学位論文要旨



No 217399
著者(漢字) 石田,洋子
著者(英字)
著者(カナ) イシダ,ヨウコ
標題(和) 技術協力プロジェクトにおける途上国行政官の主体的参画支援手法の開発 : プロジェクト・ファシリテーション&モチベーション・モデルの構築
標題(洋)
報告番号 217399
報告番号 乙17399
学位授与日 2010.09.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(国際協力学)
学位記番号 第17399号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 中山,幹康
 東京大学 教授 山路,永司
 東京大学 教授 小澤,一雅
 東京大学 准教授 堀田,昌英
内容要旨 要旨を表示する

開発援助の援助効果を高めるためには、途上国政府の能力向上(キャパシティ・ディベロップメント)が重要であるとの認識が、援助機関および途上国政府の問で強まっている。

途上国政府の能力向上を個人・組織・社会の各レベルにわたる内因的なプロセスとしてとらえ、技術協力によって内因的プロセスを活性化すべきであるとする議論や、能力向上を単なる個別技術の移転としてとらえるのではなく、途上国政府のオーナーシップ、制度整備、幅広いステークホルダーの参加など、多岐にわたる課題解決を目指すべきであるとする議論など、途上国政府の能力向上のあり方について活発に議論が行われている。

日本の政府開発援助(以下、ODA)の技術協力プロジェクトは、いまだ途上国行政官に対する個別技術の移転に留まっていることが多く、途上国行政官個人または途上国政府組織の内因的プロセスに影響を与えて途上国政府の能力向上に貢献できるようなプロジェクト・マネジメントの手法は、十分に整備されていないと考えられる。

本研究は、途上国において住民による参加型開発を進めるためには中央政府および地方政府の行政官が重要な役割を果たすものと認識し、途上国行政官による技術協力プロジェクトへの主体的参加を進めるためにプロジェクト・マネジメント手法の改善を目的とした。既存研究の整理、事例分析を通して手法および課題を分析し、「プロジェクト・ファシリテーション・アンド・モチベーション(ProFAM)」モデルを構築した。2つの技術協力プロジェクトにProFAMモデルを適用して、モデルの有効性および有用性を検証し、モデルに影響を与えると思われる促進要因および阻害要因、課題と解決策を明らかにした。

第1章には、本研究の背景、目的、方法と論文の構成、および用語の定義を示した。

第2章では、行政官の主体的参加を進めるために、プロジェクトに参加するメンバーのやる気を高めるプロジェクト・マネジメントに必要とされる動機づけやコミットメント、ゴミュニケーションなどに関する既往研究について整理した。開発援助において参加型開発がとりあげられるようになった背景、参加型開発の理念と主要な手法を分析し、参加型開発の手法と、参加型開発を技術協力プロジェクトに組み込むことに関する既往研究の特性と問題点を整理した。

第3章では、技術協力プロジェクトの概要を説明する。技術協力プロジェクトにおけるコンサルタント・チームの選定やJICAとの契約、コンサルタント・チームの構成、および途上国側でコンサルタント・チームのパートナーとなるカウンターパート・チームの現状を分析して、技術協力プロジェクトにおけるコンサルタント・チームの役割、業務、待遇、および課題を把握した。

第4章では、日本の技術協カプロジェクトに参加型開発が導入された歴史的経緯を振り返り、技術協カプロジェクトにおける参加型開発実施の現状を分析した。

第5章では、プロジェクト・マネジメント手法改善のために事例分析を行った。事例分析ではJICA「マラウイ全国地方教育支援計画策定調査(NIPDEP)最終報告書(2005年、コーエイ総合研究所)」を対象として、プロジェクト・サイクル・マネジメント(PCM)手法による評価手法、およびサクセス・ケース・メソッド(SCM)を応用した事例分析を行い、行政官の主体的参加を進めるための課題を整理した。

第6章では、プロジェクト・マネジメント手法改善の背景を示し、途上国行政官の主体的参加を推進することの重要性について論じ、ProFAMモデルの目的と基本方針、ProFAMモデルの全体構成を示した。

プロジェクト実施段階におけるProFAMモデルのプロジェクト・ファシリテーション・サイクルは、コンサルタント・チームが現地に派遣されてから早々にコンサルタント・チームによるプロジェクト実施に入るのではなく途上国行政官との目標共有期を設けること、コンサルタント・チームによる実施ではなくて協働実践期とすること、PDMの目標達成のみならず成果や目標の普及方法を検討して途上国行政官と普及に着手する普及着手期を設けることが、従来のプロジェクト実施のプロセスと異なる。

第7章ではProFAMモデルのステップ、ファシリテーション手法、ならびに実施手順を紹介した。ProFAMモデルは、(1)目標共有期、(2)協働実践期、(3)普及着手期の3つの期間から構成される。この3つの期間において、プロジェクト・リーダーが中心となってプロジェクト・ファシリテーションを行い、途上国行政官の間に、ProFAMが主体的参加のための7つの資本とする価値観、信頼、役割、責任、自信、プライド、組織文化の強化を目指す。

(1)目標共有期には、行政官の動機づけのために、ステップ1:参加型アプローチ分析、ステップ2:ファシリテーション計画作成、ステップ3:協働体制づくりの活動を実施する。(2)協働実践期には、ステップ4:住民参加を進めるための研修およびパイロット・プロジェクトを実施する。(3)普及着手期には、ステップ5:成果の普及方法の検討と試行、ステップ6:プロセスおよび達成度評価と報告書作成を行う。

