学位論文要旨



No 217389
著者(漢字) 宮本,恵成
著者(英字)
著者(カナ) ミヤモト,ヨシナリ
標題(和) Legg-Calve-Perthes病を含む股関節病変が多発した家系と、耳・脊椎・巨大骨端異形成症患者におけるII型コラーゲン遺伝子変異の同定
標題(洋)
報告番号 217389
報告番号 乙17389
学位授与日 2010.07.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第17389号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古川,洋一
 東京大学 准教授 馬淵,昭彦
 東京大学 特任教授 高取,吉雄
 東京大学 准教授 田中,栄
 東京大学 准教授 北中,幸子
内容要旨 要旨を表示する

第1部 Legg-Calve-Perthes病(LCPD)を含む股関節病変が多発した家系におけるII型コラーゲン遺伝子変異の同定

<背景・目的>

Legg-Calve-Perthes病(以下LCPD)は、2歳から骨端線閉鎖前までの小児に発症し、当該股関節の疼痛と跛行を生じる。特徴的なことは、単純X線写真において罹患側大腿骨の近位骨端核が扁平化した像が観察されることである。経過とともに骨端核は分節化し、2~5年の経過で修復される。本邦での発生率は、小児10万人に対し0.9人と報告されている。多くの症例は孤発例だが、複数の罹患者を含む家系も報告されており、本邦においても複数の報告がある。また別のコホート研究では罹患者の第1度近親におけるLCPDの発生率は2.5%であり、一般集団における発生率の35倍と報告されている。これまでにLCPD孤発例を対象とした研究から、血液凝固第V因子やβフィブリノーゲン遺伝子における多型が発症と相関する可能性が指摘されている。しかしエビデンスとして強力な、家系内での多発例を対象とした原因遺伝子の研究は、これまでに報告されていない。

本研究の目的は、LCPDを含む股関節病変が多発した家系を対象として遺伝子解析を行い、LCPDの原因遺伝子を探索し、LCPDの病因解明および新しい治療法の開発につなげることである。

<発端者の所見>

発端者1 13歳女性

【主訴】両股関節痛、跛行、右股関節の可動域制限【現病歴】12歳時に誘因なく右股関節痛が出現した。跛行があり、右股関節の動きが悪いことにも気づいた。また数か月後から、左股関節痛も出現した。【身体所見】身長150cm(-0.4 SD)、体重45 kg (+0.3 SD)であった。股関節可動域は内外旋の軽度制限を認め、Fabere test 陽性であった。逃避性跛行もみられた。四肢大関節の変形、指趾・顔貌の異常、硝子体変性、網膜変性、聴覚障害等は認めなかった。【検査所見】MRI T1強調像で両側大腿骨頭の前外側に低信号域が描出され、その範囲は右側で広かった。

発端者2 13歳男性:発端者1の弟

【主訴】両股関節痛【現病歴】数カ月前から、誘因なく両股関節痛が出現した。【身体所見】身長165.5cm (+0.8 SD)、体重50 kg (-0.1 SD)であった。股関節可動域では内外旋の軽度制限がありFabereテスト陽性であった。骨系統疾患の関与を示唆する前述のような身体所見は認めなかった。【検査所見】股関節単純X線写真では、両側大腿骨頭の軽度扁平化が見られた。MRI T1強調像では、両側大腿骨頭の前外側に低信号域が描出された。

<家系解析>

発端者2名が同朋であることから、家系解析を行うこととした。LCPD罹患が疑われる者は、発端者2名以外に5名あった。発端者の祖父は、両側の人工股関節全置換術を60歳時に受けていた。発端者の伯母は15歳時より股関節疾患を指摘されており、両側の人工股関節全置換術を42歳時に受けていた。発端者の父親は5歳6カ月時に右股関節痛を自覚した。7歳時のX線写真において右大腿骨頭骨端核の扁平化と分節化を指摘され、LCPDと診断された。9歳時には左大腿骨頭骨端核にも同様の変化を指摘された。発端者の従兄は12歳時に右股関節痛を自覚。股関節単純X線写真において、右大腿骨頭の骨端核の扁平化と分節化が認められ、LCPDと診断された。発端者の従妹には股関節痛などの既往はないが、股関節単純X線写真において、発端者1と同様な大腿骨頭の低形成がみられた。LCPDに罹患した既往を持つか、関連が疑われる骨変化を示す家系構成者は、両性にわたり各世代に存在していた。この事実は常染色体優性遺伝の形質を持つ遺伝性疾患と合致すると考えられた。さらに単純X線写真において明らかな骨頭の変化を認めなかった3症例に対して、骨頭径を計測する事で骨端核形成異常の有無を確認した。これによりこれらの3症例はいずれも正常に比べて骨端核の低形成があると考えられた。

