学位論文要旨



No 217386
著者(漢字) 岡本,雅子
著者(英字)
著者(カナ) オカモト,マサコ
標題(和) 新規DAPK阻害剤 : インシリコ技術を用いた活性化合物の探索と構造活性相関
標題(洋)
報告番号 217386
報告番号 乙17386
学位授与日 2010.07.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17386号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,祐一
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 内山,真伸
 東京大学 准教授 杉田,和幸
内容要旨 要旨を表示する

中枢神経組織(脳・脊髄)、心臓は損傷時の自己再生能が極めて低い臓器であり、一度損傷を受けると修復機構が乏しいため組織の完全な機能回復は難しいとされている。また、脳梗塞、心筋梗塞等は日本人の主要死因の上位に挙げられており、その予防および発症・救命後の患者のQOLの維持には多くの解決すべき課題が残されている。

脳梗塞、心筋梗塞等の発症後のQOLは、障害時の当該組織中の細胞死の割合に依存すると考えられている。すなわち、障害時の一次損傷あるいはその後に発生する炎症反応等による二次損傷に伴う細胞死をできるだけ食い止めることができれば、当該組織の機能を維持できる可能性が考えられる。

DAPK (Death-Associated Protein Kinase)は、細胞死・ガン抑制に関連するプロテインキナーゼとして知られ、様々な細胞死刺激により活性化され細胞死を導くことが報告されており、DAPK 阻害剤は、細胞死を阻止する作用により、脳梗塞を初めとする各種の神経細胞死を伴う疾患の進行の阻止又は遅延を可能とすることが期待される。しかしDAPK 阻害剤の報告数・構造的多様性は非常に少なく、構造展開のために適したスキャフォールドは現実的に皆無に等しい状況であった。

一方、代表的な活性化合物探索手法としてはHTS があり、大手製薬会社を中心に大規模スクリーニングがなされているが、サンプルの収集・維持に多大な労力がかかること、実施にコストが嵩むことなどの問題が明らかとなってきた。しかしヒット化合物が得られた報告は増えてきており、知られていない有望な活性を有する化合物が既に入手可能な化合物群中に存在する可能性は高いと考えられる。よって、構造既知・活性未知の化合物群からより効率的に目的の活性を有する化合物をピックアップできれば、医薬化学・創薬科学・ケミカルバイオロジーに大きく貢献するはずである。

このような観点から、1990年代後半よりin silico スクリーニング手法が開発されてきた。しかし現時点では、コンピュータ計算に頼るバーチャルスクリーニングは、網羅的に膨大な化合物群に対するドッキング計算をただ実施するにとどまり、必ずしも効率的とはいえず、またその成否がプログラムやコンピュータの計算能力に依存するところが大きい。

以上の背景から本研究では、第一に、新規DAPK 阻害剤開発のための有用な化合物スキャフォールドを得ること、ならびにその技術を確立すること、を目的に設定した。さらに、新規スキャフォールドが得られた際には、その構造展開において構造活性相関情報の取得が必須となる。そこで、第二に、本研究で提案する新規DAPK 阻害剤スキャフォールドに関する構造活性相関情報を獲得することを目的とした。

1章 Structure-Based Virtual Screening (SBVS)による新規DAPK 阻害剤の探索

新規DAPK阻害剤探索のために、これまで膨大な化合物群に対するドッキング計算をただ実施し必ずしも効率的とはいえなかったバーチャルスクリーニングの課題を解決しようとした。目的は新規スキャフォールドの取得であるから、in silico スクリーニングに供するデータベースは、後の構造展開に適した構造が望ましく、また、入手可能な化合物群に多数存在する重複類似構造の排除が必要と考えた。そこで、約500万化合物の市販化合物データベースに対し、1つの化合物が複数のサプライヤーから供給されているような重複化合物の除去は当然行うとともに、さらに、構造式の特徴が類似するものの中から代表的なものを選抜するため、化合物の特性を表現することのできるフィンガープリントを各化合物に対して計算した上でクラスタリングを行い、VS用データベースを作成した。

SBVSでは、創薬標的タンパク質のX 線複合体結晶構造がある場合、そのタンパク質三次元構造そのままを用いてドッキング計算をするのが通常であるが、創薬標的タンパク質に結合しうる化合物として多様なスキャフォールドを有する新規阻害剤候補化合物を得るため、複数の既知活性化合物との複合体モデルを作成した。すなわち、一つのX 線複合体結晶構造のタンパク構造に対し、4つのリガンドを同時に結合させた状態で、分子動力学計算を実施することにより複合体モデルを構築した(図1)。

次に、複合体モデルの有用性の検証を、X 線複合体結晶構造との比較により行った結果、X線複合体結晶構造を用いたいずれの結果よりも、複合体モデル構造を用いた結果の方がDAPKリガンド7個が上位にランキングされることがわかった。このことから、本項で提案した複合体モデル構築法により精度の高いSBVS が可能となると判断した。

