学位論文要旨



No 217373
著者(漢字) エイワウド フランク ファン ウエスト
著者(英字) Ewoud Frank van West
著者(カナ) エイワウド フランク ファン ウエスト
標題(和) 力覚補助された非接触ハンドリングツールに関する研究
標題(洋) Study on a Haptic Assisted Non-Contact Handling Tool
報告番号 217373
報告番号 乙17373
学位授与日 2010.06.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17373号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 山本,晃生
 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 佐々木,健
 東京大学 教授 川勝,英樹
 東京大学 教授 太田,順
内容要旨 要旨を表示する

非接触浮上技術は,表面の汚染,欠損,変形といった接触式ハンドリングに伴う問題を避けることができるため,シリコンウェハや塗装鋼板などのように高い表面品質を必要とするパーツのハンドリングに有効である.非接触浮上システムでは,重力や慣性力などと釣り合うように浮上機構が力を発生することで,対象物を一定の位置に安定に保持することができる.こうした浮上システムは,グリッパなどの接触式のハンドリング技術と比べて一般により複雑で高価であることから,半導体製造工程などのように極めて高い表面清浄度が求められる領域以外では利用の検討が進んでいない.

本論文では,シリコンウェハ,ガラスプレート,シートメタルといった平板状の物体を対象とした非接触搬送システムの性能向上のための技術について述べる.非接触浮上装置は,従来,自動化装置への適用が検討されてきたが,自動化がコスト的に見合わない領域においては,人による直接的な作業が依然として有用である.本研究では,そのように人が直接搬送作業を行うような状況を研究の対象とし,そうした状況で活用可能な非接触ハンドリングツールの実現について研究する.人が直接作業を行うことが有効と思われる状況としては,例えば,研究開発の現場や,小量多品種の生産工程などのように,扱う対象物やコンディションがしばしば変化する場面が考えられる.そうした場面において,人は知的かつ柔軟に変化に対応することができるが,一方で,ロボットなどの自動化機器に見られるような精確さ,耐久性,安定性は持ち合わせていない.残念ながら,そうした人の特性は,非接触浮上システムによるハンドリング作業に要求される特性としては十分ではない.そこで本研究では,力覚提示の技術を,人による作業と統合的に用いることで,そうした状況における人の特性を増強することをめざす.

上述のように,本研究は人が操作するハンドリングツールを主たる研究対象とするが,本研究で得られた成果のいくつかは,自動化システムに対しても有効である.半導体製造工程に代表されるように,多くの産業分野においては自動搬送が未だ支配的であることから,本研究の成果が,そうした自動搬送においても有効に活用できるという点は重要である.

非接触浮上システムでは直接的な接触力が存在しないことから,搬送対象物の振る舞いが接触式ハンドリングの場合とは異なる.非接触浮上システムで実現される保持力や保持剛性は,一般的な接触式ハンドリングと比べると遙かに小さい.そのため,浮上システムは外乱に対してより脆弱であり,このことが本研究における基本的な問題となっている.特にハンドリングツールとしての観点からは,この外乱に対する脆弱さは次の二つの問題を引き起こす.(1)人が操作する非接触ハンドリングツールにとっては,人の操作動作そのものが大きな外乱となり,特にピックアップ(拾い上げ),プレーシング(設置)を行うときに,その影響が顕著に現れる.(2)平板状の対象物においては,浮上システムが生み出す水平方向の保持力が弱いため水平方向への加速が制限され,搬送中に対象物の保持に失敗する場合がある.

