学位論文要旨



No 217447
著者(漢字) 矢部,修平
著者(英字)
著者(カナ) ヤベ,シュウヘイ
標題(和) 新規好熱菌の分離と系統分類及びゲノム解析
標題(洋)
報告番号 217447
報告番号 乙17447
学位授与日 2011.02.04
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17447号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 横田,明
 東京大学 教授 若木,高善
 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 教授 小柳津,広志
内容要旨 要旨を表示する

本研究ではコンポスト及び地熱地帯から分離した新規好熱菌のうち、高度好熱菌Thermaerobacter属の新種、Nocardiodaceae科の新属・新種、Ktedonobacteria綱の新科・新属・新種、同じくKtedonobacteria綱の新目・新科・新属・2新種の計5株をそれぞれ提唱した。また珍しい系統であるKtedonobacteria綱(SK20-1T株)のライフサイクルを詳細に観察して、既報の原核生物では例の無い1つの細胞から複数の胞子を出芽によって形成する事を見出した。さらにそのゲノム解析を行い、特にセルラーゼ系遺伝子の特徴を明らかとした。以下にその要約を記述する。

コンポストから好熱菌を分離する際に、生育が早くプレート上を覆ってしまうBacillaceae科を避けて分離する事により、効率的に未知好熱菌を分離できるのではないかと考え、分離培地にカナマイシン、トリメトプリムとナリジクス酸を単独または併せて添加する事によってBacillaceae科の生育を抑えて未知好熱菌8株の取得に成功した。カナマイシン添加培地から単離した27株中、20株(7種)は既報の株との16S rRNA遺伝子の相同性が95%以下の高次レベルで新規好熱菌であった。これら7種の分子系統樹解析をした結果、Firmicutes、Actinobacteria、Proteobacteria、Bacteroidetes及びChloroflexiに属する株が存在し、カナマイシンを添加する事で幅広い系統から分離する事ができた。この8株の中でThermaerobacter属に属する高度好熱菌Ni80T株、既報の放線菌の中で最も生育限界温度が高い高温性放線菌I3T株、分類学的知見が少ないKtedonobacteria綱に属し、放線菌様の形態学的、生理学的特徴を示すSK20-1T株の3株については系統分類学的試験を行い、新種提案した。

新規高度好熱性Ni80T株はグラム陽性、胞子形成性、絶対好気性で、周毛を形成する桿菌であった。生育温度範囲は52-79℃で最適生育温度は70℃であった。GC含量は72mol%と放線菌並に高かった。分子系統解析の結果、Ni80T株はThermaerobacter属に属し、他のThermaerobacter属菌種の基準株とのDNA-DNAハイブリダイゼーションの結果、値はすべて10%以下であった。よってNi80T株をThermaerobacter属の新種Thermaerobacter composti sp. nov.として提案した。

高温性放線菌I3T株はグラム陽性、栄養菌糸を形成し、生育温度範囲は35-62℃で最適温度が50-55℃であり既報の放線菌の中で最も生育限界温度が高かった。GC含量は69-70.2mol%であった。主要脂肪酸はC15:0 iso (14.2%)、C15:0 anteiso (12.1%)、C17:0 iso (16.3%) 、C17:0 anteiso (21.7%)であり、主要メナキノンはMK-9 (H4)、MK-10 (H4)、MK-11 (H4)であった。細胞壁はglutamic acid、glycine、alanine 及びLL-diaminopimelic acidで構成されており、細胞壁糖はrhamnoseとarabinoseであった。分子系統解析の結果Nocardiodaceae科に属し、化学分類学的、培養生理学的特徴が近縁の属とは明らかに異なっていたため、Nocardiodaceae科の新属・新種Thermasporomyces composti gen. nov., sp. nov.として提案した。

SK20-1 T株は放線菌とは系統的に大きく離れているにも拘わらず分岐した気菌糸に胞子を着生する典型的な放線菌様の形態を示した。本株はグラム陽性、好気性であり、生育温度範囲は31-58℃で最適温度は50℃であった。GC含量は54.0 mol%であり、主要メナキノンはMK-9(H2)あった。細胞壁はglutamic acid、serine、alanine 及びornithineで構成されており、細胞壁の構成糖はrhamnoseとmannoseであった。分子系統解析の結果、Ktedonobacteria綱に属する新科である事が明らかとなり、新科Thermosporotrichaceae fam. nov.、新属・新種Thermosporothrix hazakensis gen. nov., sp. nov.として提案した。更に門の帰属が不明とであったKtedonobacteria綱をChloroflexi門に帰属させる事も提案した。このThermosporothrix hazakensisはKtedonobacteria綱で2種目の提唱株であり、本系統は分類学的知見が少ない。このためこの系統の分離株の提唱は分類学的に非常に重要である。Chloroflexi門に属するが形態が放線菌に類似しているなど、形態学、進化学的にも興味深い。さらに結晶性セルロースやキシラン、キチンなどに対して強い分解性を示し、グラム陽性菌に対して抗菌活性を示すなど生理学的性質も放線菌と類似しており応用面でも利用できる可能性ある。そこで、このKtedonobacteria綱に属する培養株を更に分離するために他の自然界からも分離を試みた。

