No | 217434 | |
著者(漢字) | 宮本,実 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミヤモト,マコト | |
標題(和) | ICRマウスに由来する新規遺伝性網膜変性マウスの特徴 | |
標題(洋) | Characteristics of Novel Hereditary Retinal Degeneration Mice Derived from ICR Mouse Strain | |
報告番号 | 217434 | |
報告番号 | 乙17434 | |
学位授与日 | 2010.12.22 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 第17434号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ヒトは外界からの情報の約80%を視覚から得ていると言われている。そのため、失明あるいは視覚異常はQuality of Lifeの著しい低下を招く。失明あるいは視覚異常につながる原因は多数存在するが、遺伝性網膜疾患も主な原因の一つである。これらの疾患の多くは視細胞の機能および生存に重要な役割を果たしているタンパク質をコードした遺伝子の変異によって誘発される。網膜色素変性症は代表的な遺伝性網膜疾患であり、発症頻度は4,000人に1人と言われている。初発症状は夜盲であり、加齢と共に進行する網膜変性(視細胞死)によって視野狭窄が起こり、最終的に失明に至る。これまでに約40の原因遺伝子が報告されているが、未だ原因遺伝子が明らかでない症例が多数存在する。また、現在のところ、遮光眼鏡やビタミンA内服のような対症療法が中心であり、進行を抑えるための有効な治療法は確立されていない。 ヒトの疾患と類似した病態を示す動物モデルは、その疾患の発症メカニズムの解析および治療法の開発において非常に有益である。遺伝性網膜疾患においても、自然発生性あるいは遺伝子改変動物モデルの研究によって、原因遺伝子の同定、視細胞死のメカニズム解析および遺伝子治療や薬剤の有効性評価で大きな成果が得られている。特に新規な網膜疾患モデル動物の発見は、未だ原因遺伝子が明らかでない遺伝性網膜疾患患者の病因解明につながる可能性があり、その意義は大きい。 網膜は外界からの光刺激を神経信号に変換し、脳へと伝達する役割を担っている。光受容に特化した視細胞が、光伝達カスケードと呼ばれる一連の生体化学反応によって光刺激を電気シグナルに変換している。脊椎動物の視細胞には杆体と錐体が存在し、杆体は1光子に反応するほど高感度で主に暗所視を司るが色識別機能がなく、錐体は感度において杆体に劣るが色識別機能を有しており、主に明所視を司る。 申請者は、医学・薬学研究において汎用されているICRマウスのコロニー中に、杆体および錐体の両機能を評価するフラッシュ網膜電図検査によって、著しい網膜機能低下を示すにもかかわらず眼底観察において異常が認められない雄個体を発見した。これを正常な雌性ICRマウスと交配して得られたF1マウスの網膜機能はいずれも正常であったが、F1マウス同士の交配で得られた雌雄のF2マウスには初代雄マウスと同様に高度の網膜機能低下を示す個体とより軽度の網膜機能低下を示す個体が認められた。高度あるいはより軽度の網膜機能低下を示したF2マウス同士を交配して得られた雌雄のF3マウスの全個体で親マウスと同様の網膜機能低下を認めた。その後、兄妹交配を繰り返して2種類の自然発生性遺伝性網膜機能不全を示すマウス系統すなわち、高度の網膜機能低下を示すICR-derived Retinal Dysfunction (IRD) 1マウスおよびより軽度の網膜機能低下を示すIRD2マウスを確立できた。 申請者は、本研究において、IRD1およびIRD2マウスの網膜異常の特徴を精査し、その原因となる遺伝子変異を明らかにした。 最初に第1章で、IRD1およびIRD2マウスの網膜機能不全の特徴を調べた。1ヵ月齢の両系統マウスの暗順応および明順応網膜電図を個別に記録し、杆体および錐体機能を精査した結果、IRD1マウスは杆体と錐体の両機能が著明に低下していること、IRD2マウスは杆体機能は著明に低下しているが錐体機能は正常であることがわかった。