学位論文要旨



No 217403
著者(漢字) 關,豊
著者(英字)
著者(カナ) セキ,ユタカ
標題(和) 鉄道改良工事における技術的提案を活用した積算システムの開発
標題(洋)
報告番号 217403
報告番号 乙17403
学位授与日 2010.09.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17403号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小澤,一雅
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 教授 中井,祐
 東京大学 准教授 堀田,昌英
内容要旨 要旨を表示する

昭和62年(1987)4月の国鉄分割民営化により新たな鉄道会社の1つとしてJR東日本は設立された.これに伴い組織および要員は大幅に縮減され,さらに団塊世代の退職に伴う鉄道技術者の自然減が続く中で,私企業として経営の効率化,迅速性が求められた.また,民営化後の建設工事費は,道路と鉄道の立体交差化,大規模宅地開発に伴う新駅設置,駅改良を伴うバリアフリー化等に関する鉄道沿線地域からの強い要望などにより近年では2000億円程度となっており,その多くは鉄道改良工事である.鉄道改良工事は,営業線またはこれに近接した場所において日々多くの列車の安全と安定した運行,旅客の安全を確保しながらの工事施工であり,安全ルールの厳守,作業空間の制約,作業時間の制約など他に例のない厳しい制約条件を有している.一方では近年請負会社の施工に関する技術力は総体的に向上している.JR東日本における請負業者登録制度,契約申込規則,請負契約書,仕様書および積算基準などの多くは国鉄から承継したものを基本としている.入札契約方式については請負会社からの技術的提案を受け入れることを目的に入札制から協議制に変更した.この時の積算の進め方について具体的な手続き,見積書の書式・内容など統一的なルールを定めなかった.これにより約5年後の積算の状況は,安易な積算と言わざるを得ない事象が多く見られ,危機的状況と認識された.

このような背景に基づき,鉄道工事における請負契約と積算の歴史的変遷を明らかにしたうえで,受注者の施工に関する高い技術力,ノウハウ等に基づく技術的提案を活用した積算システム(以下,本積算システムという)を開発することを研究の目的とした.

既往の研究として,わが国鉄道開業以来の鉄道の建設・運営組織,要員に関する文献,鉄道工事の請負契約と仕様書に関する文献,鉄道工事の積算に関する文献などについて調査した.その結果,鉄道の建設・運営組織の変遷,要員の推移,請負契約と仕様書,積算などに関する文献は多くあるが,鉄道工事の請負契約と積算の歴史的変遷について大局的に捉え,考察した文献は皆無であった.また,受注者の技術的提案を積算システムに採用する発想は,鉄道工事において過去にはなかった.

鉄道工事の請負契約と積算の歴史的変遷について概観した結果,(1)個別の工事の都度請負契約書と仕様書が定められた"創成期",(2)請負契約書と仕様書の書式が統一化され発展した"成長期",(3)組織的に予定価格の体系,積算の方法,歩掛等が標準化された"成熟期"の3区分に大別されることが明らかになった.

本積算システムは,著者を中心としたチームが開発した.本積算システムは,積算システムの進め方に関する全体システムと積算の品質と効率性を保証する,(1)標準工種コード体系,(2)2種類の単価による積算方式,(3)PC(Personal Computer)を活用した3種類の支援システムによる個別システムで構成されている.本積算システムの進め方は,発注者と受注者との係わりにおいて内容を変更したり,新たに追加したりして再構築した.特に特徴的な追加項目は,(1)発注者と受注者に係わる共通のプラットホームを確立したこと,(2)発注者と受注者との意見交換(コミュニケーション)を採用したことである.これにより発注者と受注者との信頼関係を基盤とした,受注者の技術的提案を活用する新しい積算システムを開発することができた.

本積算システムは平成15年4月に確立し,発注者と受注者の双方に理解が浸透し,鉄道改良工事における積算システムとして広く認知され,年間180件余りの請負契約とその設計変更の実務に供している.その結果,多くの技術的提案による工事費縮減,工程短縮等の技術的成果を上げるとともに,積算の品質と効率性の面でも効果が確認され,その有効性が実証された.本積算システムの評価は,発注者と受注者の双方から効果があった点と新たな課題が寄せられている.

本研究の結論は,(1)わが国の請負契約と積算の先駆けとなった鉄道工事における請負契約と積算の歴史的変遷過程を概観した結果,"創成期""成長期""成熟期"に大別されることが明らかとなったこと,(2)本積算システムを鉄道改良工事の実務に供した結果,多くの技術的成果と積算の品質と効率性の面で効果が確認されたことである.また,本積算システムの研究,実践を通じて分かったことは,常々云われていることではあるが,鉄道改良工事における合理的かつ経済的な契約と積算は発注者と受注者の信頼関係に基づく協働が基盤であることを再認識させるものであった.

