学位論文要旨



No 217407
著者(漢字) 那須,悠介
著者(英字)
著者(カナ) ナス,ユウスケ
標題(和) 大容量光ファイバ伝送にむけた石英系平面型光波回路による超高速差動位相変調信号用復調器の研究
標題(洋)
報告番号 217407
報告番号 乙17407
学位授与日 2010.09.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17407号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山下,真司
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 菊池,和朗
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 特任教授 何,祖源
 東京大学 准教授 杉山,正和
内容要旨 要旨を表示する

光通信システムは現代社会を支える重要なインフラであり,増加を続けているデータトラフィック量を支えるためには,基幹ネットワークの更なる容量拡大が急務である.そこで、従来の強度変調方式に変わる新たな変調方式として,差動位相変調方式の導入が検討されている.差動位相変調方式はその光雑音耐力やPMD耐力に優れ,次世代超高速40Gbit/s光伝送システムの有望な変調方式となっている.一方で,差動位相変調方式の実現には復調器が必要である.受光素子は光信号の強度信号に対して感度を持つため、位相情報を直接検波できない.そこで差動位相変調を強度変調信号に変換した後に受光素子により受信する必要がある.本論文では,石英系ガラスによる平面型光波回路を用いて,このような差動位相変調信号用の復調器の実現を目指す.

第2章では,DQPSK復調器の製造時に必須である,高精度な屈折率および複屈折独立調整技術を検討した.従来の屈折率調整技術では,屈折率と複屈折の両方が変化するため,両者を所望の値に高精度に調整することは困難であった.そこで,波長193nmのArFエキシマレーザと波長244nmの倍周波Arレーザを用い,複屈折の発生しない屈折率調整技術をそれぞれ確立した.これにより,従来の技術と組み合わせることで,屈折率と複屈折の独立制御を可能とした.更に,波長193nmのArFエキシマレーザと波長244nmの倍周波Arレーザの比較を行い,これらのレーザによる屈折率変化過程と複屈折発生原因を詳細に検討した結果,193nmのArFエキシマレーザの場合,コアの緻密化過程に発生する応力が複屈折を変化させ,応力開放溝による解消が可能であることを示した.また,波長244nmの倍周波Arレーザでは,コア上部のオーバークラッド層における変質が複屈折変化に影響を与え,レーザのビーム径により複屈折の発生量を制御できることを示した.更に,将来的なレーザ照射技術として,フェムト秒レーザによる導波路描画技術を検討し,PLC内への導波路描画を始めて実現した.一方,PLC導波路の屈折率調整技術への応用を検討したが,PLCを構成する各ガラス層がフェムト秒レーザに対し異なる損傷閾値を持つため,屈折率調整時にコア以外の部分に欠陥損傷が発生することを明らかにした.欠陥損傷は導波路に損失を発生させるため,導波路の屈折率調整としては紫外光レーザが最適であることを確認した.

第3章では,DQPSK復調器を構成する遅延干渉計の偏波依存性の発生メカニズムに関して議論し,モデル化を行った.遅延干渉計のPDfを一般化し定式化を行うことで,PDfの簡便な導出方法を導いた.これにより,遅延干渉回路にPDfが発生する条件は,複屈折によるアーム導波路間の光路長差の偏波依存性が存在する場合か,遅延干渉計内に偏波クロストークが存在する場合のどちらかであることを示した.前者の原因により発生するPDfは従来の技術により解消できるため,ここでは,後者の偏波クロストークにより劣化するPDfを更に深く議論した.偏波クロストークの発生原因として,MMIカップラと45度半波長板を仮定し,それらによるPDfの劣化量を求めた.結果,MMIカップラの偏波クロストークは波長依存性の無いPDf劣化を発生させ,45度半波長板は大きな波長依存性を持つPDf劣化をもたらすことを示した.加えて,これらの偏波クロストークの低減限界について,実験結果を交えながら説明し,偏波クロストーク自体を低減する以外の別のPDf手減方法の必要性を述べた.

