学位論文要旨



No 217439
著者(漢字) 大雄,智
著者(英字)
著者(カナ) オオタカ,サトル
標題(和) 事業再編会計 : 資産の評価と利益の認識
標題(洋)
報告番号 217439
報告番号 乙17439
学位授与日 2011.01.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 第17439号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大日方,隆
 東京大学 教授 三輪,芳朗
 東京大学 教授 小林,孝雄
 東京大学 教授 新井,富雄
 東京大学 教授 高橋,明彦
内容要旨 要旨を表示する

本論文の課題は、事業再編会計において、移転事業の資産が評価替えされる条件、すなわち移転事業ののれんや含み損益が認識される条件を明らかにすることである。それは、会計上の実現概念の意味を検討することにほかならないが、実現概念の意味は取引の実質(事業の動態)をとらえる視点に依存する。本論文では、資産の評価替えとのれんや含み損益の認識が、事業投資の継続・非継続を判断するための視点、すなわち支配の継続性と持分の継続性に依存することを体系的に説明している。

支配とは、資産(経済的資源)を自由に使用したり処分したりすることのできる排他的な力であり、その主体は企業である。また、持分とは、事業から生じるキャッシュ・フローに対する権益または請求権であり、その主体は株主である。支配概念と持分概念をこのように定義したうえで、本論文では、事業再編取引の実質を支配の継続性と持分の継続性という2つの観点から判断し、それぞれに対応する会計方法を明らかにした。それは、会計基準または実務において、資産の評価替えとのれんや含み損益の認識だ、支配の獲得・喪失を条件としているのか、それとも、持分の取得・清算を条件としているのかをたしかめるための作業であった。前者は企業資産の増加と減少にもとづいて利益を測定するアプローチということができ、後者は株主資本の投下と回収にもとづいて利益を測定するアプローチということができる。

取引の実質が支配の継続性と持分の継続性という2つの観点からとらえられるとすれば、事業再編取引は、支配の獲得・喪失を伴う取引であるかどうか、および、持分の取得・清算を伴う取引であるかどうかによって4つの類型に分けられる。第1章では、それぞれの類型にあてはまる取引を例示したうえで、それぞれに適用される会計方法を明らかにした。そこでは、どちらの観点にしたがうかで事業投資の継続・非継続についての判断が異なりうること、つまり、支配と持分のどちらを基本概念とみるかで適用される会計方法が異なりうることが示された。

第2章では、アメリカにおける企業結合会計基準の変遷を概観し、株式の交換による合併の実質がどのような観点からとらえられてきたのか明らかにした。1950年に公表されたARB40では、基本的には、持分の継続性にしたがって合併の実質(パーチェスか持分プーリングか)が判断されていた。そこでは、株主の持分が清算されたかどうかで事業投資の継続・非継続が判断され、その事業を構成する資産の評価替えもそれに依存していた。この考え方は、その後に公表されたARB43、ARB48、APBO16にも受け継がれており、アメリカの会計基準における支配的な考え方であったといってよい。それは、かつての会計基準が、株主資本の投下と回収にもとづく利益測定を志向していたことを示唆している。

ところが、2001年に公表されたSFAS141では、持分の継続性の観点が雪排除され、もっぱら支配の継続性によって合併の実質が判断されている。そこでは、企業の支配が失われたかどうかで事業投資の継続・非継続が判断され、その事業を構成する資産の評価替えもそれに依存する。株主資本の投下と回収ではなく、企業資産の増加と減少にもとづいて利益測定が行なわれるのである。

SFAS 141の考え方を与件とするならば、矛盾のない会計基準では、企業結合と同じように、親会社による子会社株式の取得や売却についても、支配の継続性によってその実質が判断され、それに応じた会計方法が適用されるはずである。第3章で述べたとおり、2007年に公表されたSFAS160によると、支配の獲得・喪失を伴わない子会社株式の追加取得や一部売却は資本取引として処理される。また、支配の獲得・喪失を伴う子会社株式の段階取得や売却では、支配獲得前に取得した株式の含み損益や支配喪失後に保持する株式の含み損益をどのように処理するのかが問題となるが、SFAS141R.およびSFAS160では、その含み損益が支配獲得日または喪失日に実現利益として処理されることになっている。そこでは、会計上の事業投資と金融投資の区別が支配の獲得・喪失に依存している。

