学位論文要旨



No 217416
著者(漢字) 岡林,佐知
著者(英字)
著者(カナ) オカバヤシ,サチ
標題(和) 中枢神経系における新規エンドサイトーシス因子LGI3の機能解析に関する研究
標題(洋) The function of LGI3 in the brain: a brand-new endocytosis-associated protein in the central nervous system
報告番号 217416
報告番号 乙17416
学位授与日 2010.10.01
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第17416号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中山,裕之
 東京大学 教授 西原,眞杉
 東京大学 准教授 久和,茂
 東京大学 准教授 内田,和幸
 理化学研究所脳科学総合研究センター アルツハイマー病研究チーム・チームリーダー 高島,明彦
内容要旨 要旨を表示する

アルツハイマー病(AD)は、老人斑(SP)および神経原線維変化(NFT)を主病変とする加齢性神経変性疾患の1つであり、その病態機構の全容は未だ不明のままである。SPは、アミロイド前駆体蛋白(APP)の切断によって産生されるアミロイドβ蛋白(Aβ)の凝集沈着病変である。その凝集過程において形成されるAβオリゴマーが強い神経毒性を持つこと、さらにはAβがNFT形成の引き金となる可能性も指摘されていることから、アミロイドカスケード(=不要なAβの蓄積がADの原因となる)と呼ばれる病態仮説が大いに支持されており、Aβの産生抑制、または蓄積したAβの効率的な除去が、AD治療薬開発の焦点となっている。近年、脳内でのAβ除去にはグリア細胞が重要な役割を果たしているとの報告が相次いでおり、とくに脳内で最も豊富な細胞であるアストログリアのAβ除去機能について関心が高まっている。

そこで本研究では、アストログリアにおいてAβ反応性に発現上昇することが確認されているLGI3(Leucine-rich glioma inactivated 3)に着目し、同因子がアストログリアによるAβ除去機能のみならず、エンドサイトーシスと呼ばれる細胞内輸送機能そのものに必須の因子であることを解明した(第1・2章)。さらに、ヒトに近縁な霊長類でありADの主病変が加齢性に再現されるカニクイザル脳組織を用いて、LGI3とAβ病態との関係についてin vivoレベルでの検索を行った(第3章)。

(第1章)

LGI3は、ロイシンリッチリピート構造を持つ膜貫通型蛋白質の1つであるが、その生理学的機能は未だ解明されていない。In vitro系を用いた過去の検索によって、LGI3はアストログリアにおいてAβ反応性に発現上昇すること、そしてアストログリアに貪食されたAβが細胞膜近辺にてLGI3と共在することから、LGI3はアストログリアによるAβ貪食に関与している可能性が示唆されている。グリア細胞によるAβ貪食は、エンドサイトーシスと呼ばれる一連の膜融合輸送系によって支配されており、LGI3が神経系細胞のエンドサイトーシス機能自体に関与している可能性が考えられる。そこで、Aβ貪食のin vitroモデルとして広く用いられているラットアストログリア初代培養系を用いて、LGI3とエンドサイトーシスおよびAβ貪食機能との関係について検索した。

まず免疫染色によってLGI3の細胞内局在を検索したところ、主に細胞膜近辺に顆粒状に確認された。エンドサイトーシス小胞の細胞内輸送を阻害する薬剤(ただし、エンドサイトーシスによる取り込みそのものには直接関与しない)であるクロロキンや 塩化アンモニウムを培養液に添加したところ、LGI3の小胞内蓄積が確認された。このことから、LGI3が実際にエンドサイトーシス経路に局在することが証明された。

次に、LGI3がAβ貪食およびエンドサイトーシス機能に関与しているかどうかを検索するため、LGI3に特異的な配列のsiRNAを作製してラットアストログリア細胞に導入し、RNA干渉法による解析を行った。その結果、siRNAの導入によりAβ貪食が著しく低下したことから、LGI3がアストログリアによるAβ貪食機能に必須の因子であることが明らかになった。さらに、LGI3の発現を抑制するとトランスフェリンの細胞内取り込みも著しく低下することが明らかになった。近年の研究成果により、Aβの取り込みとトランスフェリンの取り込みは異なるエンドサイトーシス経路によって支配されていると考えられている。これらのことから、LGI3はAβ貪食のみならず、エンドサイトーシス機能そのものにも必須の因子である可能性が示唆された。

AD病態下におけるアストログリア反応は炎症性サイトカインとの関連性が指摘されており、そのうち最も中心的な役割を果たすのがIL-1βであると考えられている。そこで、ラットアストログリア細胞の培養液中にIL-1βを添加してLGI3蛋白の発現量変化を調べたところ、予想に反して有意な変化は認めらなかった。このことから、Aβ刺激に対するLGI3の反応は、炎症性ではなく生理的なものであることが示唆された。

