学位論文要旨



No 217381
著者(漢字) 張,文光
著者(英字) ZHANG,Wenguang
著者(カナ) チョウ,ブンコウ
標題(和) ヒト内皮細胞および癌細胞におけるアポトーシス誘導因子に関する研究
標題(洋) Studies on apoptosis-inducing factor in human endothelial and cancer cells
報告番号 217381
報告番号 乙17381
学位授与日 2010.07.02
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第17381号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中山,裕之
 東京大学 准教授 久和,茂
 東京大学 准教授 内田,和幸
 東京大学 特任教授 小野寺,節
 東京大学 特任教授 日下部,守昭
内容要旨 要旨を表示する

アポトーシスは、虚血に続発する冠血管内皮傷害および心筋損傷の重要な特徴として同定されています。内皮細胞のアポトーシスは、アテローム性動脈硬化症の早期にもみられます。アポトーシスを制限する戦略が、虚血の結果生じる血管損傷および心筋障害を低減させることが認められています。アポトーシスのダウンレギュレーションは、癌死に至る抗癌剤耐性にとっても重要です。したがって、アポトーシスに至る段階の発現、制御、およびシグナル伝達経路を同定することが重要であります。一般に、アポトーシスはカスパーゼの活性化の結果生じるものであると考えられています。アポトーシス誘導因子 (apoptosis-inducing factor, AIF)は新しく記述された経路であり、カスパーゼ活性化に依存しない細胞傷害に至るものです。AIFは、正常細胞のミトコンドリアの膜間に位置するフラビンタンパク質です。アポトーシスの誘導時に、AIFはサイトゾルを通じてミトコンドリアから核に移行し、核内でクロマチン凝縮および大規模なDNA断片化に関与します。ここでわれわれは、ヒト冠動脈内皮細胞 (HCAEC) および前立腺癌細胞 (LNCaP)におけるAIFの存在を同定し、酸化低密度リポタンパク質 (ox-LDL) 誘導内皮細胞アポトーシスおよびシスプラチン誘導癌細胞アポトーシスにおけるAIFの役割を検討しました。この試験は、血管疾患の病因および抗癌剤耐性のメカニズムのわれわれの理解を強化するものと思われます。

第1章では、ヒト冠動脈内皮細胞におけるアポト-シス誘導因子の同定。逆転写PCRおよびウエスタンブロットを用いて、AIFのmRNAおよびタンパク質の発現を測定しました。培養したHCAECを、ox-LDL (10-40μg/ml)、アンジオテンシンII (10-9-10-6 M)、またはTNF-α (0.1-10ng/ml)で処理しました。AIFは、未刺激のHCAECではほとんど検出されませんでした。しかし、ox-LDLでの処理により、AIFの発現が濃度および時間依存的に有意に亢進しましたが、アンジオテンシンIIまたはTNF-αでの処理ではそれは認められませんでした。DNA配列解析により、HCAECにおけるAIFの存在が実証されました。汎カスパ-ゼ阻害剤Z-VAD-FMKで細胞を処理しましたが、ox-LDLに媒介されたAIFタンパク質の発現は変化しませんでした。ox-LDLに媒介されたAIF発現のアップレギュレ-ションは、アクチノマイシンDにより阻害され、転写調節が示唆されました。さらに、ox-LDLで細胞を処理し、免疫細胞化学により測定した結果、AIFがミトコンドリアから核に移行しました。これらのデ-タから、AIFはHCAECにおいて発現し、ox-LDLによりアップレギュレ-トされることが示唆されています。

