No | 217450 | |||
著者(漢字) | 益子,渉 | |||
著者(英字) | ||||
著者(カナ) | マシコ,ワタル | |||
標題(和) | 台風に伴う竜巻等突風の発生機構に関する研究 | |||
標題(洋) | Generation Mechanisms of Severe Winds and Tornadoes Associated with Typhoons | |||
報告番号 | 217450 | |||
報告番号 | 乙17450 | |||
学位授与日 | 2011.02.07 | |||
学位種別 | 論文博士 | |||
学位種類 | 博士(理学) | |||
学位記番号 | 第17450号 | |||
研究科 | ||||
専攻 | ||||
論文審査委員 | ||||
内容要旨 | 台風は、夏から秋にかけて日本列島にしばしば襲来し、強風・大雨・高潮等によって甚大な被害をもたらす。台風による風災害は、発達した台風のメソαスケールに対応したインナーコアによる強風だけに限らず、メソβからマイクロスケールのさまざまな現象に起因する。しかしながら、それらの現象は詳細な観測データが得られないことや、数値シミュレーションによる再現が困難なため、未だ十分に理解されていない。本研究では、甚大な被害をもたらした2006年台風第13 号に伴うスーパーセル竜巻と2004年台風第22 号に伴う地形性強風の発生機構について、非静力学モデルを用いて調べた。 第2章では、2006年台風第13 号の接近に伴い、アウターレインバンド上で発生したミニスーパーセルに伴う竜巻について調べた。2006年9月17 日、台風第13 号の進行方向右前方において、アウターレインバンドの通過の際、九州の東海岸上で少なくとも3つの竜巻が発生した。竜巻をもたらした積乱雲の構造と竜巻の発生機構の解明を目的として、非静力学モデルを用いて、4 重ネストした数値シミュレーションを行った。最内側の水平格子間隔を50 mにして実験を行った。本実験では、地表摩擦を含むすべての物理過程を取り入れ、また、気象庁領域客観解析を初期値・境界値に用いて実験を行っており、世界で初めて現実場においてスーパーセル竜巻の再現に成功した。 モデルは台風の進行方向右側におけるアウターレインバンドをよく再現していた。そのレインバンド周辺の環境場の特徴は、下層で高度が高くなるにつれて時計回りに変化する大きな鉛直シアが存在することと、CAPE(対流有効位置エネルギー)が約1200 J kg-1と中程度であることであった。レインバンドは、水平スケールが20~40kmの複数の降水セルによって構成されていた。いくつかの降水セルについては、その南端において、フック状の降水物質の分布やヴォールト構造が見られた。そのうちの一つは、30 m s-1 以上の強い上昇流と0.06 s-1 以上の大きな鉛直渦度の領域を伴っていた。しかし、ヴォールトを覆う降水物質の上端は約5kmと低く、また、地表付近のガストフロント後面の温度低下は約1 Kと非常に小さいことが分かった。これらの特徴は、先行研究で指摘されている熱帯低気圧に伴うミニスーパーセルのものと一致する。 水平解像度を50 mにしたシミュレーションにより、ミニスーパーセルに伴う竜巻の再現に成功した。竜巻は下層のメソサイクロンが強化した時に発生していた。気圧場でみた竜巻渦の直径は地表付近で約500 mであり、鉛直渦度は1.0 s-1を超えていた。竜巻はメソサイクロン近傍の後方ガストフロント上において、2 次的なRear-flank Downdraft(RFD)からの外出流のサージが下層のメソサイクロンを取り巻くように進行し、その左先端が後方ガストフロントに到達した時に発生していた。 竜巻発生直後の竜巻渦を起点として後方トラジェクトリ解析を行うと、パーセルの約半数がRFD 起源のものであることが分かった。そのRFD 起源の代表的なパーセルに対して渦度収支解析を行った結果、パーセルがメソサイクロンの周りを下降している時、下層の環境場の鉛直シアに起因するパーセルの移動方向を向いた大きな水平渦度は、主に収束によって増大していることが分かった。傾圧性や摩擦の寄与は相対的に小さかった。パーセルが最下点に到達する直前になると、パーセルの移動方向を向いた大きな水平渦度の立ち上がりが起こり、パーセルは正の鉛直渦度をもつようになった。