No | 217424 | |
著者(漢字) | 草間,真紀子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | クサマ,マキコ | |
標題(和) | 医薬品評価に向けた薬物動態の予測法に関する研究 | |
標題(洋) | Investigation on Systems to Predict Pharmacokinetic Features | |
報告番号 | 217424 | |
報告番号 | 乙17424 | |
学位授与日 | 2010.11.10 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 第17424号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | [序論] 医薬品の薬物血中濃度の個体間変動は有効性や安全性の個体差をきたす大きな要因であり、このような個体間変動は、併用薬との相互作用や代謝酵素の遺伝子型、肝・腎機能の変動などに主に由来すると考えられる。医薬品の有効性・安全性の個体差に起因する有害事象や無効例を回避するため、医薬品開発者も規制当局も、薬物間相互作用や遺伝子多型の影響を大きく受けるクリアランス経路で消失する化合物には注意を払っている。 近年、理想的な薬物動態特性を有する化合物をスクリーニングする方法は近年発展し、薬物動態特性のよい候補化合物が多く開発されてきた。しかし一方では、薬物間相互作用に一部起因する重篤な副作用のために発売中止となる医薬品や、代謝酵素の遺伝型に応じた個別化医療に向けての添付文書改訂がおこなわれる医薬品もある。薬物動態の個体間変動の大小を知るには、その薬物の主要クリアランス経路を知った上で、その経路の代謝酵素・薬物トランスポーターの機能に影響を及ぼす遺伝子多型の介在を知ることが重要となる。しかし、これを全て実測データで検討するためには、in vitro試験や臨床試験の実施が必要となり、創薬の最初期のシード探索の段階においては非現実的である。そこで、主要クリアランス経路を予測し、さらに、その経路の遺伝子多型の影響を予測できれば、医薬品開発における意思決定のみならず、規制当局が医薬品審査や市販後安全性管理の際に評価すべきポイントを抽出するための大きなヒントとなるだろう。 そこで、本研究では、このような医薬品評価のために有用な薬物動態特性の簡便な予測法を確立することを目的とし、前半では化合物のごく簡単な物性情報のみを用いた主要クリアランス経路のin silico予測法の確立を行うとともに、後半ではCYP2C9を例にとり、遺伝子多型による薬物動態の変動を理論的にin vitro-in vivo 外挿する予測法の検証を実施した。 [本論] 1. 化合物の物性情報に基づく薬物体内動態のin silico予測-主要クリアランス経路について- 薬物の異物解毒は、非常に多様な代謝酵素・トランスポーター群の協調的な機能に支えられており、それ故非常に多くのクリアランス経路が存在する。遺伝子多型による個体間変動の大きい経路や薬物間相互作用の影響を大きく受ける経路、また、生理機能の変動の影響を大きく受ける経路といった基準から、cytochrome P450 (CYP3A4, CYP2C9, CYP2D6)を介した代謝、OATP (Organic Anion Transporting Polypeptide)を介した肝取り込み、腎排泄、の合計5つの主要なクリアランス経路のいずれかにより排出される薬物を対象とし、経験ある研究者の直感を数値化することを目標に、電荷、分子量、脂溶性、および血漿中蛋白非結合率の4パラメータを用いてクリアランス経路の振り分けを検討した。分類法としては、薬物を電荷で分けたのち、分子量、脂溶性、および血漿中蛋白非結合率の3軸の空間に各薬物をプロットし、同一クリアランス経路の薬物群はそれぞれ特徴的なパラメータの分布を持つと仮定し、クリアランス経路ごとに、「偽陽性・偽陰性を共に最小化し、かつ対象範囲が最小体積となるアルゴリズム」で数理的に3次元の矩形境界を決定することとした。 成書(Goodman and Gilman's The Pharmacological Basis of Therapeutics (9th, 10th, 11th editions))より、クリアランス経路がCYP3A4, 2C9, 2D6による代謝、腎排泄、OATPによる肝取込み、の5種類に該当する既承認薬を141薬物抽出した。この際、添付文書、文献情報をもとに、2名以上の研究者で主要クリアランス経路を確定した。用いた4種類の物理化学的パラメータは、すべて予測値を用いた。