学位論文要旨



No 217411
著者(漢字) 増谷,佳孝
著者(英字)
著者(カナ) マスタニ,ヨシタカ
標題(和) 拡散MRIの画像解析に基づく錐体路の描出法の開発と脳梗塞症例による検証
標題(洋)
報告番号 217411
報告番号 乙17411
学位授与日 2010.09.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第17411号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 齋藤,延人
 東京大学 教授 牛田,多加志
 東京大学 教授 大江,和彦
 東京大学 准教授 阿部,裕輔
 東京大学 講師 國松,聡
内容要旨 要旨を表示する

序文:

脳白質線維のうち、重要な運動機能に関連する錐体路の情報は、診断・治療上の重要性が高く、近年のMRIの撮像技術の進歩で拡散MRIのデータより抽出することが可能になってきた。しかしながら、皮質延髄路、皮質脊髄路を含む錐体路は、上縦束との交叉により、特に皮質延髄路の抽出が困難である。

本研究は、拡散MRIの画像解析に基づき、交叉線維の問題を解決する錐体路描出(Tractography)法を開発し、臨床データにより検証することを目的とし、特に、以下の具体的な2点を行った。

1)錐体路との主要な交叉線維である上縦束に注目し、これを拡散MRIデータから仮想的に除去する処理により、錐体路の追跡を容易にする手法を開発すること

2)上記で開発した手法を麻痺部位の限局した脳梗塞症例データに適用し、描出された錐体路と梗塞の位置関係と麻痺部位の整合性により、描出結果および手法の妥当性を評価すること

方法:

本研究では、DTIにおいて比較的容易に抽出可能な上縦束を事前抽出し、上縦束部分の拡散テンソルを周辺の錐体路のテンソルで補間し置換(図1)することで上縦束成分のないテンソル場を再構成し、線維追跡を行う方法を開発した。

上縦束付近にて錐体路に属すると考えられる拡散テンソルを条件に従って選択し、テンソル場の補間に使用する(図2)。テンソル場の補間に関しては、各固有値、および固有ベクトルに分解して行う独自の方法を開発した。

錐体路の各運動機能に対する構造の分離には、機能的MRIにて有用性が実証されている逆Ω構造と呼ばれるランドマークを使用して関心領域を設定して使用することにより、皮質延髄路、皮質脊髄路(上肢)、皮質脊髄路(下肢)を分割して描出する方法をとった。

開発した手法の評価には、拡散テンソル場補間の基礎実験、および臨床データを用いた錐体路の描出の実験を行った。特に、各機能に対応した線維束が正しく抽出されているかどうかの検証をラクナ梗塞の症例のデータを用いて評価した。用いたのは、麻痺の範囲が限局されている単麻痺~片麻痺のデータをレトロスペクティブに収集したものである。症状は患者の発症~来院時の諮問に基づき、一部はMMTのスコアも記録されている。

結果:

拡散テンソル場の補間に関する基礎実験として、拡散テンソルの方位や大きさを自由に設定できる合成データ、および臨床データを用いて、開発したテンソル場補間の方法の特性を明らかにした。文献で発表されている方法に対する優位性が示された。

評価のため、錐体路の各構造と病変の接触による干渉率を接触している線維束と全体の線維束の体積比により定義した。図3のように麻痺部位の限局された脳梗塞症例データ10例を使用して、症状の有無と錐体路の各構造における干渉率の相関を調べたところ、症状の該当する構造群の干渉率とそうでない群の干渉率に有意な差(p=0.0005)が認められ(図4)、年齢を共変量とする共分散分析によっても同様に有意差(p=0.0006)が見られた。

考察:

本研究の意義として、開発した方法が臨床データにおいて解析が可能である点、計算時間が短いことが挙げられる。これは、データ収集時間が長く、計算負荷の高い確率的Tractographyなど、近年使用され始めた方法群に対して臨床応用の上で特に優位な点であると考えられる。

現時点では、テンソル場の再構成に使用する錐体路テンソルの選択に改良の余地があるが、アトラスを利用した方法などによる改善が期待される。

白質線維束の描出を画像処理における領域抽出の問題として捉えると、CT像における肝臓などと比較して、線維束の描出の評価は目視では難しく、本研究で用いた方法は重要であると考えられる。

結論:

本研究では、拡散テンソルMRI像の処理により、線維交叉部を含む錐体路の描出の改善方法として、主な交叉線維である上縦束の事前抽出および拡散テンソル場の再構成による方法を開発した。

