学位論文要旨



No 217378
著者(漢字) 森貞,和仁
著者(英字)
著者(カナ) モリサダ,カズヒト
標題(和) わが国の森林土壌における炭素蓄積に関する研究
標題(洋)
報告番号 217378
報告番号 乙17378
学位授与日 2010.07.02
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17378号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 丹下,健
 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 教授 鈴木,雅一
 東京大学 講師 益守,眞也
 宇都宮大学 教授 平井,英明
内容要旨 要旨を表示する

京都議定書以降、森林による二酸化炭素吸収機能が気候変動緩和策の一つとして注目され、森林生態系の炭素循環は、森林の生産力や物質循環の視点より、二酸化炭素吸収源としての森林の機能評価の視点から論議されるようになった。京都議定書での森林吸収源評価でも、第一約束期間内における土壌炭素貯留量の変化を評価することが求められている。森林が成立し十分な時間を経過して定常状態にある森林土壌の炭素蓄積の時間変動は小さいとされるが、温暖化や伐採等の施業が土壌の炭素蓄積にどのような影響を与えるかについては明らかになっていない。土壌中での有機物分解過程をモデル化して蓄積量変化を評価するプロセスモデルは数多く提案されているが、土壌中での炭素動態に関わるパラメーター等の決定のためのデータは不十分な状態にある。

本研究では、わが国の森林土壌における炭素蓄積の実態を明らかにするとともに、土壌炭素蓄積量に影響を与えている要因を検討し、全国規模での炭素蓄積量の算定と温暖化や施業等の影響予測の精度を向上させるためのわが国の土壌炭素モニタリングの在り方について議論することを目的として、林野土壌分類に基づいたわが国の森林土壌の炭素蓄積量の試算と現地での土壌生成と炭素蓄積に関する測定および同じ土壌区分に分類される土壌での炭素蓄積量にばらつきを生じる要因に関する検討等を行った。

第1章では、森林土壌の炭素蓄積機能に関する既往の文献に基づいて、土壌生成時間や植生、気候、母材、人為影響(施業等)が土壌炭素蓄積に及ぼす影響についてレビューし、わが国の土壌における炭素蓄積を規定する要因の特徴として、土壌生成時間の短さと土壌母材としての火山灰の影響を指摘した。

第2章では、既往の土壌調査結果を用いてわが国の土壌炭素蓄積量を試算した。林野土壌分類を集約して15の土壌区分を設定し、1950年代から1970年代に行われた全国規模の土壌調査データを集計して土壌区分別単位面積あたり土壌炭素蓄積量を算出し、国土数値情報から算出した土壌区分別面積に土壌区分毎に単位面積あたり土壌炭素蓄積量を乗じて土壌区分別炭素蓄積量を算出し、集計した。その結果、わが国の森林土壌が蓄積している炭素量は表層から深さ0.3mまでに2,180 Tg (1T g=1012 g)、深さ1mまでに4,570 Tgと推定された。深さ1mまでの土壌に蓄積されている炭素量のうち、褐色森林土群に分類される土壌の炭素蓄積量が3,086 Tgと最も大きく、次に黒色土群に分類される土壌の炭素蓄積量が949 Tgを占めた。単位面積あたり平均炭素蓄積量は深さ0.3mまでで9.0 kg m-2、深さ1mまでで18.8 kg m-2となった。単位面積あたり炭素蓄積量は土壌区分によって違っていたが、多くの土壌区分で炭素蓄積量の変動係数が40%程度あり、土壌炭素蓄積量のばらつきが大きかった。わが国の森林土壌の単位面積あたり土壌炭素蓄積量は世界平均より大きく、わが国と同じ温帯域にある近隣アジア諸国や米国大陸部、欧州各国に比べても大きかった。わが国の森林土壌の70%以上を占める褐色森林土は国際的な土壌分類のWRB分類で対応するCambisolsに比べて炭素蓄積量が明らかに大きかった。単位面積あたり土壌炭素蓄積量が大きい理由には、わが国は温帯モンスーン域に位置してバイオマスの生産力が高く土壌への有機物供給が多いうえ、風化の過程で非晶質遊離酸化アルミニウムや鉄等結晶化度の低い二次鉱物を多く生成する火山灰や火山噴出物が各地に分布しているため、黒色土に分類されていなくてもWRB分類のAndosolsに該当する土壌炭素蓄積特性を有する土壌が多く分布するためと考えられた。