第2章では、ヒト冠動脈内皮細胞アポト-シスにおけるAIFの役割。本試験は、HCAECのox-LDL誘導アポト-シスにおけるAIFの病態生理学的役割を決定するためにデザインされました。細胞をox-LDL (10-40μg/ml)で24時間培養、処理しました。ox-LDLにより、AIFの発現が増加し、アポト-シスが生じ(TUNEL染色および大規模なDNA断片化により測定)、細胞質から核へのAIFの移行が減少しました。HCAECを汎カスパ-ゼ阻害剤zVAD-FMKで前処理しましたが、ox-LDLに反応したAIF媒介アポト-シスに影響はありませんでした。われわれは、翻訳開始点が重複した相補的配列に結合するヒトAIF mRNA配列 (AIF-AS)の5'- TCG CCG AAA TGT TCC GGT GTG GA-3' 位を標的とする特異的アンチセンスオリゴヌクレオチドを開発しました。細胞をAIF-ASで24時間前処理し、イムノブロット解析で測定したところ、ox-LDLによりアップレギュレ-トされたAIFタンパク質が抑制されました。AIF-ASも、アポト-シスおよびAIFの移行を減少させました(P < 0.01 対 ox-LDL単独)。次にわれわれは、サイトメガロウイルスプロモ-タ-を有する発現ベクタ- pcDNA3.1に全長AIF cDNAを挿入し、AIFの組換えプラスミドを作成しました。プラスミドでトランスフェクトしたHCAECは、AIFの発現、広範なアポト-シス、および細胞質から核へのAIFの移行において、2~4倍の増大を示しました。これら2つのアプロ-チの結果は、AIFがox-LDL誘導内皮傷害において重要な役割を果たすことを示しています。

第3章では、アテロ-ム性動脈硬化症血管におけるアポト-シス誘導因子の過剰発現。ここでわれわれは、AIF cDNAでの内皮細胞のトランスフェクションによるAIFのアップレギュレ-ションを記述しました。培養ヒト動脈内皮細胞を、pcDNA-AIF (1-10μg/ml)で24~48時間トランスフェクトしました。AIFの発現がpcDNA-AIFトランスフェクト細胞において亢進し、コメットアッセイおよび大規模のDNA断片化により測定した結果、AIFの過剰発現がアポト-シスを引き起こしたことがわかりました。アテロ-ム硬化組織は、ox-LDLと同じくアポト-シス細胞に富むため、われわれは、ヒトアテロ-ム性動脈硬化症血管におけるAIFの発現を検討しました。正常の動脈域ではアポト-シスまたはAIFがみられなかったのに対し、アテロ-ム性動脈硬化症血管では、著しいアポト-シスおよびAIFの著明な発現が示されました。免疫染色により、主に増殖と密接したAIFの局在化が示されました。これは、ヒトアテロ-ム硬化組織におけるAIFを初めて示したものです。AIFのアップレギュレ-ションは、ox-LDLの蓄積の結果であると思われます。

第4章では、アポト-シス誘導因子の核移行は、LNCaP前立腺癌細胞におけるシスプラチン誘導アポト-シスと関連します。前立腺癌は、シスプラチン化学療法に対して抵抗性であると考えられています。シスプラチンに対する抵抗性の新しい原因を同定するために、われわれは、前立腺癌でのシスプラチン誘導細胞死におけるカスパ-ゼ非依存性アポト-シスを媒介するAIFの役割を探究しました。汎カスパ-ゼ阻害剤Z-VAD-FMKでの処理と同じく、LNCaP細胞におけるシスプラチン誘導アポト-シスはAIF阻害剤N-アセチル-L-システイン (NAC)により抑制され、NACによるLNCaP細胞の処理はAIFの核への移行を妨げ、AIFの組換え遺伝子の過剰発現はアポト-シスを増加させました。われわれの結果は、AIFが前立腺癌細胞におけるシスプラチン誘導アポト-シスと関連していることを示唆しています。

要約すると、AIFはox-LDLで処理されたHCAECにおいて濃度および時間依存的に発現し、ox-LDLによりアップレギュレ-トされたAIFの発現は、細胞質から核へのAIFの移行と関連しています。AIF mRNAを標的としたアンチセンスオリゴヌクレオチドは、AIFの発現およびアポト-シスを抑制します。組換えpcDNA-AIFは、AIFの発現およびアポト-シスをアップレギュレ-トしました。ヒトアテロ-ム性動脈硬化症血管におけるAIFの過剰発現は、進行したアテロ-ム性動脈硬化症の領域でのアポト-シスにおけるAIFの病理学的役割に関する証拠を示しました。AIFの核移行およびAIFの組換え遺伝子の過剰発現は、前立腺癌細胞におけるアポト-シスを増加させました。したがって、AIFは、内皮細胞におけるアポト-シス誘導の病理学的メカニズムであると思われます。また、癌化学療法でのシスプラチンに対する感受性の亢進という点で、AIFは興味深い新規タンパク質であることが判明されるかもしれません。AIF経路は、ヒト内皮細胞および癌細胞におけるカスパ-ゼおよびその他のアポト-シス経路の重要性を否定するものではありません。