ProFAMモデルのそれぞれのステップにおいて、プロジェクト・リーダーが、コンサルタント・チーム、カウンターパート・チーム、および現地NGOなどと活用することが有益と考えられるファシリテーション手法と動機づけの工夫、および手順を紹介する。各技術協力プロジェクトにProFAMモデルを適用することによって、ファシリテーション・プロセスにそって行政官の意識がどう変化したかを確認するために、ProFAM主体的参加資本の強化レベル確認マトリックスおよびProFAMファシリテーション年表を作成した。

第8章では、NIPDEPおよびマレイシアにおける技術協カプロジェクト「サバ州農村女性地位向上計画(PUANDESA)」を、ProFAMモデル適用事例として紹介し、ProFAMモデルの有効性および有用性を検証した。

第10章には、結論として、本研究でProFAMモデルを構築したこと、適用事例を通して得られたProFAMモデルの有効性と有用性に関する検証結果、およびProFAMモデル実施に際しての留意点を示し、将来の研究課題を記した。

審査要旨 要旨を表示する

日本の政府開発援助(ODA)の技術協力プロジェクトにおいて、日本の知見や技術を移転することによって途上国政府の能力向上(キャパシティ・デベロップメント)を目指すとともに、パイロット・プロジェクトを実施して住民参加による農村開発や教育開発のモデルをつくり、途上国における住民参加型開発の体制整備を目指す取り組みが増加しつつある。

本論文は、住民参加型開発のモデルづくりを目的として行われている技術協力プロジェクトが多くの場合、「参加型開発は全ていいことである」という援助機関の思い込みから途上国の社会的文脈やニーズを理解することなくコンサルタント・チーム主導で進められており、途上国行政官の内発的プロセスに影響を与えて自律的行動につながるような成果を生み出せていない実態を明らかにした。その問題を解決するために、コンサルタント・チームによるプロジェクト・マネジメント手法を改善して、途上国行政官の技術協力プロジェクトへの主体的参画を促進できる「プロジェクト・ファシリテーション&モチベーション(ProFAM)モデル」を構築し、マラウイ、マレイシア、ネパールの3カ国における適用事例を分析して、その有効性および有用性を検証している。

開発援助のプロジェクト・マネジメントに関する既往の研究では、マネジメントが援助機関の視点から行われて途上国行政官が意思決定に参加する機会を持たないことが指摘され、参加型開発に関する既往の研究では、援助機関による参加型開発の適用方法に関する批判や改善へ向けた提言が行われている。しかし、技術協力プロジェクトにおける途上国行政官の能力向上のプロセスや成果は、報告書などの記録文書として残されないのが一般的であったため、プロジェクト・マネジメントによる働きかけやプロジェクトの活動によって引き起こされる途上国行政官の意識や技術力の変化を体系的に整理し、途上国行政官の能力向上の手法を論理的かつ実証的に論じた研究は数少ない。

本論文は、技術協力プロジェクトにおける援助国や援助機関の都合を重視したプロジェクト・マネジメント、およびコンサルタント・チームおよび途上国行政官の技術協力や住民参加型開発に対する思い込み等の実態を明らかにして、自己決定理論に基づいて従来のプロジェクト・マネジメント手法を改善し、途上国行政官の"やる気"(モチベーションや主体性等)を、コンサルタント・チームにやらされているから行動するという外発的動機づけの外的調整の段階から、価値観を共有しつつ内発的動機づけに移行させて、自律的な行動につなげるための仕掛けをProFAMモデルを通して実践することの必要性を論じている。

ProFAMモデルは、プロジェクト・リーダーがファシリテーターとなり、プロジェクトが対象とする途上国行政官の主体的参画を進めて内発的プロセスの活性化を目指している。価値観、信頼、役割、責任、自信、プライド、組織文化を、途上国行政官の主体的参画に不可欠な7つの概念要因と位置づけ、目標共有期、協働実践期、普及着手期の3つの期間毎に応じた概念要因を強化するための手順と具体的方策を提案している。

「マラウイ国全国地方教育支援計画策定調査」、「マレイシア国サバ州農村女性地位向上計画」、「ネパール国小学校運営改善支援プロジェクト」の3つの技術協力プロジェクトへのProFAMモデルの適用事例を分析し、その有効性および有用性について明らかにしている。目標共有期には、コンサルタント・チームと途上国行政官がプロジェクトの意思決定や計画づくりを共に行うことで信頼関係を築くことができ、途上国行政官がプロジェクトの意義を自己の価値観として認め、重要だから行動するという意識に変化することを示した。協働実践期は、途上国行政官が実践を通して住民参加型開発の意義や重要性を理解し、自らの役割と責任を実感し、自信を高めていく期間であること、および普及着手期に普及活動を試行することによって、途上国行政官が自らの有能さを実感して成果普及の質の向上と持続性を高めることが可能であること等をこれらの適用事例を通して論証している。

技術協力プロジェクト本来の目標を達成するための業務、ProFAMモデルによる活動、途上国行政官の意識や行動の変化等の全体像を俯瞰的に表示するためのファシリテーション年表を考案し、適用事例から得られた知見を整理して纏めている。さらに、途上国行政官各々における7つの概念要因の経時的変化を定量的に評価して、ProFAMモデルの内発化プロセスを視覚化しモニタリングする手法を提案している。

本論文において、技術協力プロジェクトの実務経験とプロジェクト・マネジメント理論とを融合して開発されたProFAMモデル、および、その適用事例の分析によって得られた研究成果は、技術協力プロジェクトを通じて途上国行政官の内発的プロセスを活性化することによって、途上国政府のオーナーシップ、制度設計・整備、幅広いステークホルダーの参加等の多岐にわたる課題解決を実現するために、極めて斬新で数多くの有益な知見と示唆に富むものと認められる。

よって本論文は博士(国際協力学)の学位請求論文として合格と認められる。

したがって、博士(国際協力学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク