学位論文要旨



No 217449
著者(漢字) 大野木,和敏
著者(英字)
著者(カナ) オオノギ,カズトシ
標題(和) 観測データの品質管理と長期再解析JRA-25
標題(洋) Quality Control of Observational Data and the JRA-25 Reanalysis
報告番号 217449
報告番号 乙17449
学位授与日 2011.02.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第17449号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木本,昌秀
 東京大学 教授 小池,俊雄
 東京大学 教授 新野,宏
 東京大学 准教授 羽角,博康
 東京大学 教授 佐藤,薫
 東京大学 准教授 中村,尚
内容要旨 要旨を表示する

長期再解析は、気候解析にとって新たに登場した強力なデータである。過去数十年の気候変化を調べるには、高精度で均質な気候データが必要である。長期にわたる地球大気および表層の気候状態を定量的に正確に把握することは、自然変動に起因する異常気象や地球環境問題、特にここ数十年において顕在化している地球温暖化に正しく対処するための課題である。それには、過去の観測データを調査する方法があるが、観測データは地域的に偏在しており、精度のよい気候データが作成できる領域は限られる。そこで、数値解析予報技術を利用して、過去数十年間の地球全体の大気の状態を均質・高精度に再現した全球の長期再解析データを作成した。長期再解析データは、現業数値解析予報システムで培われた技術を基盤として作成される。現業数値解析予報システムの根幹を形成しているのは、データ同化サイクルである。これは、観測データの同化と予報を相互に依存させながらサイクル的に連続して行うもので、全球の大気の状態を高精度で再現することができる。長期再解析では、できるだけ多くの過去の観測データを収集して精密な品質管理を行い、最新の数値解析予報モデルを使用してデータ同化サイクルを数十年分行う。長期再解析は、過去の大気の状態を均質で高精度に再現し、気候研究をはじめとする様々な業務・研究に活用することを目的とする。

気象庁と(財)電力中央研究所は、1979年から2004年の26年間を対象とする長期再解析JRA-25を実施した。JRA-25は、2004年当時の気象庁現業数値解析予報モデルをベースに、3次元変分法による6時間間隔のデータ同化サイクルを行い、過去データに対応するために必要な様々な修正を加えたモデルを使用した。

本論文では、最初にJRA-25でもそのほとんどの技術が使われている気象庁の観測データの品質管理手法の新規開発と改良について述べる。低品質の観測データを同化すると解析値および予報値の精度を著しく低下させることから、観測データの品質管理は、データ同化にとってきわめて重要である。特にOnogi (1998)が新規開発した動的品質管理は、第一推定値に表現された局所的な大気の状態により、品質管理の閾値を適切に変動させる手法である。これは、激しい気象状態の下では、モデルの予報誤差も大きくなるという推定に基づき、それを統計的に確認して利用した手法である。動的品質管理により局所的な予報精度の相違を的確に品質管理に反映することが可能となり、現業数値解析予報の精度改善に大きく貢献した。

再解析に的を絞ったもうひとつの重要な観測データの品質管理として、Onogi (2000)による過去50年間のラジオゾンデ観測値の品質調査がある。過去の観測データには、データの欠落、観測の中断、地点の移動、地点番号の不整合、異なるデータソースによる情報の齟齬など、困難な問題が多い。そこで、「地点グループ」という考え方を導入し、国または旧植民地の盟主国別にまとめて品質を調査するなどの工夫をして、これらの問題を克服し、長期間の特性の推移を追跡することに成功した。また、観測データに含まれる振幅の大きな季節変化や日変化を除き、観測時刻の太陽高度を基準に昼夜別に統計調査を行ったところ、ゾンデ測器に対する日射や放射冷却の影響により、昼夜の観測値に明瞭な差がある場合があることが判明した。最近のゾンデ観測では、放射の影響を補正してから観測値が通報されるが、過去においてはそれが十分ではなく、放射の補正の経年変化を精査することによって、それと連動した過去の測器の変更や系統誤差の特性を把握することができる。この研究結果に基づいたラジオゾンデのバイアス補正方法(Onogi et al. 2001; Andrae et al. 2004)は、欧州中期予報センターが実施したERA-40(Uppala et al. 2005)とJRA-25の両再解析で利用されている。また、この調査により、高緯度地方の対流圏上層付近で、1990年代以降に気温の低下傾向が確認されるなど、いくつかの長期変化の特徴が明らかになった。

