No | 217423 | |
著者(漢字) | 中田,真悟 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカダ,シンゴ | |
標題(和) | NMRを用いた、タンパク質LolAとLolBとの相互作用に関する研究 | |
標題(洋) | Structural Investigation of the Interaction between LolA and LolB Using NMR | |
報告番号 | 217423 | |
報告番号 | 乙17423 | |
学位授与日 | 2010.11.10 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 第17423号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 〈序論〉 細菌は、細胞表層に脂質修飾されたリポ蛋白質を持つ。リポ蛋白質は、形態形成、物質輸送、薬剤排出、細胞分裂など重要な機能に関与していると考えられている。リポ蛋白質はアミノ末端に共有結合している3本のアシル鎖(Fig.1)によって細胞膜へとアンカーしている。グラム陰性菌において、リポ蛋白質は、内膜または外膜に局在する。一部のリポ蛋白質は内膜にとどまるが、多くのリポ蛋白質は外膜に局在化して機能を発現する。従ってリポ蛋白質の外膜への輸送は、グラム陰性菌において不可欠な機能である。 近年、大腸菌を用いた研究により、リポ蛋白質の外膜への局在化に関与する、5つの蛋白質、LolA,LolB,LolC,LolDおよびLolEが同定され、Lolシステムと呼ばれる機構が明らかとなってきた(Fig.2)。LolCDE複合体は、内膜に埋め込まれたリポ蛋白質を、ペリプラズム中の蛋白質であるLolAへ受け渡す役割を担う。リポ蛋白質LolA複合体は外膜にアンカーしている受容体LolBヘリポ蛋白質を受け渡す。その後、リポ蛋白質は、外膜へと局在化される。 Lol システムはグラム陰性菌全般に存在する特徴的な機構である。従って、Lol蛋白質の機能、構造や相互作用の解明は、Lolシステムをターゲットとした新規メカニズムを有する抗菌剤の開発につながる可能性がある。LolAとLolBとの特異的な相互作用は、リポ蛋白質をLolAからLolB、外膜へと局在化させるステップでの不可欠な機能である。しかし、LolA-LolB間の相互作用に関する構造情報は明らかとはなっておらず、どのようにLolAからLolBヘリポ蛋白質が受け渡されるのか不明である。本研究では、この問題に着目し、LolA-LolB間の相互作用に焦点を当て、解析を行った。 Lol蛋白質の中で、大腸菌のLolAとLolBについては、それぞれの結晶構造が得られている。LolBについてはアミノ末端にアシル鎖を持たない水溶性の変異体(mLolB)が構造解析に使われている。LolAとLolBのアミノ酸配列相同性は低いが、3次元構造は互いに類似している。LolA,LolBともに開いたβバレルとαへリックスの蓋を持つ。LolA,LolBの3本のαヘリックスのうち2本は、βバレルの内面に埋め込まれる形となっている。LolA、LolBの内側には、多くの疎水性残基が存在する。従って、その内側部分に、疎水的な、リポ蛋白質のアシル鎖が結合すると推測されている。 本研究では、溶液NMR法を用いて、LolAとmLolBとの相互作用モードを明らかにした。また、リポ蛋白質のアシル鎖のアナログとして用いたDecanoateと、LolA,mLolBとの相互作用解析を行った。これらの相互作用情報から、どのようにLolAからLolBへとリポ蛋白質が受け渡されるのか、という点に関してメカニズムを提案した。 〈結果および考察〉 1.相互作用解析のための、LolA.mLolBのNMRシグナルの帰属 初めに、LolA,mLolBを用いたNMRによる各種相互作用解析のため、2H,13C,15Nで均一ラベルしたLolA、同様にラベルしたmLolBの主鎖NHシグナル帰属を、各種3次元測定により行った。LolA,mLolBとも90%以上の主鎖NHシグナルの帰属が達成された。 2.LolA.mLolBにおける、リポ蛋白質アシル鎖アナログの結合部位解析 LolA,LolBとリポ蛋白質との相互作用解析または複合体構造解析は、リポ蛋白質局在化の機能解析において重要であるが、リポ蛋白質アシル鎖の低い溶解度のため、それらの解析は難しい.