構築したタンパク質-リガンド複合体モデルの三次元構造を使用し、VS 用データベース(約40 万化合物)を対象として、CONSENSUS-DOCKによるドッキング計算を実施した。計算終了後、ドッキングスコアにより出力結果をソートし、キナーゼ阻害剤に必須と考えられるヒンジ領域との水素結合点にファーマコフォアを設定し、これを満たす化合物を選択した。絞り込んだ化合物群に対し、結合様式が後の構造展開にも適したものを選択するためコンピュータ画面を用いた目視を行い、阻害剤候補化合物リストを作成した。

阻害剤候補100 化合物について、DAPK 阻害活性試験を実施した。その結果、化合物濃度が10μMでDAPK 阻害活性が50%以上であったヒット化合物が4つ見出され、いずれもDAPK阻害剤としては新規なスキャフォールドを有するものであった。このうちcomp 3は、化合物濃度 1μMでも71%の強い阻害活性を示し、分子量が250 程度と今後の化合物展開が十分可能な化合物である。これにより、上述のバーチャルスクリーニング技術を用いることによって、構造既知・活性未知の化合物群から効率的に目的の活性を有する化合物をピックアップすることに成功した。

2章 ヒット化合物を基礎とした活性向上のための構造展開

次に後の構造展開作業に指針を与えるべく、得られた新規スキャフォールドに関する構造活性相関情報を取得する研究を展開した。そのためにまず、1st スクリーニングで最もDAPK 阻害活性の強かったcomp 3について、CONSENSUS-DOCKの出力結果からATP 結合領域での結合様式を解析した(図2)。その結果、comp 3 ピリジニル基窒素原子とヒンジ領域のVal96 主鎖NH が水素結合を形成し、周辺アミノ酸側鎖との疎水性相互作用により、安定な結合様式をとるため、高阻害活性を示すと予想した。

本予想結合様式を実際に化合物間の活性比較により確認し、更に活性発現に必須の構造を決定することを目的として、comp 3をクエリとした類縁化合物検索を実施した。Comp 3との類似度が高いものから、特にピリジニル基・オキサゾロン環・フェニル基の各部分構造の活性発現への重要性の理解に寄与しうる化合物を目視により選択した。

ヒット化合物の類縁化合物検索により選択した化合物のDAPK 阻害活性から、予想結合様式でヒンジ領域との水素結合点を提供すると予想されるピリジニル基、そしてオキサゾロン環は活性発現に必須の部分構造であると考えた。Comp 3のフェニル基部分は、置換基を有するフェニル基が特に有望であると考えた。

以上得られた情報から、高い阻害活性に重要と予想した部分構造2種を決定し、さらに詳細な構造活性相関情報の取得作業を遂行した。3-ピリジニル体を有する化合物群のDAPK 阻害活性を調べたとところ、フェニル基上の置換基によって活性に差が出ることがわかった。

フェニル基上に同じ置換基を有する化合物同士を比較すると、3-ピリジニル体では高い活性がみられるのに対し、4-ピリジニル体では活性が消失するということがわかった。そこで、これら各化合物ペアのDAPK への結合エネルギー(ΔG)を計算し比較したところ、いずれも3-ピリジニル体のほうがよい値を示し、DAPK 阻害活性の有無と対応する結果であった。3-ピリジニル体と4-ピリジニル体の予想結合様式や上記の結果から、3-ピリジニル体のほうが安定な結合様式であり(図3)、活性上昇を目指した化合物展開により適していると考えた。

3-ピリジニル体を有する高活性化合物中、Comp 14はIC50=148nMであり、現在知られているDAPK 阻害剤の中で最も強い活性を有する化合物であることがわかった(図3)。

以上得られた知見から、フェニル基上の置換基の性質、また置換位置が活性に大きな影響を及ぼすことが判明したので、定量的構造活性相関(QSAR)の解析を行った。その結果、分子密度及び負電荷を帯びた分子表面が大きく寄与する高い相関係数の相関式が得られた。本相関式は、今後高次アッセイに伴い必要とされた場合の更なる化合物展開の指標となると考えている。

また、本研究で見出した3-ピリジニル部分構造を有するDAPK 阻害剤に対し、キナーゼ選択性試験を行った。その結果、試験を行った5化合物全てにDAPKに対する高い選択性があることが明らかとなった。

したがって、本研究で見出した新規DAPK 阻害剤は、現在報告されている中でも高活性かつ高選択性を有するものであり、脳梗塞を初めとする各種の神経細胞死を伴う疾患の治療薬開発の一助となると考えている。(特許出願中; JP2007-331922, WO2008-JP3879)

図1 タンパク質-リガンド複合体モデルの構築

図2 Comp3のDAPK キナーゼドメインATP 結合領域での結合様式の解析

図3 3-ピリジニル体(comp 14)予想結合様式

審査要旨 要旨を表示する

岡本雅子は「新規DAPK阻害剤 -インシリコ技術を用いた活性化合物の探索と構造活性相関-」と題し、以下の研究を行った。

DAPK (Death-Associated Protein Kinase)は、細胞死・ガン抑制に関連するプロテインキナーゼとして知られ、様々な細胞死刺激により活性化され細胞死を導くことが報告されており、DAPK阻害剤は、細胞死を阻止する作用により、脳梗塞を初めとする各種の神経細胞死を伴う疾患の進行の阻止又は遅延を可能とすることが期待される。しかしDAPK阻害剤の報告数・構造的多様性は非常に少ない状況であった。