次に、JRA-25長期再解析の作成とその特性(Onogi et al. 2005; Onogi et al. 2007)について述べる。上述の2件の観測データ品質管理の成果は、JRA-25再解析で全面的に利用されている。再解析で特に重要なのは、過去の観測データの品質管理である。最新の観測データでは、観測値に含まれるエラーは少なくなっているが、過去のデータは、人為的ミスや通報高度・通報位置の誤りが多く含まれる。また、衛星データは、衛星ごとに観測値のバイアス特性が異なる場合があり、それらの衛星間バイアスを補正する必要がある。また、JRA-25で使用した予報モデルではモデルの第一推定値と衛星による観測値に顕著な差がある場合があり、その影響を軽減するための調整をおこなう必要があった。

JRA-25の特性として、熱帯低気圧の再現性が優れている点、全球平均降水量の不自然な変動が少なく安定している点などが長所としてあげられる。このうち、JRA-25の特性のなかでも大きな長所である熱帯低気圧の再現性についての調査結果について詳しく述べる。JRA-25では、再解析として初めて熱帯低気圧周辺風(TCRデータ)を使用した。それにより、熱帯低気圧を解析場に適切に再現することができ、その周囲の降水表現も改善されている。JRA-25の低緯度地域の降水量のうち、熱帯低気圧によるものを抽出してコンポジット解析を行った結果、熱帯低気圧の活動が活発な地域では熱帯低気圧に依存する降水量の割合が大きいことが確認された。

領域に依存して、熱帯低気圧の解析結果に大きな差があるのは、気候データとして好ましくない。熱帯低気圧を適切に解析するための最小限の「種」となるTCRデータを配置することにより、解析場に熱帯低気圧の循環が形成される。これによりモデルが下層の収束と中心付近の上昇流を励起して、熱帯低気圧の鉛直構造を再現できる。JRA-25では、過去の熱帯低気圧を領域・年代によらず均質に表現できており、熱帯低気圧とそれによる物理要素の経年変化の詳細な調査にきわめて有効な気候データであることが確認された。

JRA-25のデータ同化サイクルはそのまま準リアルタイムに気象庁気候データ同化システム(JCDAS)として継続している。これらを合わせて過去から現在まで一貫した気候データが得られ、気候系監視、季節予報などの気候業務改善に貢献しているほか、様々な気候研究の基礎データとして広く利用されている。また、メソモデルによる過去の顕著現象の再現実験のための境界値・初期値としての利用も進んでいる。最後に、現在の再解析の課題と将来展望について議論する。

付録としてJRA-25を利用した気候図(JRA-25 Atlas)などの多くのアプリケーション例と研究での利用例を紹介し、気象学・気候学の発展に再解析がいかに大きな貢献をしているかについて述べる。

審査要旨 要旨を表示する

大気の長期再解析は、最新の大気数値予報モデルと観測データの同化手法からなる数値解析予報システムを用いて、過去数十年に遡ってあらゆる観測データを処理し、システムの歴年改良に依存しない均質で高精度な全球大気解析値を提供する新しい研究手法である。本論文は、著者の考案による観測データの動的品質管理、歴史的ラジオゾンデデータの品質調査等の研究結果に基づき、著者が指導的役割を果たして実現した日本初の全球大気の長期再解析データセット(JRA-25)の作成方法とその特性について論じたものである。

