学位論文要旨



No 217445
著者(漢字) 篠田,直樹
著者(英字)
著者(カナ) シノダ,ナオキ
標題(和) 飼料中の動物由来原料を検出するPCR法に関する研究
標題(洋) The studies on PCR for detection of animal derived materials in feed
報告番号 217445
報告番号 乙17445
学位授与日 2011.02.04
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17445号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 局,博一
 東京大学 教授 明石,博臣
 東京大学 教授 関崎,勉
 東京大学 特任教授 小野,寺節
 東京大学 特任教授 杉浦,勝明
内容要旨 要旨を表示する

牛海綿状脳症(BSE)は牛の脳の組織にスポンジ状の変化を起こし、起立不能等の症状を示す遅発性かつ悪性の中枢神経系の疾病である。同様の疾病は、羊のスクレイピー、人のクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)などがあり、感染が種の壁を越えて伝達する事が知られている。本病は1986年にイギリスで初めて発見されて以来、まずヨーロッパ諸国へ感染が拡大し、次いでアメリカ、カナダ、日本などの国々で発生が報告されている。

BSEは、本病に感染した牛を原料とする飼料(肉骨粉や油脂等)を牛が摂取することにより感染が拡大したとされている。1988年にイギリスで行われた飼料規制により、余った肉骨粉がヨーロッパへ輸出され、さらにヨーロッパの飼料規制によって、アジアや北米にも肉骨粉等のBSE病原体汚染飼料が流通した可能性がある。日本では2001年9月以降より36頭のBSE牛が報告されており、その原因は1990年代にイタリアからから輸入された肉骨粉、1980年代にイギリスから輸入された生きた牛、又は1995年前後にオランダから輸入された動物性油脂が疑われている。

各国政府はBSE感染拡大を防止するために、飼料中に特定動物種由来のタンパク質(ほ乳動物・反すう動物など)が含まれる事を禁止している。また、その措置が有効に機能している事を保証するために、流通飼料の検査が行われている。我が国においても、食品安全委員会のリスク評価を踏まえて農林水産省が検査計画を立て、独立行政法人農林水産消費安全技術センター(FAMIC)が飼料の製造業者や輸入業者に対し検査を実施している。

飼料検査は、業者への立入による製造記録や施設の検査と、サンプリングした試料の分析による検査によって構成されている。飼料中の規制原料を検出するための分析法には、顕微鏡鑑定法、酵素免疫測定法(ELISA)、遺伝子鑑定法(PCR)等があり、それぞれ原料の形、タンパク質、遺伝子から特定の原料を検出する方法である。各分析法には一長一短があるために、いくつかの国ではこれらの分析法を組み合わせて分析検査を行っている。

PCR法は、検出感度、種特異性、規制動物種のスクリーニング検査の利便性に優れており、イギリス、アメリカ、EUの一部、中国、日本などで、分析法の一つとして採用されており、動物種ごとの規制を保証する方法として注目されている。PCR法は遺伝子の種特異的な部分に相補的なプライマーを用いて飼料中の規制対象動物種を検出する方法であり、プライマーを複数の種(ex. ほ乳動物など)に相補的になるように設計することで、スクリーニング検出法を作成する事ができる。

プライマー設計のためには、データベース、マルチアライメント、特異性検索等、様々なコンピュータープログラムを利用する事が必要である。しかし、これらの既存のプログラムを利用しても、複数の種に特異的に結合するプライマーを設計する事は容易ではない。

また、検査で使用するプライマーとして、検出感度、特異性、結果の判別性に優れているものを設計する必要があるが、結果の判別性を向上させるための因子についての知見は十分ではない。

そこで、本研究では、飼料のスクリーニング検査用プライマーを効率的に作成する方法について開発し、その実例としていくつかの種グループ特異的プライマーを作成すると共に、判別性に優れたプライマーを得るための因子を調べた。また、PCR検査により陽性となった場合の確認法を開発した。