(第2章)

アストログリアにおけるLGI3の機能が明らかとなったが(第1章)、神経細胞でも同じ機能を持つか否かは不明である。そこで、神経細胞系セルラインであるNeuro2a細胞を用いてRNA干渉法による検索を行ったところ、同細胞においてもLGI3がエンドサイトーシスに必須の因子であることが明らかとなった。さらに、マウス脳を用いてin vivoでのLGI3局在を免疫組織化学的に検索したところ、灰白質・白質を問わず、神経細胞やグリア細胞の細胞膜を中心に発現していることが明らかとなり、第1章で確認したin vitroでの局在性と一致していた。

エンドサイトーシスには様々な経路が存在しており、トランスフェリンはクラスリン依存性であることが知られている。一方、Aβのエンドサイトーシス経路については議論が続いているが、近年の研究報告では非クラスリン依存性・脂質ラフト依存性経路である可能性が指摘されている。このことから、LGI3はクラスリンのみならず、脂質ラフトとも共役してエンドサイトーシスに関与しているものと考えられる。そこで次に、LGI3とエンドサイトーシス関連蛋白との関係性を明らかにするため、Neuro2a細胞を用いてクラスリンおよびフロチリン1(=脂質ラフト依存性経路の重要蛋白)とLGI3との共在性を確認した。その結果、LGI3とクラスリンは細胞膜近辺でのみ部分的に共在していたのに対し、フロチリン1は細胞全域においてほぼ完全にLGI3と共在することが明らかとなった。In vivoにおける両者の関係性を確認するためマウス脳を用いて同様の検索を行ったところ、LGI3はマウス脳においてもフロチリン1とほぼ完全に共在していることが確認された。さらに両者の結合性を確認するため、マウス脳抽出物を用いて免疫沈降試験を行ったところ、LGI3がフロチリン1と複合体を形成していることが明らかとなった。一方、クラスリンとの間には明確な複合体の存在は確認されなかった。

LGI3とフロチリン1の複合体(以降、LGI3/Flo1とする)について、Neuro2a細胞を用いてより詳細な検索を行ったところ、LGI3の発現抑制はフロチリン1の蛋白量減少を引き起こし、フロチリン1の発現抑制もまたLGI3の蛋白量減少を誘導した。このことから、LGI3とフロチリン1は、複合体を形成することによって蛋白構造の安定性を維持していることが示唆された。一方、LGI3を発現抑制してもクラスリンの蛋白量には変化が見られなかった。

近年、APPからのAβ切断産生にエンドサイトーシスが関与しているとの報告が増加しており、脂質ラフトもまたAβ切断産生の場として注目を浴びている。そこで、LGI3/Flo1とAβ産生との関係を検索したところ、LGI3/Flo1の発現抑制はエンドサイトーシス抑制のみならず、APPの細胞内局在を変化させることでAβ産生を低下させることが明らかとなった。これらの結果から、LGI3はフロチリン1との複合体形成を介して、APPの細胞内輸送にも関与することが明らかとなった。

(第3章)

第3章では、ヒトに近縁な霊長類であり、SPやNFTが加齢性に再現されるカニクイザルの脳組織を用いて、LGI3と加齢性AD病変との関係について検索した。免疫染色の結果、カニクイザル脳組織においてもLGI3の局在が確認され、加えてクラスリンやフロチリン1との共在も確認された。さらに、アストログリアに貪食されたAβとLGI3の共在も確認されたことから、in vivoでもLGI3がアストログリアによるAβ貪食に関与していることが明らかになった。一方、SPとの共在は確認されなかったことから、LGI3はSP形成には関与していないと考えられた。

カニクイザル脳抽出物を用いた生化学的検索の結果、脳内では加齢に伴ってLGI3が増加することが明らかとなった。カニクイザル脳組織では、加齢に伴いエンドサイトーシス機能が低下し、Aβが蓄積することが確認されている。即ち、エンドサイトーシス機能低下とアストログリアによるLGI3の発現量上昇が、複合的にLGI3増加を促している可能性が示唆された。

カニクイザル脳抽出物を用いた免疫沈降試験の結果、LGI3がフロチリン1のみならずクラスリンとも結合していることが明らかとなった。この結果から、LGI3がクラスリン依存性経路と脂質ラフト依存性経路の双方に関与していると考えられた。

以上の結果から、LGI3は神経系細胞における新規エンドサイトーシス関連因子であることが証明され、アストログリアにおけるAβ貪食と、神経細胞におけるAβ産生の両面において、AD病態に深く関与している可能性が示唆された。これらのことから、本研究によってLGI3がAD治療の新たな創薬ターゲットとなる可能性が示唆されたとともに、エンドサイトーシスという生理学的機能そのものの解明にも大きく貢献できたと考えた。