第4章では、アメリカの企業結合会計基準のフレームワークと日本のそれとを比較した。日本の基準は、かつてのアメリカの基準と同じく、持分の継続性を基本概念とし、それにもとづいて企業結合の実質を「取得」と「持分の結合」とに識別している。持分プーリング法を廃止した現在の基準においても、この基本概念は放棄されていない。それに対して、現行のアメリカの基準では、持分プーリング法を廃止することと、持分の継続性という概念を否定することとが結びついている。こうした概念上の差異が、企業結合以外の取引すなわち子会社少数株主との取引に適用される会計方法の違いにつながるのである。

第5章以降では、それまでの準拠枠を前提としながら、事例分析をとおして事業再編会計をめぐる諸問題を検討した。

第5章では、昭和電工によるアルミナ・アルミニウム事業の分離と再吸収の事例を分析した。これは、事業投資が継続しているにもかかわらず、その資産の含み益が認識され、利益測定の基礎が改訂された事例であった。第6章でも昭和電工の事例を分析したが、そこでの問題は子会社合併の会計方法であった。この事例では、合併の過程で子会社の土地が評価替えされるとともに、過去に計上されたのれんの償却費用が利益剰余金に戻し入れられていた。支配の変化も持分の変化も生じさせない子会社合併に伴い、利益測定の基礎が改訂されたのである。

第7章では、ソニーによる子会社上場の事例をとおして、子会社公募増資の会計方法を検討した。ソニーは子会社ソニー・ミュージックエンタテインメントの上場に伴う持分増加額を実現利益として処理したが、この会計処理は、支配の継続性の観点からも持分の継続性の観点からも説明できない。ただし、子会社の公募増資を少数株主持分の売却とみなし、子会社投資の含み益を認識するこの処理では、持分の継続性にしたがった利益測定が志向されているといえる。キャッシュ・フローを伴わない持株比率の減少を持分の清算とみることはもちろん問題だが、そうした擬制自体は、ソニーが株主資本の投下と回収にもとづく利益測定を志向していたことを示唆している。

第8章では、会社分割の事例をとおして、含み損益の認識が、資産に対する支配の喪失を条件としているのか、それとも、事業のキャッシュ・フローに対する持分の清算を条件としているのかを検討した。近年の会計基準では、支配の喪失に伴って損益を認識する傾向が強いが、分割型新設分割やスピン・オフでは、分割会社が移転事業の資産に対する支配を喪失するにもかかわらず、移転損益は認識されない。また、この章で分析したコナミの事例では、移転事業に対する持株比率の減少分に相当する移転利益が認識されており、持分の清算を損益認識の条件とする考え方が反映されている。

第9章では、ジョイント・ベンチャー設立の事例をとおして、分割会社(共同支配投資企業)における移転損益の認識とジョイント・ベンチャーにおける承継資産の評価について検討した。また、ジョイント・ベンチャーに対する持分の報告方法として持分法を適用するのか比例連結を適用するのかという問題、さらに、ベンチャー・キャピタルによる投資を事業投資として処理するのか金融投資として処理するのかという問題についても検討した。近年、これらの会計筒題は支配概念や資産概念にてらして議論されることが多いが、この章では、株主資本の転換過程や投資の性質にてらして議論されている。

第10章では、非貨幣性資産の交換の事例をとおして、持分概念の意義と収益認識規準との関係を検討した。現金や現金請求権を対価とする取引と違って、非貨幣性資産の交換では、それによって投資が清算されたといえるのかどうかがはっきりしない。そこでは、譲渡資産の含み損益を認識すべきかどうか、また、譲受資産を譲渡資産の時価で評価すべきかどうかが、投資の継続・非継続の判断に依存する。そしてその判断は、持分を、株主が払い込んだ貨幣資本によってとらえるのか、企業が支配する将来の経済的便益によってとらえるのかで異なりうる。

第11章では、信託を利用した不動産証券化の事例をとおして、譲渡資産のオフバランス化と売却損益の認識について検討した。信託を利用した不動産証券化では、しばしば、受益権が優先部分と劣後部分とに分割され、かつ、譲渡人が劣後部分を留保することがある。また、東武鉄道やUFJ銀行の事例のように、譲渡人が信託銀行と譲渡不動産の賃貸借契約を締結することもある。こうしたスキームは、リスク・経済価値アプローチにおけるリスクの尺度、および、リスク・経済価値アプローチと収益認識規準との関係について再考を促している。

終章にあたる第12章では、本論文の準拠枠を再度確認したうえで、利益測定をめぐる2つの類型、すなわち、株主から企業今のキャッシュ・フローを利益測定の原点とする類型と顧客から企業へのキャッシュ・フローを利益測定の原点とする類型を議論した。支配と持分という2つの概念を核として事業再編会計を体系づけるとともに、それを一般的な利益測定フレームワークに結びつけた点が本論文の特徴である。

