No | 217397 | |
著者(漢字) | ,涛 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ウ,タオ | |
標題(和) | 外部時間シグナルによるラット末梢組織体内時計の同調 | |
標題(洋) | Synchronization of peripheral circadian clocks in rats by external time cues | |
報告番号 | 217397 | |
報告番号 | 乙17397 | |
学位授与日 | 2010.09.07 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 第17397号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 哺乳類の各組織や細胞には概日時計が存在するが、それは視交叉上核(SCN)に局在するマスタ時計とSCN以外の脳領域と心臓や肝臓など末梢組織に局在する末梢時計に分けられる。概日時計は基本的に光、食餌、温度などの環境刺激因子によって外部時間に同調される。SCNの時計は主に網膜―視床下部経路を経由する外部明暗周期によって同調され、哺乳類の行動リズムや生理機能を制御するが、末梢の時計は光よりもむしろ食餌刺激によってセットされ、局部組織の概日リズムを維持する。しかし、光や食餌刺激による末梢時計のリセットのメカニズムは未だに十分には解明されていない。従って、末梢時計リセットの過程が光や食餌刺激によってどのように制御されているかを調べるために、本論文ではラット松果体、肝臓、心臓および腎臓の末梢組織における概日時計遺伝子の発現同調や行動リズムの応答に対して、光と食餌刺激が単独であるいは共同的にどのように影響を及ぼすかを検討した。 まず序論では、生物時計の概要、時計遺伝子とその調節、光や食餌刺激による概日リズムの調整についての機知の知見を述べた。 第1章ではラット松果体における概日時計への光と食餌刺激の共同作用について検討した。光と食餌刺激はそれぞれ中枢と末梢時計の主な同調因子である。しかし、光や食餌刺激の変化が哺乳類松果体時計遺伝子発現の概日リズムにどのように影響するかの詳細は明らかにされていない。本研究ではまず、一個の松果体から多数の時計遺伝子(Bmal1、Per1、Per2、Per3、Cry1、Dec1とDec2)及びメラトニン合成の律速酵素であるarylalkylamine N-acetyltransferase (AANAT)遺伝子の発現レベルを測定する方法を確立した。この方法を用いて、光周期または食餌周期の各々を逆転、あるいは両者を同時に逆転させた場合の松果体サーカディアンシステムに対する影響を調べた。7日間の食餌周期のみの逆転(RF)による松果体の時計遺伝子発現リズムに対する影響は弱く、一方同じ期間の光周期のみの逆転にはより強い効果があったが調べた全ての遺伝子の発現位相を完全には反転できなかった。しかし、光周期と食餌周期とを同時に逆転させた場合には、松果体の時計遺伝子発現リズムは7日間で完全にリセットされた。これらの結果は松果体サーカディアンリズムの同調において食餌関連刺激より光の調節がより支配的なシグナルであり、食餌シグナルが光による同調に補佐的な役割を果たしていることを示唆した。また、松果体サーカディアンシステムへの食餌刺激の影響が微弱であったことから、松果体の時計は他の末梢組織よりもマスタ時計の支配を強く受け、調節機構も他の末梢組織と違うことが示唆された。 第2章では、明暗周期の反転を明期からスタートさせるか暗期からスタートさせるかの違いによってラット松果体の時計遺伝子位相のリセット過程がどのように異なるかを解析した。位相を遅れさせる場合より位相を前進させる場合の方が概日時計の同調に時間がかかることが知られているが、明期または暗期による明暗周期の反転によるサーカディアンリズムリセッティングの相違の解析はなされていない。哺乳類の松果体は光―神経内分泌軸における重要な構成要素であり、生体リズムを調整する。しかし、現在まで松果体時計遺伝子発現のリセット過程に関する系統的な研究は少ない。本章ではラット松果体において四つの時計遺伝子(Bmal1、Cry1、Per1とDec1)とAANAT発現のリセット過程に対する24時間の明期または暗期によって開始される明暗周期の転換の影響を調べた。SCNに駆動されるAANAT遺伝子の同調はいずれの明暗周期反転の場合においても三日でほぼ完成され、リセットの時間や過程は両者で差異はなかった。しかし時計遺伝子の同調過程は、二つの明暗周期反転において位相移動様式に遺伝子特異性があり、かつ移動速度はLD反転方式によって異なった。暗期による明暗周期の転換に比べ、明期による明暗周期の反転の方が時計遺伝子の同調過程を顕著に延長させた。