学位論文要旨



No 217372
著者(漢字) 佐々木,浩一
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,コウイチ
標題(和) トラクションを考慮した高速鉄道車両の振動系設計に関する研究
標題(洋)
報告番号 217372
報告番号 乙17372
学位授与日 2010.06.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17372号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 須田,義大
 東京大学 教授 金子,成彦
 東京大学 教授 鎌田,実
 東京大学 准教授 藤岡,健彦
 東京大学 准教授 中野,公彦
内容要旨 要旨を表示する

本研究の目的は,高速鉄道車両の走行安定性を向上させ,振動乗り心地を良好なものとするために,車体支持装置などの振動系をいかにして設計すれば良いかという点を解決することである.

鉄道車両の左右振動系に関しては,車輪・レール接線力の特性が大きく影響するため,その特性をどのように見積るかという課題があり,左右振動系の設計の良否に大きく影響する.

とくに経験がまだ少ない300km/hを超えるような高速走行において,左右振動の卓越する振動数がなぜ低周波数側となるかという点については,車体支持装置そのものの振動特性の誤差などと見分けがつきにくいため,いわゆる「低周波数動揺」の問題といわれることがある.

本研究では,車輪・レール接線力の特性に,影響因子として駆動力(トラクション)とスピンを考慮することにより解析精度が向上することを述べ,さらに振動乗り心地の評価を行ううえで重要となる振動数領域において,最適な車両支持系を構成できるような設計(デザイン)指標を提案する.

さらに,左右振動系や上下振動系など,個別の振動系に関する最適な設計に関する手法がこれまでも提案される場合があるが,左右振動系と上下振動系の双方が車体のローリング振動については関連することから,これまでのように,左右振動系を優先して設計を行い,上下振動系は設計上の妥協点を見出すというような方法ではなく,本研究では,上下振動系について最適な設計を行ったうえで,左右振動系についても最適な設計を行うという『統合的(integrated)』な車両支持系の設計手法を提案する.

第1章では,序論につづき,高速鉄道における欧州や日本の開発状況などを踏まえ,本研究の目的は,車体支持装置などの振動系をいかにして設計すれば良いかという点を解決することであり,左右振動系の設計の良否に大きく影響する車輪・レール接線力の特性について,解析精度が向上のために,駆動力(トラクション)とスピンを考慮することを提案し,さらに,上下振動系について最適な設計を行ったうえで,左右振動系についても最適な設計を行うという『統合的(integrated)』な車両支持系の設計手法を提案するものであることを述べた.

第2章では,これまでの研究として,1987~91年頃にかけて,東海道・山陽新幹線0系電車の左右振動乗り心地改善のため,抜本的な台車改良を行うにあたっての振動特性改善の考え方といくつかの走行試験の積み重ねによる検証結果について述べた.車両振動計算による減衰比を10%以上改善した台車改良諸元を提案し,改良台車部品を試作して,走行試験により左右動揺の頻度を1/10に低減させることができた.また,台車検査回帰30 万kmの耐久試験により改善効果の持続性も確認したことを述べた.

0系新幹線電車の改良台車については,総計100 両以上の改良が行われ,100N系新幹線電車についても,同様の諸元に改めた台車2両分を試作し,270km/h 走行試験で改善効果が確認できたことを述べた.

しかし,その後の新型軽量車両の開発段階をみると以下のような課題があった.

(1) 車体や台車の重量が軽量化により変化したため,支持ばね特性の設計手法として,車輪・レール接線力の影響により,試行錯誤による試作の繰返しを招いた.

(2) 最後部車両の左右動揺やトンネル走行時の連続的な左右動揺などが生じ,解決策として動揺防止制御の開発が優先された.そのため,高速走行時の振動特性の把握など基本的な車輪・レール特性に関する研究が遅延した.

(3) アクティブ動揺防止制御は,未解決な動揺問題を解決する決定的な手段となったが,高コストでエネルギ消費も必要であるため,世界的には導入することに慎重である.むしろ,制御なしでの高速走行時の振動特性を改善する研究を行うことは,世界市場での「新幹線電車」の技術的な価値を高めることも考えられる.

などと述べた.