審査要旨 要旨を表示する

本審査委員会は,大雄智氏から提出された論文について読解,検討をした後,大雄氏にたいする口頭試問を行い,審査結果にたいする結論を得たので,ここに報告する。以下,論文の概要と審査の結果を記す。

【論文の概要】

1.先行研究の概略と問題状況の整理

本論文の課題は、合併、買収、分割といった事業再編取引の会計処理を題材として、企業会計上、資産が評価替えされる条件、すなわち、のれんや含み損益が認識される条件を明らかにすることである。

事業再編取引のうち、とりわけ株式の交換による合併については、合併会社がその貸借対照表に被合併会社の資産・負債を合併日の時価に評価替えして引き継ぐのか(パーチェス法)、それとも、合併直前の適正な簿価のまま引き継ぐのか(持分プーリング法)が長年にわたって議論されてきた。この問題を解決するため、Wyatt(1963)は、なによりもまず、合併の本質とはなにかという問いを発している。Wyatt(1963)によれば、対価の種類にかかわらず、合併の本質は会社間の資産の交換であり、合併も資産の取得と同じように処理される。それに対して、Lauver(1966)によれば、株式の交換による合併の本質は株主間の持分の再配分に過ぎず、この取引によって会社の資産が変化することはない。

現行のアメリカの会計基準および国際財務報告基準においては、こうした議論に終止符が打たれ、株式の交換による合併であっても、すべてパーチェス法(取得法)が適用されることになっている。またそこでは、取引の実質を企業が支配する経済的資源の変化にもとづいて判断しようとする傾向がみられる。たしかに、前述のLauver(1966)の議論は極端かもしれないが、取引の実質を株主の所有する権益の変化にもとづいて判断することがいつも否定される理由は明らかでない。持分プーリング法を廃止することと持分概念の意義を軽視することとは次元の異なる問題であり、もし両者が結びついているとすれば、それは企業会計上の資産の評価と利益の認識にかかわる一般的な問題として検討されなければならない。

したがって、合併をはじめとする事業再編取引の会計処理を、会計基準の基礎概念との関係にてらして検討することがここでの主要な課題となる。斎藤(1989)では、株式の交換による合併にパーチェス法を適用することは、のれんや含み損益をいつ認識するのかという点においても、また、それらを資本と利益のどちらに算入するのかという点においても、継続企業の利益測定と整合しないと述べられている。そうした不整合は、利益の実現という概念が、取引の実質をめぐる解釈に依存すること、すなわち、取引の実質をとらえるための視点と概念の選択に依存することを示唆している。こうした点を踏まえて、事業再編取引の会計処理と会計基準の基礎概念との関係を考察することが本論文の課題である。

2.論文の要旨

第1章では、本論文の基礎となる諸概念を定義するとともに、事業再編会計の準拠枠を設定した。支配とは、資産(経済的資源)を自由に使用したり処分したりすることのできる排他的な力であり、その主体は企業である。また、持分とは、事業から生じるキャッシュ・フローに対する権益または請求権であり、その主体は株主である。本章では、事業再編取引を、支配の獲得・喪失を伴う取引であるかどうか、および、持分の取得・清算を伴う取引であるかどうかによって4つの類型に分け、それぞれに適用される会計方法を明らかにした。

第2章では、アメリカにおける企業結合会計基準の変遷を概観し、株式の交換による合併の実質がどのような観点からとらえられてきたのか明らかにした。1950年に公表されたARB 40では、基本的には、持分の継続性にしたがって合併の実質が判断されていた。そこでは、株主の持分が清算されたかどうかで事業投資の継続・非継続が判断され、その事業を構成する資産の評価替えもそれに依存していた。この考え方は、その後に公表されたARB 43、ARB 48、APBO 16にも受け継がれており、かつての会計基準が、株主資本の投下と回収にもとづく利益測定を志向していたことを示唆している。

ところが、2001年に公表されたSFAS 141では、持分の継続性の観点が排除され、もっぱら支配の継続性によって合併の実質が判断されている。そこでは、企業の支配が失われたかどうかで事業投資の継続・非継続が判断され、その事業を構成する資産の評価替えもそれに依存する。株主資本の投下と回収ではなく、企業資産の増加と減少にもとづく利益測定が志向されているのである。このSFAS 141の考え方を与件とするならば、企業結合と同じように、親会社による子会社株式の取得や売却についても、支配の継続性によってその実質が判断され、それに応じた会計方法が適用されるはずである。