<遺伝子解析>

連鎖解析のために、大腿骨頭の骨端形成にかかわると考えられる候補遺伝子(COL2A1, COL9A1-A3, MATN3, COMP, DTDST)に対して、各候補遺伝子に隣接するマイクロサテライトマーカー13カ所を選択した。COL2A1の隣接マーカー(D12S85, D12S368)のあるハプロタイプが表現型と完全連鎖していた。他の候補遺伝子に関してはこのような連鎖は見られず、LOD scoreの値も低かった。COL2A1遺伝子の全翻訳領域と隣接するイントロン領域における変異をPCR-ダイレクトシークエンス法にて解析した結果では、罹患者のゲノムにおいてエクソン50にヘテロの変異(c.3508G>A)を発見した。また、変異と表現型との共分離をHpy99IによるPCR-RFLP法を用いて解析したところ、検査できた家系構成者10名のうち罹患者7名は全員この変異を持ち、正常者3名は全員この変異を持っていなかった。

<考察>

我々は今回の家系において、II型コラーゲン遺伝子の変異を発見した。この変異(c.3508G>A, p.G1170S)はミスセンス変異であり、II型コラーゲンの基本構造であるGly-X-Y triple-helix repeatにおけるグリシンをセリンに変える。このようなアミノ酸変化はII型コラーゲンの構造を大きく変化させ、その正常な機能を減弱させるものと推測される。本ミスセンス変異が、この家系内の股関節変化と共分離すること、また健常人3名には認められないことから、LCPDを含む股関節所見の原因となっているものと考えられる。COL2A1変異がLCPDの発症に関わる機序として、コラーゲン異常により関節軟骨や軟骨下骨の脆弱性が生じ、骨頭の軟骨下における疲労骨折が起きやすくなるという仮説が考えられる。

II型コラーゲン異常症は成長期の小児において大腿骨近位骨端に異常をきたすさまざまな骨格異形成の原因となる。これらの疾患における骨端異形成は基本的に先天性、対称性及び進行性であり、視覚および聴覚の異常を伴うことが多い。典型的には今回の家系でみられたような再生の過程は見られない。この家系における罹患者はいずれも正常身長であり、明らかな視覚・聴覚の異常を認めなかった。したがって、今回の家系で発見されたCOL2A1変異は、これまでに知られているII型コラーゲン異常症とは明らかに異なる性質の症状をもたらしている。

本家系内の罹患者は、同じ変異をもつにもかかわらず、表現型は経過と重症度においてそれぞれ異なっている。また、今回の研究で同定したCOL2A1変異は、最近Liuらが成人発症特発性大腿骨頭壊死症(以下ION)の台湾人2家系において発見した変異と同一のものであった。この家系における罹患者はいずれも成人発症IONで、LCPDの症状を示したものはいなかった。このような同一の変異を持つ罹患者の臨床的な経過が家系内、及び家系間で異なる事に関しては、環境要因や他の遺伝的要因が影響している可能性が考えられる。

<まとめ>

LCPDの病態を含む常染色体優性遺伝の股関節病変が多発した日本人家系において、COL2A1のミスセンス変異を同定した。LCPDの原因としてCOL2A1遺伝子の異常はこれまで知られていなかった。したがって、特に家族発症例や両側発症例において、このCOL2A1遺伝子変異が一定の頻度で存在する可能性がある。LCPD患者における大規模なCOL2A1変異の検索を行い、頻度や予後を調査することは有用と考えられる。

