学位論文要旨



No 217392
著者(漢字) 山崎,雄司
著者(英字)
著者(カナ) ヤマザキ,ユウジ
標題(和) 抗FGF23抗体によるリン代謝異常疾患の診断と治療の可能性の検証
標題(洋)
報告番号 217392
報告番号 乙17392
学位授与日 2010.09.01
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17392号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 准教授 富田,泰輔
 東京大学 准教授 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

〈背景〉

血中のリン濃度の制御は主に小腸と腎臓で行われているが、腎臓に作用する新規のリン代謝制御ホルモンとして線維芽細胞増殖因子(FGF)23が発見された。

FGF23は腎糸球体でろ過されたリンが、尿細管のナトリウム・無機リン酸共輸送体NaPi2aで再吸収されるのを阻害し、またCYP27b1の発現を低下させCYP24の発現を上昇させることにより、活性型ビタミンDである1,25-dihydroxyvitamin D(1,25(OH)2D)を減少させる。

FGF23はN末側領域に既知のFGFファミリーと相同性を有する全長251アミノ酸の分泌タンパク質である。FGF23は179番目と180番目の間にfurin感受性部位を持ち、in vitroで発現させると多くが切断される。また切断されたNまたはC末側断片にはリン・ビタミンD代謝制御活性がない。

本研究では、FGF23の過剰作用が予想されている腫瘍性骨軟化症(TIO)及び家族性低リン血症性くる病(XLH)と呼ばれる2種の低リン血症性くる病・骨軟化症に着目した。これらの疾患においては、腎臓からのリンの過剰漏出およびビタミンD活性化不全によって低リン血症およびくる病・骨軟化症が誘導されると考えられている。TIOでは腫瘍によって病態が惹起され、その原因腫瘍を除去すると完治することから、腫瘍での原因物質の過剰分泌が予想されたが、実際、その腫瘍においてFGF23 mRNAが過剰発現している因子として見出されていた。一方で、XLHでは、FGF23との関連については全く不明であった。

低リン血症性くる病・骨軟化症の疾患の診断方法としては、直接的なものは存在しない。また、これらの疾患の内科的治療法としては、腎臓から漏出するリンを補充するために、大量のリンを経口摂取する対症療法が中心となる。よって、原因物質の定量を用いた直接的な診断法や原因物質の作用を抑制し過剰なリンの漏出を抑制するような治療法が求められている。

そこで、FGF23に対する抗体を用いて、低リン血症性くる病・骨軟化症を含むリン代謝異常疾患の新たな診断法および治療法の可能性を検証することを目的に研究を行うこととした。

抗FGF23抗体を用いた活性型FGF23検出系の構築と低リン血症性くる病・骨化症における血清FGF23濃度の解析

〈仮説〉

血清中に存在するFGF23は活性型のintact体と不活性型の断片からなる。さらに低リン血症性くる病・骨軟化症においては、血清中の活性型であるintact FGF23濃度が上昇し病態を惹起している。

〈目的〉

活性を有するFGF23濃度の血中測定系を用いて、低リン血症性くる病・骨軟化症の診断方法を確立する。

〈解決方法〉

高いアフィニティを有する抗FGF23抗体を取得し、得られた抗体を用いてヒト血清中の活性型FGF23のみを認識し、健常人の濃度の検出および定量が可能な高感度な系を確立する。その後、TIOおよびXLH患者の血清中の活性型FGF23濃度を健常人と比較する。

〈結果〉

マウスにヒトFGF23を免疫し、intact FGF23精製物を固相化したELISAでスクリーニングを行うことで複数の抗ヒトFGF23マウスモノクローナル抗体を取得した。これらの抗体の認識部位を確認した後、intact FGF23精製物に対してサンドイッチELISAを行い、有用な組み合わせの抗体を選抜した。その結果、FGF23のN末側もしくはC末側を認識するFN1およびFC1抗体を得た。