宮城県鬼首温泉の地熱地帯から2種のKtedonobacteria綱に属する好熱菌の分離に成功した(ONI-1T株、ONI-5T株)。これらの株も分岐した気菌糸に胞子を着生するSK20-1 T株と同様の放線菌様の形態を示した。これらの株は74℃まで生育でき、最適温度は60-65℃であった。GC含量は、ONI-1T株は60.2 mol%、ONI-5T株は58.1 mol%であり、主要脂肪酸はC17:0 isoで主要メナキノンはMK-9 (H2)であった。細胞壁のglutamic acid、serine、glycine、histidine、alanine 及びornithineで構成されていた。分子系統解析及び化学分類、培養生理学的試験の結果、ONIT株はKtedonobacteria綱に属する新目であり、ONI-1T株とONI-5T株は同属で別種である事が明らかとなった。よってONI-1T株を新目Thermogemmatisporales ord. nov.、新科Thermogemmatisporaceae fam. nov.に属する新属・新種Thermogemmatispora onikobensis、及びONI-5T株を新種Thermogemmatispora foliorum sp. nov.として提案した。この2種の提案によりKtedonobacteria綱に属する種はSK20-1T株も含め2目、2科、3属、4種となった。これらの株は目レベルで異なるが、形態が分岐した気菌糸に胞子を着生する共通の特徴を有した。従ってこの系統は放線菌様の特徴を有している事が示唆された。

放線菌様細菌Ktedonobacteria綱のライフサイクルを解析するために、SK20-1T株をモデルとして電子顕微鏡を用いて経時観察した。その結果、胞子から栄養菌糸を伸長させ、その後、気菌糸を発展させ、胞子を着生させ、胞子が成熟し、遊離する事が示唆された。これらのサイクルは典型的な放線菌と同様であった。胞子の形成様式は気菌糸内の1つの隔壁で囲まれた母細胞から複数の胞子を出芽によって形成する事が明らかとなった。このような胞子形成様式は原核生物では初めての報告であり、真核生物である担子菌の胞子形成様式に類似している事からBlastosporeと名付けた。

Ktedonoabcteria綱のSK20-1T株とONI株は繊維質分解能に優れ、SK20-1T株はグラム陽性細菌に対して抗菌性を示すなど産業微生物である放線菌と同様、応用面で期待できる事が考えられた。そこで、応用の可能性を網羅的に把握するため、SK20-1T株のゲノムをドラフト解読した。その結果、ゲノムサイズは7.3 Mb、ORF数が6391個であった。またそのORFは未知機能遺伝子の割合が5割近くあり、2次代謝産物関連遺伝子の割合が4.75%と高く、Actinobacteriaの4.54%と同様であった。糖質加水分解酵素ファミリー(GHs)を検索した結果、SK20-1 T株のGHsは26種類、59個存在した。ゲノム中に多種、多数のGHsが検出された事は多様な高分子糖類を分解できる能力がある事を示唆している。その中でセルラーゼ系の糖質加水分解酵素ファミリーとしてGH5、6、9、12、48が検出された。GH6、9、48の共存はほぼ放線菌特有の組み合わせであり、放線菌のセルロース分解機構を特徴付けている重要な組み合わせであると考えられるが、SK20-1T株はGHsの種類パターンが放線菌と類似している事が明らかとなった。以上の事から、SK20-1 T株は分子系統分類学的に放線菌とは大きく離れているにも拘わらず形態、繊維質分解酵素生産、抗菌物質生産など生理学的に類似しているだけでなく、セルラーゼ系糖質分解酵素ファミリーの種類も類似している事が明らかとなった。Ktedonobacteira綱に属する細菌は工業微生物である放線菌に次ぐ抗生物質や繊維質分解酵素のスクリーニングソースとなる事が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

好熱菌は55℃以上で生育可能な細菌と定義付けられる。好熱菌は高温条件で生育することから保持する酵素は耐熱性であり、耐熱性酵素の開発をめざして新規好熱菌の分離が盛んに試みられている。本研究ではコンポスト及び地熱地帯から新規の好熱菌を分離し、系統分類学的解析を行ったものである。

研究の背景と意義について述べた緒論に続き、第1章ではコンポストからの新規好熱菌の分離について述べている。コンポストから好熱菌を分離する際に、生育が早くプレート上を覆ってしまうBacillaceae 科の細菌を避けて分離するために、分離培地にカナマイシン、トリメトプリム、ナリジクス酸を添加して分離を行った結果、好熱菌株27株を得た。このうち20株(7種)は既知種との16S rRNA 遺伝子の相同性が95%以下の新規な好熱菌であった。これら7種はそれぞれFirmicutes門, Actinobacteria門, Proteobacteria門, Bacteroidetes門及び Chloroflexi門に属する株であった。