第2部 II型コラーゲンに遺伝子変異のあるoto-spondylo-megaepiphyseal dysplasia (OSMED)の1例について

<背景・目的>

耳・脊椎・巨大骨端異形成症(oto-spondylo-megaepiphyseal dysplasia、以下OSMED)は顔面中央部の低形成、重篤な感音性難聴と変形性関節症の早期発症が特徴的な、比較的まれな骨系統疾患である。典型的には巨大な骨端が小児期にあり、成人期にはより目立たなくなることが少なくない。これまで本疾患の原因としてCOL11A2における変異が報告されている。

本研究ではOSMED患者におけるCOL2A1変異を初めて同定したので報告する。

<発端者の所見>

患者は22歳の日本人女性であった。主訴は両膝関節、両股関節、両肘関節の疼痛と拘縮であった。身長155cm(-0.1 SD)、体重47 kg(-0.8 SD)であった。2歳時より両側性の感音性難聴に罹患していた。網膜剥離や硝子体・網膜変性の所見は無かった。単純X線写真では膝関節と股関節に早期発症の変形性関節症を認め、骨端の拡大と脊椎の扁平化を伴っていた。

<遺伝子解析>

患者のDNAを用いてCOL2A1の全翻訳領域及び隣接するイントロンのダイレクトシークエンシングを行った。その結果、イントロン10のスプライスアクセプター部位におけるc.709 -2A>Gのヘテロ変異を同定した。この変異は、表現形が正常である両親のDNAには存在しなかった。このスプライスアクセプター部位の変異が転写にもたらす効果を確認するために行った、患者のリンパ芽球様細胞を用いてCOL2A1のRT-PCRを行った。その結果、予測される長さに加えて、エクソン11のみを欠損している産物とエクソン11と13を欠損している産物が得られた。in vitroでの効果を確かめるために、エクソン9-14のゲノムDNAをエクソントラッピングベクターへクローニングし、培養細胞内で発現させた。変異型のベクターからはエクソン11のみを欠失した短いmRNAが産生され、他の長さの産物は確認できなかった。

<考察>

スプライスに影響するCOL2A1変異は複数あり、ほとんどがStickler骨異形成症I型かKniest骨異形成症となる。本研究における患者では正常身長、高度な感音性難聴、骨端の拡大及び硝子体・網膜変性がないことよりOSMEDの表現型を示していると考えられる。これらの表現型はKniset骨異形成症やStickler骨異形成症としては典型的ではない。今回のエクソントラッピングの実験ではエクソン11のみのスキッピングが認められたが、患者のリンパ芽球様細胞ではエクソン11のみとエクソン11及び13のスキッピングが認められた。in vivoで複数エクソンのスキッピングが起こるためにはゲノム上のエクソン9-14以外の部分が必要か、あるいは細胞・組織特異的な何らかの要素によって制御されている可能性もある。いずれのスキッピングにおいても、異常なCOL2A1タンパクが産生され、OSMEDの原因となっているものと考えられる。

<まとめ>

今回のOSMEDにおけるCOL2A1の新規変異の発見は、OSMEDにおける遺伝的異質性の存在を確実とするものである。OSMEDを含むII型及びXI型コラーゲン異常症における、遺伝子型と表現型の関連性をさらに解析する必要があると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はLegg-Calve-Perthes病(以下LCPD)様の症状を呈する股関節疾患と耳・脊椎・巨大骨端異形成症(oto-spondylo-megaepiphyseal dysplasia、以下OSMED)の二つの骨関節疾患の症例について、その成因を明らかにする手がかりとしてそれぞれの症例の原因遺伝子及び遺伝子変異の探索を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.股関節痛を示す発端者の姉弟の経過と臨床・画像所見から遺伝性疾患の可能性を考え、家系解析を進めたところ、3世代にわたる11名からデータを収集できた。この結果、股関節疾患に罹患している家系構成者は発端者の他に5名存在し、両性にわたり各世代に存在していたことから、常染色体優性遺伝の遺伝形式をとっていることが示された。