第3章では,高速鉄道車両のダイナミクス解析を行うときの,新たな車輪・レール接線力モデルを示し,新幹線の高速走行試験にて得られた振動データとの比較を行うことにより,その妥当性を検証した結果について述べた.高速鉄道車両に用いるものとして,駆動力とスピン横力の影響を考慮した車輪・レール接線力の新たな解析モデルを提案した.駆動力とスピンの影響により,輪軸の波長は長くなり,低振動数となる.その影響は,とくに低周波数の振動にあらわれ,実際の新幹線の走行試験で得られた振動データとの比較で,卓越した振動数が良く一致するという結果が得られたことを述べた.

第4章では,空気ばねによる鉄道車両の上下振動系に関して,新たな空気ばねの指標などを用いて,車両支持ばね系の固有振動数と減衰比をより適切に設定することにより,振動乗り心地を良好にする方法について述べた.

(1) 空気ばねの振動モデルにおいて,オリフィスの流量抵抗による減衰の大きさにかかわらない不動点を利用した支持ばね定数,減衰係数の計算法を明確にして,必要となる空気ばね・質量系の固有振動数と減衰比から,空気ばねの特性値を逆に求めて,設計に用いることができるようにした.

(2) 空気ばねの不動点を利用することにより,1次元のばね・質量系と応答のピークが等しくなる等価なばね定数と減衰係数の算出方法を明確にして,軸ばねや軸ダンパとのばね定数比や減衰係数比から,振動乗り心地の良好な支持ばね特性を設計できるように計算する方法を明らかにした.

(3) 振動乗り心地の良好な支持ばね定数として,従来のように車体上下1次ではなく,車体ピッチングの固有振動数を1Hzに設定することにしたうえで,車体曲げの固有振動数でピークとなる弾性振動の寄与が充分小さくなるように,最適な空気ばね,軸ダンパの減衰係数と,ばね定数比を定める手法について述べた.

(4) 以上の手法により,実際の新幹線車両の高速走行試験で得られた振動データと比較を行って,その計算方法の妥当性と改善効果について,数値シミュレーションも含めて計算結果を示した.

(5) アンチ・ローリング装置を付与して左右振動系への影響を回避することで上下振動の乗り心地を改善できることを示した.

第5章では,上下振動系の支持剛性と減衰比を最適に設定すると,曲線路において車体ロール剛性が不足するためアンチ・ローリング装置が必要となる.アンチ・ローリング装置を付加すると,車体ローリングの固有振動数が増大することにより下芯ローリングの減衰が不足する.上下方向には作用せずローリング方向のみに作用する減衰要素として,左右の空気ばねを連通させて,ローリング方向のみに減衰力を得る方法を提案した.空気ばね本体(bellows)をつなぐ方式と補助空気室(reservoir)をつなぐ方式についてアンチ・ローリング装置とあわせて適切な剛性と減衰を得る手法を示した.

第6章では,上下振動系と左右振動系を個別かつ同時に最適な支持剛性と減衰比を設定する方法が必要であり,そのような観点から統合的な車体支持系の設計手法について述べた.1車両17 自由度の左右振動系解析モデルにおいて,駆動力とスピンの影響を考慮した新たな車輪・レール接線力モデル,上下振動系の最適化,アンチ・ローリング装置の付与と左右の空気ばねを連通させて減衰を得ることなどにあわせて,z 軸まわりおよびy 軸方向のヨーイング非減衰固有振動数とばね定数比および等価踏面勾配による蛇行動波長などの設計指標を用いて,左右振動乗り心地を良好なものとする手法を示した.

以上は,上下振動系の適切な設計と左右振動系の適切な設計を統合的に可能とするものであることを述べた.さらに,車両振動応答解析だけではなく,車輪・レール接線力の飽和特性や車輪フランジ接触などの非線形要素を含む数値シミュレーションにより,以上の妥当性を検証した.また,標準的な25m 級の新幹線車両だけではく,20m 級の新在直通車両の諸元に対して、以上の統合的な設計手法を適用した場合について解析を行い,普遍性のある改善効果が得られることを示した.

