学位論文要旨



No 217421
著者(漢字) 橋本,彰
著者(英字)
著者(カナ) ハシモト,アキラ
標題(和) 固体酸化物形燃料電池(SOFC)の加圧下における性能向上と大容量化についての研究
標題(洋)
報告番号 217421
報告番号 乙17421
学位授与日 2010.10.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17421号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 教授 堤,敦司
 東京大学 教授 鈴木,雄二
 東京大学 教授 鹿園,直毅
 東京大学 特任教授 金子,祥三
 東京大学 准教授 白樫,了
内容要旨 要旨を表示する

l 本論文の背景と目的

1. 1 背景

地球温暖化の問題、また、世界的な人口増加と特にアジアを中心とした経済発展に伴うエネルギー問題は人類が解決すべき最重要の課題である。持続的経済成長とエネルギーセキュリティーの観点からは、化石燃料を高効率発電で使用し、二酸化炭素発生量と消費量を抑えることが重要となる。本論文では、ガスタービンのトッピングに固体酸化物型燃料電池(SOFC:Solid Oxide FuelCell)を設置したトリプル複合発電システムを想定した。図1.1に発電効率の推移を示す。トリプル複合発電システムでは天然ガスを使用した場合、発電効率は65%となり、C02発生量を最高効率のガスタービン複合発電システムから、20%低減できる。石炭ガス化ガスでは熱効率は55%になるが、石炭を使用できることはエネルギーセキュリティー上、大きなメリッ卜となる。

本論文では、究極の発電効率を実現でき、且つ、天然ガスや石炭を燃料として使用できるトリプル複合発電システムの実現を目指し、そのキー技術となる加圧形のSOFCについて述べる。

1.2本論文の目的

SOFCをトリプル複合発電システムのトッピングサイクルとして適用した場合、加圧下でのセル性能予測、セルスタックの性能予測、モジュールの温度予測手法等、熱設計上の問題で未解決の技術的課題が残されている。これまで解析手法については多くの先行研究がなされているが、大形かつ加圧下での運用では実験による十分な解析の精度の検証が行われているとは言えない。そこで、本研究では、大容量でかつ加圧下のSOFC開発に向けて(1)加圧下のセル特性予測(2)セルスタック性能予測と最適化(3)40kW級加圧モジュール実験機による検証を、解析と実験の両面から検証することを目的とする。

2 加圧下のセル特性予測

ガスタービンのトッピングサイクルとして使用されるSOFCは加圧下で使用される。加圧下では酸素分圧が上昇するため、SOFCの性能は向上する。これを定量的に把握するため、加圧下のセル特性を計測した。計測結果を図2.1に示す。横軸は圧力を、縦軸は加圧して上昇した出力電圧から大気圧での出力電圧を差し引いた加圧による増加分を示す。図中○印は計測値を示す。破線はNernstの式で埋論起電力を計算し、過電圧を圧力によらず一定と仮定して求めた計算値を示す。その結果、実測した加圧による出力電圧の上昇はNernstの式をもとに計算した出力電圧の上昇より高いことが判明した。

出力電圧はNernstで求まる理論起電力から抵抗過電圧と濃度過電圧および活性化過電圧を引いて求まるが、抵抗過電圧と濃度過電圧は圧力の影響を受けないと考えられることから、この原因は活性化過電圧が圧力の影響を受けて低下したためと推測された。そこで、負荷や内部改質の条件によってガス組成が変わる燃料極について、活性化過電圧を計測した。その結果を図2.20に示す。燃料極の活性化過電圧は燃料中の水蒸気分圧により整理でき、水蒸気分圧が上がると、濃度過電圧が低下することが解った。

この特性を交換電流密度として整理し図2.21に示す。水蒸気分圧が高い領域では活性化過電圧が下がり交換電流として整理すると誤差が拡大してしまうが、問題となる活性化過電圧が高い、つまり水蒸気分圧が低い領域では交換電流密度として整理できる事が解った。

3.セルスタック性能の予測と最適化

加圧下のセル特性を踏まえ、セルスタックをモデル化し性能予測を行うとともに実験を行って比較検証した。セルスタックの性能予測は実験結果との良く一致した。また、セルスタックの形状最適化について検討した。当初セルスタックを設計する場合、セルスタック電圧を高くとるためセル数を多くし、エレメント長さを短くする一方、セル有効発電部を長くとり製造限界内でセル間部を短くするように寸法を決めていた。しかし、抵抗過電圧の計測結果から、セル間部の電気抵抗を減らすと出力電圧の上昇が見込まれたため、セルスタック解析モデルを使い、セルの材質を変えることなくセルスタックで取り出せる出力を最大化するよう、セルの形状を最適化した。その結果、セル間部を長くした方がインターコネクタの電気低抗が下がり出力が増加すること、また、セル数は現状より多くした方が出力は増加することが解析によって得られた。

