学位論文要旨



No 217426
著者(漢字) 森,洋久
著者(英字)
著者(カナ) モリ,ヒロヒサ
標題(和) GLOBALBASEアーキテクチャの開発研究 : <地図>および空間情報の多様性と、自律分散型空間共有フレームワーク
標題(洋) DEVELOPMENT AND RESEARCH OF THE GLOBALBASE ARCHITECTURE : Diversity of <maps> and spatial information, and a framework for those autonomous distributed sharing
報告番号 217426
報告番号 乙17426
学位授与日 2010.11.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 第17426号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 今井,浩
 東京大学 教授 須田,礼仁
 東京大学 准教授 高橋,成雄
 東京大学 准教授 稲葉,真理
 東京大学 教授 有川,正俊
内容要旨 要旨を表示する

近年GPSの発展とともに、多くの地理情報システムにおいて世界参照系を基準に、地理情報を一元的に管理する方法が広まっている。しかし一方で世界参照系の適用が難しい空間情報の存在も認識されるようになってきた。古地図は言うまでもないが、世界測地系のなじまない地積測量図や、論理的な構造が重要なビルディング部屋割りなどがある。しかし、こういった場合でも連続した空間の一部であることは変わりはなく、その異なる基準の地図や地理情報を繋ぎ合わせ、重ね合わせ、位置情報を提供する重要性が高まっている。

<地図>のもつ多様な背景と多機関連携を目的に、空間情報のデータ構造と、分散型のネットワーク・プロトコル、およびそれらを裏付けるアルゴリズムを規定する、クライアント・サーバ・モデルのフレームワークがGLOBALBASE アーキテクチャである。サーバ同士もお互いの空間情報がどのような位置関係にあるのかを把握するために、情報交換を行っていることから、P2P 型サーバ・クライアント・モデルと呼ぶこともある。この論文ではGLOBALBASE アーキテクチャの構造を明らかにし、様々なコンテンツへの適用により、その効果を検証することが目的である。

最初にGLOBALBASE アーキテクチャの特徴はそのデータ構造にある。このデータ構造は特定の参照系を仮定しないモデルである。一つ一つの地図をそれぞれ独立した局所座標系と見なし、これらをお互いに座標系変換写像のネットワークで結ぶデータ構造をしている。我々はこの局所座標系と座標系変換写像のネットワークを座標系グラフ(coordinate system graph)と呼んでいる。この座標系グラフはある条件下で多様体となることが示される。この座標系グラフとして表された多様体をグラフ多様体(graph manifold)と呼んでいる。公に定義された参照系と、参照系がない地図や曖昧な地図も、この座標系グラフの定義次第で様々な関係を持たせることが出来る。当然座標系グラフはネットワーク構造であることから、分散化に適しており自然に分散環境を作り出すことが可能であることは言うまでもない。地理情報を集積していくということは、複数の情報発信者が座標系グラフを拡大、蓄積していくことと見なすことが出来る。

次に集積されていく座標系グラフをいかにして可視化するかが本論文の問題となる。座標系グラフは一般的には多様体ではない。また、CPU パワーを超すほどの巨大なグラフである可能性もある。この二つの理由から全体を同時に可視化することは一般的には出来ない。そこで、CPU パワーや表示領域、拡大率、そして閲覧者の求める検索条件といったパラメータから、規定時間内に可視化可能な部分グラフ多様体(多様体となっている部分座標系グラフ)を切り出し可視化する手法が必要となる。重要な点は座標系変換写像のもつ誤差によっては、(誤差をもった)部分グラフ多様体の大きさが変化する。この性質を利用し規定時間内に座標系グラフを可視化するアルゴリズムをダイナミック・ブラウジング・アルゴリズムと呼んでいる。当該アルゴリズムでは視点の移動に従って、切り出す部分グラフ多様体がダイナミックに変わる。閲覧者には様々な地図(局所座標系)をシームレスに渡り歩いているように見える。

データ構造とダイナミック・ブラウジング・アルゴリズムを支える様々な技術においても特徴がある。中でも、ダイナミック・ブラウジング・アルゴリズムを実現するための技術として、URLで示される二つの局所座標系を結ぶ座標系グラフ上のパスを発見するアルゴリズム、ACRP(Auto-Configured Routing Protocol)が重要な役割をもつ。局所座標系やその上の地理情報といったリソースを情報発信者が管理する上でのリソースに振られたアドレス、あるいは閲覧者がこれらリソースへアクセスするためのアドレスに、一般的なURL 以外のアドレス方式は使いたくないと考えるのは自然であろう。しかしURLは座標系グラフ上の経路選択(ルーティング)とは無関係なアドレスであり、管理上経路選択可能なアドレスがもう一つ必要となる。このような経路選択可能なアドレスを、座標系グラフ上で矛盾が生じないよう自動的に生成し管理するアルゴリズムがACRPである。座標系グラフのノード数をnとすると、アドレスの長さ、および各ノードのルーティングテーブルはO(log(n))に収まることが示されている。拡大する座標系グラフに対して有効なアドレス管理と言える。ACRPはもともとアド・ホック・ネットワークの自動構築技術から生みだされた技術である。