本研究では,力覚提示技術や搬送機構傾斜技術といったメカトロニクス技術によって,上記の問題を解決する.力覚提示技術の利用に関しては,力覚フィードバック情報を非接触浮上システムの状態と関連づけることにより,非接触ハンドリングにおける人の操作能力を向上させ,直感的操作が可能な,人と機械の協調システムを実現することができる.具体的には,力覚提示技術により浮上対象物と浮上装置との間に付加的な剛性を実現し,これにより,ピックアップとプレースの際に操作者から受ける下向きの力を抑制し,浮上制御が破綻することを避けることができる.搬送機構傾斜技術では,浮上体と浮上機構を傾斜させることで水平方向の加速度を補償する.平板の非接触浮上において,平板法線方向の保持力は水平方向の保持力よりも大きい.機構全体を傾斜させることで,その法線方向力を水平加速度の補償に寄与させることができる.この傾斜技術は,人の操作を前提としたツールだけでなく,自動化搬送システムに対しても有効である.これらに加えて本研究では,浮上している対象物を自動的にプレーシングする手法についても報告する.この自動プレーシングは,浮上制御系に制御誤差が与えられた場合に起こる制御系の積分動作によって発生する.積分動作により,浮上システムの保持力が自動的に減少し,これによって自動プレーシングが実現される.この自動プレーシングは,浮上機構に適切な動作軌跡を与えるだけで実現することができる.そのため,人が操作するシステムにおいては直感的なプレーシング操作が実現できるほか,自動化された非接触搬送システムに対しても適用が可能である.これらの3つの技術,すなわち,力覚提示による操作補助(Haptic Assistance),搬送機構傾斜技術(Tilt Control),自動プレーシング(Automatic Placing)が,本論文が提案する主要な技術コンセプトである.

本論文中では,複数の試作装置を用いて,これらの技術を具体的に検証する.第二章で述べる最初の2つの試作装置では,1自由度の磁気浮上システムと力覚提示装置を統合することで力覚提示による操作補助のコンセプトを検証し,力覚フィードバックの有効性を明らかにする.操作時間や操作失敗率が大幅に減少し,非接触ハンドリングが容易に行えることを実験的に示す.

第三章においては,第二章で見出した自動プレーシング現象の解析を行い,その基礎的原理を明らかにするとともに,複数制御自由度を持つ静電浮上機構への適用の可能性を探る.浮上制御系の支配方程式から自動プレーシングの可否を予測する公式を導き,実際に自動制御された運動軌跡を用いることで,その妥当性を示す.

第四章で述べる3番目の試作装置では,3自由度制御による平板の静電浮上システムと力覚提示技術を統合する.実験では,シリコンウェハの安価な代替物としてアルミニウムディスクを浮上対象物として用いる.静電浮上システムは磁気浮上システムと比較してより外乱に敏感であることから,それと組み合わせる力覚提示装置は,より高い垂直方向剛性を実現する必要がある.そこで,垂直方向の高剛性で知られるスカラロボットの構造を利用して力覚提示装置を構築する.実験においては,浮上制御系の弱い水平保持力のため水平搬送作業は行わず,垂直方向のみの動作によるピック&プレース作業を示す.実験結果から,人にとって通常は困難なピック&プレース作業が,力覚提示による操作補助によって実現可能となることを示す.

第五章では,上述の水平搬送に伴う問題を解決するために搬送機構傾斜技術を提案する.この傾斜技術においては,大きな傾斜角を実現するために,浮上対象物と浮上機構の両者を傾斜させる.特に提案技術の特徴は,機構が浮上対象物の重心回りに回転する点と,傾斜制御がフィードフォワードにより実現される点である.本章では,まず1方向にのみ傾斜可能な装置を用いて,磁気浮上,静電浮上のそれぞれにおける機構傾斜技術の有効性を検証する.人による操作,自動制御された運動のそれぞれについて実験を行い,いずれの場合においても,水平方向の搬送性能が大幅に向上することを示す.

さらに本章では,上記の結果に基づいて,2つの傾斜回転軸を持つ2自由度傾斜アクチュエータを開発する.このアクチュエータはドーム構造を利用することで,浮上装置の下(外部)にある点を中心とした2軸回りでの傾斜回転運動を実現する.このユニークな設計により実現した2自由度傾斜アクチュエータを1軸のリニアモータに取り付けて磁気浮上機構の傾斜制御を行い,傾斜制御が有効に機能することを示す.

第六章では,上記3つのコンセプト全てを統合した最終的な試作機を開発した結果について述べる.この試作機では,シートメタルディスクを対象とした3自由度制御の磁気浮上機構と,上述の2自由度傾斜アクチュエータを,3自由度の能動制御自由度を持つスカラ型力覚提示装置に統合する.この装置を用いた最終実験により,直感的な非接触物体ハンドリングが実現できることを示すとともに,提案した全てのコンセプトの正当性を示す.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「Study on a Haptic Assisted Non-Contact Handling Tool」(和訳:力覚補助された非接触ハンドリングツールに関する研究)と題し英文で記述されており,全8章から構成されている.磁気浮上や静電浮上といった非接触浮上技術と力覚提示技術とを統合的に用いることで,人が直感的に操作可能な非接触ハンドリングツールを実現することを目的として行われた一連の研究成果がまとめられている.