付帯資料として,駆動力に起因する作用が,トンネル内の連続的な左右動揺の発生に影響するメカニズムについて,解析を行ったことを述べた.従来から考慮されていない要素として,高速走行時の空気抵抗力につりあう駆動力の存在に着目し,高速列車がトンネル内を走行する場合に,連続的な左右動揺が生じるメカニズムについて,解析を行った.先頭車両と最後部車両に作用する空気抵抗により,列車の動力車両と付随車両の配置による連結器の前後方向力などの影響により,連結器には引張と圧縮の前後方向力が作用する.この前後方向力により,連結器に付属する緩衝器のばね力の作用や,連結ピンの摩擦力の特性などが,車体左右振動の増加することにつながることを説明した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「トラクションを考慮した高速鉄道車両の振動系設計に関する研究」と題し、7章よりなっている。

省エネルギなどで優れた性能を有する高速鉄道を世界規模で発展させることが求められており、そのためには、我が国で実績のある新幹線技術における「走行安定性」や「振動乗り心地」などの技術的な課題を体系化することが求められている。

本論文は、車輪・レール間の接線力の特性、車両支持系の最適な設計理論など、高速鉄道の基盤的な技術課題を対象として、高速鉄道車両の設計理論を確立しようとするものである。

本論文の第1章は、「序論」と題し、研究の背景および研究の目的を述べている。

第2章は、「これまでの研究」と題し、91年頃に東海道・山陽新幹線0系電車の左右振動乗り心地改善のために、抜本的な台車改良を行った事例を紹介し、改善効果を確認したことを述べるとともに、その後の一層の高速化と車体の軽量化による課題について述べている。

第3章は、「トラクション・スピンを考慮した車輪・レール接線力特性」と題し、新たに駆動力とスピンの影響を考慮した車輪・レール接線力モデルを示し、新幹線の高速走行試験にて得られた振動データとの比較を行うことにより、その妥当性を検証している。輪軸の蛇行動波長の影響が車両の低周波数の振動に現われることを述べ、このモデルにより、より精度の高い振動解析が可能になることを述べている。

第4章は、「車両上下支持系の設計改善」と題し、空気ばねによる上下振動系に関して、新たな指標を用いて、車両支持ばね系の固有振動数と減衰比をより適切に設定することにより、振動乗り心地を良好にする方法を述べている。オリフィス減衰によらない不動点を利用して、軸ばね、軸ダンパのばね定数比、減衰係数比から、振動乗り心地の良好な支持ばね特性を設計する計算方法を明らかにしている。

第5章は、「車体ローリング系の設計改善」と題し、曲線軌道における車体ロール剛性不足を補うためのアンチ・ローリング装置の付与により、車体ロール振動の減衰が不足することを述べ、その対策として左右の空気ばねを連通させて、ローリング方向のみに減衰力を得る方法を提案している。空気ばね本体(bellows)を結合する方式と補助空気室(reservoir)を結合する二つの方式について、アンチ・ローリング装置とあわせて適切な剛性と減衰を得る手法を示し、解析より後者に優位性があることを述べている。

第6章は、「上下・左右振動系の統合的な車両支持系の最適化」と題し、上下振動系と左右振動系の適切な設計を統合的に可能とする手法について述べている。1車両を対象とした左右振動系解析モデルを用いて、第3章で示した駆動力とスピンの影響を考慮した車輪・レール接線力モデル、第4章で述べた上下振動系の最適化、第5章で提案したアンチ・ローリング装置の付与と左右の空気ばねを連通させて減衰を得る手法等に加えて、左右振動系について車両支持系の設計を最適化する手法を述べている。左右振動系にかかわるデザイン指標の提案と、その指標による左右振動系の最適化結果について示している。

左右振動乗り心地を良好なものとする手法は、4対の輪軸による走行速度に依存する振動と、車両の支持系による6つの振動(前後の台車で対称なものも含めると9つ)との共振を避ける設計が最適であり、走行速度に応じた等価踏面勾配の選定と、車両の支持系に対する設計指標を用いて伝達率の最小化を行うことが重要であることを述べている。車輪・レール接線力特性やフランジ接触などの非線形性を考慮したシミュレーション計算を実施し、車体長の異なる車両での検討結果を基に、提案手法の妥当性と普遍性を検証している。

第7章は、「結論」と題し、以上の結果を要約し、本論文の結論を述べている。

以上、本論文は、営業速度が300km/hを超える高速鉄道車両の振動特性について、走行試験で得られた知見を基に、トラクションを考慮した新たな解析手法を提案し、上下・左右・ローリング振動を総合的に改善するための車体支持系の設計手法を確立し、最適化について体系的に示したものである。よって、これらの研究成果は、機械工学に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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