大気長期再解析は、1990年代後半に米国気象局が初めて実施して以来、幅広い研究分野でその有用性が認められ、米国航空宇宙局、欧州中期予報センターに続いて日本の気象庁と電力中央研究所がその作成に着手した。再解析データの作成には、衛星によるリモートセンシングデータや現場観測データ等多種多様な観測データの品質管理を含め、高度で緻密な技術が必要で、世界でもその作成を試みている気象機関は多くない。さらに、水循環など観測の困難な変量については、複数の再解析データセット間で特性の相違が報告されており、実際に再解析を実行してその作成技術を向上させることは、気象、気候研究の発展にきわめて重要な課題である。

本論文第1章において、長期再解析の意義と歴史、実施にあたっての留意点について論じた後、第2章において、長期再解析にとって重要な観測データの品質管理手法が論じられる。とくに、著者により初めて動的品質管理手法が考案された。この手法は、観測データの情報を入れて格子点解析値を求める際に、数値予報モデルによる推定値が表現した局所的な大気の時空間変動度に応じて、観測データの取捨を行う品質管理の閾値を適切に変化させる手法である。変動の激しい気象状態の下では、モデルの予報誤差も大きくなるという事実を統計的に確認した上で提案され、この手法の導入の結果、気象庁が現業的に行なう数値天気予報の精度改善に大きく貢献した。

第3章では、長期再解析にとって重要な作業である過去50年間のラジオゾンデ観測値の品質調査の方法と結果が記述される。過去の観測データには、データの欠落、観測の中断、地点の移動、地点番号の不整合、異なるデータソースによる情報の齟齬など、困難な問題が多い。著者は、「地点グループ」という考え方を導入し、国または旧植民地の盟主国別にまとめて品質を調査するなどの工夫をしてこれらの問題を克服し、長期間の特性の推移を追跡することに成功した。また、ラジオゾンデ観測データに含まれる日射や放射冷却の影響による昼夜の観測値間の差を精査し、補正法を提案した。この研究結果に基づいた補正法は、JRA-25のみならず欧州中期予報センターの再解析でも利用されている。また、この調査により、気候学的長期変化の特徴も明らかとなった。

第5章では、JRA-25 長期再解析データセットの作成法の詳細が記述され、他の再解析データとも比較しながらその特性が論じられる。過去の観測データの品質管理の重要性が再度強調され、第3、4章で提案された手法の採用の他、系統的な過去データの管理、異なる衛星毎のバイアス補正法等についても詳述される。

JRA-25は、再解析として初めて熱帯低気圧周辺風の擬似データを使用した。これは、台風の位置、中心示度、最大風速等について、最適に決定されたベストトラックデータにもとづき、台風周辺の気圧分布等に仮定をおいて、観測データを補う手法である。この方法の導入により、熱帯低気圧を解析場に適切に再現することができ、周囲の降水表現も改善された。その結果、全球再解析として重要な性質である領域毎、年代毎の統計特性の偏りを排することができ、熱帯低気圧とそれによる物理要素の経年変化の詳細な調査にきわめて有効な気候データであることが確認された。また、天気予報の現業では使用されていない衛星の可降水量データの採用等により、熱帯の降水の経年特性が非常に安定していることもJRA-25の長所としてあげられる。

本研究によって、観測データの品質管理の新しい手法が提案され、台風や熱帯降水の再現精度にすぐれた長期再解析データセットが生み出された意義は大きく、すでに気象、気候研究のみならず、気候変動監視や長期予報の現場で同データセットはきわめて貴重な貢献を為しつつある。今後の長期再解析の発展にとっても本研究の業績の意義は大きい。

なお、本論文第3、4章は、研究プロジェクトメンバーとの共著論文の結果を一部含んでいるが、論文提出者が指導的役割を果たして計算及び解析を実施したものであり、かつ、本論文自体も既存論文を踏まえて新たに書き下ろしたもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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