本積算システムの限界と課題は,発注者と受注者の技術力が均衡している場合に有効である.発注者が受注者の見積書の妥当性を判断できない場合など発注者と受注者の技術力が均衡を欠くときが限界である.その際は発注者の積算技術力を如何に高めるかが課題となる.

審査要旨 要旨を表示する

わが国の鉄道は、政府の近代化政策のトップ・ランナーとして明治5年10月に新橋・横浜間で開業したのが始まりである。それ以来、殖産興業を急ぐため同時並行的に鉄道線路網を整備する必要性から請負契約が多く採用されてきた。わが国の建設工事における請負契約と積算は、鉄道建設・改良工事が先駆けとなって発展してきた。本論文は、鉄道建設・改良工事における請負契約と積算の歴史的変遷を明らかにするとともに、鉄道改良工事に適用することを目指した受注者の技術的提案を活用した新しい積算システムの開発を目的としたものである。

第1章「序論」では、研究の背景、目的、方法について述べている。昭和62年4月に新たに設立されたJR東日本では、鉄道技術者が大きく削減され、私企業として経営の効率性、迅速性が強く求められた。また、道路と鉄道の立体交差化、大規模宅地開発に伴う新駅設置、駅改良を伴うバリアフリー化等に関する鉄道沿線地域からの強い要望が後を絶たない。これに加え鉄道改良工事は、営業線またはこれに近接した場所において日々多くの列車の安全と安定した運行、旅客の安全を確保しながら工事を施工するという、一般の建設工事とは異なる特徴を有している。一方で近年の受注者となる請負会社の施工に関する技術力の向上は目を見張るものがある。このような鉄道改良工事を取巻く大きな変化に直面し、受注者の施工に関する高い技術力、ノウハウ等に基づく技術的提案を活用した鉄道改良工事の積算システムの開発を試みたのである。

第2章では、鉄道建設・改良工事における入札契約制度、請負契約書、仕様書等を含めた積算に関する技術について、わが国鉄道の開業から第2次世界大戦終戦までの国営の時代および終戦後の公企業の時代を概観し、積算技術の歴史的変遷についてまとめて整理している。その結果、鉄道線路網が全国へと拡大されるとともに、個別の工事の都度定められていた請負契約書および仕様書、そして最も標準化が難しいとされてきた積算が順次標準化され、積算に関連する技術が確立されてきたことを明らかにしている。さらに、(1)個別の工事の都度請負契約書と仕様書が定められた"創成期"、(2)請負契約書と仕様書の書式が統一化され発展した"成長期"、(3)組織的に予定価格の体系、積算の方法、歩掛等が標準化された"成熟期"の3区分に大別されることを示している。

第3章では、私企業となったJR東日本が新たに導入した複数指名による協議制を活用した新しい積算システムの開発に関する取組みを論じている。本積算システムの進め方は、発注者と受注者との係わりにおいて内容を変更したり、新たに追加したりして再構築されている。特に特徴的な追加項目は、(1)発注者と受注者に係わる共通のプラットホームを確立したこと、(2)発注者と受注者との意見交換(コミュニケーション)を採用したことである。

第4章では、本積算システムを構成する個別システムの開発について論じている。積算の基本となる工種の設定・作業単位の組立における個人の影響を排する標準工種コード体系の構築、積算の計算過程を画期的に簡略化させた単価による積算方式の開発、発注者および受注者双方の業務の効率化を狙いとしたPC(Personal Computer)を活用した積算品質を保証する支援システムの開発である。

現在,本積算システムは、発注者および受注者の双方に理解が浸透し、年間約180件余りの鉄道改良工事の契約とその設計変更の実務に供されている。その結果、数多くの技術的提案による工事費縮減、工程短縮等の技術的成果を挙げるとともに、首都圏の鉄道改良工事における最近の実施状況から積算の品質と効率性を向上させる効果が確認され、本積算システムの有効性が実証されている。

第5章では、本論文の結論と今後の課題を述べている。本積算システムの開発および適用を通して得られたその他の知見として、(1)発注者と受注者の信頼関係は、契約前に契約内容を明らかにするとともに契約内容と異なった事象が発生した場合は契約変更の手続きを保証することにより醸成されること、(2)受注者の施工に関する技術的提案を受け容れるためには契約手続きの早い段階での情報交換が有効であること、(3)発注者の積算書と受注者の見積書を比較し双方の長所を採用することにより、合理的かつ経済的な積算が可能となること等を示している。本積算システムは、発注者が受注者の見積書の妥当性を判断できない場合など発注者の技術力と受注者の技術力とが均衡を欠くと機能しないので、発注者の積算技術力をいかに高めるかが課題である。

本研究で開発された積算システムは、積算は発注者に限るとした既成概念を超え、受注者の施工に関する高い技術力、ノウハウ等に基づく技術的提案を活用するための共通のプラットホームを作成した、わが国で初めての画期的な積算システムである。これは、建設事業の実施においては必要不可欠な積算技術の発展に大きく貢献するものであるといえる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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