審査要旨 要旨を表示する

アルツハイマー病(AD)の主病変である老人斑(SP)は、アミロイド前駆体蛋白(APP)の切断によって産生されるアミロイドβ蛋白(Aβ)の凝集沈着病変であり、このAβの産生抑制または蓄積したAβの効率的な除去が、AD治療薬開発の焦点となっている。本研究では、アストログリアにおいてAβ反応性に発現上昇することが確認されているLGI3(Leucine-rich glioma inactivated 3)に着目し、その機能について詳細な検索を行った。

グリア細胞によるAβ貪食は、エンドサイトーシスと呼ばれる一連の膜融合輸送系によって支配されているため、第1章ではラットアストログリア初代培養系を用いて、LGI3とエンドサイトーシスおよびAβ貪食機能との関係について検索した。LGI3は主に細胞膜近辺に確認され、エンドサイトーシス小胞の細胞内輸送を阻害したところ、LGI3の小胞内蓄積が確認されたことから、LGI3が実際にエンドサイトーシス経路に局在することが証明された。次に、LGI3特異的siRNAをラットアストログリア細胞に導入してノックダウン解析を行ったところ、Aβ貪食が著しく低下したことから、LGI3がアストログリアによるAβ貪食機能に必須の因子であることが明らかになった。また、LGI3のノックダウンは、トランスフェリンの細胞内取り込みも著しく低下させた。Aβの取り込みとトランスフェリンの取り込みは異なるエンドサイトーシス経路によると考えられているため、LGI3はAβ貪食のみならず、エンドサイトーシス機能そのものに必須の因子である可能性が示唆された。

第2章では神経細胞におけるLGI3の機能を明らかにするため、神経細胞系セルラインであるNeuro2a細胞を用いたノックダウン解析を行った。その結果、神経細胞においてもLGI3がエンドサイトーシスに必須の因子であることが明らかとなった。さらに、マウス脳組織を用いた検索の結果、LGI3はin vivoにおいても神経細胞やグリア細胞の細胞膜を中心に発現しており、第1章での局在性と一致していた。次に、エンドサイトーシス関連蛋白であるクラスリンおよびフロチリン1とLGI3との関係について検索したところ、LGI3とクラスリンは細胞膜付近でのみ部分的に共在していたのに対し、フロチリン1はNeuro2a細胞のみならずマウス脳組織においてもLGI3とほぼ完全に共在しており、マウス脳抽出物を用いた免疫沈降試験によって、LGI3がフロチリン1と複合体を形成していることが証明された。また、Neuro2a細胞を用いたノックダウン解析では、LGI3の発現抑制がフロチリン1の蛋白量減少を引き起こし、フロチリン1の発現抑制もまたLGI3の蛋白量減少を誘導したことから、LGI3とフロチリン1は、複合体を形成することによって蛋白構造の安定性を維持していることが示唆された。さらに、LGI3/Flo1の発現抑制はAPPの細胞内局在を変化させることで、Aβ産生を低下させることが明らかとなった。

第3章では、SPやNFTが加齢性に再現されるカニクイザル脳組織を用いて、LGI3と加齢性AD病変との関係について検索した。免疫染色の結果、カニクイザル脳組織においても第1&2章と同様のLGI3局在およびクラスリンやフロチリン1との共在性が確認された。さらに、アストログリアに貪食されたAβとLGI3との細胞内共在も確認されたことから、in vivoでもLGI3がアストログリアによるAβ貪食に関与していることが明らかになった。一方、SPとLGI3との共在は認められず、LGI3はSP形成には関与していないと考えられた。カニクイザル脳抽出物を用いた生化学的検索の結果、脳内では加齢に伴いLGI3が増加することが明らかとなった。カニクイザル脳組織では、加齢に伴いエンドサイトーシス機能が低下し、Aβが蓄積することが確認されている。即ち、エンドサイトーシス機能低下とアストログリアによるLGI3の発現量上昇が、複合的にLGI3増加を促している可能性が示唆された。また、カニクイザル脳抽出物を用いた免疫沈降試験では、LGI3とフロチリン1・クラスリン双方との複合体形成が確認されたことから、LGI3はクラスリン依存性経路と脂質ラフト依存性経路の双方に関与しているという第1・2章の考察を支持する結果が得られた。

本研究により、LGI3はエンドサイトーシスという膜融合輸送機能を介することによって、アストログリア・神経細胞の双方において、AD病態に深く関与していることが明らかとなった。これらのことから、LGI3がAD治療の新たな創薬ターゲットとなる可能性が示唆されたとともに、エンドサイトーシスという生理学的機能そのものの解明にも大きく貢献できたと考えた。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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