そこで、第3章では、支配の継続性と持分の継続性という2つの観点から、親会社と子会社少数株主との取引の実質を判断し、その会計方法を明らかにした。2007年に公表されたSFAS 160によると、支配の獲得・喪失を伴わない子会社株式の追加取得や一部売却は資本取引として処理される。また、支配の獲得・喪失を伴う子会社株式の段階取得や売却では、支配獲得前に取得した株式の含み損益や支配喪失後に保持する株式の含み損益をどのように処理するのかが問題となるが、SFAS 141R およびSFAS 160では、その含み損益が支配獲得日または喪失日に実現利益として処理されることになっている。そこでは、会計上の事業投資と金融投資の区別が支配の獲得・喪失に依存している。

第4章では、アメリカの企業結合会計基準のフレームワークと日本のそれとを比較した。日本の基準は、かつてのアメリカの基準と同じく、持分の継続性を基本概念とし、それにもとづいて企業結合の実質を「取得」と「持分の結合」とに識別している。持分プーリング法を廃止した現在の基準においても、この基本概念は放棄されていない。それに対して、現行のアメリカの基準では、持分プーリング法を廃止することと、持分の継続性という概念を否定することとが結びついている。こうした概念上の差異が、企業結合以外の取引すなわち子会社少数株主との取引に適用される会計方法の違いにつながっている。

第5章以降では、それまでの準拠枠を前提としながら、事例分析をとおして事業再編会計をめぐる諸問題を検討した。

第5章では、昭和電工によるアルミナ・アルミニウム事業の分離と再吸収の事例を分析した。これは、事業投資が継続しているにもかかわらず、その資産の含み益が認識され、利益測定の基礎が改訂された事例であった。第6章でも昭和電工の事例を分析したが、そこでの問題は子会社合併の会計方法であった。この事例では、合併の過程で子会社の土地が評価替えされるとともに、過去に計上されたのれんの償却費用が利益剰余金に戻し入れられていた。支配の変化も持分の変化も生じさせない子会社合併に伴い、利益測定の基礎が改訂されていたのである。

第7章では、ソニーによる子会社上場の事例をとおして、子会社公募増資の会計方法を検討した。ソニーは子会社ソニー・ミュージックエンタテインメントの上場に伴う持分増加額を実現利益として処理したが、この会計処理は、支配の継続性の観点からも持分の継続性の観点からも説明できない。ただし、子会社の公募増資を少数株主持分の売却とみなし、子会社投資の含み益を認識するこの処理では、持分の継続性にしたがった利益測定が志向されているといえる。キャッシュ・フローを伴わない持株比率の減少を持分の清算とみることはもちろん問題だが、そうした擬制自体は、ソニーが株主資本の投下と回収にもとづく利益測定を志向していたことを示唆している。

第8章では、会社分割の事例をとおして、含み損益の認識が、資産に対する支配の喪失を条件としているのか、それとも、事業のキャッシュ・フローに対する持分の清算を条件としているのかを検討した。近年の会計基準では、支配の喪失に伴って損益を認識する傾向が強いが、分割型新設分割やスピン・オフでは、分割会社が移転事業の資産に対する支配を喪失するにもかかわらず、移転損益は認識されない。また、本章で分析したコナミの事例では、移転事業に対する持株比率の減少分に相当する移転利益が認識されており、持分の清算を利益認識の条件とする考え方が反映されている。

第9章では、ジョイント・ベンチャー設立の事例をとおして、分割会社(共同支配投資企業)における移転損益の認識とジョイント・ベンチャーにおける承継資産の評価について検討した。また、ジョイント・ベンチャーに対する持分の報告方法として持分法を適用するのか比例連結を適用するのかという問題、さらに、ベンチャー・キャピタルによる投資を事業投資として処理するのか金融投資として処理するのかという問題についても検討した。近年、これらの会計問題は支配概念や資産概念にてらして議論されることが多いが、本章では、株主資本の転換過程や投資の性質にてらして議論されている。

第10章では、非貨幣性資産の交換の事例をとおして、持分概念の意義と収益認識規準との関係を検討した。現金や現金請求権を対価とする取引と違って、非貨幣性資産の交換では、それによって投資が清算されたといえるのかどうかがはっきりしない。そこでは、譲渡資産の含み損益を認識すべきかどうか、また、譲受資産を譲渡資産の時価で評価すべきかどうかが、投資の継続・非継続の判断に依存する。そしてその判断は、持分を、株主が払い込んだ貨幣資本によってとらえるのか、企業が支配する将来の経済的便益によってとらえるのかで異なりうる。

