展性、長期使用性、有効性)の視点から、特に貢献度が高い軌道管理、構造設計及び保守作業の技術分野に関する次のオリジナル技術を選定し個別に解明した。

(1)「10m弦正矢法」による軌道計測手法(軌道管理)

(2)「軌道破壊理論」と軌道状態の予測手法(構造設計)

(3)科学的手法としての「軌道整備工事の指示検収」(保守作業)

1)軌道狂い量を直接表す原器として用いている「10m弦正矢法」と、関わりがあると考えられる整備関係の規程類、線路保守の実態及び軌道構造・材料等について、鉄道創始から戦前までにかけての変遷を示した。その結果、誕生の背景には我国の鉄道は欧米に比べ路盤強度が十分ではなく、その上輸送量が多いにも拘らず増大する軌道破壊に対し軌道整備を主体に対処が行われ、そもそも高低軌道狂いが出現し易く、それを把握する必要性が高かった。高低狂いの把握は経験による目通し(目測)による方法から始まり、線路審査の制度を通じいち早くレール落込み箇所でレール踏面に水糸を張った弦からの離隔で計測する発想が、簡便さもあり確立されていく。一方で曲線円度の善し悪しを把握する方法として当時のレール標準長(33ft、約10m)に相当する弦長による正矢法が用いられていたのを参考として、高低狂い計測の弦長が正式に10m程度となるのは戦前の昭和期であった。

戦後軌道検測車は、現場作業での実態を踏まえて10m弦正矢法を用いて実現され、この手法の価値を決定的にした。その後この手法を基本とした軌道状態の評価指標の制定、軌道状態の予測手法へと適用範囲の拡大、発展を成していった。

一方、10m弦正矢法による高低狂いが我国の規程類に現れる戦前において、欧米ではこの手法が認められず、我国の独自技術として考えて差し支えないとした。しかし考案者は特定出来なかった。

2)軌道の塑性変位の構造設計法である「軌道破壊理論」と、関わりがあると考えられる線路保守の状況、当時の研究成果等について、誕生以前の時代まで遡り示した。

その結果、静的な弾性設計法がまず欧米において誕生し発達し、戦前の我国でも荷重が過酷な狭軌線の特情をより反映できる手法として一部見直しされ導入された。

昭和20年代半ばからの輸送量増大の中で投資の主体が輸送に直結する設備となり、線路荒廃が進み道床搗き固め作業の多さが着目された。また戦後、応力等の測定技術が飛躍的に進歩し従来の静的な設計法におけるレール曲げ応力等の照査に余裕があること等が明らかにされ、軌道構造の評価を列車走行に伴う動的な振動現象による軌道沈下として扱う塑性設計法(軌道破壊理論)が佐藤裕によって開発された。この理論の技術的な伏線として、戦前からの軌道沈下機構の研究、軌道の衝撃モデルの研究等も貢献していると推察した。この理論は経済性を考慮した最適軌道構造の考え方に用いられ、新幹線の軌道構造決定の理論的裏づけを果した。

一方、軌道状態を統計的に評価する軌道狂い指数P値が小野木次郎により戦後まもなく提案され、続いて時間的な経過を扱う軌道狂い進みが輸送量と軌道構造の関係において定量化された。力学を扱う理論と軌道狂いを扱う計測が軌道状態の予測手法として結合され、JR移行時に最高速度と軌道構造の関係を弾力的に運用する基準の考え方に採用された。

なお、軌道破壊理論及び軌道状態の予測手法の考え方は、当時の欧米において検討がなされておらず我国の独自技術と考えた。

3)東海道新幹線開業時に実現した科学的手法の「軌道整備工事の指示検収」と関わりがあると考えられる新幹線に至る技術的変遷、鴨宮モデル線での軌道整備量を見積もるための取組み、更に同手法を人手からコンピュータ化へと進化させた経過を示した。

その結果、初めての本格的な外注によるビジネスモデルを軌道整備工事に導入するに当たって、その指示検収は軌道検測車の計測波形を人手で読取る方式ではあったものの整備施工者に厳格な品質管理を要求し、210km/h運転の維持に大きく貢献した。この軌道検測車を用いる発想は、鴨宮モデル線において軌道整備量の設計を模索する過程で見いだされた手法であった。新線路盤による異常な軌道沈下に対応しつつ列車の走行安全を確保する危機感から検測車を高頻度で走行する中でなされたもので、最初から安定した路盤であったならば、このような発想が生まれてこなかったと考えた。またコンピュータ化へ進化する背景には他の企業に先んじてこれを取り入れようとした経営と、業務の改善をコンピュータにより成し遂げようとした線路部門が一体となって実現し、一層の軌道仕上がり品質の向上にも貢献した。

