学位論文要旨



No 217414
著者(漢字) 金沢,謙太郎
著者(英字)
著者(カナ) カナザワ,ケンタロウ
標題(和) 熱帯雨林の資源利用をめぐるポリティカル・エコロジー : サラワクの狩猟採集民、プナン人の生活変容から
標題(洋)
報告番号 217414
報告番号 乙17414
学位授与日 2010.09.30
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第17414号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 丸山,真人
 東京大学 教授 後藤,則行
 東京大学 教授 中西,徹
 東京大学 准教授 永田,淳嗣
 東京大学 教授 井上,真
内容要旨 要旨を表示する

本研究の目的は、サラワクの狩猟採集民であるプナン人の抗議行動がなぜ今日まで続いているのかという問いに基づき、熱帯雨林の資源利用をめぐるコンフリクトの背景を追究し、州政府の政策によるプナン人の生活変容とその地域生態への影響を明らかにすることである。本研究の成果は、諸種の文献のほか、マレーシア、サラワク州(ボルネオ島)のプナン人集落におけるフィールドワーク等で得られたデータに基づく。

第1章では、ポリティカル・エコロジー論の先行研究を通覧し、その理論的意義や課題について検討した。これまでの人間・文化生態学においては商品経済化や国家政策の影響を受けた動態研究という視点が弱いとされてきた。これを打破するために生まれたのが、ポリティカル・エコロジー論である。その特徴は、ミクロな現場で観察される人間の資源利用の変化を、当該地域をとりまく国家やグローバルな政治経済のなかで位置づけようとするところにある。本研究では、環境資源へのアクセスをめぐるコンフリクトの連続性に注目し、環境変化のコンテクスト、アクター間のコンフリクト、環境変化がもたらす社会経済的変化の3つのフレームを構成要素とする局面を<ステージ>と位置づけた上で、その<ステージ>の連環性に着目したフレームワークを提示した。具体的には、プナン人社会をとりまく状況の変化を転換点として、植民地政府が森林政策を開始した20世紀初め以降を<第1ステージ>、その後州政府が「公共サービス」を開始する1990年代以降を<第2ステージ>と想定している。

第2章では、プナン人の生活戦略について考察している。プナン人は、もともとサゴ・デンプンを炭水化物源とし、その多寡に応じて森の中で移動しながら生活していた。また、林産物利用については卓越した知識や概念、技術を備えている。彼らは、自身の自律的生存条件を確保した上で、近隣の農耕民と共生する戦略を採用してきた。農耕民と狩猟採集民は、それぞれに相手が容易に入手できないモノをもつ。両者の間でタムと呼ばれる物々交換の市が行われていた。後に、とり引きの公正さを監督するために政府役人がタムに同席するようになったが、プナン人たちはそれを情報交換や交流の機会として歓迎していた。

第3章では、森林や土地にかかるサラワク州政府の開発政策の変遷をみた。1841年に始まるブルック家による植民統治期は環境変化の新たなコンテクストを準備した。植民地政府によって、自然や社会が内包する本質的な複雑さは、「可読化」すなわち一元的、画一的に管理、制御されることとなった。多くの土地や森林で先住民族のニーズに反して、焼畑農耕や狩猟採集が非合法化され、彼らの伝統的生産活動の領域は狭められてきた。森林法においては、保存林が創出され、地元住民の林産物利用は禁止された。続いて設けられた保護林は保存林とともに恒久的な木材産出を可能にする永久林として指定された。先住民族の生活戦略を非生産的な活動とする見方は、ブルック家の植民地政府に端を発し、そのまま今日のエリート支配層とりわけマレー系、華人系官僚の文化的バイアスに引き継がれることになる。