第3章では、火山の噴火や地震等に伴う山体崩壊によって発生した新規の非固結岩屑堆積物における植生発達と土壌生成に伴う炭素蓄積過程の長期モニタリングと経過年数の異なる岩屑堆積物上に発達した森林土壌の炭素蓄積量調査、材料の化学性と炭素蓄積量との関係を調べるための火山灰や火成岩、堆積岩由来の材料の長期埋設試験の結果を示し、土壌の炭素蓄積に関わる土壌特性について検討した。岩屑堆積物における炭素蓄積の調査地は、いずれも冷温帯に位置し、山体はわが国の代表的な地質である安山岩質である。

新規の非固結岩屑堆積物における炭素蓄積については、1984年御嶽山岩屑なだれ堆積地で植生回復に伴う土壌生成過程を堆積直後から20年間モニタリングした。土壌炭素量と酸性シュウ酸塩抽出のアルミニウム(Alo)と鉄(Feo)で示される土壌の非晶質遊離酸化物(Alo+1/2Feo)含量に相関があることを明らかにし、土壌の炭素蓄積の進み方はバイオマスからの有機物供給よりも非晶質遊離酸化物の生成によって規定されていることを示唆した。

経過年数の異なる岩屑堆積物上に発達した森林土壌の炭素蓄積量調査は、1888年磐梯山岩屑なだれ堆積地、1783年浅間山鎌原岩屑流堆積地、1108年浅間山追分火砕流堆積地、888年八ヶ岳大月川岩屑流堆積地、および鳥海山象潟岩屑なだれ堆積地で行った。90年経過の磐梯山土壌の炭素蓄積は表層に限られ、蓄積された有機物の腐植化は進んでいなかった。200年経過の浅間山鎌原土壌は腐植化の進んだ有機物を蓄積していたが、炭素蓄積は表層に限られていた。浅間山追分土壌の炭素蓄積は900年近く経過しても表層に限られていた。1110年経過の八ヶ岳土壌で深さ0.3mまでの炭素蓄積量がわが国の森林土壌の平均レベルに達し、腐植化の進んだ有機物を蓄積していたが、下層での炭素蓄積、腐植化は進んでいなかった。約2600年経過の鳥海山土壌で深さ1mまでの炭素蓄積量がわが国森林土壌の平均レベルに達していた。八ヶ岳土壌の平均炭素蓄積速度は11 g m-2年-1で、世界的には高かった。炭素蓄積速度が高いのは土壌が非晶質遊離酸化物に富むためと考えられた。鳥海山土壌の平均炭素蓄積速度(7 g m-2年-1)は長期モニタリングから推定された欧州の森林土壌における現在の炭素蓄積速度と変わらず、鳥海山土壌の炭素蓄積は定常状態に達していると考えられた。比較した土壌の炭素含量は経過年数、非晶質遊離酸化物含量と相関が高く,風化による非晶質遊離酸化物生成の違いが土壌の炭素蓄積に違いをもたらしていることを示唆した。

十分に時間経過した土壌における非晶質遊離酸化物(Alo+1/2Feo)含量と炭素含量、炭素蓄積量の関係を調べた。Alo+1/2Feoが多い土壌ほど炭素蓄積量が大きい傾向が認められたが、Alo+1/2Feoが同じ時、土壌炭素蓄積量は火山灰を母材とする土壌の方が火山灰以外を母材とする土壌より大きい傾向が認められた。このことから酸性シュウ酸塩抽出のアルミニウムと鉄で示される非晶質遊離酸化物量の分析値と土壌炭素の安定化に関わる非晶質遊離酸化物量との対応関係が火山灰を母材とする土壌と火山灰以外を母材とする土壌では異なる可能性を指摘した。

