学位論文要旨



No 217404
著者(漢字) 岸田,弘之
著者(英字)
著者(カナ) キシダ,ヒロユキ
標題(和) 海岸管理の変遷から捉えた新しい海岸制度の実践と方向性
標題(洋)
報告番号 217404
報告番号 乙17404
学位授与日 2010.09.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17404号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,愼司
 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 小池,俊雄
 東京大学 教授 沖,大幹
 東京大学 准教授 田島,芳満
内容要旨 要旨を表示する

本論文では、一般の海岸を対象として歴史的変遷・自然現象の理解・社会状況の変遷を含めた包括的な観点で、現場での具体的事例や合意形成の実践も踏まえて、海岸法の創設と改正について制度論・技術論から分析し、海岸法の改正により導入された新しい海岸管理制度の確立に向けての実践と今後の海岸管理のあるべき姿を考究した。

第1章では、海岸管理の歴史的な変遷を俯瞰し、制度論・技術論から海岸法創設前後の経緯・特徴・課題について論じた。海岸管理は小規模な塩田や干拓地の利用とその背後地を防護する形で始まったが、防護のための海岸堤防等が大規模化すると共に、頻繁に見舞われる高潮・波浪災害時の対応が困難となり、公共的な管理をしていく現在のシステムが萌芽することとなった。明治維新以降中央集権国家を目指す動きが活発になり河川等の公物管理に関する法制度が整備される中、海岸は法律も整備されず国有財産として管理する形であった。太平洋戦争終戦直後の疲弊した国土を度重なるように台風や津波が来襲し甚大な災害がもたらされ、1956(昭和31)年に防護を目的にした海岸法が創設された。管理主体は海岸四省庁(建設省,運輸省,農林省,水産庁,いずれも当時)に分かれたが、四省庁間の連絡調整協議会により緊密な連絡調整を図ることとされ、海岸四省庁共同で海岸保全施設整備のための築造基準が作成された。海岸法の創設は海岸災害を契機としており、施設を主体に管理するという体系であったために、伊勢湾台風やチリ地震津波による大災害への対応のための重点的な高潮・津波対策の実施、計画的な事業推進のための海岸事業5カ年計画の策定、各種の事業及び連携事業の推進が主として取り組まれ、海岸防災対策という面では施設整備が大幅に進み多大な効果があったものの、一方で海岸侵食の進行には対応が遅れる結果になった。

第2章では、第1章の海岸法創設後の海岸を取り巻く自然状況の変化を理解するために、科学的な調査に基づいて、現場で実施した情報の整理や研究等の取り組みについて論じている。地形図に基づく分析によれば、明治時代~昭和20年代よりも昭和20年代~平成期までの海岸線の後退が顕著になってきており、海岸への物質移動にバランスの変化が生じ、海岸侵食を深刻化させている。河川から海岸に供給される土砂が、砂利採取等で減少すれば海岸侵食となり、放水路等の建設で大幅に増加されれば海岸線の前進による土地の拡大になるが、河川中流部では土砂の流れを考慮した治水対策が行われていることを、現場での実践事例をもとに示すとともに、自然状況の変化を論じている。また沿岸域開発により海岸線を移動する沿岸漂砂の流れの変化が生じ、これに対処する技術としてサンドバイパスが有効であることを現場での実践事例をもとに論じている。さらに流域からの海岸への物質移動の変化は、海域の水質悪化や生態系への影響を引き起こして深刻化させているが、インパクト・レスポンス分析が有効であることを論じている。これらの分析により、海岸を取り巻く自然状況の変化に対応していくためには、広域的な海岸保全や河川と海岸とのつながりに重点的に取り組むことが必要であることが確認された。

第3章では、海岸法創設後の高度経済成長後の社会状況の変化に伴い、海岸管理制度に影響を及ぼした新しい潮流について論じている。社会的なニーズや流れに応じて、事業上の工夫や考え方の変更等の海岸制度の運用面での順応的な対応が図られてきた。しかしながら、世界的な環境意識の高まりに加えて、国民の価値観の多様化に伴い、海岸特有の自然環境や景観に悪影響を及ぼす行為等が深刻な問題になることを示した。さらに海岸環境の面では、1997(平成9)年には従来遭遇したことのなかったようなナホトカ号油流出大事故が発生し、海岸防護の概念だけでは対処できない油濁事故も頻発することになった経緯等を整理した。さらに1995(平成7)年の地方分権推進法により地方分権の流れは加速されており、国の法制度全体について国と地方の役割分担の観点から見直しが行われることになった。海岸法についても様々な議論が実施されて、国と地方の役割分担の明確化や法律に基づく海岸の公物管理がより求められることになった。また国の政策全体の動きに併せて海岸事業の実施についても、より一層の公平性や透明性の確保が求められた。このように、社会状況の変化に応じて、当時の海岸管理制度の様々な課題が明らかになった。