この解析結果をもとに形状改良前後のセルを製作し出力の計測を行った。その結果を図3. 10に示す。解析結果と実験結果が良く一致することを確認した。

4. 40kW級加圧モジュール実験機による検証

実機のモジュールを設計する場合、セラミックスであるセルスタックを支持する金属部材の温度、およびセルスタックの最高温度を各々材料の許容値以下に設定する必要がある。またセルスタックの温度分布は全体の出力に影響するため、できるだけ均一にして全体の平均温度を高く設定する必要がある。このようにモジュールの設計においてはセルスタックを含むモジュール各部の温度を精度良く予測することが重要となる。又セルスタック温度のほか、空気利用率も発電効率に影響する。トリプル複合発電システムでは、SOFCの空気利用率がガスタービン空気量とのマッチング上、プラントの出力バランス、発電効率に影響する場合があり、一般的には空気利用率を高く(空気量を少なく)運転できる方が有利となる。一方、空気利用率を高くすると、発電室内の空気流れに乱れが生じ局所的に下降流が生じると、酸素欠乏によりセルを損傷する可能がある。このような状況下で空気利用率を高く設定するには高精度の流れ予測技術が必要となる。ここでは加圧下のセル特性予測とセルスタックの性能予測をふまえ、モジュールの熱流動解析を行った。この解析結果をもとに40kW級加圧モジュール実験機を製作した。また40kW級加圧モジュールを60kWで運用した場合の熱流動解析を行いSOFC経時劣化対策の可能性を示した。

全実験期間中のトレンドデータを図4.15に示す。40kW級加圧モジュールの運転試験はコンバインドサイクルシステムとしての制御特性確認のため3回の負荷遮断試験を行い、また各部の温度計測を行った。図4.21にセルスタック温度分布の熱流動解析結果と実測値との比較を示す。実測値が全体的に高いのは40kW級加圧モジュール実験機で使用したセルスタックの性能に比べ、性能予測に使用したセルスタックの性能が高かった為であると考えられる。しかし概ね実測値と計算結果は一致しており、本解析手法により約900℃の運転温度に対し、約±5%の精度で運転時の温度分布を予測できる事が分かった。

5 結論

本研究はトリプル複合発電システムのキーコンポーネントである固体酸化物型燃料電池(SOFC :Solid Oxide FuelCell)の設計技術の開発を目的として実施し、次の結論を得た。

(1)加圧下のセル特性予測

加圧による出力電圧の上昇分を計測すると、その値はNernstの式をもとに過電圧を圧力によらず一定と仮定して計算した出力電圧の上昇より高いことが判明した。その原因は、水蒸気分圧が上昇すると活性化過電圧は低下するためであることが解った。加圧下の燃料極の活性化過電圧は水素分圧より水蒸気分圧が支配的であることを示した点は、本研究の新規性である。

(2)セルスタック性能予測と最適化

加圧下のセル特性予測に基づきセルスタック性能予測を行った。また、実験結果との比較検証を行い、セルスタックの性能の高精度な予測が可能であることを確認した。また、セル有効発電部とセル間部の長さの比、およびセル充填数の最適化を行った。最適化したセルスタックを製作し、実験して解析値と実測値が良く一致することを確認した。

(3)40kW級加圧モジュール実験検証

加圧下のセル特性、セルスタックの性能を踏まえ、モジュールの熱流動解析モデルを作成し解析を行った。40kW級加圧モジュールを60kWで運用した場合の挙動について、モジュールの熱流動解析を行い、SOFCの経時劣化対策として空気利用率の低減が有効であるという知見を得る事が出来た。

また、40kW級加圧モジュールを製作し、検証試験を実施した。実験では負荷遮断や内部改質等、実機を想定した運用でも安定して運用できること、また、解析で予測した各部の温度分布が実験の計測値とよく一致することを確認した。

以上、本研究により、加圧下で運用するSOFCの性能予測と熱設計の精度を従来に比較して大幅に向上させることができ、その実用化に対して有望な見通しを得ることが出来た。

図1.1 発電効率の推移(出典:参考文献1)

図2.1 加圧による出力電圧の上昇

図2.20 活性化過電圧に及ぼす水蒸気分圧の影響

図2.21 交換電流密度に及ぼす水蒸気分圧の影響

図3. 10 セルスタック最適化の効果

図4.15 40kW級加圧モジュールの運転試験結果

図4.21 セルスタック温度分布熱流動解析結果と実測値との比較

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「固体酸化物形燃料電池(SOFC)の加圧下における性能向上と大容量化についての研究」と題し、全5章から構成されている。

本論文では従来の火力発電所の効率を大幅に向上させるトリプル複合発電システムのキー技術である固体酸化物形燃料電池(SOFC)に注目し、ガスタービンのトッピングサイクルとして加圧運用されるSOFCの素子(セル)の特性予測、セルスタックの性能予測、40kW級加圧モジュ―ル実験機による検証を行った。セルの特性予測に関しては、加圧により過電圧が低下するのは水蒸気分圧が高くなると燃料極の活性化過電圧が低下するためであることを実験的に解明した。その特性を交換電流密度として整理し、セルスタックの性能予測をおこなった。これらの解析結果を踏まえ、モジュ―ルの熱流動解析による40kW級加圧モジュールの設計を行い、製作して実証試験を行った。実証試験の結果、解析結果と計測値が良い精度で一致することを確認した。それらの結果を通して、加圧下で運用されるSOFCの性能予測と熱設計の精度を従来と比較して大幅に向上させ、SOFCの実用化に対して有望な見通しを得る事が出来た。