同一クリアランス経路の薬物は特徴的に分布し、Overall precisionが88%と高い精度を得るモデルが構築された。また、OATPと分類された化合物のうち、文献情報でOATPの関与を確認できなかった5薬物(glimepiride、glipizide、glyburide/glibenclamide、irbesartan、dicloxacillin)について、in vitro実験により新たに検討したところ、いずれもOATPの基質であることが確認できた。また、2種類の検証法(Leave-one-out法による交差確認、および、2004年以降に承認された医薬品を用いた予測)でも良好な精度を確認できた。 このように、医薬品として開発したい化合物の動態特性に合わせて化合物を抽出することが可能となると、例えば民族間の遺伝子多型の影響を受けやすいCYP2D6やCYP2C9のクリアランス経路で消失する化合物を回避することや、肝臓に選択的に分布する薬物を開発したいためにOATPに分類される薬物を選択することが可能となるだろう。また、規制当局も相互作用試験や、腎障害・肝障害といった特殊患者における臨床試験の賦課の基準、として規制当局が利用することも可能である。 以上の結果より、各クリアランス経路の薬物は、電荷ごとに分子量・脂溶性・血漿蛋白非結合型分率の3軸からなる3次元空間に特徴的に分布することが確認でき、数理的にクリアランス経路ごとの矩形境界線を作成することができた。それぞれの矩形に薬物は精度良く振り分けられることを検証し、構造式から予測可能なわずか4種類の化合物の物性情報から主なクリアランス経路を良好に分類できる方法論を提示した。このシンプルで直感的な方法は、医薬品の創薬段階のみならず、新薬を審査する際の評価ポイントを抽出することに適応できるだろう。 2. 遺伝子多型による薬物動態変動の予測-CYP2C9変異体に関するin vitro-in vivo 外挿- 代謝酵素CYP2C9の変異アレル*2、*3は、活性低下をきたす一塩基置換の変異であり、その頻度には人種差がみられる。さらに、基質薬物のクリアランスの低下は、遺伝子型だけでなく、基質にも依存することが報告されている。このvivoのパラメータを精度良く予測するために、基質薬物のCYP2C9の関与する各代謝経路について、発現系ミクロソームより得られた代謝固有クリアランス、ヒト肝ミクロソームより得られた各アリルの酵素タンパク発現量、およびCYP2C9の代謝経路への寄与率(fm2C9)、ヒト体内動態試験より得られた代謝経路の経口クリアランスへの寄与率(fh)等のパラメータを文献情報より入手し、in vivoにおける経口クリアランスに及ぼす変異アリルの影響について、下記の通り定量的に予測した: (1)発現系ミクロソームにおけるKmとVmaxによるアレル別代謝固有クリアランス(CLint)を調査し、変異CYP2C9による単位発現量あたりの代謝固有クリアランスの野生型に対する活性比(ActR)を算出 (2)変異CYP2C9アレルを有するヒトから調製した肝ミクロソームのCYP2C9のタンパク発現量の野生型に対する比(ExpR)を求め、ActRとともにCYP2C9のディプロタイプ別肝固有クリアランス(CLh,int)比を算出 (3)着目する代謝経路の肝固有クリアランスに占める、CYP2C9を介した代謝固有クリアランスの割合(fm2C9)を調査 (4)着目する代謝経路の全身クリアランスに占める、肝代謝クリアランスの割合(fh)を調査 (5)上記3つのパラメータを理論式に代入して得られるCLoral比を算出 (6)CLoral比の実測値を調査し、予測値と比較 解析に足る情報をcelecoxib, diclofenac, furbiprofen, losartan, phenprocoumon, phenytoin, tolbutamide, torsemide, warfarinの9薬剤について得ることができた。どの基質でも、ActRは1より低く、CYP2C9*2よりも*3の方が低かった。また、基質ごとにfm2C9とfhの値は大きく異なった。CYP2C9変異アレル保持者の経口クリアランスの変動はfm2C9とfh、さらに、変異アレル別の酵素タンパクの発現量・単位発現量当たりの活性とで補正することにより、多型間の経口クリアランスの差を精度良く推計可能であった。また、CLoral比の予測に影響する要因を検討した。実測値に対する予測値の相対的な差の絶対値は、ActRを基質非依存として基質に関わらず平均値を用いた場合や、ExpRを考慮しなかった場合よりも、fm2C9, fhを考慮しない場合のほうが、予測値の補正が大きい傾向がみられた。 