2.罹患者の一部は典型的なLCPDの経過をたどっていたが、他の罹患者は軽度の大腿骨頭の変化のみにとどまっていた。この変化を定量的に判断するため、股関節単純X線写真について、大腿骨頭骨端核の高さ(EH)及び幅(EW)の計測を行った。軽症例はいずれもEWが回帰式により求められた推定値に近いのに対し、EHは明らかに小さい傾向にあった。これにより、これらの症例はいずれも正常に比べて大腿骨頭骨端核の低形成があることが示された。

3.インフォームドコンセントが得られた対象者10名から末梢血を採取し、ゲノムDNAを抽出して遺伝子変異の検索を実施した。大腿骨頭の骨端形成にかかわると考えられる候補遺伝子(多発性骨端異形成症の原因遺伝子であるCOMP, MATN3, SLC26A2, COL9A1-A3, 先天性脊椎骨端異形成症の原因遺伝子であるCOL2A1)に対して、各候補遺伝子の上流および下流に隣接するマイクロサテライトマーカー13 カ所を選択し、連鎖解析を行った。COL2A1の隣接マーカー(D12S85, D12S368)のあるハプロタイプが表現型と完全連鎖しており、COL2A1が原因遺伝子である可能性が高いことが示された。

4.COL2A1 遺伝子の全翻訳領域と隣接するイントロン領域における変異をPCR-ダイレクトシークエンス法にて解析した結果では、罹患者のゲノムにおいてエクソン50にヘテロの変異(c.3508G>A)を発見した。対照として80 名のゲノムを用いて同様にシークエンスを行ったところ、この変異は存在しなかった。

5.エクソン50を含むPCR 産物に関して、変異と表現型との共分離をHpy99IによるPCR-RFLP 法を用いて解析したところ、検査できた家系構成者10 名のうち罹患者7名は全員この変異を持ち、正常者3名は全員この変異を持っていなかった。これによりこのCOL2A1変異が疾患の原因遺伝子であると考えられた。

6.別の症例として、両膝関節、両股関節、両肘関節の疼痛と拘縮と高度難聴を主訴とする、OSMEDと診断された22歳女性に対して原因遺伝子の探索を試みた。患者本人及び両親からサンプルとして血液、毛髪もしくは爪を採取し、ゲノムDNAを抽出した。PCR 及びダイレクトシークエンス法を用いてCOL2A1の全翻訳領域及び隣接するイントロンの領域を調査した結果、患者のゲノムにおいてイントロン10のスプライスアクセプター部位におけるc.709 -2A>Gのヘテロ変異を同定した。この変異は、表現形が正常である両親のDNAには存在しなかったため、突然変異であることが示された。

7.このスプライスアクセプター部位の変異が転写にもたらす効果を確認するために、患者及びコントロールのリンパ芽球様細胞とコントロールの軟骨を用いたRT-PCRを行った。正常のリンパ芽球様細胞及び軟骨を用いたRT-PCRでは、予測される354 塩基対のPCR 産物が得られた。患者のリンパ芽球様細胞を用いたRT-PCRでは予測される長さに加え、300 塩基対と246 塩基対のPCR 産物が得られた。シークエンス解析を行ったところ、300 塩基対の産物はエクソン11を、246 塩基対の産物はエクソン11と13を欠損していることが判明した。

8.1 カ所のスプライスアクセプター部位の変異によって連続していない2つのエクソンのスキッピングが起こることはまれであり、過去の報告もわずかであった。この変異のエクソンスキッピングに対する効果をin vitroで確かめるために、患者のゲノムにおけるエクソン9‐14の範囲をエクソントラッピングベクターへクローニングしたところ、変異型のベクターからはエクソン11のみを欠失した短いmRNAが産生され、他の長さの産物は確認できなかった。

以上、本論文はLCPD様の股関節疾患とOSMEDそれぞれに関して別個に遺伝子解析を行った結果、いずれもII型コラーゲン遺伝子(COL2A1)に遺伝子変異を有することを明らかにした。いずれの疾患においてもCOL2A1変異の過去の報告はなく、未知の情報であった。本研究は今後の骨関節疾患の成因に関する研究に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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