第4章では、第1章での海岸法創設前後の動き、第2、3章で論じた自然・社会状況の変化と時代の要請を受けて、1999(平成11)年海岸法の抜本的な改正に至った経緯と特徴を整理するとともに、新しい海岸制度に基づく実践と今後の海岸管理のあるべき姿について論じている。1999(平成11)年に防護・環境・利用の調和のとれた総合的な海岸管理を目的とした新しい海岸管理制度が出来たが、国と地方の役割分担の明確化としては、新しい海岸保全計画制度として国による全国的な基本方針、都道府県による沿岸毎の基本計画を策定するようになったこと、海岸環境を地域で管理出来るようにするために「一般公共海岸区域」を創設し、明治維新以来残されていた課題であった海岸の公物管理を明確に位置付けたこと、沖ノ鳥島のような海岸を国が直接管理するようにしたこと、の三点が特徴的である。特に三点目は領土・領海の基線を守るという形で、部分的ではあるが沿岸域管理に近い概念も取り入れられることになったものである。さらに、管理面では海岸環境や海岸利用に影響を及ぼす行為を積極的に取り締まれるような規定を盛り込んだこと、技術面においては砂浜を海岸保全施設として指定できることにしたことや技術基準に関する性能規定化等の規定が新しく盛り込まれ、21世紀にふさわしい総合的な海岸管理制度システムが整備されることになった。

以上の分析と認識の整理を包括的に俯瞰し、将来進むべき展望も見据えた上で、本論文の結論を第5章に記述した。

現在においても新しい海岸法に基づき、海岸づくりの実践が進行中である。基本となる考え方と理念を「海岸保全基本方針」として示し、それに基づいて71沿岸について都道府県が共同して「海岸保全基本計画」が策定された。策定過程では学識経験者や地域住民等の声を聞き、より透明性が確保されている。このように、事業の進め方が合意形成型の海岸づくりとなるとともに、日常的な海岸管理の一部も市町村の手によって行われるようになり、海岸環境に影響を及ぼす行為の規制が各地で行われる等、新しく作られた道具立てが機能し始めている。これからの方向性としては、法整備をより実効性のあるものにすべく、一層の運用面の施策展開が必要である。また海岸情報の整備の推進と海岸環境に関する情報や知見を増やすこと、そして海岸分野だけでは対処し切れない課題への対応も含め、連携の充実と強化が望まれる。また最近では、海岸管理に関連した新しい制度も制定されている。さらに将来的には、海岸域で生じている諸課題への対応のためには、諸外国で見られるように、本格的な沿岸域管理制度の創設が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、一般の海岸を対象として歴史的変遷・自然現象の理解・社会状況の変遷を含めた包括的な観点で、現場での具体的事例や合意形成の実践も踏まえて、海岸法の創設と改正について制度論・技術論から分析し、海岸法の改正により導入された新しい海岸管理制度の確立に向けての実践と今後の海岸管理のあるべき姿が考究されている。

第1章では、海岸管理の歴史的な変遷を俯瞰し、制度論・技術論から海岸法創設前後の経緯・特徴・課題が論じられている。海岸管理は小規模な塩田や干拓地の利用とその背後地を防護する形で始まったが、防護のための海岸堤防等が大規模化すると共に、頻繁に見舞われる高潮・波浪災害時の対応が困難となり、公共的な管理をしていく現在のシステムが萌芽することとなった。明治維新以降中央集権国家を目指す動きが活発になり河川等の公物管理に関する法制度が整備される中、海岸は法律も整備されず国有財産として管理する形であった。太平洋戦争終戦直後の疲弊した国土を度重なるように台風や津波が来襲し甚大な災害がもたらされ、1956(昭和31)年に防護を目的にした海岸法が創設された。海岸法の創設は海岸災害を契機としており、施設を主体に管理するという体系であったために、伊勢湾台風やチリ地震津波による大災害への対応のための重点的な高潮・津波対策の実施、計画的な事業推進のための海岸事業5カ年計画の策定、各種の事業及び連携事業の推進が主として取り組まれ、海岸防災対策という面では施設整備が大幅に進み多大な効果があったものの、一方で海岸侵食の進行には対応が遅れる結果になった。