これまで血中のFGF23は検出されたことがないため、実際の血中にFGF23が、とくにintact体と断片の両者が存在するか不明であった。そこで、FN1およびFC1抗体を用いて免疫沈降することで調べた、血液サンプルは、FGF23濃度が上昇していることが予想されているTIO患者血漿、および比較対象として健常人の血漿を用いた。それぞれの抗体の免疫沈降物をFC1抗体で検出したところ、32kDにintact FGF23と思われるバンドが観察され、その強度は健常人に比べTIO患者血清中で7.9倍と上昇していた。また、この実験より血中にも不活性と思われる断片が存在することが示されたことから、断片を認識せず、活性を有するintact FGF23のみを検出する系の必要性が示された。

そこでFN1抗体を固相化抗体に、FC1抗体を検出抗体として組み合わせ、サンドイッチELISAを構築し104名の健常成人の血清を測定したところ、平均値±SEが28.9±1.1ng/L、最低値8.2ng/L、最大値54.3ng/Lだった。

次に、原因腫瘍を摘出し病態が改善したTIO患者の摘出・手術前後の血清FGF23濃度を測定した。血清FGF23とリン濃度を経時的に測定した結果、FGF23は術前80日に渡り130-300ng/Lと全ての期間において、健常人(<54.3ng/L)に比して高値であることが確認され、また腫瘍除去後には血中からの消失が観察された。一方、リン濃度は腫瘍摘出後には上昇が観察された。また、腫瘍摘出直後を詳細に調べると、FGF23は半減期20-30分という速やかな消失が観察され、その後、リンやビタミンD代謝物の血中濃度改善が観察された。

さらに、XLH患者、計6名においても同様に血清のFGF23濃度を測定した。その結果、ほぼ全ての患者血中のFGF23濃度は健常成人に比べ高値を示した。

〈結論と考察〉

低リン血症性・くる病・骨軟化症の診断が可能な検出および測定レベルの活性型FGF23測定系の構築に成功したと考えられる。また、まだ課題は残るもののこれまで報告のなかったTIOやXLHにおいて血中の過剰なFGF23が原因の疾患であることを示唆する知見を得ることが出来た。

中和活性を有する抗FGF23抗体の発見とマウスにおけるそれらの中和活性の解析

〈仮説〉

FGF23活性を中和する抗体は低リン血症性くる病・骨軟化症においてリンの過剰漏出を防ぎ病態を改善させる。

〈目的〉

FGF23をターゲットとした低リン血症性くる病・骨軟化症の治療薬としての検証を可能とするような、in vivoでFGF23中和活性を有する抗FGF23抗体を取得する。

〈解決方法〉

in vitroアッセイにおいてFN1およびFC1抗体がFGF23阻害活性を有することを確認し、これらの抗体をマウスに投与し、マウス内在性のFGF23阻害活性を観察する。FGF23シグナルに関与すると報告されているKlothoという一回膜貫通型の分子をHEK293細胞に導入することにより、FGF23.特異的なシグナルが誘導され、初期応答遺伝子であるEgr-1のmRNAが上昇することが明らかになっていた。そこでin vitroアッセイとしてマウス内在性FGF23刺激時のリポーターアッセイ(Klotho-Egr-1アッセイ)を構築し、FN1およびFC1抗体のin vitroにおける中和活性について調べる。さらに、これらの抗体を正常マウスに投与した後のリン・ビタミンD代謝に関与する血清・尿パラメーターを観察し、内在性のマウスFGF23を中和しているかを検討する。

〈結果〉

Klotho-Egr-1アッセイにおいて、内在性マウスFGF23シグナルをFN1およびFC1抗体はどちらも抑制した。よってこれらの抗体がin vivoにおいてマウスFGF23の活性も抑制すると予想した。そこで、FN1およびFC1抗体をそれぞれマウスに投与したところ、両者とも腎での再吸収促進を伴う血清リン濃度上昇、および1,25(OH)2Dの活性化の阻害の解除を伴う一過性の血清1,25(OH)2D濃度上昇を誘導することが分かった。