第一章 新たなコンピュータープログラムを用いた、飼料中の複数の動物由来原料を検出するためのPCRプライマーの開発

種グループ特異的プライマーを容易に設計するために、既存の知見及び経験則をベースとしてコンピュータープログラムを作成した。その特徴は以下のとおりである。

・プライマーの3'末端配列とターゲット配列の相同性からアニーリングの成否を予測

・ターゲットグループから一本の相同配列を作成し、非ターゲットグループとマルチアライメントを行う

・ターゲットグループと非ターゲットグループを比較し、ターゲットグループのみにアニーリングすると予測されたプライマーを抽出

この章では、in silico、in vitroを組み合わせたフローチャートを作成し、効率的なプライマー開発法を作成した。作成されたプライマーの内、反すう動物特異的プライマーは特異性、検出感度、判別性において良好な結果を示したため、平成20年度から農林水産省の行う飼料検査において使用されている。

第二章 プライマーの5'末端におけるGC含有率の高さはPCRの反応効率を上昇させる

PCRの反応効率の高さは、電気泳動像の判別性の高さに直結する。筆者はその因子を調べるために、71個45対のプライマーについて、電気泳動像の光度を3段階に振り分け、各光度とプライマー配列の関係を解析した。その結果、電気泳動像の光度が高いプライマーは、その配列の5'末端におけるGC含有率が高い事が示された。これは、プライマーの5'末端のGC含有率を上げた場合、PCRの反応効率が上昇する可能性を示唆している。

第三章 豚肉骨粉中の熱処理されたクジラ類を検出するプライマーの開発

近年、飼料規制は新たな段階を迎えており、個々の動物種についてBSEのリスクを評価し、その評価によっては規制対象から外す施策が取られている。2005年には豚由来の飼料原料の使用が認められたが、その他の動物種の規制は変更されなかった。クジラ類は飼料については規制対象種であるが、肥料用には認められている。このような状況下で、現在検出法が存在しない豚由来原料中のクジラ類の検出法について、第一章、第二章の結果を利用してそのプライマーを開発した。

第四章飼料中の鹿類を検出するプライマーの開発

種特異的プライマーにおいて、現在までに牛、羊、山羊が開発されている。しかし、鹿については、その亜種が多いために、鹿類を検出するプライマーは報告されていない。日本では反すう動物・ほ乳動物プライマーによる飼料のスクリーニング検査が実施されているが、もしその検査において検出された場合、原因究明のためには個々の種特異PCRを行う必要がある。このような需要に対応するため、筆者は第一章の方法を用いて鹿類由来DNAを特異的に検出するプライマーを開発した。

第五章PCR-RFLP法による飼料中の動物由来DNAの同定確認

これまで飼料分析基準となっているPCR法においては、検出の有無を増幅断片の長さのみから判断するため、陽性となった場合は配列確認等により非特異反応でない事の確認が必要となる。配列確認にはシークエンシングが最も確実な方法であるが、多大な時間やコストがかかるために、ルーチン検査においては実用的ではない。本章では、短時間で簡便に陽性サンプルの同定確認を行うために、PCR-RFLPによる確認法を開発した。この方法は2010年4月に実施した飼料検査において参考として利用されており、行政指導の根拠となる分析データの信頼性を向上させている。

以上の結果から、本研究は様々な組み合わせの種を特異的かつ鮮明に検出するPCR法の開発に有効である事が示された。

国際獣疫事務局(OIE)のBSEステータス評価のカテゴリによれば、各国は「無視できるリスク国」、「管理されたリスク国」、「不明なリスクの国」に分けられる。2009年5月、日本はOIEより「管理されたリスク国」という評価を受けたところである。この評価においては、FAMICが実施している飼料検査も評価の対象となった。この評価結果を受けて、またさらに将来の再評価の結果によって、今後の飼料規制も変化する可能性がある。BSEのリスクが減少するにつれて世界の飼料規制は新たな段階に入っており、今後は種ごとに規制が緩和される可能性がある。本研究の結果は、飼料規制の変化に対応した動物種のみをスクリーニングする分析法の開発に寄与し、飼料検査の信頼性と効率性を向上させるための有用な手段と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