そこで私たちは、アシル鎖アナログとして飽和脂肪酸を相互作用解析に利用した。溶解度が十分であり、解析に適した、炭素数10のDecanoateを用いて実験を行った。初めに、Deoanoateのアシル鎖アナログとしての妥当性をはかるために、in vitroにおいて、Decanoateによる、リポ蛋白質の外膜移行に対する影響を調べた。その結果、外膜へのリポ蛋白質の移行が、Decanoateによって阻害されることが分かった。 次に、LolA、mLolB中のDecanoate結合部位の解析を行った。Decanoate添加に伴う、15N均一ラベルしたLolA,mLolBそれぞれに対し、Decanoateを滴定し、1H-15N HSQCスペクトル中シグナルの化学シフト変化を調べた。この結果より、Decanoateは、疎水的なLolA,mLolBの内側に結合することが分かった。従って、リポ蛋白質のアシル鎖も同様の部分に結合する可能性が高いと考えられる。 LolAの結晶構造においては、3本のアシル鎖を同時に結合させうる、十分な内側の空間はない。従って、リポ蛋白質結合の際には、LolAはリポ蛋白質が結合していない状態から、いくらか構造変化が起こる可能性が考えられる。 3.LolAとmLolBとの相互作用モードの解析 次にLolAとmLolBとの相互作用モードの解析を行った。 3-1.Isothermal Titration Calorimetryを用いたLolAとmLolBとの結合強度析 初めに、LolAとmLolBとの結合定数を、等温滴定カロリメトリーを用いて調べた。解離定数は31μMであり、リポ蛋白質非存在下であっても、LolA-mLolB間の特異的な相互作用があることが分かった。 3-2.LolA-mLolB合体のNMRシグナル帰属 2H,13C,15NラベルしたLolA、または2H,15NラベルしたmLolBに、非ラベルのmLolBまたはLolAを滴定し、1H-15N HSQCスペクトル上のシグナル変化を調べた。この滴定実験データを用いて、LolA-mLolB複合体中のそれぞれの蛋白質の主鎖NHシグナルの帰属を行い、LolA側で82%、mLolB側で84%の、複合体での帰属率が達成された。 複合体のNMRシグナル帰属データおよび複合体形成時の化学シフト変化データは、以降の相互作用解析に用いた。 3-3.LolAとMLolBとの相互作用モードの解析 LolA-mLolB複合体の界面残基を明らかにするため、交差飽和NMR実験を行った。交差飽和実験においては、まず一方の非ラベル蛋白質全体を磁化的に飽和し、その磁化的飽和が相互作用するラベル蛋白質の結合界面へ移動する。飽和移動されたラベル蛋白質の各アミノ酸残基の、HSQCシグナル強度減少を観測することにより、非ラベル蛋白質との相互作用界面を明らかにすることができる。この実験により、LolA(Fig.3右パネル)およびmLolBの、βバレル中の相互作用残基および領域が大まかに明らかとなった。 LolA-mLolB複合体における分子間の相対配置を含め、より詳細に複合体の相互作用情報を得るため、スピンラベル試薬(MTSL,(1-oxyl-2,2,5,5-tetramethyl-△3-pyrroline-3-methyl)methanethiosulfonate)を用いて、常磁性緩和実験を行った。MTSLから最大25A程度の距離に存在する原子核において、NMRシグナル強度減少が起こることが知られている。LolAの5残基をそれぞれシステイン変異し、MTSLで修飾した5種類のLolA試料と、15NラベルしたmLolB試料を用いて常磁性緩和実験を行い、それら5残基からの、mLolB中の近接領域を明らかにした。また、この結果よりLolAのβバレル一部内側がmLolBのβバレル外側と相互作用することも明らかとなった。以上の交差飽和実験、常磁性緩和実験により、LolA-mLolB複合体の相互作用モードが明らかとなった。 4.LolAとmLolB相互作用時の、LolAの構造変化 明らかとなっている、LolA,mLolBそれぞれの結晶構造を用いた場合、上述の相互作用モードと矛盾しない複合体モデルを構築することができない。従って、複合体形成時、LolA,mLolB両方またはいずれかが、構造変化を起こす必要があると考えられる。