第4章は、森林の商業伐採をめぐる非政府アクターの行動をとり上げ、各アクターの行動原理や利害、アクター間の関係性について検討した。まず、サラワクにおける代表的な木材企業3社をとり上げた。華人系企業家たちは伐採権をもつ政治家に接近し、伐採ライセンスを手にすると直ちに短期的利益を求めた。1980年代後半、プナン人らサラワク先住民族は、森林の商業伐採の中止を訴えて、木材運搬用の道路封鎖に立ち上がった。このニュースは、「熱帯雨林の破壊に対する地元民の異議申し立て」として大きく報じられた。地元のNGOは、林道封鎖という非暴力の抗議手法を提案するなど、プナン人らの抗議行動を支援してきた。そして、プナン人への国際社会の関心が高まる中、政府は何らかの対応を迫られることになった。

第5章では、「公共サービス」の導入に至る州政府の意思決定の構造を分析した。1980年代後半、プナン人の生活実態にかんする調査報告において、狩猟採集民の土地利用の評価や生物圏保存地域の指定といった具体的な政策提言がなされた。そこで示されたのは、プナン人にとって必要なのは定住生活ではなく、狩猟採集活動の継続ということだった。しかし、それらの提言は採用されず、突如その代わりに生活様式の「近代化」という名目のもとに、一部のプナン人に対して、ロングハウスの建設やサービス・センターの設置などの「公共サービス」が実施されることになった。そこには、伐採権をもつエリート層の利害が絡んでいた。彼らは自分たちの伐採権を最大限に行使するために、森の中を遊動しているプナン人を集住させるという意思決定を下した。「公共サービス」の実施によって、プナン人たちの生活様式は、定住化、焼畑農耕化へと転換させられていく。

第6章では、「公共サービス」に伴うプナン人の生活変容と地域生態への影響について検討した。バラム河流域の上・中上・中流域のそれぞれから、「公共サービス」が実施されている集落とほとんど実施されていない集落を計6村選定し、集落周辺の野生可食果樹種調査を行なった。その結果、農耕地、特に焼畑の面積と集落周辺の野生可食果樹種数との間に負の相関があることがわかった。政府の農業指導は継続的に行われていないため、プナン人の農耕技術の習熟度は低いままである。陸稲の収量についていえば、伝統的な農耕民の焼畑に比べて半分以下にとどまっている。つまり、「公共サービス」の実施によって、未熟な焼畑農耕が拡大し、集落周辺の森林生態系に影響が及んでいると推察される。

以上の議論を踏まえ、本研究の結論として、<ステージ>変化に伴う(1)コンフリクトの原因、コンテクスト、(2)アクター間の関係性、(3)社会経済的変化の3点に整理して示した。

(1)は、サラワクの森の民の抗議行動がなぜ今日まで続いているのかという問いにかかわっている。その答えは、1980年代後半に林道封鎖が開始されたころと変わっていない側面と、その後の州政府の政策実施にともなう新たな側面をもつ。ブルック家が導入した土地を所有するという近代的原理は、それまでの慣習法の世界と相容れないものであり、先住民族の慣習的な土地利用は一方的に制限を加えられてきた。プナン人たちが州政府に一貫して望んできたことは、土地や森林に対する先住民族としての権利を認知させることである。また、1990年以降の抗議行動の背景には、「公共サービス」に対する不満が新たな要素として加わっている。「公共サービス」のうち、基礎的な医療サービスや教育の拡充はプナン人たちも望んでいる。しかし、他のエスニック集団のようにロングハウスに住む習慣のないプナン人に対して、それを建て与え、継続的な技術支援なしに未熟な焼畑農耕を推奨することで、結果的にプナン人たちの生活基盤を悪化させている。州政府による「公共サービス」の最大の問題点は、「発展」や「進歩」といった掲げられた名目とは別に、最初から遊動生活から定住化へ、またサゴ・デンプンの生産から農耕化へというプナン人の生活様式の転換を促し、開発行為の円滑化を図るというシナリオが見透かされる点である。