IRD2マウスの錐体機能が正常であることが、フラッシュ網膜電図にもとづくIRD2マウスの網膜機能低下がIRD1より軽度であった原因と考えられた。1および3ヵ月齢の両系統マウスにおいて、光学顕微鏡レベルで網膜機能異常と関連する病理学的異常所見は認められなかった。交配実験によって、両系統の網膜機能不全の遺伝様式はいずれも常染色体劣性遺伝であり、IRD1およびIRD2マウスは同じ杆体機能に関連した遺伝子の変異によって杆体機能不全を呈していること、IRD1マウスは同時に錐体機能に関連した遺伝子の変異も有していることがわかった。 ついで第2章で、IRD1およびIRD2マウスの網膜形態および機能におよぼす加齢の影響を調べた。1~18ヵ月齢までのIRD1およびIRD2マウスの視細胞数を同月齢のICRマウスと比較した結果、3ヵ月齢までは両系統とICRマウスとの間に有意差はみられず、透過型電子顕微鏡を用いて視細胞の形態を観察しても3ヵ月齢では形態異常は認められなかった。しかし、6ヵ月齢の時点では両系統共に視細胞数がICRマウスより有意に減少し、アポトーシス(TUNEL陽性)数が有意に増加した。その後、視細胞数は減少し続け、両系統共に18ヵ月齢までにほとんどの視細胞が消失した。両系統を1~12ヵ月齢まで遮光下で飼育したが、網膜変性(視細胞消失)を止めることはできなかった。両系統とICRマウスの錐体細胞数を比較したが差はみられず、明順応網膜電図検査の結果、IRD2マウスの錐体機能はICRマウスと同程度であることが確認された。以上の結果から、網膜変性は光感受性の亢進に起因するものではないと考えられ、IRD1およびIRD2マウスは遅発性かつ進行性の網膜変性を示すことが明らかとなった。 第3章では、IRD1およびIRD2マウスの両系統で共通してみられる杆体機能不全の原因となる遺伝子変異を調べた。杆体の光伝達カスケードに関与するタンパク質の遺伝子変異は杆体機能のみならず、杆体の生存にも影響をおよぼすことが知られているので、杆体光伝達カスケード関連因子の遺伝子発現を定量的real-time RT-PCR法やin situ hybridization法で調べた。その結果、杆体 transducinのαサブユニット(Trα)をコードするGnat1遺伝子の発現レベルが著明に低く、Trα mRNAは視細胞内節に局在していないことがわかった。さらにTrαタンパク質の局在を免疫染色法で調べたが陽性反応が認められなかった。これらの知見からGnat1遺伝子に変異が存在すると考えたので、Trα cDNAのdirect sequenceを実施した結果、両系統共にexon 4とexon 5との境界に48 bpの挿入配列が存在することがわかった。この挿入によってcodon 150がTAC(チロシン)からTAG(終止コドン)に変わるnonsense mutationが生じていた。しかしながら両系統のTrα mRNAは中途終止コドンを有するにもかかわらず、Trαタンパク質のN末端を認識する抗体を用いたwestern blot 解析を行ってもtruncated Trαタンパク質は検出されなかった。Gnat1遺伝子のintron 4の配列を精査した結果、splice donor siteの最後の2 bpを含む計57 bpが欠損していることが見出された。このsplice donor site配列の変化によってintron 4がsplice outされなくなり、exon 4とexon 5との境界にintron 4の一部である48 bpの挿入配列が残存してしまったと考えられた。以上の結果から、IRD1およびIRD2マウスの杆体機能不全の原因は、Gnat1遺伝子に存在するnonsense mutationによるTrαタンパク質の欠損であると考えられた。 本研究によって、IRD1マウスは杆体と錐体の機能不全を、IRD2マウスは杆体の機能不全を示し、遅発性かつ進行性の網膜変性を呈すること、両系統の杆体機能不全の原因はGnat1遺伝子のnonsense mutationによるTrαタンパク質の欠損によることが明らかとなり、遺伝性の網膜疾患の研究に有用であることが示された。 | |