構造変化に関する情報を得るため、LolA-mLolB複合体形成時の、交差飽和実験と化学シフト変化実験の結果の違いを調べた。LolAにおいては、複合体形成時、顕著に化学シフト変化を起こしたアミノ酸残基が、交差飽和実験で影響を受けた領域に比べて、より広範囲にβバレル中に分散していた(Fig.3)。一方、mLolBにおいては、両実験における、影響を受けた残基の領域がほぼ一致していた。この結果は、LolAにおいては、複合体形成時、顕著な構造変化が起こることを示唆する。mLolBにおいては、比較的構造変化が小さいことが示唆される。重水素/水素交換実験からは、mLolBに比べ、LolAの速い重水素/水素交換速度が観測され、LolAのより大きい構造の揺らぎが示唆された。この結果もLolAの構造変化の可能性を支持する。 5.LolAからLolBへのリポ蛋白移行メカニズム 以上のNMR解析より、次のようなLolAからLolBへのリポ蛋白質受け渡しモデルを提案する(Fig.4)。1)LolAが、LolCDEからリポ蛋白質を受け取る。この際、アシル鎖はLolAのβバレル内側の疎水的部分に結合する。2)LolA-リポ蛋白質複合体は、外膜にアンカーしているLolBと相互作用する。その相互作用モードは、LolAのβバレルの一部内側が、LolBのβバレル外側と結合する形となる。従って、疎水的な内側を有するトンネル様構造が形成される形で、LolAとLolBが結合する。また、LolAはフリーの状態からいくらかの構造変化を必要とする。3)LolAのβバレル内側に結合したリポ蛋白質のアシル基は、その疎水性トンネルを通り、LolBへと移行する。 LolAからLolBへのリポ蛋白質が移行するドライビングフォースは、単純に、リポ蛋白質の、より高いLolBへのアフィニティであると推測される。その証拠の一つとして、先行の研究があるが、外膜局在化リポ蛋白質の一つ、Palが、LolAよりもmLolBに対して、疎水性相互作用が強いことが示されている。 〈総括〉 本研究では、主にNMR法を用いて、LolAとmLolB、また、LolA,mLolBとリポ蛋白質のアシル鎖アナログの相互作用解析を行い、相互作用モードに関する新たな知見を得た。解明したLolA-mLolBの相互作用モードでは、疎水性の内側を持つ、トンネル様構造が形成される。この構造は疎水的なリポ蛋白質アシル鎖の受け渡しに適している。 今回解明した結果は、Lol蛋白質のシステムのみならず、他の脂質結合蛋白質の機能や構造にも通じる新たな知見を与える可能性がある。また、今回明らかにした情報を利用して、Lolシステムをターゲットとした、多剤耐性グラム陰性菌に有効な抗菌薬の開発も期待される。 Fig.1: リポ蛋白質の構造 Fig.2: LolシステムとLol蛋白質 Fig.3: 化学シフト変化実験(左側パネル)と交差飽和実験(右側パネル)において、mLolBと複合体形成時の、LolAの影響を受けたアミノ酸残基の結晶構造へのマッピング Fig.4: リポ蛋白質移行モデル | |
審査要旨 | NMRを用いた、タンパク質LolAとLolBとの相互作用に関する研究と題する本論文は、主に溶液NMR法を用い、タンパク質LolAとLolBとの相互作用、また、それらタンパク質とリポ蛋白質のアシル鎖アナログのDecanoateとの相互作用を解析した成果を述べたものである。LolAとLolBは、グラム陰性菌に重要なリポ蛋白質を内膜から外膜へ局在化させる役割を担う。本論文は7つの章からなり、第1章において序論を、第2章から第6章においては各実験の結果・考察をまとめている。第7章において本研究の総括を述べている。 第2章においては、NMRを用いた相互作用解析の土台となるLolAとLolBのそれぞれの主鎖アミド基由来のNMRシグナルの帰属を行っている。LolBとしてはアミノ末端がアシル鎖によって修飾されず、従って可溶性となる変異体(mLolB)を用いている。LolA,mLolBの発現系を構築し、十分な収量、純度を達成している。その後、安定同位体標識の方法を複数検討し、2H,13C,15NでラベルしたLolAおよびmLolBを作製し、最終的に次章以降の相互作用解析に十分な、90%以上の主鎖帰属率を達成している。 第3章においては、LolA,mLolBとリポ蛋白質との相互作用に関する情報を得るため、リポ蛋白質のアシル鎖のアナログとして、Decanoateを用いている。