また、四つの時計遺伝子の中でPer1は最も速く同調されたのに対して、Cry1の同調は最も遅れて達成された。 第3章では食餌が支配するラット末梢時計の同調に対する光の影響について解析した。末梢時計に関しては、食餌刺激に比べて明暗周期は同調因子としては弱いことが知られている。しかし、末梢時計の同調に対する光刺激の影響が、支配的な食餌の影響によってマスクされるかどうかは未だに不明である。7日間の明暗周期単独反転は通常の摂食時間に制限されたラットの肝臓と心臓において主な時計遺伝子(Bmal1、Cry1、Per1と Dec1)のサーカディアンパターンに明確な影響を与えなかった。これに対して、光周期と同時に食餌周期を反転させたところ、食餌周期の単独反転の場合に比べ末梢時計の同調が著しく促進された。また、明暗周期単独反転は肝臓と心臓のCry1、Per1と Dec1遺伝子発現レベルを逆向きに調節した。また、給餌を明期に制限した場合、調べた四つの時計遺伝子において異なる速度で位相シフトが生じた。さらにリセット過程において肝臓と心臓では位相シフト方向が逆になっていた。明期の制限給餌はこれら四つの遺伝子のリセットの順序についても肝臓と心臓では組織特異性があった。これらの結果から時計遺伝子同調を調節するメカニズムが肝臓と心臓において異なっていることが示唆された。 第4章は、光と食餌刺激によるラット腎臓の概日遺伝子の発現調節を調べたものである。外部時間シグナルへの概日応答に関するこれまでの研究により、末梢の時計が主に食餌刺激により支配されていることが示されているが、光と食餌が腎臓のサーカディアンリズムにどのように影響するかに関しては明確にされていない。腎臓のBmal1、Clock、Cry1、Per1とPer2の発現調節を解析したところ、食餌と光刺激により異なった変化を示した。7日間の明暗周期単独の逆転はPer1の位相を4時間後退させたが、Bmal1、ClockとCry1の位相にはほとんど影響しなかった。また、食餌刺激は腎臓のサーカディアンリズムを7日間でも完全にリセットせず、食餌刺激は腎臓の概日時計の弱い同調因子であることが示唆された。さらに、食餌と光を同時に反転させると、腎臓の概日時計の同調は著しく促進された。特にPer1とClockは食餌と光の同時反転の場合には三日間で完全にシフトされたが、食餌のみの反転の場合にはそれぞれ4時間と8時間しかシフトされなかった。従って、Per1とClockは光による腎臓のサーカディアンリズムの同調に重要な役割を果たしていることが考えられる。 第5章では、給餌による肝臓概日時計の速やかな同調機構について詳細に解析した。光によるマスタ時計の同調はPer1の迅速な誘導が関わっており、Per1は光による概日リセットの開始において重要な役割を果たしている。しかし、給餌による末梢時計の同調機構に関しては十分に検討されていない。食餌刺激は哺乳類の末梢時計をどのように同調しているかを理解するために、本章では異なった食餌刺激に対するラット肝臓の時計遺伝子の発現応答を検討した。給餌によって同調される肝臓の時計は光によるSCN時計より高い順応性を有し、一日のどの時間帯においても速やかに同調された。30分間の給餌刺激は1時間以内にPer2およびDec1の発現を顕著に誘導した。また、30分間の給餌刺激は時間の経過に伴い、肝臓の他の時計遺伝子(Bmal1、Cry1、Per1、Per3、Dec2とRev-erba)の転写レベルと位相も変化させた。さらに、調べた時計遺伝子の中でPer2は食餌刺激に最も敏感であり、少ない量の食餌刺激によっても顕著に誘導された。他の肝臓時計遺伝子に比べて、給餌反転により誘導されるPer2の12時間の位相シフトは明暗周期変化の有無にかかわらず迅速かつ一貫して達成された。結論として、給餌による肝臓概日時計の同調はPer2とDec1の迅速な誘導が関わっており、これらは給餌による概日時計の同調を開始させる一次的、二次的な入力調節因子であるかもしれない。 概日リズムに対する光と食餌の同調特性に関するこれまでの研究から、生物内での概日時計および発振器の階層的構成についてその可塑性が示されている。本研究で得られた結果、すなわち光と食事による末梢時計の組織特異的なリセットの特徴と時計遺伝子の特異的な同調様式により、末梢時計の同調には様々なメカニズムが存在していることが示唆された。さらに、光周期と連動した食餌刺激の変化は末梢時計を新しい環境に順応させるうえで促進的に作用した。組織内および組織間の非同調性は時差ぼけの一因となっているかもしれず、時間シグナル受容に関与する分子のさらなる同定を行い、光と食餌との共同刺激による末梢時計の同調促進メカニズムの解明を促進することで、時差ぼけの症状軽減にもつながる可能性がある。一方、サーカディアンシステムにおいて、概日恒常性を調節する中枢と末梢振動器の役割分担、そして末梢時計による生理機能調節の詳しいメカニズムについては、さらなる研究が必要である。 | |
