学位論文要旨



No 217456
著者(漢字) 北川,克一
著者(英字)
著者(カナ) キタガワ,カツイチ
標題(和) 光干渉に基づく産業用表面形状計測法に関する研究
標題(洋)
報告番号 217456
報告番号 乙17456
学位授与日 2011.02.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 第17456号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,繁
 東京大学 教授 石川,正俊
 東京大学 教授 高増,潔
 東京大学 准教授 篠田,裕之
 東京大学 講師 小野,順貴
内容要旨 要旨を表示する

ナノメートルからミクロンオーダの表面形状を精度良く測定することは,ナノテク時代を迎え,多くの産業分野において,ますますニーズが高まっている.産業用表面形状計測法としては多くの手法があるが,非接触,広視野,高精度で視野内一括測定が可能な光干渉法は,最も有力な計測手法である.特に,白色干渉法は,測定レンジに位相シフト法のような制限がなく,数百μmの測定レンジで,ナノメートル・オーダの分解能が得られるという優れた特徴を持つ.

しかし,原理的に優れている白色干渉法であるが,産業界,特にFA用途への適用を考えると,

(1)測定速度が遅く,位相シフト法に比べ精度が低い

(2)測定対象表面が透明膜に覆われていると,膜下面からの反射光が外乱になり,正しい表面形状が得られない

(3)振動などの外乱のある環境下では精度が大きく低下する

という問題がある.

特に,最後の耐振性の問題は,光干渉計測の適用分野を大きく制限していて,FA用途への応用が進まない最大の理由になっている.この問題の解決策として,キャリア縞を導入した一枚の画像から表面形状を求めるワンショット計測法が提案されている.しかし,従来の手法は,水平分解能が低く,測定レンジも狭いという問題があるため,産業界への応用は限定されている.

本論文は,干渉計測における上記の諸問題を解決し,産業界に新たな計測技術を提供することを目的としたもので,具体的には,(1) 白色干渉法の高度化,(2) 透明膜計測技術の開発,(3) ワンショット干渉計測技術,の3部から構成されている.特に,ワンショット干渉計測の研究は,産業界における干渉計測の適用分野を大きく拡げることに貢献するものであり,本論文の中心的な位置を占める.

第I部 白色干渉法の高度化

白色干渉法の高速化のために,SEST法と名付けた新しいピーク位置計算アルゴリズムを提案する.サブナイキスト間隔でサンプリングされた輝度標本点から,帯域通過型標本化定理を用いて,輝度波形の復元や包絡線関数の推定ができる.これを利用して従来比約10倍の高速化が可能となった.本研究により,世界最高速の表面形状測定装置を実用化した.

次に,白色干渉法の高精度化のために,WSI法と名付けた新しいピーク位置計算アルゴリズムを提案する.白色干渉の信号処理に位相情報を取り込むことにより,従来比約7倍の精度向上が実現できた.本研究により,市販表面形状測定装置として,世界最高レベルの精度を達成した.

第II部 透明膜計測技術の開発

透明膜に覆われた表面の形状測定を可能にするために,KF法と名付けた厚膜対応アルゴリズムを提案する.判別分析法を利用した"しきい値"決定法を用いて,2つのピークを分離することにより,表面形状,裏面形状,膜厚分布が同時に測定できる.また,膜の屈折率の推定法を提案する.本研究により,世界初の透明膜対応表面形状測定装置を実用化した.

また,プラスチック・フィルムのような独立透明膜の膜厚分布を測定するために,TF法と名付けた透過干渉法を提案する.試料の傾斜や振動に強く,膜厚分布を一括して測定できる.さらに,独立透明膜や透明板の膜厚と屈折率の分布を同時に測定する方法を提案する.

第III部 ワンショット干渉計測技術

キャリア縞導入方式のワンショット計測法において,従来の水平分解能の低下問題を解決するために,局所モデル適合法(LMF法)と名付けた縞画像解析アルゴリズムを提案し,その実装上の諸問題の解決法と,アルゴリズムの有用性を示す.

次に,測定レンジ問題を解決するために,2波長ワンショット法を提案する.このために,市販LED照明装置とカラーカメラを利用して2波長同時撮像系を実現する.本提案手法により,350nmの段差の測定が可能となった.

測定レンジをさらに拡大するために,3波長ワンショット法を提案する.この実現に必要なRGB信号間のクロストーク補正,周波数推定,3波長アンラッピングなどの課題を解決した.この結果,1μmの段差の測定が可能となった.

さらなるレンジ拡大のために,3波長の組み合わせの最適化手法を研究し,その結果得られた波長を用いて,4μmの段差の測定に成功した.また,多波長干渉法で用いられている等価波長法と合致法の特性を考察し,両者の関係を明確にした.

さらに,本研究で開発した3波長ワンショット法を利用して,インクジェット方式カラーフィルタの自動膜厚測定装置を開発した.多波長帯域フィルタや並列演算の採用などにより,測定速度は1視野(140万点)あたり,1.5sと高速であり,防振機構なしで,nmオーダの測定再現性が得られた.また,干渉縞の方向が測定結果にどのような影響を及ぼすかを考察し,最適な縞方向を定める指針を得た.

本研究の成果は,将来のオンマシン計測や,インライン計測への展望を開くもので,産業界における微細形状計測技術の発展に大きく貢献すると考えられる.

