学位論文要旨



No 217408
著者(漢字) 澤,敏之
著者(英字)
著者(カナ) サワ,トシユキ
標題(和) 最適化手法を用いた電力系統の需給運用計画の高性能化に関する研究
標題(洋)
報告番号 217408
報告番号 乙17408
学位授与日 2010.09.16
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17408号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横山,明彦
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 特任教授 谷口,治人
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 准教授 古関,隆章
 東京大学 准教授 馬場,旬平
内容要旨 要旨を表示する

一般電気事業者(以下,電力会社)の主要なミッションは,良質の電力品質かつ電気料金が低廉な電気を安定に供給することである。特に最近の社会生活や産業活動の高度化,多様化に伴い電力供給の信頼性,質的向上への社会的要請がますます強まってきている。このような情勢の中で,電力会社は系統運用の機械化・自動化に取り組んでおり,なかでも需給運用計画および需給制御はその中心的役割を担っている。また,電力分野における技術革新や高度情報化の進展,計算機性能の向上および新たな最適化手法の出現などのもとで,これらを活用してさらに電力供給の信頼度や電力品質の維持向上および電力供給コスト低減のための研究および技術開発が進められている。

電力系統の運用制御に関する業務には,長期的な年間,月間レベルから短期の週間および前日までの計画段階の需給運用業務と絶えず変動する需要に対して供給を常にバランスさせると同時に最経済に制御する当日のオンラインの需給制御業務とがある。当日の電力需要の急増,あるいは落雷等による故障発生などの外乱に対して,事前に計画段階の需給計画業務で適切に準備しておくことではじめて,オンライン業務である需給制御により需要家へ良質の電気を安価な料金で供給することを継続して実現できる。

本研究では大規模な電力系統を運用制御する需給運用計画業務に関わる5つの業務に対して,最適化技術を開発,適用して高機能化することが本研究の目的である。

(1)需要予測結果を説明しやすい方法を用いて需要予測精度を維持・向上させる需要予測手法の開発

(2)系統側及び発電機側の運用制約を考慮した経済的な発電所運用計画作成手法の開発

(3)配電ロスを最小化する放射状系統を作成する配電系統構成作成手法の開発

(4)計画期間内に調整できない作業を最小化するための作業日程および系統変更を自動化する作業停電調整計画手法の開発

(5)電力市場取引のための取引参加者にとって公平公明で高速な約定処理方法および連系線容量を考慮した市場分断約定処理方法の開発

各研究課題に対して,最適化手法の研究開発および適用を行い,以下の研究成果を得た。

研究課題(1)に関して,2週間先までの日々の最大,最小電力需要を予測する手法を開発した。今後,減少していくベテラン運用者の豊富な知識・経験を継承するために現状の予測手法を調査,分析し,これらの知識をエキスパートシステムに蓄え,予測の過程及び需要の構成などの結果が運用者にとって分かり易いシステムとした。更に夏季の初めと終わりで変化する気温感度係数を適切に表現できる気温感度モデルを開発した。開発したモデルにより3次の回帰分析による運用者モデルより予測精度を向上できた。最大電力需要の平日の平均予測誤差(r.m.s.)は翌日2.0%,次週3.1%であった。最小電力需要は各々2.1%,3.2%であった。これらの結果は運用者と同程度の予測精度であった。

研究課題(2)に関して,計画対象となる発電機種別の組合せに応じて,経済性および信頼度を考慮した5つの発電所運用計画作成手法を開発した。

(a)需給バランス,予備力,潮流等の制約を満たし,火力発電所と揚水発電所の経済的な週間運用計画を自動的に作成する手法を開発した。この手法の特徴は火力発電所の運用計画では,増分燃料費に応じて火力発電機の運転順位を最適化し,この最適な優先順位を用いることにより起動停止計画候補を限定し,限定した候補を用いて動的計画法により,最適化することである。揚水発電所計画は,効率の低い火力発電機を揚水発電に振り替えることにより作成する。季節の代表4ケースで従来手法である優先順位法とを比較した結果,提案手法の方が発電コストを0.20%~0.43%低減できることを確認でき,その有効性を確認できた。

(b)火力発電所のみの電源の週間運用計画に対しては, 1日の需要の特徴点である最大および最小需要時刻の起動停止計画をタブサーチ法を適用し,それ以外の時刻はこの2時点の起動停止計画をもとに作成する優先順位を使う手法を開発した。代表3ケース(通常負荷期,重負荷期,軽負荷期)に対して作成した計画はいずれも制約条件を満足しており,運用者の計画に比べて,平均で1.12%の発電コストを低減でき,その有効性を確認できた。