また、可視化時に座標系変換写像により座標変換を行うメカニズムも重要なメカニズムである。一定時間内に座標系変換の計算を終了しなければならない情況において、変換公式による変換は、情況変化や公式の種類によって計算時間にむらが生じる可能性がある。また古地図と現代図の間の変換のように、そもそも変換公式が存在しない場合もある。このためGLOBALBASE アーキテクチャにおいては、座標系変換写像は原則、定義域の座標と対応する値域の座標をリストアップしたテーブルで与えることとした。リストに無い点は近傍点から補間する。どのような場合においても点の数を増やせば誤差を許容範囲に収めることが出来る。

定義域に十分に細かいグリッドを組み、グリッド上の対応点をリストとする方法をとることによって、主にリモートセンシングの分野で発展したLOD(Level of Details) コントロールによる巨大画像のブラウジング技術を応用することが可能となる。グリッド化することによってテーブルは巨大化するが、点をLODによって間引くことが可能となり、座標系変換の計算量を一定時間内におさめることが可能となる。この技術のGLOBALBASE アーキテクチャへの完全な導入には至っていないが、テーブルの生成アルゴリズムとあわせて、実験により適用の見通しが得られたことが成果である。

サーバ・クライアントやサーバ間に発生する様々な要求を効率よくさばくための技術である遅延ランデブ(Delayed Rendez-vous)も特徴的である。ダイナミック・ブラウジング・アルゴリズムに現れる、二つの局所座標系間のパスの解決を複数同時に行う例が典型的で、複数のサーバの間にまたがる要求が複数発生する場合に有効なプロトコルである。

本論文の全体の流れを説明しよう。本論文第3章までは背景に関する論であり詳しく後述する。第4章においては本論文全体の数学的バックボーンを扱っている。座標系グラフとグラフ多様体に関する数学的な考察、座標系変換や誤差処理のための様々な数学的準備、また、LOD コントロール型のフォーマットのベースとなる解析学的なアルゴリズムの考察を行っている。第5章においてはGLOBALBASE アーキテクチャの全体構造の概要をまとめた。データ構造とダイナミック・ブラウジング・アルゴリズムの概要、およびプロトコル・スタックが説明されている。プロトコル・スタックは大きく分けてノード間のセッションを管理するXL レイヤとアーキテクチャの本質的な部分を担うGB レイヤからなる。第6章はダイナミック・ブラウジング・アルゴリズムの本論であり、第7章、8章はそれぞれXL レイヤとGB レイヤにおける技術の各論である。第7章の中心的技術としては遅延ランデブとLOD コントロール型のフォーマットが論ぜられ、第8章の中心的技術としてはACRP が論ぜられる。第9章ではGLOBALBASE アーキテクチャを実際に実装したアプリケーションについて説明し、第10章では、GLOBALBASE アーキテクチャを広めていくことを目的としたGLOBALBASE プロジェクトの成果である様々な事例を紹介する。本論文の研究成果と影響が示される。

「連続的な(と考えられる)地を関連し合う部分図のシリーズとして描き、とらえる」、我々の言葉で言えば「座標系グラフとしてとらえる」考え方が、1700年代に多くの地図を製作した森幸安の思想に現れることを発見した。これまでの研究では森幸安の地図が一つ一つの図ごとに個別に議論されていたことを考えると、我々の歴史地理学上の業績である。彼の代表作「日本志」は世界地図、アジア各国の地図、日本図と様々なスケールの地図のシリーズであり、そのほかにも様々な地域の地図が残されている。このように世界規模であること、伊能忠敬よりも古いことで注目される。ヨーロッパにおいてはさらに古く、アリストテレス、プトレマイオスの地球説(Spherikal Earth)の考え方がある。地球説とは、地球が丸いことおよび、それらが一つの座標系で表されるという仮説であり、これに基づき複数の図葉からなる地図が描かれた。我々の言葉で言えば「座標系グラフ全体がグラフ多様体となる」という仮説である。その終着点に世界測地系があると言うことが出来るであろう。一方、森幸安の「日本志」はグラフ多様体としては成り立っていない。

本論文の第2章では、森幸安の成果を含む地図の歴史や地図に関する思想の片鱗をたどる。前述の森幸安と地球説は座標系グラフ全体とグラフ多様体の関係の違いとしてとらえることが出来る。これを様々な<地図>一般へ拡大し、<地図>および<地図>同士の関係は座標系グラフとグラフ多様体の関係でとらえることが出来ると考えた仮説を、<地図>の「多様性の仮説」(Hypothesis of Diversity)と呼んでいる。さらに第3章では現代の電子的な空間情報処理を多様性の仮説の観点から眺めた。多様性の仮説はGLOBALBASEアーキテクチャの歴史的根拠であると言えよう。最後に、今回本論文では可視化にこだわっているが、可視化だけが重要なわけではない。可視化できるということは、座標系グラフに部分グラフ多様体を発見することによって幾何学的に処理が可能であるということを意味しており、可視化以外の様々な地理情報処理への応用の可能性を示唆している。

