学位論文要旨



No 217370
著者(漢字) 児玉,敏男
著者(英字)
著者(カナ) コダマ,トシオ
標題(和) セルラーデータシステム(CDS)を用いた汎用データ管理システムの開発
標題(洋)
報告番号 217370
報告番号 乙17370
学位授与日 2010.06.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17370号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小澤,一雅
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 准教授 堀田,昌英
内容要旨 要旨を表示する

建設分野への公共投資の減少、公的機関の入札における総合評価方式の導入等により、年々受注競争が激化する中、各建設企業は生き残りをかけ自社の強み弱みを客観的に分析した戦略的な経営判断が強く求められている。同時に、業務をスリム化し必要コストを削減することも要求されている。その際に、情報技術(IT)の戦略的利用は有効な手段となり得る。ITを利用したデータ管理の視点からその対策を俯瞰すると、入札結果データ、資材調達実績データ、顧客データ等、経営上重要度が高い多くのデータを柔軟に迅速に入出力し、分析を行うことが肝要である。しかし、既存の一般的な方法で開発された業務アプリケーションシステム(業務AP)では、激しく変化する業務環境の中でユーザー要求の変化に対応できていない場合が多い。ITを利用するユーザーの立場からその理由を調査すると、多くのデータファイルからデータ出力を行うとき頻繁に発生する複雑な出力要求に柔軟に対応できないこと、同一語句の表記の相違(表記の揺れ)による出力データ不整合、データ入力設計の制限によるデータ入力漏れ、各業務APや各組織で異なるデータフォーマットの相違によりデータ統合と総合的なデータ分析が困難であること、データファイルの分類整理に柔軟性が欠如していること等が、多くのユーザーの業務生産性を大きく低下させていることが分かった。これらの問題を改善するため、著者らによって開発された新しいデータ処理システムであるセルラーデータシステム(CDS)を用いた汎用データ管理システムの開発を目的とした。

本論文の第1章では、前田建設工業(株)(以下、前田建設)他、ゼネコン数社に対し、重要度の高い業務で取り扱っているデータ管理上の現状の課題をヒアリング調査した。その結果、総合評価方式の入札結果データ分析(入札における他社動向を把握し入札戦略の立案を練ることを目的とする)、資材調達実績データの分析(各資材の平均標準単価の算出により効率よい集中購買を行うことで購買単価ダウンを目的とする)、重要顧客データ管理(全社での効率よい営業活動を目的とする)、建設工事作業所の写真ファイルの分類整理(施工物の品質管理と発注者対応を目的とする)の各業務において、データ管理上のユーザー要求は、1.異なるフォーマット(データ項目)の混在の許容、2.データ分析項目の柔軟な決定・追加・変更、3.語句の表記の揺れに対応したデータ検索、4.分析者の経験に依存しないデータ中心の分析、5.データファイルの一項目の値に複数の語句の入出力、6.ファイルの分類構造の柔軟な変更、であることが分かった。

第2章では、データ管理における既往の研究について、CDSの理論的基礎であるセルラーモデルとCDSのデータ表現形式である式表現について説明した。次に、データモデルに関する既往の研究について調査し、XMLやオブジェクト指向モデル、リレーショナルモデル等の主なデータモデルを採用する技術と比較し、CDSは空間の排他和、汎用検索機能である条件式検索、部分集合を要素とするトポロジー的処理等がサポートされており、前述の各ユーザー要求に容易に応えることが可能であることを示した。

第3章では、前述の各ユーザー要求に基づき、CDSを利用した汎用データ管理システムを開発した。本システムは、ユーザーインターフェース(WEBブラウザ)、AP ・WEBサーバー、アプリケーションプログラム、CDS、データベースから構成されるWEBアプリケーションシステムである。また、本システムにより、データベース設計・アプリケーション開発を行う必要なく業務データがそのままCDSの式データに変換され、柔軟なデータ検索・出力が可能になる。各ユーザー要求に対応する本システムの主な機能は、A.表構造データのセル空間の式データへの変換機能・式データの統合機能・整形出力機能(要求の1,5に対応)、B.同義語・関連語データの式データによる設計と条件式検索機能への適用(要求の2,3に対応)、C.自動集計機能(要求の4に対応)、D.仮想ディレクトリによる階層構造データの設計(要求の6に対応)、である。