以下に、各章の内容を纏める。

第1章では、65%以上の発電効率(高位発熱量基準、送電端)が達成可能なトリプル複合発電システムが地球温暖化問題とエネルギー問題を解決する有効な手段であり、その実現のための鍵を握る、SOFCの性能予測・性能向上に関する技術的課題ならびに先行研究の未解明の課題をまとめ、本論文の目的を述べている。

第2章では加圧下のSOFCのセル特性予測について述べている。加圧下でセルの出力電圧上昇を計測すると、理論起電力(Nernstの式)から予測される値よりも実測値が大きく上回ることがわかった。

この原因を明らかにするため、燃料ガス組成の変化が大きい燃料極について抵抗過電圧、濃度過電圧、活性化過電圧の計測を実施した。その結果、抵抗過電圧および濃度過電圧は加圧の影響を受けないが、活性化過電圧は加圧により減少し、特に、水蒸気分圧が増加すると活性化過電圧が低下し、種々のガス組成条件に対して、水蒸気分圧により活性化過電圧は整理できる事が判明した。これにより、水蒸気分圧が活性化過電圧に与える影響を交換電流密度として整理した。

第3章では、セルスタックの性能予測と最適化について述べている。セルスタックの高精度な性能予測を行うため、第2章で整理した交換電流密度を使用して活性化過電圧を算出する方法を取り入れ、電気化学反応を考慮した3次元熱流動解析を行った。また、検証実験を行い、解析結果と実験結果が良く一致することを確認した。さらに、この解析モデルを使ってセルスタック形状の最適化を実施した。その結果、セルの有効発電部を短くし、セル間部を長くした方がインターコネクタの電気抵抗が下がり出力が増加すること、また、セル数は現状より多くした方が出力は増加するという、新たな重要な知見が得られた。この知見をもとに改良したセルスタックを製作し、検証実験を行った。その結果、解析結果と実験結果が良く一致すること、ならびに形状最適化により、セルスタックの出力が約1.5倍に増加することを確認した。

第4章では、40kW級加圧モジュール実験機による検証について述べている。

モジュールの設計では、局所的な空気欠乏を生じさせないこと、および部材のメタル温度とセルスタック温度が許容値を超えないことが重要であり、高精度な熱流動解析手法が必要となる。第2章の加圧下のセル特性予測、第3章のセルスタック性能予測の結果を取り入れ、3次元熱流動解析を行い、40kW級加圧モジュールの設計、製作を行った。製作した40kW級加圧モジュールを用いて検証実験を行い、解析で予測した各部の温度分布が実験の計測値と良く一致することを確認した。さらに、40kW級加圧モジュールで連続運転を実施し、負荷遮断や内部改質等、実機を想定した運用条件においても安全に運用できる事を確認した。

第5章では、第2章から第4章までの結論を以下のように纏めている。

(1) 加圧下のセル特性予測

燃料極について加圧下における、抵抗過電圧、濃度過電圧、ならびに活性化過電圧を実験的に計測し、抵抗過電圧、ならびに濃度過電圧は加圧の影響は受けないが、活性化過電圧は加圧の影響を受け、特に、水蒸気分圧が上昇すると活性化過電圧は低下するという新たな知見が得られた。セルの性能予測に活かせるように、この知見を交換電流密度として整理した。

(2) セルスタック性能予測と最適化

上記で整理した交換電流密度を用いてセルスタック性能解析モデルを構築し、性能を予測すると共に検証実験を実施し、セルスタックの性能の高精度な予測が可能であることを確認した。さらに、性能解析モデルを用いて、セルスタック形状の最適化を行った。その結果、セル数を従来よりも多くし、かつ、インターコネクタ部を長くすることによりセルスタックの性能を向上できるという従来にない知見を得ることができ、セルスタックの試作試験によりそのことを確認した。

(3) 40kW級加圧モジュール実験検証

加圧下のセル特性、セルスタックの性能を踏まえ、モジュールの熱流動解析モデルを構築し解析を行った。また、40kW級加圧モジュールの設計、製作を行い、検証試験を実施した。実験では実機を想定した運用を確認すると共に各部温度計測を実施し、解析で予測した各部の温度分布が実験の計測値と良く一致することを確認した。

以上のように、加圧下の燃料極の活性化過電圧は水蒸気分圧の影響を強く受けることを明らかにし、その特性を交換電流密度として整理した点、この交換電流密度に基づくセルスタックの電気化学反応解析手法を構築し、その精度を検証するとともに、形状最適化を行った点、さらにそれらを組み合わせたモジュールの熱流動解析手法を構築し、実際に大形実験機を設計・製作し、加圧形SOFCモジュールの成立性を実証した点は本研究の新規性と考えられ、本研究により、加圧下で運用するSOFCの性能予測と熱設計の精度を従来に比較して大幅に向上させることができ、その実用化に対して有望な見通しを得ることが出来た。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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