学位論文要旨



No 217395
著者(漢字) 好田,宏子
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,ヒロコ
標題(和) 新規マウス抗ヒトFasモノクローナル抗体HFE7Aの自己免疫疾患様症状治療効果および劇症肝炎抑制機作に関する研究
標題(洋)
報告番号 217395
報告番号 乙17395
学位授与日 2010.09.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17395号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 高橋,直樹
 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 准教授 八村,敏志
 東京大学 准教授 戸塚,護
内容要旨 要旨を表示する

アポトーシスとよばれる細胞死は個体の生命維持における様々な過程に関与している.Fasはアポトーシス誘導シグナルを細胞内に伝達する細胞表面タンパク質であり,Fas依存性アポトーシスの不全は慢性関節リウマチ(RA)などの自己免疫疾患発症に関わっていると考えられる.Fasリガンドやアゴニスティック作用を有する抗Fas抗体はFas依存性アポトーシス不全に起因する各種疾患の治療薬として期待されるが,Fasは広く正常組織にも発現が確認されており,それらをヒトに投与した際の毒性が懸念される.実際に,抗マウスFas抗体のひとつであるJo2を投与したマウスは劇症肝炎を発症し死亡することが報告されている.別の抗マウスFas抗体であるRK-8は,RAモデル動物における関節腫脹に治療効果を有する一方で肝毒性は軽微であり,アポトーシス誘導パターンはFas結合親和性やエピトープの違いによって抗体ごとに異なっていると考えられる.そこで我々は,自己反応性リンパ球やRA滑膜細胞など,異常増殖が病態の本質であると考えられる細胞群にアポトーシスを誘導しうるが,その一方で肝毒性の低い抗ヒトFas抗体をマウスで新規に取得することを目的として検討を行った.

1. 肝毒性を示すことなくマウスリンパ節腫脹に対し治療効果を有する新規マウス抗ヒトFasモノクローナル抗体HFE7A

我々はFasノックアウトマウスにヒトFas-AIC2融合タンパク質を免疫し,ヒトFasおよびマウスFasの双方に対する結合活性を指標に抗体をスクリーニングすることで,ユニークな性質を有する新規抗ヒトFasモノクローナル抗体HFE7Aを取得した.HFE7Aはヒトのみならずチンパンジー,マーモセット,マウスなどのFasに広い交差反応性を示し,ヒトFasもしくはマウスFasを介してこれらの分子を発現する細胞にアポトーシスを誘導した.BALB/cマウスにHFE7Aを投与すると胸腺細胞にアポトーシスが誘導されるが,肝毒性の兆候は認められなかった.HFE7Aをマーモセットに投与した場合でも明らかな肝毒性は認められず,ヒト初代肝細胞にin vitroで細胞死を誘導することもなかった.さらにHFE7AはMRL-gld/gldマウスのリンパ節腫脹と異常T細胞の蓄積を改善した.RA患者の関節ではアポトーシス不全により滑膜細胞が異常に増殖することが知られているが,HFE7AはRA患者関節由来の滑膜細胞にもin vitroで細胞死を誘導した.興味深いことにHFE7AはJo2投与によりマウスに引き起こされる劇症肝炎を抑制する活性も有していた.以上の結果より,HFE7AはRAなどの自己免疫疾患に対する治療効果を有することが期待され,加えて劇症肝炎に対しても治療効果を示す可能性が示唆された.

2. マウス抗ヒトFasモノクローナル抗体HFE7Aの遺伝子クローニングおよび発現確認

我々の取得した新規マウス抗ヒトFasモノクローナル抗体HFE7Aには,RAなどの自己免疫疾患だけでなく劇症肝炎に対する治療効果も期待されることが第一章にて示唆された.マウスなどの動物で作製したモノクローナル抗体を臨床応用する際には,免疫原性の低減を目的としてヒト化などの遺伝子工学的操作を施すことがほぼ必須となっている.