審査要旨 要旨を表示する

地理情報システムは、近年インターネットを通して専門的な目的から日常の身近なところまで広範囲な用途で使われる社会基盤となっている。近年、GPSの発展とともに、多くの地理情報システムにおいて世界測地参照系を基準に、地理情報を一元的に管理する方法が広まっているが、一方で世界測地参照系の適用が難しい古地図その他の空間情報の課題も認識されるようになってきた。多様な地図を統合して扱い、位置情報等を提供するシステムの重要性が増している。

本論文では、多様な地図を<地図>と表記し、多機関連携を目的に空間情報のデータモデルと分散型のネットワーク・プロトコル及びそれらを裏付けるアルゴリズムを与えることを行い、クライアントサーバモデルのフレームワークを有するGLOBALBASEアーキテクチャを提案している。サーバ同士も互いの空間情報がどのような位置関係にあるかを把握するために情報交換していることから、P2P型サーバクライアントモデルと呼ぶこともできる。<地図>の様々なコンテンツへの適用を通して、GLOBALBASEアーキテクチャの有効性が示されている。

まず、GLOBALBASEアーキテクチャの特徴であるデータモデルが示されている。これは特定の参照系を仮定しないもので、1つ1つの地図を独立した局所座標系のものとみなし、これらを互いに座標変換のネットワークで結ぶデータ構造となっている。この局所座標系と座標系変換写像のネットワークを座標系グラフと呼び、それがある条件下で多様体となることを示し、グラフ多様体と呼んでいる。公に定義された参照系を有する地図も、参照系がない地図や曖昧な地図も、この座標系グラフの定義の仕方で様々な関係を持たせることができる。座標系グラフの土台のネットワーク構造は、その分散化に適しており分散システムとして実現できる。これにより、複数の情報発信者が座標系グラフを拡大・蓄積してくことが可能となる。

次に、座標系グラフを基に可視化する方式を与えている。一般の座標系グラフは多様体でないものもあり、また超巨大なグラフとなる可能性もあり、全体を同時に可視化する方式をとることはできない。計算パワーや表示領域、縮尺、そしてユーザの求める検索条件といったパラメタから、規定時間内に可視化可能な部分グラフ多様体を定めてそれを可視化する方式をとる。この際に座標変換の有する誤差によって、部分グラフ多様体の大きさが変化するため、その性質を利用し規定時間内に可視化するダイナミックブラウジング法を構築し、それによりシームレスな利用環境を実現している。

データモデルとダイナミックブラウジング法を実現するための要素技術の提案も行われている。URLで示される2つの局所座標系を結ぶ座標系グラフ上のパスを発見するアルゴリズムACRPを提案し、座標系グラフ上で矛盾なく経路選択可能性を担保し、かつルーティングテーブルサイズも小さく収めることが実現されている。これは、申請者の時アドホックネットワークの自動構築技術を発展させたものである。

可視化時に座標変換を行うメカニズムも重要であり、まず一定時間内に計算を終了するために必要な座標変換に関する処理方式を規定している。また、定義域に十分に細かいグリッドを組んでLOD (Level of Details)コントロールによる巨大画像のブラウジング技術を応用することも可能となり、GLOBALBASEアーキテクチャでの実験により適用の見通しを得ている。さらに分散処理に関して、サーバクライアントやサーバ間に発生する様々な要求を効率よく処理する遅延ランデブー法も与え、ダイナミックブラウジング法を実現するための要素技術を提案している。

GLOBALBASEの研究を種々の分野の問題に適用し、この実証実験を通してシステムの有用性を示すとともに、各分野での成果もあげている。その1つに、1700年代に多くの地図を製作した森幸安の思想に、本論文の「座標系グラフとして捉える」という考え方が現れていることの発見があげられる。これは既存研究では森幸安の地図が1つ1つの図ごとに個別に議論されていたことに対して、新しい視点を提供したものであり重要な地理学上の業績といえる。またそこで出てくる<地図>及び<地図>同士の関係を座標系グラフとグラフ多様体でとらえる<地図>の多様性の仮説も含め、GLOBALBASEアーキテクチャに歴史的につながる面が議論されている。<地図>の多様性に関するこのような諸成果も含んだ各分野での適用についても、本論文において詳細に述べられている。

以上をまとめるに、本論文は<地図>および空間情報の多様性に対処するGLOBALBASEアーキテクチャを示し、土台のモデルから分散処理方式の設計まで地理情報システムの研究として新たな統合システムを提示し、有効性を検証するとともに適用分野での知見も得ており、情報理工学におけるコンピュータ科学分野での優れた成果をあげている。また、本研究の一部は共同研究によって得られたものであるが、本論文に含まれている内容について申請者の貢献が主体的なものであることを確認している。

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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