審査要旨 | 哺乳類の各組織や細胞に存在する概日時計は、視交叉上核(SCN)に局在するマスタ時計とSCN以外の脳領域・心臓・肝臓などの末梢組織に局在する末梢時計に分けられる。SCNの時計は主に外部明暗周期によって同調され、哺乳類の行動リズムや生理機能を制御しているが、末梢の時計は主に食餌刺激によってセットされ、局部組織の概日リズムを維持する。しかし、光や食餌刺激による末梢時計のリセットのメカニズムは未だに十分には解明されていない。従って、末梢時計リセットの過程が光や食餌刺激によってどのように制御されているかを調べるために、本論文ではラット松果体、肝臓、心臓および腎臓の末梢組織における概日時計遺伝子の発現同調や行動リズムの応答に対して、光と食餌刺激が単独であるいは共同的にどのように影響を及ぼすかを検討した。 まず序論では、生物時計の概要、時計遺伝子とその調節、光や食餌刺激による概日リズムの調整についての既知の知見を述べた。 第1章ではラット松果体における概日時計への光と食餌刺激の共同作用について検討した。まず、一個の松果体から多数の時計遺伝子(Bmal1、Per1、Per2、Per3、Cry1、Dec1とDec2)及びメラトニン合成の律速酵素であるarylalkylamine N-acetyltransferase (AANAT)遺伝子の発現レベルを測定する方法を確立した。7日間の食餌周期のみの逆転による松果体の時計遺伝子発現リズムに対する影響は弱く、一方同じ期間の光周期のみの逆転にはより強い効果があったが完全な反転はみられなかった。しかし、両者を同時に逆転させた場合には、松果体の時計遺伝子発現リズムは7日間で完全にリセットされた。これらの結果は松果体サーカディアンリズムの同調において食餌関連刺激より光の調節が支配的なシグナルであり、食餌シグナルが光による同調に補佐的な役割を果たしていることを示唆した。 第2章では、明暗周期の反転を明期からスタートさせるか暗期からスタートさせるかの違いによるラット松果体の時計遺伝子位相のリセット過程の差異を解析した。ラット松果体において四つの時計遺伝子(Bmal1、Cry1、Per1とDec1)とAANAT発現のリセット過程に対する24時間の明期または暗期によって開始される明暗周期の転換の影響を調べた。暗期による明暗周期の転換に比べ、明期による明暗周期の反転の方が時計遺伝子の同調過程を顕著に延長させた。また、四つの時計遺伝子の中でPer1は最も速く同調されたのに対して、Cry1の同調は最も遅れて達成された。 第3章では食餌が支配するラット末梢時計の同調に対する光刺激の影響が、より支配的な食餌の影響によってマスクされるかどうかを検討した。7日間の明暗周期単独反転は通常の摂食時間に制限されたラットの肝臓と心臓において主な時計遺伝子(Bmal1、Cry1、Per1と Dec1)のサーカディアンパターンに明確な影響を与えなかったが、光周期と同時に食餌周期を反転させたところ、同調が著しく促進された。また、明暗周期単独反転は肝臓と心臓のCry1、Per1と Dec1遺伝子発現レベルを逆向きに調節した。リセット過程において肝臓と心臓では位相シフト方向が逆になっていたこと等、時計遺伝子同調を調節するメカニズムが肝臓と心臓において異なっていることが示唆された。 第4章は、光と食餌刺激によるラット腎臓の時計遺伝子の発現調節を調べたものである。食餌と光刺激により各時計遺伝子ごとに異なった変化を示し、7日間の明暗周期単独の逆転はPer1の位相を4時間後退させたが、Bmal1、ClockとCry1の位相にはほとんど影響を与えなかった。また、食餌刺激は腎臓の概日時計の同調因子としては非常に弱いことが示唆された。一方、食餌と光を同時に反転させた場合、Per1とClockは三日間で完全にシフトされた。 第5章では、給餌による肝臓概日時計の速やかな同調機構について、DNAマイクロアレイ等により詳細に解析した。給餌による肝臓の時計の同調は一日のどの時間帯においても速やかに達成され、光によるSCN時計の同調に比べて高い順応性があることが示された。30分間の給餌刺激は1時間以内にPer2およびDec1の発現を顕著に誘導した。また、30分間の給餌刺激は、時間の経過に伴い肝臓における他の時計遺伝子の転写レベルと位相も変化させた。給餌による肝臓概日時計の同調はPer2とDec1の迅速な誘導が関わっていることが示唆された。 以上、本研究は、食餌刺激を中心とした外部刺激による末梢の生体リズムの制御機構を詳細に解析したもので、時差ぼけや深夜勤務、睡眠障害といった現代人の抱える問題に対応するための基礎的知見を与えるものであって、学術的、応用的に貢献するところは少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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