一方、当時の欧米における指示及び検収の取扱いは、それぞれ明確なルール化が見当たらず、新幹線独自の世界でも類をみない独自技術と言える。

第4部は「本研究の目的(2);貢献度の高い技術出現」の考察と「結論」を述べた。

前各部を振り返って、オリジナル技術が果たした成果と意義、線路保守技術において発達の背景にあった保線の原点から、なぜ貢献度の高い技術が出現したかについて考察した。

考察の結果、まさに厳しい国土条件、輸送環境を背景として軌道構造の強化が十分に行えない経営的な状況下でハングリー精神あるいは強い危機感が発達過程に横たわり、そこからニーズが生まれた。この「ニーズ」を技術創出まで導いたのは、それまでに取組んできた技術的な「可能性」であり、このニーズと可能性がプッシュプルの関係として、その実現、発達を強力に推進した考えた。例えば、取上げたオリジナル技術は軌道狂い計測、軌道構造設計、ビジネスモデルの原器を成し、しかもNPM、OR等を始めとした科学的手法を先駆的に用い、課題の解決と更なる発達を成し遂げていった。

ここで認めた保線の原点は、日本の国土に培われ、共生し、地域に根付いたお(・)しん(・・)的な日本の国民性そのもので、「保線のDNA」をなし現場を直視し必要とする保守のあり方、保守技術の変革を求めてきた。これが世界トップとしての線路保守技術の実現に大きく貢献を果たしたと考えた。

最後に結論として、以上の研究により得られた成果を列記するとともに、今後の研究課題について具体的に示した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、わが国の線路保守技術を明治期から現代まで体系的に整理し、その中で、ヨーロッパから持ち込まれた技術的素材がどのように咀嚼され、そしてわが国の実情に合うようにどのように変容し、さらに技術的オリジナリティに富んだ世界の中でもトップクラスの技術体系へと昇華していったのかその歴史的経過について詳細な資料調査に基づいて系統的にとりまとめた研究である。従来、鉄道線路技術に関する研究は、個別の線路技術そのものを扱ったものに終始していたが、長い時間軸の中で、線路保守技術(計測・検査、状態評価、線路構造、線路材料、補修作業技術、マネジメント体系など)を網羅的に扱ったものは、線路保守技術に関しては世界のトップクラスにあるわが国でも、本研究を除き過去に例がない。また、その研究の中で、その後の技術展開の核となったコア技術が何であったのか、そのコア技術はなにを出発点としたものなのか、わが国のオリジナルな技術といえるものはなんなのか、といった視点は本研究のユニークなアプローチとなっており、なおかつ実務者への示唆に富んだ研究である。

本論文(4部:10章)のあらましを紹介すると以下のとおりである。まず第1部では緒論として本研究の背景と目的等を述べられ、第2部では「本研究の目的(1);時代区分、その実態」の解明が行われている。そこでは線路保守における技術発達史の過程を、黎明期から現在までについて、鉄道の輸送概況、線路保守の体系、軌道構造・材料の規格の変化等について述べられている。この内容を踏まえて技術的な発明・改良及びマネジメントが変化する視点から、技術の移入、定着等の特性による独自の時代区分が試みられている。その時代は概ね20~30年となる次の6段階に区分され、明治期の欧米からの移入を経て、大正から昭和初期に日本化しさらに戦後、日本独自の技術が創出されたことが示されている。

(1)欧米技術を移入する時代(鉄道創始~)

(2)欧米技術を定着する時代(鉄道敷設法公布~)

(3)日本式技術に変容する時代(第一次世界大戦~)

(4)技術を創出する時代(終戦~)

(5)技術の進化に遷移する時代(43.10ダイヤ改正~)

(6)技術の進化を実現する時代(JR移行~)

第3部は「本研究の目的(2);オリジナル技術の起源・成り立ち・至った理由」の解明を行っている。線路保守技術の主だった項目を体系的に表し、独創性と有用性(発展性、長期使用性、有効性)の視点から、特に貢献度が高い軌道管理、構造設計及び保守作業の技術分野に関する次の3つオリジナル技術を選定し個別に解明している。さらにこうしたオリジナルなコア技術がどのようにして作り出され、それがどのようにして展開されたのかをまとめている。

(1)「10m弦正矢法」による軌道計測手法(軌道管理)

(2)「軌道破壊理論」と軌道状態の予測手法(構造設計)

(3)科学的手法としての「軌道整備工事の指示検収」(保守作業)

第4部では「本研究の目的(2);貢献度の高い技術出現」に関する考察と「結論」が述べられている。特に、オリジナル技術が果たした成果と意義、線路保守技術において発達の背景にあった保線の原点から、なぜ貢献度の高い技術が出現したかについて論じられている。

以上の論文について、提出された論文に基づいて、審査員5名と提出者との間で何回かにわたる質疑応答を行った上で、提出者による広範な論文修正作業、4月27日に工学部1号館にて公開発表会と審査会を開き、厳正な審査を行った。(なお、審査員中1名は長期海外出張中であったため、審査会事前に主査に提出された書面の審査コメントを審査会上で主査より読み上げるという方法をとった。)この結果、審査員一致して、本論文が学位請求論文として十分に高い内容を持っているものと判断した。また、社会基盤学全般及び英語の学力について書面試験と口頭諮問による試験を行った。こちらについても審査員一致して十分な学識を持つものと判断した。

以上より総合的にみて本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められるものと判断した。

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