亜熱帯に位置する沖縄県の森林の堆積有機物層直下に化学性の異なる材料を30年間埋設して、植生リターから十分な炭素供給のある条件で材料別炭素蓄積速度を比較し、火山灰由来のアカホヤで炭素蓄積量が著しく大きく、最も小さい安山岩由来の材料の8倍であること、アカホヤと火山灰では経過年数に伴って炭素蓄積量が増加するが、火山灰以外に由来する材料では炭素蓄積が頭打ちとなることを示した。材料の炭素蓄積量は材料の非晶質遊離酸化物(Alo+1/2Feo)含量と相関関係があることを示し、気温が高く有機物分解が急速に進む条件下で、易分解性土壌炭素が少なく、土壌炭素の大半を遅分解性炭素と難分解性炭素が占めると想定される条件では、土壌炭素蓄積量は非晶質遊離酸化物含量によって規定されることを示した。

第4章では、土壌炭素蓄積量の全国集計でみられた土壌区分内での土壌炭素蓄積量のばらつきの原因を検討するため、既報のデータを用いて、土壌群毎に細土の非晶質遊離酸化物(Alo+1/2Feo)含量と炭素含量の関係を検討した。遊離酸化物の量と質で特徴づけられる土壌生成作用や母材が分類基準となっているポドゾル群土壌や赤・黄色土群土壌については、温度条件等に加えてAlo+1/2Feo含量を評価することによって炭素蓄積量のばらつきを説明できる可能性が示唆された。一方、遊離酸化物の量や質に関わる土壌生成作用が分類の基準となっていない褐色森林土群土壌については、火山灰に由来する土壌と火山灰以外に由来する土壌を分けて温度環境やAlo+1/2Feoと炭素含量との関係をみることによって、ばらつきを説明できる可能性を示した。

わが国の森林土壌における炭素蓄積量変化を評価するためにCenturyモデルを改変して開発されたCentury-jfosモデルでは温度環境に基づく土壌炭素の分解率から土壌炭素動態を予測しており、土壌の炭素蓄積機能や蓄積されている土壌炭素の安定化に関する指標は組み込まれていない。温暖化の進行や長伐期化や間伐など施業に伴って土壌炭素蓄積量がどの様に変化するかを予測するには、易分解性土壌炭素の動態に強く影響を与える温度環境に関わる指標だけでなく、遅分解性・難分解性土壌炭素量に関わる土壌特性の指標をモデルに組み込む必要があること、遅分解性・難分解性土壌炭素量に関わる土壌特性として、土壌炭素の安定化に関わる非晶質遊離酸化物を指標する分析値であるAlo+1/2Feoと土壌母材としての火山灰の影響度を指標する分析値であるP retentionを全国土壌炭素モニタリングの測定項目に加える必要があることを指摘した。

審査要旨 要旨を表示する

森林の二酸化炭素吸収・貯留機能の活用が温暖化緩和策の一つとして注目され、森林に貯留されている炭素の大半を占める土壌炭素量に気候変動がどのような影響を与えるかに関心が持たれている。土壌中での有機物分解過程をモデル化して炭素蓄積量変化を評価するプロセスモデルは数多く提案されているが、土壌中での炭素動態を規定している要因に関する知見は不十分な状況にある。本論文は、わが国の森林土壌の炭素蓄積の実態を明らかにするとともに、わが国の森林土壌における炭素蓄積量を規定する土壌要因を検討し、土壌炭素蓄積量の全国規模での算定と温暖化や施業等の影響予測の精度の向上に貢献する知見を得ることを目的としたものである。

