学位論文要旨



No 217462
著者(漢字) 宮本,麻子
著者(英字)
著者(カナ) ミヤモト,アサコ
標題(和) ランドスケープパターン解析を用いた森林ゾーニングの開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 217462
報告番号 乙17462
学位授与日 2011.03.01
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17462号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石橋,整司
 東京大学 教授 白石,則彦
 東京大学 教授 下村,彰男
 東京大学 准教授 龍原,哲
 東京大学 准教授 大黒,俊哉
内容要旨 要旨を表示する

本研究の目的は、これまで個別の林分を単位とした機能評価に基づき行われることが主流であった森林ゾーニングを、個々の林分の特性だけではなく、林分を超えたランドスケープの視点を取り込んだ森林管理の見地から検討することにある。

その際に、日本の森林利用の特性を考慮したゾーニングの枠組みを提示するとともに、解析手法として、近年、個々の生態系を超えて、より広い空間スケールを対象とする学際的な学問分野として急速に発展を遂げているランドスケープエコロジー(景観生態学)において開発されてきた解析手法、ランドスケープパターン解析を取り入れることで、従来の森林ゾーニングに欠けていたランドスケープの視点からの解析・評価という新たな知見を加えようとするものである。

論文の構成は、まず序章で、研究の背景と目的を示した後に、第1章において、森林ゾーニングと関係が深い森林計画制度と森林の機能評価・ゾーニングとの関係の歴史的展開について整理するとともに、森林ゾーニングに関する既往研究を概観し、今後のゾーニングの課題を抽出した。さらに、ランドスケープパターン解析の特徴と、この手法を森林ゾーニングに導入することにより期待される効果を明らかにした。

その結果、機能評価に着目した森林政策が計画制度に見られるのは1970年代からであり、当初は森林計画において各機能について林型や林齢で全体的な森林の整備水準を示すに留まっていたが、次第に機能の種類が増えるとともに場所づけがなされ、林地のポテンシャルを評価する方向へと進んでいったこと、および、初めは森林は総体として捉えられ、個々の森林において各機能は互いに重複するとされ、個々の森林を機能に応じて具体的にゾーニングするには至っていなかったこと、さらには、1990年代に入ると、個々の森林管理の目的を明確にした上で各機能類型に応じた整備や保護などを行うため、個々の森林について第1に発揮すべき機能によって、類型区分(ゾーニング)を行うようになったことが明らかになった。そして、これら森林計画における機能評価、ゾーニングの変遷と平行するように森林計画分野においても森林の機能評価と森林ゾーニング研究が進んだこと、さらに、ゾーニングに用いられる手法は基本的には森林が持つ潜在的ポテンシャルの機能評価を行い、総合的に優先すべき機能を判定あるいは森林区分を個々の森林に割り付ける方法であったことが明らかになった。

また、今後の森林ゾーニングの課題としては、成長に長期間を要する森林と比較して、人間が森林へ求める機能は社会経済情勢を反映して比較的短期間で変化するため、両者に時間のギャップが生じること、森林施業と機能の関係が不明であること等から、機能評価によらないゾーニングを検討する必要があること、およびに、近年は、森林管理において個々の林分に加え、より広域を対象としたランドスケープの視点が求められていることから、ランドスケープの視点を取り入れた森林管理の見地からのゾーニングが必要であること、が指摘された。

さらに、森林ゾーニングにランドスケープパターン解析を取り入れることにより、従来の森林ゾーニングに欠けていた生態的な知見や理論的背景に裏打ちされた空間配置技術をゾーニングに組み込むことが期待された。

第2章では、ランドスケープパターン解析の日本の森林管理への手法の適用可能性を検討した。そして、日本の森林管理の特徴を踏まえ、ランドスケープの視点を取り入れた森林管理のためのゾーニング手法を考案した。