第2章では、これらの分離株のうち、Thermaerobacter 属に属する高度好熱菌 Ni80T株について調べた結果を述べた。Ni80 T株はグラム陽性、胞子形成性、絶対好気性で、周毛を形成する桿菌であった。生育温度範囲は52-79℃で最適生育温度は70℃であった。G+C含量は72 mol%と高いものであった。分子系統解析の結果、Ni80 T株はThermaerobacter 属に属し、Thermaerobacter 属菌種の基準株とのDNA-DNA 相同性試験の結果から、本属の新種Thermaerobacter composti sp. nov.とすることを提案した。

第3章では分離株のうち、高温性放線菌I3T株について述べた。I3T株はグラム陽性で栄養菌糸を形成し、生育温度範囲は35-62℃で最適温度が50-55℃であり、既報の放線菌の中では最も生育限界温度が高かった。DNAのG+C 含量は70.2 mol%であり、主要菌体脂肪酸はiso-C17:0, anteiso-C17:0,であり、主要メナキノンはMK-9(H4)であった。細胞壁ジアミノ酸はLL-Diaminopimelic acidであった。分子系統解析の結果、本菌株はNocardioidaceae 科に属し、化学分類学的、培養生理学的特徴が近縁の属とは異なることより、Thermasporomyces composti gen. nov., sp. nov.とすることを提案した。

第4章ではKtedonobacteria 綱に属するSK20-1T株について調べた結果を述べた。本菌株は放線菌とは系統的に大きく離れているにも拘わらず分岐した気菌糸に胞子を着生する典型的な放線菌様の形態を示した。グラム陽性、好気性であり、生育温度範囲は31-58℃で最適温度は50℃であった。DNAのG+C含量は54.0 mol%であり、主要メナキノンはMK-9(H2) 、細胞壁ジアミノ酸はOrnithineであった。分子系統解析の結果、Ktedonobacteria 綱の中のThermosporotrichaceae fam. nov.,に属する Thermosporothrix hazakensis gen. nov., sp. nov.とすることを提案した。さらに、これまで門のレベルの帰属が不明であったKtedonobacteria 綱をChloroflexi 門に帰属させる事も提案した。

第5章では宮城県鬼首温泉の地熱地帯から分離したKtedonobacteria 綱に属する好熱菌 ONI-1T 株、ONI-5T 株について述べた。分離された株は分岐した気菌糸に胞子を着生するSK20-1T株と同様に放線菌様の形態を示した。これらの株は74℃まで生育でき、最適温度は60-65℃であった。DNAのG+C含量は、ONI-1T株は60.2 mol%, ONI-5T株は58.1 mol%であり、主要脂肪酸はiso-C17:0で主要メナキノンはMK-9(H2)であり、細胞壁ジアミノ酸はOrnithineであった。分子系統解析及び化学分類、培養生理学的試験の結果、ONI-1T株とONI-5T株はKtedonobacteria 綱に属する新目、新科、新属、新種であり、ONI-1T株とONI-5T株は別種である事が明らかとなったのでONI-1T株をThermogemmatisporales ord. nov., Thermogemmatisporaceae fam. nov.に属する Thermogemmatispora onikobensis gen. nov., sp. nov., ONI-5T株はThermogemmatispora foliorum sp. nov.とすることを提案した。

第6章では放線菌様細菌Ktedonobacteria 綱のライフサイクルを解析するために、SK20-1T株をモデルとして電子顕微鏡を用いて経時観察をした。その結果、胞子から栄養菌糸を伸長させ、その後、気菌糸を発展させ、胞子を着生させ、胞子が熟成し、遊離する事が示唆された。これらのサイクルは典型的な放線菌と同様であった。胞子の形成様式は気菌糸内の1細胞から複数の胞子を出芽によって形成するBlastosporeである事が明らかとなった。このような胞子形成様式は原核生物では初めての報告である。

第7章では、Ktedonobacteria 綱のThermosporothrix hazakensis SK20-1T株のドラフトゲノムを解読した結果について述べた。本菌株のゲノムサイズは7.3 Mb, ORF数は6391個であった。またそのORFは未知機能遺伝子の割合が5割近くあり、2次代謝産物関連遺伝子の割合が 4.74%と高かった。糖質加水分解酵素ファミリー (GHs)を検索した結果、SK20-1T株のGHsは26種類、59個存在した。ゲノム中に多種、多数のGHs が検出された事は多様な高分子糖類を分解できる能力がある事を示唆している。

以上、本研究は新規の好熱菌について系統分類学的解析とゲノム解析を行ったもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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