第4章では,DQPSK復調器用の遅延干渉回路のPDf低減方法の提案および検証を行った.MMIカップラの偏波クロストークにより劣化するPDfは,45度半波長板を非対称に配置することで解消可能なことを示した.非対称配置により,偏波を90度回転させる旋光子を実現することで,カプラにおける偏波回転を補償し,低PDf化を実現した.理論および実験によりその効果を確認し,有効性を示した.更に,45度半波長板の波長依存性や製造誤差により発生する偏波クロストークが劣化させるPDfを,45度半波長板の配置方法および複屈折調整により低減できる方法を提案し,実証した.これらの低PDf化手法を共に用い,DQPSK復調器を作製した.作製した復調器のPDFはFSRの0.5%以下と,非常に小さなPDfを実現した.また,この復調器を用いてDQPSK信号の復調特性評価を行ったところ,入力偏波によるOSNRペナルティーは0.2dBと非常に小さく,良好な復調特性を得た.

第5章では,DQPSK復調器のアサーマル化による低消費電力化と,DQPSK復調器の小型化に関して述べた.アサーマル化に関しては,透過スペクトルおよび偏波依存性の温度無依存化した.前者は,樹脂によるガラス屈折率の温度依存性の補償により実現した.損失増加による消光比劣化を防ぎ,且つ,透過スペクトルを温度無依存化することに成功した.後者は,オーバークラッドガラスの膜応力調整により導波路複屈折の温度無依存化を実現することで,偏波依存性の温度無依存化に成功した.これらの方法により,温度無依存なDQPSK復調器を実現でき,消費電力の大部分を占めていた温度調整用ペルチェを取り除くことが可能となり,DQPSK復調器の低消費電力化を実現した.また,DQPSK復調器の小型化に関して,編みこみ型の回路構成を提案し,回路の小型化と位相シフタ駆動時の偏波依存性劣化抑制を実現した.実際に小型アサーマルDQPSK復調モジュールを作成し,特性評価を行った.従来の温調型DQPSK復調モジュールに比べ消費電力を60%低減し,モジュールサイズも40×12×5.6mmと世界最小のDQPSK復調器を実現した.また,信号の復調特性や温度安定性,応答特性,長期信頼性等も評価し,良好な復調特性と安定性,信頼性を有していることを確認した.これにより,石英系平面光波回路によるアサーマルDQPSK復調器を初めて実現した.

本研究では,大容量光ファイバ伝送にむけ,石英系平面型光波回路による超高速差動位相変調信号の復調器を実現した.従来の伝送方式に比べ,より複雑な送信機や受信機が必要であるため,これらで使用される光デバイスはその光学性能のみならず,小型性・低消費電力性・経済性などが強く求められている.本研究により実現したDQPSK復調器は,これら要求を満たすものであり,次世代基幹通信システムの40Gbit/s化において,差動位相変調方式の実現を加速させるものと期待できる.更に,最先端研究では次々世代通信すステムである100Gbit/sの超大容量光通信システムの議論もされ始めている.このような100Gbit/sシステムにおいても位相変調システムが採用される方向であり,受信装置には偏波分離装置や90度ハイブリッド等の光回路が必要となる.本研究の成果である高精度屈折率・複屈折制御技術やDQPSK復調器設計技術は,このような光回路の実現に応用でき,この後も大容量光ファイバ伝送用に石英系平面型光波回路の応用範囲拡大が期待される.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「大容量光ファイバ伝送にむけた石英系平面型光波回路による超高速差動位相変調信号用復調器の研究」と題し,6章より構成されている.本論文は,大容量光ファイバ伝送の実現に向けて検討されている差動位相変調方式を実現するために,石英系平面型光波回路を用いた集積型復調器を提案し,実証した結果が述べられている.