牛海綿状脳症(BSE)は、本病に感染した牛を原料とする飼料(肉骨粉や油脂等)を牛が摂取することにより感染が拡大したとされている。飼料中の規制原料を検出するための分析法には、顕微鏡鑑定法、酵素免疫測定法(ELISA)、遺伝子鑑定法(PCR)等があり、それぞれ原料の形、タンパク質、遺伝子から特定の原料を検出する方法である。そのうち、PCR法は、検出感度、種特異性、規制動物種のスクリーニング検査の利便性に優れている。家畜飼料検査で使用するPCRプライマーとしては、検出感度、特異性、結果の判別性に優れているものを独自に設計する必要があり、また結果の判別性を向上させるための因子についての知見は十分ではない。

そこで、本研究では、飼料のスクリーニング検査用プライマーを効率的に作成する方法を開発することを目的として、飼料への混入が生じうる代表的な数種類の動物種(豚、鹿、鯨)を選んでそれらの特異的なプライマーを作成すると共に、牛、羊・山羊、鶏、げっ歯類の基礎データを参照しつつ、判別性に優れたプライマーを得るための因子を調べたものである。また、PCR検査により陽性となった場合の確認法を開発した。

1.新たなコンピュータープログラムを用いた、飼料中の複数の動物由来原料を検出するためのPCRプライマーの開発

種グループ特異的プライマーを容易に設計するために、既存の知見及び経験則をベースとしてコンピュータープログラムを作成した。その特徴は以下のとおりである。

1)プライマーの3'末端配列とターゲット配列の相同性からアニーリングの成否を予測する。

2)ターゲットグループから一本の相同配列を作成し、非ターゲットグループとマルチアライメントを行う。

3)ターゲットグループと非ターゲットグループを比較し、ターゲットグループのみにアニーリングすると予測されたプライマーを抽出する。

この研究では、in silico、in vitroを組み合わせたフローチャートを作成し、効率的なプライマー開発法を作成した。作成されたプライマーの内、反すう動物特異的プライマーは特異性、検出感度、判別性において良好な結果を示した。

2.プライマーの5'末端におけるGC含有率とPCR反応効率との関連性

PCRの反応効率の高さは、電気泳動像の判別性の高さに反映される。71個45対のプライマーについて、電気泳動像の光度を3段階に振り分け、各光度とプライマー配列の関係を解析した。その結果、電気泳動像の光度が高いプライマーは、その配列の5'末端におけるグアニンシトシン(GC)含有率が高いことが示された。これは、プライマーの5'末端のGC含有率を上げた場合、PCRの反応効率が上昇する可能性を示唆している。

3.豚肉骨粉中の熱処理されたクジラ類を検出するプライマーの開発

近年、飼料規制は新たな段階を迎えており、個々の動物種についてBSEのリスクを評価し、その評価によっては規制対象から外す施策が取られている。鯨類は飼料については規制対象種であるが、肥料用には認められている。このような状況下で、現在検出法が存在しない豚由来原料中のクジラ類の検出法について、上述の1および2の結果を利用してそのプライマーを開発した。

4.飼料中の鹿類を検出するプライマーの開発

種特異的プライマーにおいて、現在までに牛、羊、山羊が開発されている。しかし、鹿については、その亜種が多いために、鹿類を検出するプライマーは報告されていない。飼料のスクリーニング検査における鹿類の検出需要に対応するため、1の方法を用いて鹿類由来DNAを特異的に検出するプライマーを開発した。

5.PCR-RFLP法による飼料中の動物由来DNAの同定確認

これまで飼料分析基準となっているPCR法においては、検出の有無を増幅断片の長さのみから判断するため、陽性となった場合は配列確認等により非特異反応でないことの確認が必要となる。配列確認にはシークエンシングが最も確実な方法であるが、多大な時間やコストがかかるために、ルーチン検査においては実用的ではない。本章では、短時間で簡便に陽性サンプルの同定確認を行うために、PCR-RFLP(PCR-Restriction Fragment Length Polymorphism)による同定法を開発した。

以上の結果から、本研究は飼料に含まれる様々な組み合わせの動物種を特異的かつ高感度に検出するPCR法の開発に有効な手法をもたらしているものであり、これらの検出方法は最近の飼料検査に実際的に採用されるようになった。

以上を要するに,本研究は家畜飼料中の動物由来原料を鑑別するための効率的で実用性の高い方法を開発、提供することに一定の成果を挙げたものであり、学術上、応用上寄与する面が少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位を授与するにふさわしいものと認めた。

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