第11章では、信託を利用した不動産証券化の事例をとおして、譲渡資産のオフバランス化と売却損益の認識について検討した。信託を利用した不動産証券化では、しばしば、受益権が優先部分と劣後部分とに分割され、かつ、譲渡人が劣後部分を留保することがある。また、東武鉄道やUFJ銀行の事例のように、譲渡人が信託銀行と譲渡不動産の賃貸借契約を締結することもある。こうしたスキームは、リスク・経済価値アプローチにおけるリスクの尺度、および、リスク・経済価値アプローチと収益認識規準との関係について再考を促している。

終章にあたる第12章では、利益測定をめぐる2つの類型、すなわち、株主から企業へのキャッシュ・フローを利益測定の原点とする類型と顧客から企業へのキャッシュ・フローを利益測定の原点とする類型を議論した。支配を基本概念としている近年の国際的な会計基準において、かりに資産を将来の経済的便益と定義し、かつ、それを公正価値で評価するとすれば、利益の測定は将来の経済的便益についての期待に依存することになる。事実、のれんの認識と測定が取得企業の支払対価に必ずしも制約されない「全部のれん法」は、そうした利益測定のフレームワークと親和性があり、財務報告制度の根幹にかかわる問題を提起している。

3.本論文の特徴と貢献

本論文の特徴は、多様な事業再編取引を題材に、資産の評価替えとのれんや含み損益の認識が、事業投資の継続・非継続を判断するための視点、すなわち、支配の継続性と持分の継続性に依存することを体系的に説明し、それとともに近年の国際的な会計基準が志向している利益測定のフレームワークを相対化した点にある。従来の会計基準が、株主資本の転換プロセスに着目し、持分の清算を利益認識の条件としてきたのに対し、近年の国際的な会計基準は、企業資産の転換プロセスに着目し、支配の喪失を利益認識の条件としている。本論文では、そうした会計基準の基本的思考の変化が事業再編会計の動向を左右していることを明らかにした。

また、具体的な事例分析をとおして事業再編会計の諸問題を考察した点も本論文の特徴といえる。本論文では、実務において取引の実質がどのように判断されてきたのか明らかにするため、取引の具体的事実を一定の準拠枠にしたがって抽象化し、その抽象的事実と現実に適用された会計方法との対応関係を検討している。それは、特定の会計基準を所与として、それが現実にどう適用されているのかを検証する作業ではなく、一定の事実とそれに適用された会計方法との関係にてらして、実務における事実判断の基礎を明らかにしようとするものである。こうした問題意識による体系的な事例分析は、これまで十分な蓄積がないものであり、本論文の貢献といってよい。

4.結論の留保条件と本論文の限界

本論文では、支配概念が持分概念から独立しているものとして議論を進めている。そこでは、支配が企業と資産との関係を表わし、かつ、その資産は将来の経済的便益を表わしている。また、資産を支配する企業の概念も持分を所有する株主(残余請求権者)の概念から独立していると想定されている。こうした想定は、企業の純資産と株主の持分とが整合するように組み立てられてきた伝統的な会計基準の体系と矛盾する。したがって、本論文は、暗黙のうちに、会計基準の体系が置き換えられる可能性を前提としており、その妥当性はあらためて検討されなければならない。

また、本論文では、資産の評価替えとのれんや含み損益の認識が、支配の獲得・喪失を条件としているのか、それとも、持分の取得・清算を条件としているのかを、事業再編会計基準の変遷と比較をとおして明らかにしているが、この2つのうちどちらが財務諸表利用者の意思決定にとって有用なアプローチであるのかは検証されていない。元来は株主の払い込んだ資金の転化に着目して解釈されてきた実現概念が、近年では企業の支配する資産の転化に着目して解釈されるようになってきたが、その変化を会計情報の機能にてらして評価する作業は今後に残されている。

【審査の結果】

本論文については,少数の事例を基点に議論を組み立ていることから,そこでの論旨や結論について,外部妥当性が低いという欠点がある。その欠点を留保しつつも,本論文が,(1)既存の研究や通説の議論が見落としていた点を実例という裏づけをもってあきらかにした点,(2)大雄氏の提示した整理の枠組みによって,これまでの会計基準の混乱や,会計研究の混乱が,一定程度整序される点は,きわめて高く評価される。それと同時に,(3)その枠組みは,将来,他の題材に適用可能であることから,研究のいっそうの発展におおきく貢献していると評価できる。

以上より,大雄氏の論文は,博士の学位を授与するに値していると本審査委員会は全員一致で判断した。

審査委員長:大日方隆 審査委員:三輪芳朗,小林孝雄,新井富雄,高橋明彦

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