HFE7Aのヒト化を前提にHFE7A産生ハイブリドーマからmRNAを抽出して重鎖および軽鎖をコードする遺伝子のクローニングを行った.クローニングした遺伝子のDNA塩基配列を決定し,重鎖および軽鎖の発現プラスミドを独立に構築した.それらの発現プラスミドをCOS-1細胞に導入して重鎖および軽鎖タンパク質を発現させた.COS-1細胞の培養上清中に分泌された重鎖および軽鎖タンパク質複合体すなわちリコンビナントHFE7Aについて,マウスFasおよびヒトFasに対する結合活性とヒトFas発現細胞に対する細胞死誘導活性を測定し,いずれもハイブリドーマ由来のHFE7Aと同等の活性を有していることを確認した.

3. 抗マウスFasモノクローナル抗体Jo2により誘導される急性致死性劇症肝炎に対するマウス抗ヒトFasモノクローナル抗体HFE7Aの抑制効果

第一章で述べたように,我々の取得したマウス抗ヒトFasモノクローナル抗体HFE7Aには,ハムスター抗マウスFasモノクローナル抗体Jo2の投与によりマウスに誘導される急性致死性劇症肝炎を抑制する効果がある.この抑制作用はJo2投与の60分後にHFE7Aを追加投与した場合にも認められ,HFE7Aの劇症肝炎治療薬としての可能性を示唆するものではあるが,その機構は明らかでない.第三章ではHFE7AによるJo2誘導肝傷害抑制のメカニズムについてマウスを用いて解明を試みた.

Jo2の投与によりマウスの血中では,肝傷害のマーカーであるアスパラギン酸アミノトランスフェラーゼおよびアラニンアミノトランスフェラーゼの血中濃度が急激に上昇するが,HFE7AをJo2と共に投与することでそれらの上昇は顕著に抑制された.Jo2誘導肝傷害は肝細胞のアポトーシスが原因のひとつであると考えられるが,Jo2を投与したマウスの肝細胞で認められるカスパーゼ活性化とミトコンドリアの脱分極をHFE7Aは抑制した.また,我々はJo2による肝細胞のアポトーシスとHFE7Aによるその抑制をin vitroにおいて再現することに成功した.すなわち,BALB/cマウスより採取した肝細胞をin vitroにおいてJo2と共に一定時間培養することで細胞死の指標である乳酸脱水素酵素の培養上清への漏出とカスパーゼ活性化を認め,培養中にHFE7Aを添加することでこれらの現象が抑制されることを示した.マウスFasに対するHFE7Aの親和性はJo2の親和性と比較して有意に低く,マウスFasに対するJo2の結合をHFE7Aが阻害し得ないことを明らかとした.さらにHFE7AはBALB/cマウスより採取した肝細胞に対するJo2の結合も阻害しなかった.HFE7AのJo2誘導肝傷害抑制機構がFas分子を巡る単純な競合阻害でないことが示唆され,Fas以外の細胞表面分子が関与している可能性が考えられた.Fasノックアウトマウスを用いた検討を行ったところ,興味深いことにHFE7AはFasノックアウトマウスの胸腺細胞には結合しないが肝細胞には結合することが示された.以上の結果より,Jo2誘導肝傷害に対するHFE7Aの抑制効果は肝細胞上のFas分子を巡る単純な競合阻害によるものではないことが示され,抑制機構に肝細胞上に発現するFas以外の分子が関与する可能性が考えられた.

本研究において,HFE7Aの特性,マウスリンパ節腫脹に対する治療効果ならびにマウス劇症肝炎に対する抑制メカニズムについて解析を行い,HFE7Aの自己免疫疾患および肝炎の治療薬としての可能性を提示した.さらにHFE7Aの臨床応用を視野に入れ,HFE7A遺伝子のクローニングを行って全塩基配列を解読し,リコンビナントHFE7Aを作製した.本研究の成果は,RAに代表される難治性自己免疫疾患など,Fas/Fasリガンドの不全に起因する疾患の治療法開発に貢献できるものと期待される.