(c)調整式水力発電所からなる連接水系運用計画に対しては,上流ダムから放流された水が下流ダムに到着するまでの流下遅れ時間による時間的,空間的に大規模となる問題を一括して全体を最適化し,また発電量が使用水量の非線形関数となることから二次計画問題を解くことができる主双対内点法を用いた手法を開発した。翌日,週間運用計画では変数が825~16665,制約数が2160~45360と大規模問題を高速に解くことができ,その有効性を確認できた。

(d)火力発電機の起動停止計画および火力,揚水,水力,融通電力を組合せた電源,供給力に対しては,火力発電機の起動停止変数を実数に緩和し,この変数に対して時間にまたがる時間変化制約を新たに加えた二次計画問題を作成し,起動停止変数値が小さいものほど発電単価を増大させる処理を繰り返すことで,実数変数を停止0または運転1に収束させるとともに,この二次計画法のなかで潮流制約,LNG消費制約などの運用制約等を同時に満たす負荷配分とする翌日運用計画作成手法を開発した。実規模の火力発電所計画問題に適用して,発電コスト下限に対して,0.58%以内の解が得られていることおよび優先順位法より0.08%発電コストを低減できたことを確認した。優先順位法で作成した火力の起動停止計画では潮流制約を満たせない条件においても,開発手法では全ての制約条件を満たす計画を作成することができ,その有効性を確認できた。

火力発電機の運用計画を対象とし,火力の起動順序により最小連続停止時間制約が変化するなど複雑な制約条件を考慮する必要がある場合に(b)のタブサーチ法を用いた手法が特に有効であり,火力,揚水発電所を含む運用計画を作成する場合には(d)の二次計画法を用いた手法が特に有効である。

研究課題(3)の配電系統構成に関して,電圧,電流制約を満たす配電ロスを最小化する2つの配電系統作成手法を開発した。

(a)最適な放射状系統を作成するための遺伝子として,ループ番号とそのループを構成するブランチから開放するブランチ番号を並べた遺伝子表現とし,探索空間の削減を実現する方法を開発した。開発手法と従来の遺伝的アルゴリズムを用いた方法を比較した結果,21ノード,34ブランチの予備力最適化問題では20回の試行で最適解到達回数は従来手法で7回であるのに対して,20回で良好な結果が得られた。また,102ノード,112ブランチの配電ロス最小化問題に適用して,全てのブランチを閉じたときのロス下限に対して8.6%増加の解が得られた。

(b)更に,開発した遺伝的アルゴリズムと標準的なParticle Swarm Optimization(PSO)および突然変異導入のPSOを比較した。その結果,37ノード,63ブランチの予備力最適化問題で,20回の試行のうち最適解に到達できた最大回数はそれぞれ11回,11回および18回と開発した突然変異導入のPSOが最も良い結果を得られた。前記の配電ロス最小化問題で得られた最良解の回数はそれぞれ1回,2回および17回と突然変異導入のPSOが最も良かった。

適切な遺伝子表現とすることで,遺伝的アルゴリズムおよびPSOを用いた手法では従来手法と比較して,その有効性を確認することができた。放射状系統を作成する手法として,突然変異型PSOを適用することがもっとも有効である。

研究課題(4)の作業停電調整計画の最適化手法に関して,作業停電調整は作業開始日の日程調整を同時作業禁止制約のみを考慮した簡易高速調整と潮流制約も考慮した詳細調整の2段階でタブサーチ法を用いて調整し,潮流制約違反が生じたときには,開放されているブランチを閉じて違反設備を含むループを作成し,このループを構成するブランチの1つを開放する違反解消処理にタブサーチ法を適用する手法を開発した。潮流制約に影響を与える61件の月間作業停電調整に適用し,日程調整のみでは全ての作業を実施する計画を作成することはできなかったが,潮流制約違反解消処理を実行することにより,積み残し作業件数をゼロとすることができ,開発した手法の有効性を確認できた。

研究課題(5)に関して,卸電力取引所の約定処理において,市場の入札価格刻みより大きい価格刻みに集約した注文を用いる価格帯分割法により連系線で区切られたエリア間の混雑回避のための市場分断約定処理および,約定価格の一部のみが約定するとき,約定価格と同一価格の各注文量に対して公平に配分するためにこの価格帯分割法による市場分断約定処理を利用する方法を開発した。9エリア,9000注文からなる問題に対して,価格帯分割法では価格帯分割回数8回で,分割しない従来手法に比べて10倍以上高速化できた。価格帯分割法の有効性を確認できた。

本研究は電力系統の長期から短期にいたるまでの需給運用計画の各業務で生ずる課題に対して、それぞれ適切な最適化手法を適用して,信頼度を維持・向上する中で電力系統の運用コストを低減できる技術を開発し、電力系統運用全体の効率化に大きく貢献することができた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「最適化手法を用いた電力系統の需給運用計画の高性能化に関する研究」と題し、7章よりなる。