(2)として、アクター間の社会的関係の変遷が明らかになった。もともとプナン人は狩猟採集活動をベースに遊動生活を営みつつ、タムにおける農耕民や政府役人との対話や交流を歓迎していた。ところが、ブルック家の植民地政府によって、焼畑や狩猟採集などの先住民の生業は非生産的な活動とみなされ、非合法化されてきた。その一方で、サラワクの木材企業は木材輸出によって莫大な富を築いた。木材企業の華人経営者たちは、伐採権をもつ政治家に接近する一方、政治家は家族や友人ら身内を中核としたパトロン-クライアント関係のネットワークをつくってきた。政府や木材企業はプナン人たちが求める伐採停止の要求にはまったく応えず、突如一方的に「公共サービス」を提供し始める。

(3)において、「公共サービス」が実施されている集落では、周辺の森林環境への負荷を強めざるを得ない状況にあることがわかった。現段階でプナン人は、定住人口の急増や焼畑農耕の拡大に対して、うまく生活適応できていない。ここに、一定の遊動性をもっていた彼らの生活戦略は停滞を余儀なくされている。

かつて、広大な原生林が背後に残されていたときは、プナン人たちは森の中に退避するなり、伐採に反対して道路封鎖をするなり、曲がりなりにも意思表示をすることができた。しかし、退避できる森が少なくなってきた現在、彼らは「公共サービス」を受け入れざるを得ない状況に追い込まれている。本来は森林に高度に依存し、社会的に脆弱な人びとのニーズが真っ先にとり上げられるものでなければならない。しかしながら、<第1ステージ>以降、政府がプナン人の要求を知る回路が実質的に断たれている現状を踏まえれば、その回路の再構築には、<第1ステージ>以前にみられた政府とプナン人との信頼関係の新たな形成が必要条件であろう。

本研究は、環境資源へのアクセスをめぐるコンフリクトと環境変化との相互作用を動態的に明らかにする分析フレームワークを提示し、それに基づいてサラワクの資源利用をめぐる事例を追究した。今後も世界各地で、環境資源へのアクセスをめぐるコンフリクトは増加、継続していくものと予想される。そうした中、本研究のフレームワークに基づく事例研究を蓄積することによって、コンフリクト・マネジメントのより高次の理論化や一般化を促進していくとともに、得られた知見を政策にどう反映させていくかは、残された検討課題である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、サラワクの狩猟採集民プナン人とサラワク州政府とのあいだで、熱帯雨林の資源利用を巡り、長年にわたって続いている対立抗争を、ポリティカル・エコロジーの視点から分析し、あわせて、プナン人の生活変容が地域生態系に与える影響を現地調査の結果に基づいて明らかにしようとしたものである。本文は137頁からなり、序論のあと第1章から第6章まで6つの章が続き、最後に結論で締めくくられている。また、資料・文献・写真が48頁あり、全体で185頁の構成である。

序論では、「公共サービス」の提供と引き換えに熱帯雨林へのアクセス権を奪おうとする州政府の定住化政策に対して、先住民としてのプナン人が抵抗を続ける様子を概観し、紛争の全体像を把握するためには、ポリティカル・エコロジーの方法を導入し、国際関係を含むマクロ的コンテクストにおいて、資源利用を巡る紛争を動態的に理解する必要があると主張する。

第1章「ポリティカル・エコロジー論の視角」では、上述のポリティカル・エコロジーの方法を敷衍し、本論文が依拠する分析枠組みとして、ブライアントが提示した3つの分析フレーム、すなわち、(1)資源利用によって引き起こされる環境変化の全体像、(2)資源利用を巡る紛争、(3)環境変化がもたらす社会経済的変化、を示したうえで、戸田清の「次なる問題の発生」の指摘を受け入れて、紛争を構成するステージそれ自体が動態的に変容する、という新たな分析視角を提示する。

第2章「狩猟採集民の生活戦略」では、森林資源の開発が始まる以前のサラワクにおけるプナン人の伝統的な生活の特色を、焼畑農耕民との対比において描いている。野生のサゴヤシから採取されるデンプンを主食とし、イノシシをはじめとする多様な魚肉類を栄養源とするプナン人は、自給を基本としつつ、農耕民との間で塩鉄と沈香などの林産物との取引を行っており、州政府との関係も良好であったことが示される。