その後、パーセルが上昇に転じると、鉛直渦度方程式の収束項が顕著に大きくなり、急激に鉛直渦度が増大して竜巻渦となっていた。 これらの結果から、2 次的なRFDのサージが竜巻発生の重要な要因であったと言える。それは、環境場の時計回りに変化する下層の鉛直シアに起因した大きな水平渦度を地表へ輸送し、竜巻発生に必要な渦度を供給する。さらに、2 次的なRFD からの外出流のサージがガストフロントに到達した時、水平収束を強化し、鉛直方向に立ち上げられた水平風ベクトルに沿った水平渦度を急激に増大させる役目をもつ。鉛直方向の運動方程式の各項の診断と感度実験から、竜巻の発生及びこれに大きな影響を与えるRFDの振る舞いには、降水物質の荷重の効果が本質的な役割を果たすことが明らかになった。 第3章では、2004年台風第22 号に伴う下層ジェットの形成機構について調べた。2004年10月9 日、台風第22 号が関東地方の南部を通過し、強風によって甚大な被害がもたらされた。一般的な台風は進行方向右側、あるいは右前方において風速の極大域が出現するのに対し、台風第22 号は時速70kmという速い速度で移動していたにもかかわらず、関東南部において進行方向後面左側の中心近傍で強風が観測された。その強風は、台風中心が相模湾から東京湾を移動している時に観測され、相模湾沖にある平塚観測所では、1 分平均で38.4 m s-1の北寄りの強風が観測された。 台風が関東平野に接近した時、東日本の南には停滞前線があり、関東平野の下層では北東風となって寒気に覆われていた。関東平野の西に位置する関東山地の東側では、風向は山岳に沿って平行な北風になっていた。北または北東風を伴った下層の寒気は、台風が関東地方を通過する際もほぼ維持されており、台風付近の風や温度場は一般的な熱帯低気圧のものと大きく異なっていたと言える。 台風の上陸後の構造と進行方向後面左側における強風の発生機構の解明を目的として、水平解像度2kmの非静力学モデルを用いて再現実験を行った。その結果、台風後面左側の強風は台風上陸後に生じたごく下層の現象であり、台風中心が相模湾を通過した直後に、観測された強風域に対応して下層ジェットを相模湾上に形成していたことが明らかになった。高相当温位を伴った台風は、関東地方において下層に存在していた冷気の上を移動していた。台風中心が相模湾に達した時、下層の北からの冷気流は、関東平野西部において、台風中心と関東山地との間で流路幅が狭まる構造を形成した。下層ジェットはその狭まった流路から相模湾上へ冷気が流出する際に生じ、風速の極大は高度約250 mに位置していた。その狭まった流路の出口において、冷気の流れは下流へ向けて広がり、その厚みは薄くなっていた。 下層ジェット域を起点としたトラジェクトリ解析を行うと、パーセルは関東山地に沿って南下しながら加速し、関東山地の南端にあたる丹沢山地付近においては、相模湾へ向けて水平に広がりながら下降し、顕著に加速していることが示された。水平方向の運動方程式の収支解析と気圧傾度力の診断的な評価を行った結果、下層ジェットは台風による大規模場の南向きの気圧傾度力によって主に形成されていたが、狭まった冷気の流路の出口においては、冷気の厚みが減少することに伴うメソスケールの気圧傾度力も局所的に寄与していたことが明らかになった。これらのことにより、下層ジェットの力学や構造は"gapwind"に近いものであったと結論づけられる。このような台風の構造と山岳性の地形が作り出す"gap wind"による強風の発生機構を示したのは本研究が初めてである。地形や地表の温度分布を変えた感度実験から、台風と山脈の位置関係と下層の冷気の存在が下層ジェットの形成に極めて重要であることが示された。 | |||
審査要旨 | 台風は、夏から秋にかけて日本列島にしばしば襲来し、強風・大雨・高潮等によって甚大な被害をもたらす。台風による風災害は、発達した台風のメソαスケール(約数百km)に対応したインナーコアによる強風だけに限らず、メソβスケール(約数十km)からマイクロスケールのさまざまな現象に起因する。それらの現象は詳細な観測データが得られないことや、数値シミュレーションによる再現が困難なため、未だ十分に理解されていない。論文提出者は、2006年台風第13 号に伴うスーパーセル竜巻と2004年台風第22 号に伴う地形性強風の発生機構について、非静力学モデルを用いて研究している。 論文は、5つの章からなっている。