第1章は「序論」で、電力を安定に供給するために必要不可欠な電力系統の需給運用計画業務について概観し、本研究の特徴を述べ、これまでに国内外で行われた研究との比較を行っている。最後に、本論文の構成を述べている。

第2章は「電力需要予測」と題し、電力系統の運用者の豊富な知識・経験を継承し、予測の過程及び需要の構成などが運用者にとってわかりやすく、予測業務の効率化が図れる電力需要予測システムについて検討している。ここでは、2週間先までの日々の最大,最小電力需要を予測する手法を開発しており、特に、ベテラン運用者の豊富な知識・経験を参考にして,夏季の初めと終わりで変化する気温感度係数を適切に表現できる気温感度モデル及びファジイ推論による予測結果の補正方法を提案し、従来の回帰分析による運用者モデルより予測精度を向上できることを示している。

第3章は「発電所運用計画の最適化」と題し、計画の対象となる発電機種別の組み合わせに応じた電力系統の経済性及び信頼性を考慮した発電所運用計画作成手法について検討している。まず、需給バランス、予備力、潮流等の制約を考慮した火力、揚水発電所の週間運用計画について、優先順位を利用して起動停止計画候補を限定し、それらに動的計画法を用いて最終計画を策定する効率的な手法を、火力発電所のみの週間運用計画については、一日の最大・最小需要時刻の起動停止計画を、タブサーチ法を用いて計算し、これをもとに、他の時刻の起動停止計画を、優先順位法を利用して策定する手法を開発している。次に、調整式水力発電所からなる連接水系週間・翌日運用計画について、主双対内点法を用いて水系の全発電所を一括して最適化する高速計算手法を開発している。最後に、火力、揚水、水力発電所、融通電力のすべてを組み合わせた翌日運用計画を、火力発電機の起動停止整数変数を実数緩和した二次計画問題として定式化し,計画の時間連続性および起動停止変数の0-1への収束性を考慮した起動停止計画と負荷配分計画を同時に作成する手法を開発している。これらの手法を実規模電力系統に適用して,従来手法と比較して、計算の効率性、発電コストの経済性が優れていることを確認している。

第4章は「配電系統構成の最適化」と題し、配電系統における電圧、電流制約を満足した上で配電系統内の損失を最小化する放射状の配電系統構成の自動作成手法を検討している。ここでは、放射状の系統構成を表現する遺伝子構造に特徴を持たせた遺伝的アルゴリズム(GA)及び突然変異型PSO(Particle Swarm Optimization)を適用した手法を提案し、従来の遺伝的アルゴリズムを用いた手法と比較し、配電ロス最小化問題の最適解への到達率が、突然変異型PSO、提案した遺伝的アルゴリズム、従来の遺伝的アルゴリズムの順に高いことを明らかにしている。

第5章は「作業停電調整計画の最適化」と題し、さまざまな電力設備の定期点検や拡充工事のための作業の日程を、同時作業禁止制約のみを考慮した簡易高速調整と潮流制約も考慮した詳細調整の2段階でタブサーチ法を用いて自動調整する手法を提案し、運用者がインタラクティブに調整業務を行える実用的な「作業停電調整支援システム」を開発している。潮流制約に影響を与える月間作業停電調整計画に適用し,従来の日程調整のみでは全ての作業を実施する計画を作成することはできなかったケースに対しても,本提案手法で潮流制約違反解消処理を実行することにより,積み残し作業件数をゼロとすることができるなど有効性を確認している。

第6章は「電力取引市場の最適化」と題し、近年、我が国に導入された日本卸電力取引所(JEPX)における電力のスポット取引の市場分断約定処理手法について検討している。ここでは、市場の入札価格刻みより大きい価格刻みに集約した注文を用いた価格帯分割法を提案し、それによる地域間の連系線の混雑回避のための市場分断約定処理手法を開発している。日本全体を対象とした市場分断約定処理問題に対して提案方法を適用し、従来手法と比較して10倍以上高速化できることを示している。

第7章は「結論」で、各章の結論をまとめ、今後の課題を述べている。

以上を要するに、本論文は、電力系統の長期から短期に至るまでの需給運用計画の各業務で生ずる課題に対して、それぞれ適切な最適化手法を選択し,供給信頼度を維持・向上しつつ運用コストを低減する最適計算方法を開発するとともに、それらを実規模電力系統に適用することによって有効性を確認し、電力系統運用全体の効率化に貢献することを明らかにしたもので、電気工学、特に電力システム工学上貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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