以上述べたI~III部の研究をまとめると,いずれの研究成果も、そのほとんどが干渉信号処理アルゴリズムの工夫によるものである.今後の計算機性能の向上を考慮すると,他の手法に比べて,数式モデル化が容易な光干渉法の将来性は極めて高く,今後の発展が期待される.

審査要旨 要旨を表示する

ナノートルからミクロンオーダの表面形状計測法として,白色干渉法は位相決定のあいまいさを回避でき,段差への対応や広い測定レンジが得られるという優れた特徴を持つ.しかし,従来開発されていた手法は,測定速度と精度,表面の透明薄膜などの影響,振動環境下での極端な性能低下など,産業用としての展開には多くの問題を抱えていた.本論文は「光干渉に基づく産業用表面形状計測法に関する研究」と題し,光干渉計測法における上記の諸問題を解決し,産業における適用範囲の拡大と,実用性の高い計測技術の提供を目的としたもので,(I)白色干渉法の高度化,(II)透明膜計測技術の開発,(III)ワンショット干渉計測技術,(IV)結論の4部12章から構成されている.

第1章の「序論」においては,産業計測において望まれる三次元計測の諸性能について,高精度で高速な面計測方式,段差や表面薄膜を含む面への適用能力,耐振動性の重要性を指摘し,基本的方法論としての白色干渉法の優位性,および産業用としての実用化の課題を整理している.さらに,信頼性と保守性,コスト,ニーズの変化への柔軟性,校正の容易さなどの観点から,産業用計測装置開発における信号処理アルゴリズムとソフトウエアの重要性を主張している.

第I部の「白色干渉法の高度化」は2章から構成される.第2章の「白色干渉法の高速化」においては,サブナイキスト間隔でサンプリングされた輝度標本点から,帯域通過型標本化定理を用いてインターフェログラムの包絡線関数を推定するSEST(Squared Envelope by Sampling Theory)法を提案し,これを利用し従来比約10倍の高速化を実現した表面形状測定装置について論じている.続く第3章の「白色干渉の高精度化」においては,インターフェログラムの位相を利用し,反射における位相変化が零または無害な対象に対して位相零交差からピーク位置検出を実現するアルゴリズムを提案し,これを導入することにより,約7倍の精度改善を実現している.

第II部の「透明膜計測技術の開発」は2章から構成される.第4章の「透明膜の形状計測」においては,表面に透明薄膜が形成された対象について,重なり合うインターフェログラムの複数のピークを自動的に分離し,それぞれに最適フィッティングを行うことで薄膜の表裏の高さを同時に計測する手法を提案し,その実装結果を報告している.第5章の「独立透明膜の計測」においては,高分子フィルムなどの安定保持が困難な対象に関して,表面の形状計測光学系の一部に透明膜を挿入した際に生じる段差から,その厚さを振動や傾斜によらず計測する手法を提案している.さらに,4章で導入した表裏の高さの分離計測手法と組み合わせて,屈折率が未知な対象に対して提案手法を拡張している.

第III部の「ワンショット干渉計測技術」は5章から構成され,1フレームの撮像のみで三次元形状を計測できる耐振動性の高い三次元形状計測手法について論じている.第6章の「局所モデル適合法」においては,従来手法のキャリア縞導入方式において,その水平分解能低下問題を解決するために,局所モデル適合法と名付けた縞画像解析アルゴリズムを提案し,その実装上の諸問題の解決法と,空間解像度の向上効果を実験により確かめている.第7章の「2波長ワンショット法」においては,市販LED照明装置とカラーカメラを利用した2波長同時撮像系型の白色干渉式三次元計測手法を提案し,その測定レンジの拡大効果を確認している.第7章の「3波長ワンショット法」においては,測定レンジのさらなる拡大のため,カラーカメラのRGB信号間のクロストーク補正,得られる干渉縞の周波数と位相の推定,3波長アンラッピング法などの新たな課題解決法を考案し,1mmの段差の測定が可能な3波長ワンショット法として実現した.第9章の「最適波長選択による測定レンジの拡大」においては,さらなるレンジ拡大のために,実用的な範囲内で最適な3波長の組み合わせを数値的に探索し,その結果を用いた設計により,4mmの段差の測定に成功した.第10章の「インクジェット方式カラーフィルタの自動膜厚測定装置」においては,開発された3波長ワンショット法を利用して,インクジェット方式カラーフィルタの自動膜厚測定装置を実用化した結果について報告している.

第IV部の「結論」では,第11章の「本研究の成果」においてこれまで述べてきた成果を箇条書き形式でまとめ,第12章の「今後の課題と将来展望」においては残された課題をまとめるとともに,将来のオンマシン計測やインライン計測に向けて,提案手法と数式モデル化が容易な光干渉計測法のさらなる発展の可能性と展望を論じている.

以上,要するに,本論文は,産業用精密三次元計測における白色干渉法の優位性に着眼し,この実用化のための課題克服を目指して各種の信号処理アルゴリズムやソフトウエア,多波長ワンショット法などの新たなシステム構成を考案し,それを理論的に定式化するとともに,実際に産業の現場に貢献する装置として完成させたもので,本研究で考案され実用性を付与された技術は,今後の計測技術や広く物理現象のイメージング技術の発展に大きな波及効果が期待でき,システム情報工学上の貢献が十分にあると判断される.よって,本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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