上記より、CYP2C9*2、*3アレルに対応した経口クリアランスの変化を理論に基づいて精度よく予測でき、薬物間における体内動態への影響の差は、主に寄与率(fm2C9, fh)に関わる部分に由来することが示唆できた。医薬品開発において、頻度、人種差の観点より考慮すべきCYP 遺伝子多型としては、CYP2C19(*2、*3)、CYP2D6(*4、*5、*10)が挙げられる。これらにおけるクリアランスの個体間変動予測のために本方法を適応するとしたら、活性低下型の変異であるCYP2D6*10以外では非活性となる変異のためActR、ExpRの情報は不要である。さらに、代謝固有クリアランスが基質非依存と仮定すれば、CYP2D6*10でも、fm2C9とfhのみで予測可能となる。この予測方法は、人種差のみられるCYP2C9のみならず、医薬品の開発研究段階や、市販後安全性の管理において、代謝酵素の遺伝子多型に人種差のある場合に、基質薬の体内動態の人種・民族別の分布の予測を行うに当たっても応用できると考える。 [総括] 前半では、既承認医薬品を対象に経験則に基づいた主要クリアランス経路予測法を確立し、後半では、CYP2C9の遺伝子多型によるクリアランス変動を理論的に予測する方法を検証した。遺伝子多型に大きく影響されるクリアランス経路および寄与率がわかれば、容易にその薬物の個体間変動の大きさが概算でき、臨床使用に安全な薬物動態か否かの判断材料となる。創薬開発時に、求める動態特性を持つ化合物の物理化学的パラメータを元にリード化合物を最適化することも可能であろう。また、規制当局は、申請されてきた薬物や市販後安全対策において、適正な薬物動態試験(薬物間相互作用試験、被験者のgenotyping、腎機能障害患者の薬物動態、など)が行われているかを簡便に判断する材料となる。このためにも、申請資料や添付文書にfm、fh値の記載の活用を規制当局や開発者、臨床家に提案したい。今後は、予測範囲を拡張するため、今回検討しなかったクリアランス経路や代謝酵素にも予測法を拡大し、さらに精度を高める検討を続けたい。 | |
審査要旨 | 医薬品開発において薬物動態特性のよい候補化合物が開発されるようになった一方で、市販後に薬物間相互作用を回避するため、あるいは遺伝子型毎に投与方法を層別化するために措置のとられる医薬品もある。これらの措置の取られた医薬品の中には、薬物動態の個体間変動の事前予測によって回避できたものもある。その薬物の個体間変動の大小を把握するためには、主要クリアランス経路を知った上で、その経路の代謝酵素・薬物トランスポーターの機能に影響を及ぼす遺伝子多型の介在を知ることが重要となる。しかし、これを全て実測データで検討するのは非現実的である。化合物情報や簡便なin vitroの試験を通して、主要クリアランス経路や遺伝子多型の影響を予測する方法があれば、医薬品開発の上流のみならず承認審査や市販後安全性管理において、問題となり得る薬物動態の個体間変動を抽出し、医薬品評価の効率化に貢献できるであろう。 以上の背景より、申請者は、医薬品評価のために有用な薬物動態特性の簡便な予測法を確立することを目的とし、前半では化合物のごく簡単な物性情報のみを用いた主要クリアランス経路のin silico予測法の確立を行うとともに、後半ではCYP2C9を例にとり、遺伝子多型による薬物動態の変動を理論的にin vitro-in vivo 外挿する予測法の検証を実施した。以下に、詳細を示す。 [本論] 1. 化合物の物性情報に基づく薬物体内動態のin silico予測-主要クリアランス経路について- 申請者は、生理機能の変動の影響を大きく受ける経路といった基準から、cytochrome P450 (CYP3A4, CYP2C9, CYP2D6)を介した代謝、OATP (Organic Anion Transporting Polypeptide)を介した肝取り込み、腎排泄、の合計5つの主要なクリアランス経路のいずれかにより排出される既承認の薬物を対象とし、経験ある研究者の直感を数値化することを目標に、電荷、分子量、脂溶性、および血漿中蛋白非結合率の4パラメータを用いてクリアランス経路の振り分けを検討した。分類法としては、薬物を電荷で分けたのち、分子量、脂溶性、および血漿中蛋白非結合率の3軸の空間に各薬物をプロットし、同一クリアランス経路の薬物群はそれぞれ特徴的なパラメータの分布を持つと仮定し、クリアランス経路ごとに、「偽陽性・偽陰性を共に最小化し、かつ対象範囲が最小体積となるアルゴリズム」で数理的に3次元の矩形境界を決定した。 申請者は、4種類の物理化学的パラメータの全てに予測値を用い、Overall precisionが88%と高い精度を得るモデルを構築した。