初めに、Decanoateがリポ蛋白質の外膜移行に阻害をかけることを発見し、Decanoateを用いることの妥当性を確認した。その後、Decanoateの、LolA,mLolBそれぞれに対する結合実験を、化学シフト変化実験を用いて行い、DecanoateがLolA,mLolBの疎水的なキャビティに結合することを発見している。この結果より、リポ蛋白質のアシル鎖も同様の部分に結合する可能性が高いと結論している。また、LolAの結晶構造においては、リポ蛋白質アシル鎖が結合する十分なキャビティ空間がなく、アシル鎖が結合する際には、その空間が広がるような構造変化が起こる可能性について述べている。 第4章においては、LolAとmLolBとの相互作用解析を行っている。初めに、等温滴定カロリメトリー法により、LolAとmLolBの複合体の解離定数を31μMと決定し、リポタンパク質非存在化でも、特異的な結合が存在することを述べている。次にLolAとmLolBの複合体の主鎖NMRシグナルの帰属を行い、交差飽和実験により、複合体の界面をLolA,mLolB両方について決定している。さらに複合体の配向を調べるため、スピンラベル試薬を用いた常磁性緩和実験を行っている。LolAの5部位にそれぞれスピンラベル試薬存導入したLolAを準備し、それぞれの部位からの、相互作用時のmLolBの近接領域を明らかにしている。さらにその結果より複合体の相対配向を明らかにしている。これらの結果より、LolAのβバレル内側とmLolBのβバレル外側が相互作用する、特徴的な相互作用モードを明らかにしている。 第5章においては、LolAとmLolBの複合体形成時のLolAの構造変化について解析を進めている。前章より複合体の相互作用界面および配向が明らかとなったが、LolA,mLolBそれぞれの既知の結晶構造を用いた場合、前章の結果と矛盾しない複合体モデルが得られないと述べている。従って複合体形成時、LolA,mLolBの両方またはいずれかが構造変化を起こす必要があると述べている。構造変化について調べるため、まずLolAとmLolBの複合体形成時の化学シフト変化を受けた領域と、交差飽和実験において界面と同定された領域の比較を行っている。LolAにおいては、化学シフト変化を顕著に受けた領域が、交差飽和実験での界面領域に比べてβバレル中に広がっていることを明らかにしている。一方で皿LolBにおいてはその2つの実験での領域がほぼ一致していることを明らかにしている。 従って、複合体形成時、mLoBは大きな構造変化を起こさないが、LolAはβバレルの構造変化を起こすと結論している。この結論は、重水素/水素交換実験および、13Cα,13Cβの化学シフトを指標としたこの章の実験によっても支持されている。 第6章においては、上記の結果を用いて、グラム陰性菌におけるLolAからLolBへのリポ蛋白質受け渡しの分子メカニズムモデルを次のように提案している。1)LolAが、LolCDEからリポ蛋白質を受け取る。この際、アシル鎖はLolAのβバレル内側の疎水的部分に結合する。2)LolA-リポ蛋白質複合体は、外膜にアンカーしているLolBと相互作用する。その相互作用モードは、LolAのβバレルの一部内側が、LolBのβバレル外側と結合する形となる。従って、疎水的な内側を有するトンネル様構造が形成される形で、LolAとLolBが結合する。また、LolAはフリーの状態からいくらかの構造変化を必要とする。3)LolAのβバレル内側に結合したリポ蛋白質のアシル基は、その疎水性トンネルを通り、LolBへと移行する。 LolAからLolBへのリポ蛋白質が移行するドライビングフォースは、単純に、リポ蛋白質の、より高いLolBへのアフィニティであると推測している。その証拠の一つの先行の研究として、外膜局在化リポ蛋白質の一つ、Palが、LolAよりもmLolBに対して、疎水性相互作用が強いことを述べている。 以上、本研究の成果は、抗グラム陰性菌薬の新たなターゲットであるものの未解明な部分が多いLolシステムに関して、構造および機能の解明に大きく貢献するものであり、これを行った学位申請者は博士(薬学)の称号を得るにふさわしいと判断した。 | |
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