第1章では、森林土壌の炭素蓄積機能に関する既往文献に基づき、土壌生成時間や植生、気候、母材、人為影響(施業等)が炭素蓄積に及ぼす影響についてレビューし、わが国の森林土壌における炭素蓄積を規定する要因の特徴として、土壌炭素の安定化に寄与する非晶質遊離酸化アルミニウムや鉄等を風化の過程で多く生成する火山噴出物が広く分布し、土壌母材となっていることを指摘している。

第2章では、1950~70年代の全国規模の土壌分析データを用いて、わが国の森林土壌の炭素蓄積量を算定し、表層から深さ0.3mまでに2,180 Tg、深さ1mまでに4,570 Tgと推定した。単位面積あたり平均炭素蓄積量は深さ0.3mまでで9.0 kg m-2、深さ1mまでで18.8 kg m-2とし、世界平均のそれぞれ5.1、10.8 kg m-2に比べて有意に大きいことを明らかにした。また土壌区分ごとの炭素蓄積量の変動係数が40%程度とばらつきが大きいこと、わが国の森林土壌の70%以上を占める褐色森林土は国際的な土壌分類(WEB分類)で対応するCambisolsに比べて炭素蓄積量が有意に大きいことを指摘している。褐色森林土の土壌炭素蓄積量が大きい理由として、土壌母材への火山噴出物の混入によって土壌断面形態では黒色土に分類されなくても黒色土に類似した土壌炭素蓄積特性を有する褐色森林土が多く分布するためと指摘している。

第3章では、土壌生成と植生発達に伴う土壌炭素蓄積過程や植生からの炭素供給が十分な条件での炭素蓄積を調査し、炭素蓄積量を規定する土壌特性について検討している。

山体崩壊による新規な非固結岩屑堆積物での20年間のモニタリングから、火山噴出物が含まれる堆積物で酸性シュウ酸塩抽出のアルミニウム(Alo)と鉄(Feo)で示される非晶質遊離酸化物含量(Alo+1/2Feo値)が増大したこと、植生発達によって有機物供給量が多くAlo+1/2Feo値も大きい堆積物で炭素蓄積量が増大したことを示した。90~2500年を経過した堆積物でも、Alo+1/2Feo値が大きいほど炭素蓄積量が大きい傾向を示した。森林内に30年間埋設した材料では、Alo+1/2Feo値が大きいほど炭素蓄積量が大きいことを示した。また母材が特定されている森林土壌の分析データを解析し、Alo+1/2Feo値が同じ場合、土壌炭素蓄積量は火山灰を母材とする土壌の方が火山灰以外を母材とする土壌より大きい傾向があることを明らかにした。このことからAlo+1/2Feo値と土壌炭素の安定化に関わる非晶質遊離酸化物量との対応関係が火山灰を母材とする土壌と火山灰以外を母材とする土壌では異なる可能性を指摘している。

第4章では、炭素蓄積量の全国集計でみられた土壌区分内での炭素蓄積量のばらつきの原因の検討を通して、わが国の森林土壌の炭素蓄積量を規定する土壌特性について総合的に考察し、炭素蓄積量の算定や変動予測には易分解性土壌炭素量を規定する気温や水分条件だけでなく、遅分解性・難分解性土壌炭素量を規定する土壌特性を炭素動態モデルのパラメータに組み入れる必要性を指摘している。土壌炭素の安定化に関わる非晶質遊離酸化物含量の指標として広く認められているAlo+1/2Feo値に加え、Alo+1/2Feo値と土壌炭素の安定化に関わる非晶質遊離酸化物量との対応関係が土壌母材への火山灰の混入の有無によって異なることから土壌母材としての火山灰の影響度の指標としてP retention(リン酸保持量)を、わが国の土壌炭素モニタリングの測定項目に加える必要性を新たに提案した。

以上のように本研究は、わが国の森林土壌の炭素蓄積量を初めて算定するとともに、土壌炭素蓄積過程の長期モニタリングや大量の既存の土壌分析データに基づき、わが国の森林土壌における炭素動態を推定するために必要な土壌特性値を提案したものであり、学術上及び地球温暖化対策としての森林生態系管理への応用上、貢献するところが多い。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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