第4章では、実際の業務データを使用して、開発された本システムの各機能が開発要件である前述の各ユーザー要求を満たしていることを検証した。先ず、総合評価方式の入札結果データの分析業務で、国土交通省、NEXCO等から配布されるフォーマットの異なる多くの入札結果データファイル(約100万レコード)に対して、A.とB.の機能により企業別、工事種類別等、異なる角度から柔軟に必要なデータ検索が可能になった(要求の1,2,3,5に対応)。また、C.の機能により企業を特定せずに落札件数・入札件数で特徴ある企業を抽出できデータ中心の分析が可能になった(要求の4に対応)。次に、「フロートガラス」についての調達実績データの分析業務で、A.とB.の機能により曖昧に定義されたデータ項目における値の表記の揺れが吸収され、ガラス厚別、支店別等の様々な角度から平均単価を容易に算出できた(要求の2,3,5に対応)。また、前田建設北海道支店A作業所で撮影された144枚の工事写真ファイルの分類整理業務では、D.の機能により工種別、年月日別でのファイル分類とメモ情報を含めた検索が可能になった(要求の6に対応)。現段階の本システムは、MSエクセル、CSVファイル等の表構造のデータ、ディレクトリ構造等の階層構造データのみへの適用に機能を限定している。

第5章では、本研究の結論と今後の課題について論述した。本研究では、激しく変化する業務環境の中で様々なユーザー要求とその変化に対応するため、CDSを利用した汎用データ管理システムを開発し、実際の業務データを使用してその有用性を検証した。現在、本システムは、システム規模として600MB程度の業務データを限界としているが、今後の課題として、システムのパフォーマンス向上、大規模化への対応のためにKey-ValueストアDBやmapReduce等の他の優れた分散処理技術との連携が上げられる。

審査要旨 要旨を表示する

建設分野への公共投資の減少、公的機関における公共調達制度改革等により、年々受注競争が激化する中、各建設企業は生き残りをかけ自社の強み弱みを分析した戦略的な経営判断が強く求められている。同時に、業務をスリム化し、コストを削減することも要求されている。これらの経営判断には、情報技術(IT)の戦略的利用は有効な手段となり得る。ITを利用したデータ管理の視点からその対策を俯瞰すると、経営上重要度が高い多数のデータを柔軟に迅速に入出力し、分析を行うことが肝要である。しかし、既存の一般的な方法で開発された業務アプリケーションシステム(業務AP)では、激しく変化する業務環境の中でユーザー要求の変化に対応できていない場合が多い。

そこで、ITを利用するユーザーの立場からその理由を調査すると、多くのデータファイルからデータ出力を行うとき頻繁に発生する複雑な出力要求に柔軟に対応できないこと、同一語句の表記の相違(表記の揺れ)による出力データ不整合、データ入力設計の制限によるデータ入力漏れ、各業務APや各組織で異なるデータフォーマットの相違によりデータ統合と総合的なデータ分析が困難であること、データファイルの分類整理に柔軟性が欠如していること等が、多くのユーザーの業務生産性を大きく低下させていることが分かった。本研究は、これらの課題を解決するため、著者らによって開発された新しいデータ処理システムであるセルラーデータシステム(CDS)を用いた汎用データ管理システムの開発を目的としている。