第3章「政府の森林開発政策」では、熱帯雨林を木材の供給源と見なして伐採し、伐採後の土地はアブラヤシなどのプランテーションとして利用する、典型的な開発政策の流れを、サラワクの実情に即して詳述し、資源利用に由来する環境の変化を俯瞰する。

第4章「森林開発をめぐる非政府アクターの動向」では、日本企業を含む営利企業のサラワクでの活動、さらにはマレーシア資本による国外での森林伐採の展開、そしてプナン人を支援する国内外のNGOの動きを分析し、資源利用を巡る紛争の構図を明らかにする。

第5章「政治化された環境」では、商業伐採による環境変化によって狩猟採集生活を維持できなくなったプナン人の異議申し立てを受けて、州政府が「公共サービス」を提供するに至った事情を説明し、その結果、資源利用を巡る紛争が新しいステージにシフトしたことを明らかにする。

第6章「プナン人の生活変容とその地域生態への影響」では、狩猟採集活動を続けるプナン人が居住するバラム河流域での現地調査の結果を明らかにする。著者は調査対象地域から6つの村落を選び、各村落周辺の森林における野生可食果樹の種類の多寡を調査した。その結果、「公共サービス」が実施されている村落では、野生可食果樹の種数が相対的に少ないのに対して、「公共サービス」が実施されていない村落では野生可食果樹の種数が相対的に多いことが判明した。「公共サービス」には、医療や教育とともに、定住化を促進するための焼畑農耕の導入が含まれるが、著者は、焼畑農耕に未習熟のプナン人が焼畑を行うことにより、集落周辺の地域生態系が劣化し、生活の質も低下していると主張する。

結論では、プナン人の狩猟採集活動が地域生態系の維持に貢献してきたことを確認し、新たな段階に入った資源利用を巡る紛争が容易に解決しない理由として、プナン人に「公共サービス」を提供する政府の政策が、商業伐採の推進を前提したまま、生態系保護へのプナン人の寄与を一貫して無視していることを指摘する。

本論文は以下の2点において高く評価することができる。第1に、熱帯雨林の開発によって引き起こされたプナン人の異議申し立てが、単なる開発対自然保護という二項対立の図式に収斂するものではなく、究極的に開発と自然保護の調和を志向するものであることを、政府文書を含む多様な資料を用いて明らかにした点である。とりわけ、プナン人への聞き取り調査によって、彼らが「公共サービス」を全面的に拒否しているのではなく、定住した後も狩猟採集活動ができる程度の熱帯雨林を残すよう要求していることを明らかにした点は、資源利用をめぐる紛争に解決の糸口を見出すための方向性を示唆するものとして特に高く評価できる。

第2に、プナン人の村落と周辺地域の森林における野生可食果樹種数の実地調査は、それ自体が多大な時間と労力を費やす困難な作業であるが、著者は綿密な計画と準備のもとに調査を遂行している。この調査結果は十分に信頼できるものであり、貴重な一次資料である。

他方で、本論文にも問題がないわけではない。まず、第1章から第5章までのステージ分析と第6章のフィールドワークとの関連が必ずしも明らかになっていない。第6章では調査目的が野生可食果樹種数の解明に限定されているため、プナン人の生活実態が必ずしも明確に描かれておらず、概説的なステージ分析を具体例で補強する役割を十分に果たしていない。

また、紛争の構図の中には、サラワク州民やマレーシア国民の一般世論が含まれておらず、州や国全体のレベルでのプナン人の位置づけが必ずしも明確でない、という問題がある。

さらには、プナン人の抗議行動をモデルとしたステージ分析の枠組みが、どの程度の一般性を持つのかまだ十分に説明されていない、という問題も残る。

しかしながら、こうした課題も本論文の価値自体をけっして損なうものではない。これらの課題は著者自身もすでに自覚するところであり、今後の研究の深化によって、十分に解決することができると思われる。

したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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