同一分子内における異なる領域を認識する二つの中和抗体が存在することは一般的なリガンドはもちろん他のFGFファミリーではこれまで報告がないことからこの結果は興味深く思われた。そこで、FN1およびFC1抗体をマウスに共投与することにより、これらの作用がどのように変化するのか検証した。FMとFC1抗体を等量混合した抗体を共投与したとき血清リンおよび1,25(OH)2D濃度上昇最高値および上界維持期間において相乗的に活性が増加した。

〈結論と考察〉

FN1およびFC1抗体のリン・ビタミンD代謝における作用はこれまで報告のあるFGF23投与と完全にミラーイメージであったことから、これらの抗体は内在性のFGF23を中和していると考えられた。よつてFGF23をターゲットとした治療薬としての検証を可能とするような、2種類のFGF23中和抗体の取得に成功したと考えられる。また中和抗体の薬効を増強させることは重要であるが、今回の研究において、生体内におけるFGF23中和活性を簡便に飛躍的に増大させる方法のひとつを発見したことは今後の治療薬創出に大きく貢献すると考えられる。さらに簡便なin vitroスクリーニング系を用いて、生体内においてFGF23を中和する抗体を効率よく取得する可能性を見出すことができた。

〈まとめ〉

血中測定系の研究からは、低リン血症性くる病・骨軟化症の診断の基盤を築くことが出来た。また中和抗体の研究からは、FGF23をターゲットとした低リン血症性くる病・骨軟化症の原因療法的な治療法の可能性を強く示すことが出来た。抗FGF23抗体を用いた、低リン血症性くる病・骨軟化症の診断法および治療法はこれまで報告がないことから、これらの抗体はリン代謝異常疾患に対する画期的な診断薬および薬剤もしくはそれらの検証材料として有望であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

「抗FGF23抗体によるリン代謝異常疾患の診断と治療の可能性の検証」と題する本論文では、抗FGF23抗体を用いて低リン血症性くる病や骨軟化症を含むリン代謝異常疾患の新たな診断法および治療法の可能性を検証することを目的として行なわれた研究が記述されている。第1章は序論であり、リン代謝の調節と、FGF23の関与に関する研究の経緯が述べられている。第2章では、抗活性型FGF23モノクローナル抗体を作製して、活性型FGF23の血中測定系を樹立し、活性型FGF23の低リン血症性くる病・骨軟化症への直接の関与を検証し、病態診断に利用する可能性を検証した結果が述べられている。第3章では、これらのモノクローナル抗体がマウス内在性FGF23の中和活性を有することを見出し、これを利用してマウスにおける低リン血症性くる病・骨軟化症病態モデルを用いて、この疾患に対する新たな医薬品創出の可能性を検証した結果が述べられている。

第1章序論で述べられているポイントは、血中のリン濃度がFGF23を介して複数の経路で調節されること、しかしながらFGF23の測定が骨疾患の病態の検出に、またFGF23の阻害が骨疾患の改善に、直接役立つかどうかは不明であったことである。FGF23はN末側領域に既知のFGFファミリーと相同性を有する全長251アミノ酸の分泌タンパク質であり、179番目と180番目の間が切断されると活性が失われる。低リン血症性くる病・骨軟化症の疾患の診断方法としては、直接的なものは存在しなかつたので、血中の活性型FGF23に対する抗体を用いた診断法を考案することの意義が述べられている。さらに、FGF23に対する中和抗体を用いて、低リン血症性くる病・骨軟化症を含むリン代謝異常疾患の新たな治療法の開発が求められる根拠が述べられている。