審査要旨 | 眼は外界からの光刺激を神経信号に変換して脳へと伝達する役割を担っており、この過程で最も重要な役割を果たしているのは網膜である。哺乳類の網膜には高感度であるが色選別機能がない杆体と低感度であるが色選別機能のある錐体の2種類の視細胞が存在する。この視細胞の機能と生存に重要な役割を果たしているタンパクをコードした遺伝子の変異によって様々な網膜疾病が誘発されるので、遺伝子変異によってヒト網膜疾患と類似した病態を示す動物モデルは、疾患の発症メカニズムの解析や治療法の開発に有益である。 申請者は、フラッシュ網膜電図検査で杆体と錐体の網膜機能の顕著な低下が検出されたにもかかわらず眼底検査で網膜形態に異常が認められない雄性ICR系マウスを1匹発見した。この突然変異マウスをもとに兄妹交配を繰り返して重度網膜機能低下を示すICR-derived retinal dysfunction (IRD) 1マウスと軽度網膜機能低下を示すIRD2マウス系統を確立した。本研究で、これらの自然発生性遺伝性網膜変性マウスにおける網膜異常の特徴を明らかとし、その原因を究明した。 はじめに、出生後から18月齢まで経時的に網膜の形態と機能を精査した。光学顕微鏡と透過型電子顕微鏡のいずれを用いた観察でも3月齢までは視細胞の形態と数を含めて網膜形態に異常は認められないことがわかった。6月齢になると網膜変性がはじまった。すなわち両系統とも視細胞がアポトーシスを開始し、順次減少して18月齢までに消失してしまった。このように視細胞の形態異常は6月齢からはじまったが、機能は幼若期から低下しはじめていた。すなわち、IRD1マウスでは杆体と錐体の両機能の著明な低下が幼若期から認められること、IRD2マウスでは杆体機能は幼若期から低下しているが錐体機能は視細胞アポトーシスがはじまる6月齢までは正常であることが明らかとなった。 ついで、交配実験を行って網膜機能異常の遺伝様式を調べた。両系統とも遺伝様式は常染色体劣性遺伝であり、IRD1とIRD2マウスは同じ杆体機能に関連した遺伝子の変異によって杆体機能不全を呈していること、この変異に加えてIRD1マウスでは錐体機能に関連した遺伝子の変異も有していることがわかった。また両系統を遮光下で飼育し続けたが、網膜変性の進行は止まらず、光感受性の亢進に起因しない遅発性かつ進行性の変性であることが明らかとなった。 さいごに、これらの自然発生性遺伝性網膜変性の原因遺伝子を探索し、両系統で共通してみられる杆体機能不全は、杆体光伝達カスケード関連タンパクのひとつであるαサブユニット(Trα)タンパクをコードするGnat1遺伝子の変異に起因することを明らかにした。両系統ともにTrαのexon 4とexon 5との境界に48 bpの挿入配列が存在し、これによってcodon 150がTAC(チロシン)からTAG(終止コドン)に変わるnonsense mutationが生じた。このようにTrα mRNAは途中に終止コドンを有するにもかかわらずtruncated Trαタンパクは検出されなかったのでGnat1遺伝子のintron 4近傍の配列をより詳細に調べたところ、splice donor siteの最後の2 bpを含む計57 bpの欠損があることがわかった。これによってintron 4がsplice outされなくなってexon 4とexon 5との境界に48 bpの挿入配列が残存してしまったものと考えられた。TrαのmRNAとタンパクは各々in situ hybridizationと免疫染色でも検出できなかった。 このように本研究によって、申請者が発見した自然発生性遺伝性網膜変性IRD1およびIRD2マウスは、各々杆体と錐体の機能不全および杆体の機能不全を呈すること、両系統の杆体機能不全はGnat1遺伝子のnonsense mutationによるTrαタンパクの欠損によって引きおこされることがわかり、このモデル動物はヒト遺伝性網膜疾患の発症機構解析や治療法開発に有用であると考えられた。申請者が発見した自然発生性遺伝性網膜変性マウスの特徴と分子発症機構を含む研究業績をとりまとめた論文の内容および関連事項について試験を行った結果、審査委員一同が博士(農学)の学位を受けるに必要な学識を有する者と認め、合格と判定した。 | |
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