単麻痺~片麻痺の脳梗塞症例のデータを使用した検証実験により、開発した手法により抽出した錐体路の妥当性を評価した。症状に該当する構造と該当しない構造では、線維束と梗塞の接触の比率に関して有意な差が認められ、開発した手法で、錐体路の各構造を正しく描出していることが示唆された。

図1 交叉線維問題解決のためのテンソル場補間

交叉部のテンソルを周辺からの補間で置換して滑らかなテンソル場を再構成する

図2 上縦束の事前抽出とその周辺での錐体路テンソルの選択

左:領域拡張による上縦束の抽出

中:上縦束領域周辺(皮質付近)で選択された錐体路テンソルを含むテンソル群

右:上縦束領域周辺(脳室付近)で選択された錐体路テンソル

(テンソルの色は方向を示す)

図3 脳梗塞症例(構音障害)における錐体路の描出結果(2症例)

左:各構造(赤:皮質延髄路,緑:皮質脊髄路・上肢,青:皮質脊髄路・下肢)

右:梗塞病変との接触による色分け(赤:接触,青:非接触)

梗塞病変と同時表示

図4 病変と錐体路各構造の干渉率と症状の有無(10症例における結果)

2群(positive, negative)の干渉率分布の間に有意な差が認められた

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、拡散MRIの画像解析に基づき脳白質線維束を描出するTractographyの錐体路への応用において、撮像時間に制限のある臨床データにおいても上縦束との線維交叉問題を解決可能な新しい手法を開発し、臨床データにより検証することを目的としたもので、下記の結果を得ている。

1. 錐体路との主要な交叉線維である上縦束に注目し、これを拡散MRIデータから仮想的に除去する処理により、錐体路の追跡を容易にする手法を開発した。すなわち、DTIにおいて比較的容易に抽出可能な上縦束の領域を、拡散異方性、テンソル主方向などの拡散テンソルの属性による領域拡張を用いて事前抽出し、同領域の拡散テンソルを周辺の錐体路のテンソルで補間し、置換することで上縦束成分のないテンソル場を再構成し、線維追跡に使用する方法である。このとき、上縦束を抽出するための拡散テンソル属性、および補間に使用する上縦束付近の拡散テンソルの選択の至適な条件を実験的に求めた。

2. 上縦束領域内でテンソル場を補間する方法として、拡散テンソルを各固有値、および固有ベクトルに分解して行う独自の方法を開発した。拡散テンソルの方位や大きさを自由に設定できる合成データ、および臨床データを用いた基礎実験により、開発したテンソル場補間の方法の特性を明らかにし、補間テンソルにおける異方性低下に対する抑制効果の点で、文献で発表されている他の方法に対する優位性を示した。

3. 錐体路の各運動機能に対する三構造、すなわち皮質延髄路、皮質脊髄路(上肢)、皮質脊髄路(下肢)をそれぞれ独立して抽出するため、機能的MRIにて有用性が実証されている逆Ω構造と呼ばれるランドマークを使用して関心領域を脳の表面に沿った曲面上で設定する方法を開発し、上縦束の抽出とテンソル場補間の機能を含め、ソフトウェアとして実装した。

4. 開発した錐体路の三構造の描出手法を麻痺の範囲が限局されている単麻痺~片麻痺のラクナ梗塞症例のデータに適用し、描出された錐体路と梗塞の位置関係および症状としての麻痺部位の整合性により、描出結果および手法の妥当性を評価した。このとき、描出した錐体路の各構造と脳梗塞の位置関係から推定される運動機能の低下を定量的に評価するため、錐体路の各構造と病変の接触による「干渉率」を、梗塞と接触している線維束の領域と全体の線維束の領域の体積比により定義した。症例データ10例を使用して、症状の有無と錐体路の各構造における干渉率の相関を調べたところ、症状の該当する構造群の干渉率とそうでない群の干渉率に有意な差(p=0.0005)が認められ、年齢を共変量とする共分散分析によっても同様に有意差(p=0.0006)が見られた。すなわち、描出した錐体路の各構造と脳梗塞の位置関係および症状との相関が確認され、本研究で開発した手法で描出した錐体路の各構造が実際の構造をよく反映していることが示唆された。

以上、本論文は、拡散テンソルMRIを用いた線維交叉部を含む錐体路の描出改善のため、主な交叉線維である上縦束の事前抽出および拡散テンソル場の再構成による方法を開発し、単麻痺~片麻痺の脳梗塞症例のデータを使用した検証実験により、その有用性を示した。開発した手法は、大きな病変を含み変形の著しい画像への適用が困難であるなど、一定の限界はあるものの、臨床応用する上で重要な計算時間の点などでも他の手法より優れており、今後様々な応用や発展が期待される。よって本研究は、学位の授与に値するものと考えられる。

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