本論文の第1章では、前田建設工業(株)(以下、前田建設)他、ゼネコン数社に対し、重要度の高い業務で取り扱っているデータ管理上の現状の課題をインタビュー調査し、その結果、総合評価方式の入札結果データ分析(入札における他社動向を把握し入札戦略の立案を練ることを目的とする)、資材調達実績データの分析(各資材の平均標準単価の算出により効率よい集中購買を行うことで購買単価削減を目的とする)、重要顧客データ管理(全社での効率よい営業活動を目的とする)、建設工事作業所の写真ファイルの分類整理(施工目的物の品質管理と発注者対応を目的とする)の各業務において、データ管理上のユーザー要求は、1.異なるフォーマット(データ項目)の混在の許容、2.データ分析項目の柔軟な決定・追加・変更、3.語句の表記の揺れに対応したデータ検索、4.分析者の経験に依存しないデータ中心の分析、5.データファイルの一項目の値に複数の語句の入出力、6.ファイルの分類構造の柔軟な変更、であることを明らかにしている。これらは、開発目標である汎用データ管理システムの設計要求となるものである。

第2章では、データ管理における既往の研究について、CDSの理論的基礎であるセルラーモデルとCDSのデータ表現形式である式表現について概説するとともに他のデータモデルの活用との比較分析を行っている。XMLやオブジェクト指向モデル、リレーショナルモデル等の主なデータモデルを採用する技術と比較し、CDSは空間の排他和、汎用検索機能である条件式検索、部分集合を要素とするトポロジー的処理等がサポートされており、前述の各ユーザー要求に容易に応えることが可能であることを示している。

第3章では、1章で抽出した各ユーザー要求に基づき開発された、汎用データ管理システムの構成およびCDSを利用した機能設計について説明している。本システムは、ユーザーインターフェース(WEBブラウザ)、AP ・WEBサーバー、アプリケーションプログラム、CDS、データベースから構成されるWEBアプリケーションシステムである。また、本システムにより、データベース設計・アプリケーション開発を行う必要なく業務データがそのままCDSの式データに変換され、柔軟なデータ検索・出力が可能になる。各ユーザー要求に対応する本システムの主な機能は、A.表構造データのセル空間の式データへの変換機能・式データの統合機能・整形出力機能(要求の1,5に対応)、B.同義語・関連語データの式データによる設計と条件式検索機能への適用(要求の2,3に対応)、C.自動集計機能(要求の4に対応)、D.仮想ディレクトリによる階層構造データの設計(要求の6に対応)である。

第4章では、実際の業務データを使用して、開発された本システムの各機能が開発要件である6つの各ユーザー要求を満たしていることを検証している。先ず、総合評価方式の入札結果データの分析業務においては、国土交通省、NEXCO等から配布される異なるフォーマットの多数の入札結果データファイル(約100万レコード)に対して、A.とB.の機能により企業別、工事種類別等、異なる角度から柔軟に必要なデータ検索が可能になったことを示している(要求の1,2,3,5に対応)。また、C.の機能により企業を特定せずに落札件数・入札件数に特徴のある企業を抽出可能であり、データ中心の分析が可能であることを示している(要求の4に対応)。次に、「フロートガラス」についての調達実績データの分析業務においては、曖昧に定義されたデータ項目における値の表記の揺れがA.とB.の機能により吸収され、ガラス厚別、支店別等の様々な角度から平均単価を容易に算出できることを示した(要求の2,3,5に対応)。さらに、前田建設北海道支店A作業所で撮影された144枚の工事写真ファイルの分類整理業務においては、D.の機能により工種別、年月日別でのファイル分類とメモ情報を含めた検索が可能なことを示している(要求の6に対応)。

第5章では、本研究の結論と今後の課題について論述している。本研究は、激しく変化する業務環境の中で様々なユーザー要求とその変化に対応するため、CDSを利用した汎用データ管理システムを開発し、実際の業務データを使用してその有用性を検証したものである。現在、本システムは、システム規模として600MB程度の業務データを限界としているが、今後の課題として、システムのパフォーマンス向上や大規模化への対応のためにKey-ValueストアDBやmapReduce等の他の優れた分散処理技術との連携を示している。

本研究において開発されたシステムは、セルラーデータシステム(CDS)を実装した独創性の高い汎用データ管理システムである。さらに、建設企業におけるデータ処理業務だけでなく、経営環境の変化の激しい今日の一般企業等においても種々のニーズに応えるデータ処理業務を行う際に応用可能なシステムであり、その有用性は極めて高いと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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