光伝送システムに波長多重(WDM)伝送方式導入され,飛躍的な伝送容量の拡大がもたらされた後も,通信需要の継続的な拡大に対応するため,伝送システムの大容量化が急務となっている.一方で,従来の光信号変調方式では,電子デバイスの高速化や,光ファイバ伝送路による信号劣化要因等,様々な技術的な課題が顕在化し,更なる伝送容量の拡大には限界が見え始めてきた.そこで,差動位相変調方式と呼ばれる新たな変調方式が提案され,その実現が期待されている.差動位相変調方式は,信号間の光位相を多値変調する方法であり,その光雑音耐力やPMD耐力に優れており,電子デバイスの高速化を行うことなく伝送容量を拡大できる多値化技術は,伝送システムの経済化を可能とし,次世代超高速光伝送システムの有望な変調方式となっている.この差動位相変調方式の実現には,光位相変調信号を光強度信号に変換する復調器が必須である.本研究では,WDM伝送方式における差動位相変調方式の実現にむけ,石英系平面型光波回路を用いた集積型復調器の実現に成功している.実現した復調器の,偏波無依存化や小型化,温度無依存化等を実現し,その有用性を実証している.

第1章は序論であり,光通信システムにおける差動位相変調信号復調器の必要性と,その復調器に対して求められる特性について記述され,本研究の目的と論文の構成を明らかにしている.

第2章では,DQPSK復調器の製造時に必須である,高精度な屈折率および複屈折独立調整技術が検討されている.従来の紫外レーザによる屈折率調整技術では,屈折率と複屈折の両方が変化するため,両者を所望の値に高精度に調整することは困難であった.紫外レーザやフェムト秒レーザを用い,これらを石英ガラスへ照射した際の変化を詳細に解析し,屈折率や複屈折の発生メカニズムについて検証すると共に,照射時に発生する応力制御により,屈折率と複屈折の独立制御を実現している.

第3章では,差動位相変調信号用復調器を構成する遅延干渉計の偏波依存性の発生メカニズムに関して理論的な方向から議論し,理論的モデル化を行っている.これにより,遅延干渉回路の偏波依存性の発生原因は,遅延干渉計内の偏波クロストークであることを証明し,その発生原因は干渉計内のカップラおよび45度半波長板であることを示している.

第4章では,新たな復調器の偏波無依存化方法の提案,および,理論・実験の両方からその検証を行っている.カップラの偏波クロストークにより発生する偏波依存性に対し,導波路の複屈折と45度半波長板を利用することで,偏波を90度回転させる旋光子を実現し,その低減を実現している.更に,45度半波長板の波長依存性や製造誤差により発生する偏波依存性を,45度半波長板の配置方法および複屈折調整により低減できる方法を提案し,実証している.これらの低PDf化手法を共に用い,実際に復調器を作製し,FSRの0.5%以下の偏波依存周波数シフト量を実現している.また,42.7Gb/s QPSK信号伝送実験による差動位相変調信号の復調特性評価を行っており,入力偏波によるOSNRペナルティーを0.2dBと,非常に小さな復調特性を実現している.

第5章では,復調器のアサーマル化による低消費電力化と,新たな回路構成の対案による小型化に関して述べている.樹脂によるガラス屈折率の温度依存性の補償,および,オーバークラッドガラスの膜応力調整による導波路複屈折の温度無依存化を共に実現することで,温度無依存化な復調器の実現に成功している.結果,消費電力の大部分を占めていた温度調整用ペルチェを取り除くことが可能となり,復調器の消費電力化を30%に低減することに成功している.一方で,新たな復調回路構成を提案し,モジュールサイズで40×12×5.6mmと世界最小の復調器を実現している.更に,信号の復調特性や温度安定性,応答特性,長期信頼性等も評価し,良好な復調特性と安定性,信頼性を有していることを確認している.

第6章は総括であり,本研究の成果をまとめるとともに,今後の課題を展望している.

以上のように本論文は,石英系平面型光波回路を用い超高速差動位相変調信号用復調器の偏波無依存化,温度無依存化,低消費電力化,超小型化を独自技術により実現しており,さらにそれを用いた42.7Gb/s QPSK信号伝送実験でも良好な復調特性と安定性,信頼性を確認している.従来技術では実現不可能であった超高速差動位相変調信号用復調器を独自技術により実現したものであって,電子工学の発展に大きな貢献を果たしている.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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