シリコンウェハや塗装鋼板などのように高い表面品質を要求されるパーツにおいては,搬送時のパーツ表面への接触をできるだけ避けることが望ましい.この問題は,磁気浮上や静電浮上といった非接触浮上技術を用いて,非接触で物体をハンドリングすることによって回避できるが,そうした非接触ハンドリング技術には,通常の接触式ハンドリングに比べて外乱に対する安定性が低いという問題が存在する.特に,人による操作を前提としたハンドリングツールに,非接触ハンドリング技術を適用しようとした場合,次のような問題が発生する.(1)ツールを操作する人の操作行為自体が,非接触ハンドリングシステムに対する外乱となる.特に物体のピックアップ時とプレーシング時には,人の操作行為がきわめて大きな外乱となりシステムの安定性を損なう,すなわち,浮上制御を破綻させる恐れがある.(2)ウェハや鋼板などの薄いパーツを非接触ハンドリングする場合,水平方向の保持剛性が低いため,水平方向へ高い加速度で搬送しようとした場合に物体を保持しきれない.その結果,搬送動作に被搬送物体が追従しきれずに落下する恐れがある.本論文ではこれらの問題点を解決し,直感的な非接触ハンドリングツールを実現するために,主として次の3つの技術を新しく提案し,その特性を論じている.

第一の技術は,力覚提示技術と非接触浮上技術を統合的に用いることで,安定かつ直感的な非接触ハンドリングを実現する技術である.力覚提示技術により,被搬送物と非接触浮上機構との間にバーチャルに高い剛性を付与することで,物体のピックアップおよびプレーシングにおける人の操作能力を改善すると同時に,力覚提示技術を人の動作と協調的に用いることで,人の知性や操作における柔軟さといった利点を活かしつつ,操作の精度や安定性を改善できることが示されている.

第二の技術は,非接触浮上された物体を自動的に浮上状態から開放しプレーシングする手法,すなわち,自動プレーシング技術である.提案された手法は浮上制御に対するスイッチング操作が不要であり,非接触浮上機構の位置を制御するだけで浮上物体をプレーシングすることができる.そのため,より直感的なプレーシング作業が実現できるほか,ロボット等による自動化作業においても技術の適用が期待できる.論文では,プレーシング現象の解析を通じて,自動プレーシングには浮上制御系内部の積分ループが重要な役割を果たすことを明らかとし,その具体的な設計方法を論じている.

第三の技術は,非接触浮上機構の傾斜による水平搬送加速度の向上に関するものである.提案技術では,浮上機構全体を被搬送物体の重心回りに回転させることで,水平搬送時の加速度による影響を補償する.重心回りに回転させることで,被搬送物体に余計な外乱を与えること無く加速度の影響を補償することが可能であり,加速度情報に基づいた傾斜角度のフィードフォワード制御のみで安定かつ高速な搬送が実現できることが示されている.また,この技術の一つの実装として,遠隔回転中心を持つユニークな構造の2自由度傾斜アクチュエータを実現している.

本論文では,上記の手法を,それぞれ個別に解析し実験的に検証することで,それぞれの手法が,いずれも非接触物体ハンドリングの性能改善に優れた効果をもたらすことを示している.また,論文で述べられる最終試作機においては,磁気浮上機構,スカラ型力覚提示装置,2自由度傾斜アクチュエータを組み合わせ,上記の全ての技術を統合した実装例が示されており,ピックアップ,搬送,プレーシングといった一連の物体ハンドリング作業を,非接触浮上システムの安定性を損なうことなく行えることが示されている.

一連の研究成果は,非接触物体ハンドリング技術の性能向上や応用範囲の拡大に寄与する内容であり,本論文が主目的としている,人が操作するツール,としてだけでなく,産業用ロボットなどのオートメーション機器への適用も期待できるものである.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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