審査要旨 要旨を表示する

アポトーシスとよばれる細胞死は個体の生命維持における様々な過程に関与している。Fasはこのアポトーシスの誘導シグナルを細胞内に伝達する細胞表面タンパク質であり、Fasを介して起こるアポトーシスの不全は慢性関節リウマチ(RA)などの自己免疫疾患発症に関わっていると考えられる。Fasリガンドや抗Fas抗体はこれらの疾患の治療薬として期待されるが、Fasは広く正常組織にも発現しているので、投与した際の毒性が懸念される。本研究では、自己反応性リンパ球やRA滑膜細胞などに対してはアポトーシスを誘導しうるが、肝細胞に対する毒性は低い、という性質をもつ抗ヒトFas抗体を新規に取得することを目的として検討を行っている。

第一章では、抗ヒトFas抗体の取得とその性質について述べている。FasノックアウトマウスをヒトFas-AIC2融合タンパク質で免疫し、ヒトFasおよびマウスFasの双方に対する結合活性を指標に抗体をスクリーニングすることで、ユニークな性質を有する新規抗ヒトFasモノクローナル抗体HFE7Aを取得した。HFE7Aはヒトのみならずチンパンジー、マーモセット、マウスなどのFasに広い交差反応性を示し、ヒトFasもしくはマウスFas分子を発現する細胞にアポトーシスを誘導した。BALB/cマウスにHFE7Aを投与すると胸腺細胞にアポトーシスが誘導され、さらに全身性免疫不全マウスであるMRL-gld/gldのリンパ節腫脹と異常T細胞の蓄積を改善した。RA患者の関節においてアポトーシス不全のために異常増殖している滑膜細胞に対してはin vitroで細胞死を誘導した。一方、これらの動物実験ではHFE7A投与による肝毒性の兆候は認められず、またHFE7Aがヒト初代肝細胞に細胞死を誘導することもなかった。以上の結果より、HFE7AはRAなどの自己免疫疾患に対する治療効果を有することが期待された。興味深いことにHFE7Aは、抗マウスFas抗体のひとつであるJo2投与によりマウスに引き起こされる劇症肝炎を抑制する活性も有しており、劇症肝炎に対しても治療効果を示す可能性が示唆された。

マウスなどの動物で作製したモノクローナル抗体を臨床応用する際には、ヒト化などの遺伝子工学的操作を施すことがほぼ必須となっている。そこで第二章では、ヒト化を前提としたHFE7Aの遺伝子クローニングの結果およびその発現確認について述べている。HFE7A産生ハイブリドーマからmRNAを抽出して重鎖および軽鎖をコードする遺伝子のクローニングを行い、DNA塩基配列を決定した。さらに発現プラスミドを構築し、それをCOS-1細胞に導入して発現させた重鎖および軽鎖タンパク質の複合体、すなわちリコンビナントHFE7Aについて、マウスおよびヒトFasに対する結合活性とヒトFas発現細胞に対する細胞死誘導活性を測定したところ、いずれもハイブリドーマ由来のHFE7Aと同等の活性を有していることが確認された。

第三章では、第一章で見出されたHFE7AによるJo2誘導肝傷害抑制のメカニズムについて検討を行っている。Jo2の投与によりマウスの血中では、肝傷害マーカーの血中濃度が急激に上昇するが、HFE7AをJo2と共に投与することでそれらの上昇は顕著に抑制された。また、Jo2を投与したマウスの肝細胞で認められるカスパーゼ活性化とミトコンドリアの脱分極をHFE7Aは抑制した。さらに、Jo2による肝細胞のアポトーシスとHFE7Aによるその抑制現象をin vitro実験系でも再現することにも成功した。しかしながら、マウスFasに対するHFE7Aの親和性はJo2の親和性と比較して有意に低く、HFE7AがマウスFasに対するJo2の結合を阻害するとは考えにくい。HFE7AのJo2誘導肝傷害抑制機構はFas分子を巡る単純な競合阻害でないと思われた。Fasノックアウトマウスを用いて検討を行ったところ、HFE7Aはノックアウトマウスの胸腺細胞には結合しないが肝細胞には結合することがみいだされたことから、Jo2誘導肝傷害に対するHFE7Aの抑制機構には肝細胞上に発現するFas以外の分子が関与する可能性が考えられた。

以上本研究は、RAに代表される難治性自己免疫疾患など、Fasリガンドの不全に起因する疾患の治療法開発を目指して作成した抗Fas抗体HFE7Aが、マウスリンパ節腫脹に対して治療効果をもつことを明らかにするとともに、マウス劇症肝炎に対するその抑制メカニズムについても解析を行ったもので、学術的・応用的に貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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