第2章では、第1章の海岸法創設後の海岸を取り巻く自然状況の変化を理解するために、科学的な調査に基づいて、現場で実施した情報の整理や研究等の取り組みについて論じている。地形図に基づく分析によれば、明治時代~昭和20年代よりも昭和20年代~平成期までの海岸線の後退が顕著になってきており、海岸への物質移動にバランスの変化が生じ、海岸侵食を深刻化させている。河川から海岸に供給される土砂が、砂利採取等で減少すれば海岸侵食となり、放水路等の建設で大幅に増加されれば海岸線の前進による土地の拡大になるが、河川中流部では土砂の流れを考慮した治水対策が行われていることを、現場での実践事例をもとに示すとともに、自然状況の変化を論じている。また沿岸域開発により海岸線を移動する沿岸漂砂の流れの変化が生じ、これに対処する技術としてサンドバイパスが有効であることを現場での実践事例をもとに論じている。さらに流域からの海岸への物質移動の変化は、海域の水質悪化や生態系への影響を引き起こして深刻化させているが、インパクト・レスポンス分析が有効であることを論じている。これらの分析により、海岸を取り巻く自然状況の変化に対応していくためには、広域的な海岸保全や河川と海岸とのつながりに重点的に取り組むことが必要であることが確認された。

第3章では、海岸法創設後の高度経済成長後の社会状況の変化に伴い、海岸管理制度に影響を及ぼした新しい潮流について論じている。社会的なニーズや流れに応じて、事業上の工夫や考え方の変更等の海岸制度の運用面での順応的な対応が図られてきた。しかしながら、世界的な環境意識の高まりに加えて、国民の価値観の多様化に伴い、海岸特有の自然環境や景観に悪影響を及ぼす行為等が深刻な問題になることを示した。さらに海岸環境の面では、1997(平成9)年には従来遭遇したことのなかったようなナホトカ号油流出大事故が発生し、海岸防護の概念だけでは対処できない油濁事故も頻発することになった経緯等を整理した。さらに1995(平成7)年の地方分権推進法により地方分権の流れは加速されており、国の法制度全体について国と地方の役割分担の観点から見直しが行われることになった。海岸法についても様々な議論が実施されて、国と地方の役割分担の明確化や法律に基づく海岸の公物管理がより求められることになった。また国の政策全体の動きに併せて海岸事業の実施についても、より一層の公平性や透明性の確保が求められた。このように、社会状況の変化に応じて、当時の海岸管理制度の様々な課題が明らかになった。

第4章では、第1章での海岸法創設前後の動き、第2、3章で論じた自然・社会状況の変化と時代の要請を受けて、1999(平成11)年海岸法の抜本的な改正に至った経緯と特徴を整理するとともに、新しい海岸制度に基づく実践と今後の海岸管理のあるべき姿について論じている。1999(平成11)年に防護・環境・利用の調和のとれた総合的な海岸管理を目的とした新しい海岸管理制度が出来たが、国と地方の役割分担の明確化としては、新しい海岸保全計画制度として国による全国的な基本方針、都道府県による沿岸毎の基本計画を策定するようになったこと、海岸環境を地域で管理出来るようにするために「一般公共海岸区域」を創設し、明治維新以来残されていた課題であった海岸の公物管理を明確に位置付けたこと、沖ノ鳥島のような海岸を国が直接管理するようにしたこと、の三点が特徴的である。特に三点目は領土・領海の基線を守るという形で、部分的ではあるが沿岸域管理に近い概念も取り入れられることになったものである。さらに、管理面では海岸環境や海岸利用に影響を及ぼす行為を積極的に取り締まれるような規定を盛り込んだこと、技術面においては砂浜を海岸保全施設として指定できることにしたことや技術基準に関する性能規定化等の規定が新しく盛り込まれ、21世紀にふさわしい総合的な海岸管理制度システムが整備されることになった。

以上,要するに,本研究では,望ましい海岸管理制度について、歴史的理解・自然現象の理解・社会状況の変遷を含めた包括的な観点で論述した研究が世界的にも少ない背景を認識したうえで、我が国における一般海岸に着目し、海岸管理の歴史的な変遷を踏まえて、海岸法の創設及び改正に至る経緯と特徴が整理された。さらに、海岸を取り巻く自然・社会状況の変化とその対応策を議論するとともに、海岸法の改正によって導入された新しい海岸管理制度の確立に向けての実践と今後の海岸管理のあるべき姿について論じられている。さらに論文申請者は、海岸の持つ機能とその管理のアイデアを具体的に提案し、行政の責任ある立場にいる者としてそれを実現すべく、海岸法改正を実現させた。これらの議論の整理と実践は、海岸工学の進展をもとに、現場での調査・研究を経ながら具体的な管理制度を構築するとともに、今後の海岸管理の方向性を論じたものとして、社会的・学術的意義が高い.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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