一方、代表的な活性化合物探索手法としてはHTSがあるが、実施にコストが嵩むことなどが問題となってきた。そこで、それを補う方法として1990年代後半よりin silicoスクリーニング手法が開発されてきた。しかし現時点では、コンピュータ計算に頼るバーチャルスクリーニングは、網羅的に膨大な化合物群に対するドッキング計算をただ実施するにとどまり、必ずしも効率的とはいえない。

以上の背景から第一に、新規DAPK阻害剤開発のための有用な化合物スキャフォールドを得ること、ならびにその技術を確立すること、を目的に設定した。さらに、新規スキャフォールドが得られた際には、その構造展開において構造活性相関情報の取得が必須となる。そこで、第二に、本研究で提案する新規DAPK阻害剤スキャフォールドに関する構造活性相関情報を獲得することを目的とした。

1.Structure-Based Virtual Screening (SBVS)による新規DAPK阻害剤の探索

新規DAPK阻害剤探索のために、これまで膨大な化合物群に対するドッキング計算をただ実施し必ずしも効率的とはいえなかったバーチャルスクリーニングの課題を解決するため、約500万化合物の市販化合物データベースに対し、重複化合物の除去は当然行うとともに、さらに構造式の特徴が類似するものの中から代表的なものを選抜するため、化合物の特性を表すフィンガープリントを各化合物に対して計算した上でクラスタリングを行い、VS用データベースを作成した。

また、創薬標的タンパク質に結合しうる化合物として多様なスキャフォールドを有する新規阻害剤候補化合物を得るため、一つのX線複合体結晶構造のタンパク構造に対し、4つのリガンドを同時に結合させた状態で、分子動力学計算を実施することにより複合体モデルを構築した(Fig.1)。

構築したタンパク質-リガンド複合体モデルの三次元構造を使用し、VS用データベース(約40万化合物)を対象として、CONSENSUS-DOCKによるドッキング計算を実施した。計算終了後、ドッキングスコアおよびファーマコフォアにより絞り込んだ化合物群に対し、コンピュータ画面を用いた目視を行い、阻害剤候補化合物リストを作成した。

阻害剤候補100化合物についてDAPK阻害活性試験を実施した結果、化合物濃度が10μMでDAPK阻害活性が50%以上であったヒット化合物が4つ見出され、いずれもDAPK阻害剤としては新規なスキャフォールドを有するものであった。中でもcomp3(Fig.2)は、化合物濃度 1μMでも71%の阻害活性を示し、分子量は250.3と今後の化合物展開が十分可能な化合物であった。これにより、上述のバーチャルスクリーニング技術を用いることによって、構造既知・活性未知の化合物群から効率的に目的の活性を有する化合物をピックアップすることに成功した。

2.ヒット化合物を基礎とした活性向上のための構造展開

次に後の構造展開作業に指針を与えるべく、得られた新規スキャフォールドに関する構造活性相関情報を取得する研究を展開した。そのためにまず、1st スクリーニングで最もDAPK阻害活性の強かったcomp 3について、ドッキング計算の出力結果からATP結合領域での結合様式を解析した。その結果、comp 3ピリジニル基窒素原子とヒンジ領域の主鎖の水素結合、及び周辺アミノ酸側鎖との疎水性相互作用により、安定な結合様式をとるため高阻害活性を示すと予想した。

本予想結合様式を実際に化合物間の活性比較により確認し、更に活性発現に必須の構造を決定することを目的として、comp 3をクエリとした類縁化合物検索を実施した。Comp 3との類似度が高いものから、特にピリジニル基・オキサゾロン環・フェニル基の各部分構造の活性発現への重要性の理解に寄与しうる化合物を目視により選択した。

選択した化合物のDAPK阻害活性から、予想結合様式でヒンジ領域との水素結合点を提供すると予想されるピリジニル基、そしてオキサゾロン環は活性発現に必須の部分構造であり、comp 3のフェニル基部分は、置換基を有するフェニル基が特に有望であると考えた。

フェニル基に置換基を有する高活性化合物中、Comp 14はIC50=148nMであり、現在知られているDAPK阻害剤の中で最も強い活性を有する化合物であることがわかった(Fig.3)。

また、本研究で見出した新規DAPK阻害剤に対し、キナーゼ選択性試験を行った。その結果、試験を行った5化合物全てにDAPKに対する高い選択性があることが明らかとなった。したがって、本研究で見出した新規DAPK阻害剤は、現在報告されている中でも高活性かつ高選択性を有するものであり、脳梗塞を初めとする各種の神経細胞死を伴う疾患の治療薬開発の一助となると考えられる。

以上の業績は、薬学分野における医薬品化学の進歩に貢献するものと考えられ、博士(薬学)の授与に値するものと考えられる。

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