学位論文要旨



No 217433
著者(漢字) 山内,康宏
著者(英字)
著者(カナ) ヤマウチ,ヤスヒロ
標題(和) 肺線維化の機序 : 上皮間葉転換に対する炎症性サイトカインの効果の検討
標題(洋)
報告番号 217433
報告番号 乙17433
学位授与日 2010.12.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第17433号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森屋,恭爾
 東京大学 教授 高橋,孝喜
 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 准教授 秋下,雅弘
 東京大学 講師 土肥,眞
内容要旨 要旨を表示する

緒言: 肺線維症は、緩除に不可逆的・進行性の呼吸機能低下・呼吸不全を来たす予後不良な疾患であり、有効な治療法がない。今までの研究により、持続する炎症やTransforming Growth Factor (TGF) -β1を始めとする種々の増殖因子が肺の線維化に深くかかわることが報告されるようになってきた。さらに近年、組織線維化においてTGF-β1を介した上皮間葉転換(Epithelial Mesenchymal Transition: EMT)が重要な役割を果たしている可能性が示唆されるようになってきた。そこで、肺線維症を念頭において、in vitroで肺胞上皮細胞がTGF-β1によりEMTを生じるか否か、また肺線維症に関わる炎症性cytokinesがTGF-β1によるEMTに影響を与えるか否かについて検討した。また、EMTを生じた細胞において、間葉系細胞の機能的特徴である収縮能の獲得について評価した。

方法: 肺胞上皮細胞株であるA549細胞を用いて、TGF-β1および炎症性cytokinesであるTumor Necrosis Factor (TNF)-α, Interferon (IFN)-γ, Interleukin (IL)-4で刺激し48時間後に細胞の状態を観察した。A549細胞のEMTの誘導については、形態学的および上皮細胞マーカーE-cadherinと間葉系細胞マーカーvimentinの発現により評価した。また、収縮能の獲得については、gel contraction法を用いて評価を行った。さらに、炎症性cytokinesと治療薬として用いられているcorticosteroidが収縮能に及ぼす影響について、評価した。

結果:A549細胞は48時間のTGF-β1刺激により、上皮細胞の特徴である敷石様外観から間葉系細胞の特徴である紡錘形外観となり、さらにTNF-αでTGF-β1によるEMTが増強された。また、mRNAレベルにおいてもE-cadherinの発現抑制とvimentinの亢進を認めた。しかしながら、IFN-γやIL-4はEMTに影響を与えなかった。次に、EMTを生じた細胞が収縮能を獲得し、TNF-α /TGF-β1でEMTを生じた細胞がより強い収縮能を獲得していた。獲得した収縮能はTGF-β1で促進され、さらにTNF-αで増強され、TNF-α /TGF-β1でより増強された。一方、IFN-γは細胞収縮を抑制したが、TGF-β1との共存下ではその収縮能に影響を与えなかった。また、corticosteroidであるデキサメサゾンも細胞収縮には影響を及ぼさず、TGF-β1との共存下でも変化はなかった。

まとめ:TGF-β1は、肺胞上皮細胞であるA549細胞を間葉系細胞へ誘導した。炎症性サイトカインであるTNF-αは、TGF-β1によるEMTを増強し、さらに細胞収縮能も増強した。肺胞上皮細胞がEMTを生じ細胞収縮を生じることが、肺組織線維化に深く関与していると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、特発性肺線維症を代表とする呼吸器疾患の肺組織線維化過程において重要な役割を演じていると考えられている上皮間葉転換(Epithelial Mesenchymal Transition: EMT)と間質性肺炎の炎症性病態との関連を明らかにするため、肺胞上皮細胞株(A549細胞)をTransforming Growth Factor (TGF)-β1にてEMTを誘導する系にて、炎症性サイトカインのEMTに及ぼす効果について検討したものであり、下記の結果を得ている。

1 肺胞上皮細胞株A549細胞にTGF-β1刺激にてEMTを誘導する系において、形態学的に敷石状外観の上皮細胞から紡錘形・延長した間葉系細胞に転換することが確認され、また、免疫染色にて上皮細胞マーカーであるE-cadherinの発現が減少し間葉系マーカーであるvimentinの発現が増加していることが確認され、qPCR法にても蛋白レベルと同様にE-cadherin mRNAの発現抑制とvimentin mRNAの発現促進を認め、A549細胞においてTGF-β1にてEMTが誘導されることが示された。また、この変化がTGF-β1の濃度依存性であることが示された。

2 炎症性サイトカインであるTNF-α, IL-4, IFN-γの単独刺激では、A549細胞にEMTは誘導されないが、これらサイトカインとTGF-β1とで共刺激を行うと、TNF-α/ TGF-β1の存在下では、形態的にTGF-β1単独刺激よりさらに延長した紡錘形の間葉系細胞に転換し、EMTがより強く誘導されることが示され、mRNAレベルにおいても、TNF-α/ TFG-β1の存在下で、E-cadherin mRNAの発現はTGF-β1単独より抑制傾向を認め、vimentin mRNAの発現は有意に促進され、EMTが増強されることが示された。

3 EMTを生じた間葉系細胞は、形態変化だけではなく、gel contraction法により機能的にも収縮能を獲得していることが示された。TGF-β1単独よりTNF-α/TGF-β1の共存下で増強されたEMTを生じた間葉系細胞は、収縮能もより増強される傾向が示された。

4 EMTを生じた細胞の収縮能は、TGF-β1で収縮促進され、TNF-でも収縮促進され、TGF-β1/TNF-αでさらに収縮促進されることが示された。肺線維症の治療薬として用いられているIFN-γやcorticosteroidでの収縮能への影響を検討した所、IFN-γでは細胞収縮能が抑制され、corticosteroidは細胞収縮に影響を与えないが、TGF-β1存在下では、IFN-γやcorticosteroidに影響されずに、収縮が促進されていることが示された。

以上、本論文は肺胞上皮細胞株A549細胞において、TGF-β1によるEMTに及ぼす炎症性サイトカインの効果を、形態学的な変化と機能的指標となる収縮能に着目して評価し、炎症性サイトカインであるTNF-αがTGF-β1によるEMTを促進して、さらにEMTを生じた細胞が収縮能を獲得し、収縮能がTNF-αにより増強されることを明らかにした。本研究は、組織線維化過程において線維芽細胞以外である上皮細胞からEMTを生じた細胞が組織線維化に深く関与していることを示唆し、線維化の機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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