第2章では、抗活性型FGF23抗体を開発した経緯、これを用いた活性型FGF23検出系の構築、及び伴性家族性低リン血症性くる病・骨軟化症及び腫瘍性くる病・骨軟化症患者における血清FGF23濃度の解析結果が述べられている。マウスにヒトFGF23を免疫し、活性型FGF23精製物を固相化したELISAでスクリーニングを行うことで複数の抗ヒトFGF23マウスモノクローナル抗体を取得した。これらの抗体の認識部位を確認した後、活性型FGF23精製物に対してサンドイッチELISAを行い、有用な組み合わせのモノクローナル抗体を選抜した。その結果、FGF23のN末側もしくはC末側を認識するFN1およびFC1抗体を得た。これまで血中のFGF23は検出されたことがなかったため、血中に活性型FGF23が存在するか不明であったが、これらの抗体を用いて腫瘍性くる病・骨軟化症患者血漿、および比較対象として健常人の血漿を用いて免疫沈降法にて解析した。その結果活性型FGF23と思われるバンドが観察され、その強度は健常人に比べ腫瘍性くる病・骨軟化症患者血清中で有意に上昇していた。複数の抗体を組み合わせ、サンドイッチELISA法を樹立し、これを用いて健常成人と、原因腫瘍を摘出し病態が改善した腫瘍性くる病・骨軟化症患者の摘出手術前後の血清中のFGF23濃度を測定した。血清FGF23濃度は術前全ての期間において健常人に比して有意に高値であり、腫瘍除去後には血中から消失することが観察された。腫瘍摘出後にはリン濃度の上昇が観察され、ビタミンD代謝物である1,25Dの血中濃度改善が観察された。伴性家族性低リン血症性くる病・骨軟化症患者においても血清中のFGF23濃度は健常成人に比べ高値を示した。これらの結果から、新たに開発した抗活性型FGF23モノクローナル抗体により、病態に対応した血清FGF23量の変化が検出されたことが明らかとなった。

第3章では、作製した抗FGF23抗体がマウスFGF23に結合しその活性を阻害することを発見したこと、病態モデルマウスを用いてこの抗体投与の効果がどのように現れるかを検証したことが述べられている。FGF23シグナルに関与すると報告されているKlothoという一向膜貫通型の分子をHEK293細胞に導入することにより、FGF23特異的なシグナルが誘導され、初期応答遺伝子であるEgr-1のmRNAが上昇することが明らかになっていたので、この系をin vitroアッセイとして用い、二種類の抗FGF23抗体であるFN1およびFC1がマウスFGF23の中和活性について調べた。その結果マウスFGF23シグナルをFN1およびFC1抗体が抑制した。そこでこれらの抗体それぞれをマウスに投与したところ、両者とも腎での再吸収促進を伴う血清リン濃度上昇、および1,25Dの活性化の阻害の解除に伴う一過性の血清1,25D濃度上昇を誘導することがわかった。FGF23の異なる領域を認識する二つの抗体がどちらもFGF23を阻害する活性を有していたので、これらをマウスに共投与することにより、FGF23の作用がどのように変化するのか検証した。FN1抗体とPC1抗体を等量混合して共投与したとき、血清中のリン濃度および1,25D濃度上昇最高値および上昇維持期間に対する効果が相乗的であった。これらの結果から、両抗体はin vivoにおいて内在性のFGF23を中和していると考えられ、またこれらを混合することにより生体内におけるFGF23中和活性を増大させることが示された。これらの知見は低リン血症性くる病・骨軟化症の治療薬創出に貢献すると考えられた。

以上のように、学位申請者は複数の抗ヒトFGF23モノクローナル抗体を駆使して、血中測定系の研究から、低リン血症性くる病・骨軟化症の診断を行うための基盤を築いた。またこれらがマウスFGF23を中和することを発見して、このことを利用した研究から、FGF23を標的とする低リン血症性くる病・骨軟化症の治療法の開発に成功した。これらの成果はリン代謝異常疾患に対する診断薬および治療薬として新規であり、研究成果は病態医科学、創薬科学として価値の高いものである。従ってこの研究を行った山崎雄司は博士(薬学)の学位を得るにふさわしいと判断した。

UTokyo Repositoryリンク