審査要旨 要旨を表示する

アポトーシスはカスパーゼの活性化の結果生じると考えられている。しかしながら、最近明らかにされたアポトーシス誘導因子 (apoptosis-inducing factor, AIF)による経路はカスパーゼ活性化に依存せずに細胞傷害に至る経路である。AIFは、正常細胞のミトコンドリアの膜間に位置するフラビンタンパク質で、アポトーシス誘導時に、ミトコンドリアから核に移行し、クロマチン凝縮および大規模DNA断片化に関与する。申請者は、ヒト冠動脈内皮細胞 (HCAEC) および前立腺癌細胞 (LNCaP)におけるAIFの存在を確認し、酸化低密度リポタンパク質 (ox-LDL) 誘導内皮細胞アポトーシスおよびシスプラチン誘導前立腺癌細胞アポトーシスにおけるAIFの役割を検討した。

第1章では、HCAECにおけるAIFの発現をしらべた。HCAECを、ox-LDL (10-40μg/ml)、アンジオテンシンII (10-9-10-6 M)またはTNF-α (0.1-10ng/ml)で処理し、逆転写PCR法およびウエスタンブロット法を用いて、AIFのmRNAおよびタンパク質の発現を測定した。ox-LDL処理により、AIFの発現が濃度および時間依存的に有意に亢進したが、アンジオテンシンIIまたはTNF-α処理で発現亢進は認められなかった。ox-LDLによるAIF発現のアップレギュレ-ションは、アクチノマイシンDにより阻害された。これらの結果から、AIFはHCAECで発現し、ox-LDLによりアップレギュレ-トされることが示された。

第2章では、HCAECアポト-シスにおけるAIFの役割をしらべた。ox-LDL処理により、AIFの発現が増加、細胞質から核へ移行し、アポト-シスが生じた(TUNEL染色および大規模なDNA断片化により確認)。HCAECを汎カスパ-ゼ阻害剤zVAD-FMKで前処理したが、ox-LDLによるAIF媒介アポト-シスには影響しなかった。HCAECを、ヒトAIF mRNA配列の5'- TCG CCG AAA TGT TCC GGT GTG GA-3'位を標的とする特異的アンチセンスオリゴヌクレオチド(AIF-AS)で24時間前処理したところ、ox-LDLによりアップレギュレ-トされたAIFタンパク質発現が抑制さた。また、アポト-シスとAIFの核移行も減少した。次に、サイトメガロウイルスプロモ-タ-を有する発現ベクタ- pcDNA3.1に全長AIF cDNAを挿入し、AIFの組換えプラスミドを作製した。プラスミドでトランスフェクトしたHCAECでは、AIFの発現と細胞質から核への移行およびアポト-シス細胞数が、2~4倍増加した。

第3章では、ヒトのアテロ-ム性動脈硬化症血管におけるAIFの発現を検討した。正常の動脈ではAIFの発現増加とアポト-シスはみられなかったのに対し、アテロ-ム性動脈硬化症の血管では、AIFの著明な発現と著しいアポト-シスが観察された。また、免疫染色により病変部に密接してAIFが局在していた。これはヒトアテロ-ム硬化病変におけるAIFの発現を初めて示したものである。

第4章では、LNCaPのシスプラチン誘導細胞死におけるAIFの役割をしらべた。LNCaPのシスプラチン誘導アポト-シスは、汎カスパ-ゼ阻害剤Z-VAD-FMKばかりでなくAIF阻害剤N-アセチル-L-システイン (NAC)によっても抑制された。NAC処理はAIFの核移行を妨げた。また、AIF遺伝子の過剰発現によりアポト-シスが増加した。これらの結果は、前立腺癌細胞のシスプラチン誘導アポト-シスにもAIFが関連していることを示すものである。

以上、HCAECではox-LDL処理、LNCaPではシスプラチン処理によってAIFの発現を介したアポト-シス経路が進行することが示唆された。また、ヒトアテロ-ム性動脈硬化症血管ではAIFが過剰発現して内皮細胞のアポト-シスを誘発することが示された。これらの結果から、AIFは動脈硬化および癌の治療において興味深い新規タンパク質であると考えられた。従って、審査委員一同は申請者が博士(獣医学)に充分に相当すると判定した。

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