また、OATPと分類された化合物のうち、文献情報でOATPの関与を確認できなかった5薬物(glimepiride、glipizide、glyburide/glibenclamide、irbesartan、dicloxacillin)が実際OATPの基質であることも確認された。また、2種類の検証法(Leave-one-out法による交差確認、および、2004年以降に承認された医薬品を用いた予測)でも良好な精度を確認できた。 医薬品として開発したい化合物の動態特性に合わせて化合物を抽出することが可能となると、例えば民族間の遺伝子多型の影響を受けやすいCYP2D6やCYP2C9のクリアランス経路で消失する化合物を回避することや、肝臓に選択的に分布する薬物を開発したいためにOATPに分類される薬物を選択することが可能となるだろう。また、相互作用試験や腎障害・肝障害といった特殊患者における臨床試験の賦課の基準として医薬品承認審査に利用することも可能である。 以上の結果より、申請者は、各クリアランス経路の薬物は、電荷ごとに分子量・脂溶性・血漿蛋白非結合型分率の3軸からなる3次元空間に特徴的に分布することが確認でき、数理的にクリアランス経路ごとの矩形境界線を作成することができた。それぞれの矩形に薬物は精度良く振り分けられることを検証し、構造式から予測可能なわずか4種類の化合物の物性情報から主なクリアランス経路を良好に分類できる方法論を提示した。この簡易で直感的な方法は、医薬品の創薬段階のみならず、新薬を審査する際の評価ポイントを抽出するツールとしての可能性が期待される。 2. 遺伝子多型による薬物動態変動の予測-CYP2C9変異体に関するin vitro-in vivo 外挿- 申請者は、代謝酵素CYP2C9基質のクリアランス低下が変異アレル*2、*3だけでなく基質にも依存することに着目し、vivo(ヒト)の経口クリアランスを精度良く予測するために、基質薬物のCYP2C9の関与する各代謝経路について、発現系ミクロソームより得られた代謝固有クリアランス、ヒト肝ミクロソームより得られた各アリルの酵素タンパク発現量、およびCYP2C9の代謝経路への寄与率(fm2C9)、ヒト体内動態試験より得られた代謝経路の経口クリアランスへの寄与率(fh)等のパラメータを文献情報より入手し、定量的かつ理論に基づいたin vitro-in vivo 外挿で予測を行い、実測値と比較することで検証した。 解析対象となった9薬剤のいずれにおいて、CYP2C9変異アレル保持者の経口クリアランスの変動は、fm2C9とfh、さらに、変異アレル別の酵素タンパクの発現量・単位発現量当たりの活性とで補正することにより、多型間の経口クリアランスの差を精度良く推計可能であった。 以上の結果より、CYP2C9*2、*3アレルに対応した経口クリアランスの変化を理論に基づいて精度よく予測でき、薬物間における体内動態への影響の差は、主に寄与率(fm2C9, fh)に関わる部分に由来することが示唆できた。医薬品開発において、頻度、人種差の観点より考慮すべきCYP 遺伝子多型のうち、活性低下型の変異であるCYP2D6*10以外では非活性となる変異がほとんどを占めており、変異アレル別の酵素タンパクの発現量・単位発現量当たりの活性の情報は不要であり、本検討の理論を簡略化して寄与率のみで適応可能となる。この予測方法は、人種差のみられるCYP2C9のみならず、医薬品の開発研究段階や、市販後安全性の管理において、代謝酵素の遺伝子多型に人種差のある場合に、基質薬の体内動態の人種・民族別の分布の予測を行うに当たっても応用できると考える。 以上本研究は、医薬品開発や市販後において薬物動態の個体差を評価する方法を、経験知や理論にもとづいて予測する方法を提案し検証した。本方法を用いることにより、創薬の段階において、要求される動態特性を有する化合物の物理化学的パラメータがわかるため逆にリード化合物を最適化することも可能であろう。遺伝子多型に大きく影響されるクリアランス経路および寄与率がわかれば、容易にその薬物の個体間変動の大きさが概算でき、臨床使用に安全な薬物動態特性か否かの判断材料となる。また、医薬品承認審査に審査側が要求する薬物動態情報の種類や、市販後の安全な臨床使用に求められる動態特性を判断する材料となる。 これらの成果は、薬物動態の個体差を簡便に評価しうる重要なツールであり、これは創薬のみならず承認審査や市販後の医薬品評価にも貢献できることを提起しており、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。 | |
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