第1章は序で、これまでの研究と問題の背景が述べられている。第2章では、2006年台風第13 号の接近に伴う、アウターレインバンド上で発生したミニスーパーセルに伴う竜巻について研究している。竜巻をもたらした積乱雲の構造と竜巻の発生機構の解明を目的として、最内側の水平格子間隔が50 mという超高解像度のモデルを用いて数値シミュレーションを行った。レインバンド周辺の環境場の特徴は、高度が高くなるにつれて時計回りに変化する大きな鉛直シアが下層に存在したことである。レインバンドは、水平スケールが20~40kmの複数の降水セルによって構成されていた。そのうちの一つは、30 m s-1 以上の強い上昇流と大きな鉛直渦度の領域を伴っていた。下層のメソサイクロンの強化と共に、近傍の後方ガストフロント上において、2 次的なRear-flank Downdraft(RFD)からの外出流のサージがメソサイクロンを取り巻くように進行して、その左先端が後方ガストフロントに到達した時、渦の直径約500 mで鉛直渦度1.0 s-1を超えた竜巻が発生した。 後方トラジェクトリ解析の結果、竜巻を構成する空気塊の約半数がRFD 起源のものであることが示された。RFD 起源の代表的な空気塊に対する渦度収支解析の結果、空気塊がメソサイクロンの周りを下降している時、下層の環境場の鉛直シアに伴う水平渦度は、主に収束によって増大していた。空気塊が最下点に到達する直前に、水平渦度の立ち上がりが起こり正の鉛直渦度が生成される。空気塊が上昇に転ずるにつれ鉛直渦度の収束が顕著に大きくなり、急激に鉛直渦度が増大して竜巻となっていた。2 次的なRFD からのサージが、環境場に伴う大きな水平渦度を地表へ輸送し、サージがガストフロントに到達した時に水平収束を強化し、鉛直渦度を急激に増大させる役目をしており、竜巻発生の重要な要因であることを示した。 第3章では、2004年台風第22 号に伴う下層ジェットの形成機構を研究している。台風中心が相模湾から東京湾を移動している時、平塚観測所で北寄りの強風が観測された。東日本の南には停滞前線があり、関東平野の下層は北東風の寒気層に覆われ、関東平野の西に位置する関東山地の東側では、山岳に沿う方向の北風になっていた。台風の上陸後の構造と進行方向後面左側における強風の発生機構の解明を目的として、水平解像度2kmのモデルによる再現実験を行った。台風後面左側の強風は台風上陸後に生じたごく下層の現象であり、観測された強風域に対応して下層ジェットを相模湾上に形成していた。台風中心が相模湾に達した時、下層の北からの冷気流は、関東平野西部において、台風中心と関東山地との間で流路幅が狭まる構造になっていた。下層ジェットはその狭まった流路から相模湾上へ冷気が流出する際に生じ、狭まった流路の出口において、冷気の流れは下流へ向けて広がり、その厚みは薄くなっていた。トラジェクトリ解析を行うと、空気塊は関東山地に沿って南下しながら加速し、関東山地の南端にあたる丹沢山地付近においては、相模湾へ向けて水平に広がりながら下降し、顕著に加速していた。下層ジェットは台風による大きな場の南向きの気圧傾度力によって主に形成されていたが、狭まった冷気の流路の出口において、冷気の厚みが減少することに伴うメソスケールの気圧傾度力も局所的に寄与しており、下層ジェットの力学や構造が"gap wind"に近いものであると結論づけている。第4章は結果に関する議論が行われ、第5章は全体のまとめとなっている。 論文提出者は、世界で初めて現実場においてスーパーセル竜巻の再現に成功し、詳細な解析をおこなうことで台風に伴う竜巻の生成メカニズムを明らかした。台風に伴う地形性強風に関して、台風の構造と山岳性の地形が作り出す"gap wind"による強風の発生機構を示したのは本研究が初めてである。これらは、独創性が高く優れた研究と評価できる。 なお、本論文第2章は新野宏・加藤輝之氏との共著論文として印刷済みであるが、論文提出者が主体となって問題の設定、数値実験、解析をおこなったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、論文提出者に博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |||
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