その結果、日本の森林・森林利用の特徴の分析から、(1)短期的に移り変わる社会の要求に左右される機能の評価によらないゾーニングの必要性、(2)様々な要求が存在することから起こる森林利用の重複を解決する必要性、(3)林分に加えてランドスケープの視点をもつ森林管理を行う必要性、(4)地形が複雑、急峻であり、狭い範囲で大きく変化する特徴があるため地形を考慮する必要性が指摘された。これらの問題を解決する方法として、人間から森林へ与える人為撹乱の程度を基準として、森林利用を考えることで、利用の重複関係を解決するとともに、機能評価によるゾーニングから脱却し、ゾーンの判定基準にランドスケープ指数や地形要素を用いる森林ゾーニング(Forest zoning based on landscape pattern analysis、FOZLAP法)を考案した。

第3章では、第2章で考案したFOZLAP法を2対象地に適用し、既存の国のゾーニングとの比較から、FOZLAP法の特徴を明らかにした。

その結果、森林施業の観点から両ゾーニングを比較すると、国のゾーニングは、施業の規模や方法は異なるが、実質全ての区分で施業が可能であり、森林施業の実態、実際の管理や撹乱の規模が見えにくいゾーニングと考えられた。一方で、FOZLAP法は人為撹乱に対する耐性を基準としてゾーンを設定しているため、どの場所がどの程度人為撹乱に耐えられるかという森林利用(施業)の可能性をポテンシャルとして反映できる手法であった。また、個別の林分の樹種や面積といった林分特性のみでなく、地域全体における森林の空間的な位置関係を考慮できるゾーニングであった。さらに、ゾーン毎にランドスケープ構造に応じてゾーンの調整を行う仕組みになっているため、各ゾーンに対して計画立案者が求める空間的な条件を自由に取り入れることが可能という利点が考えられた。

第4章では、方向性の異なる2つの森林管理シナリオを想定し、それらのシナリオに応じてゾーニングがどのように変化するか明らかにし、手法の特徴を考察した。

その結果、FOZLAP法はパッチの組成と空間配置を基準としてゾーンの拡張を行う方法であるため、森林管理の方向性には直接影響されることはなく、ゾーンを拡張する際に用いる指数、解析対象となる森林パッチの組成や空間配置に大きく影響を受ける方法であることが明らかになった。そして、計画立案者がどのような空間構造の観点からゾーンの拡張を求めるかという条件を任意に選択可能であり、ゾーニングの結果を視覚的に空間的に確認できるため直感的に結果を理解しやすく、複数の拡張方法に応じたゾーニング結果を比較しやすいという利点が考えられた。一方で、用いる指数や各指数の閾値の決定には、対象地の特性やランドスケープ構造を考慮する必要性が示唆された。

第5章では、前章までの結果をふまえ、FOZLAP法の利点等について考察した。

FOZLAP法の特徴は、「人為撹乱に対する耐性」という1つの評価軸からゾーニングを行うことで、「機能」という名の下に様々なレベルの評価が混在した状態で行われていた機能評価によるゾーニングから脱却したこと、従来ひとくくりに捉えられていた森林利用を人為撹乱(施業)の視点から細分化して捉え直し、再整理することで森林利用の重複構造を解決したことにあった。また、ランドスケープ構造を評価基準として用いることで、個々の林分の特徴のみではなく、その林分周囲の環境も含めたより広域における森林の空間配置技術を用いていることにもあると考えられた。これにより、従来の林分単位の評価を超えて、より広域なランドスケープの視点を取り入れた森林管理へと貢献できたと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

森林を計画的に維持管理していくためには個々の林分が持つ地況や林況などの特性に合わせて取り扱っていくことが重要であるが、同時に地理的に隣接する森林をまとめて取り扱うことも効率的な森林管理にとって不可欠である。こうした目的のために同じ取り扱いをしていく森林をまとめて区分していく技術がゾーニングである。しかし、これまで行われていた森林ゾーニングは個別の林分を単位とした機能評価に基づいて行われる方法が主流であり、林分の連続性については十分考慮されてこなかった。本研究は、個々の林分の特性だけではなく林分を超えたランドスケープの視点を取り込んだ森林管理の見地から森林ゾーニング検討し、あらたなゾーニング手法を開発することを目的とした。

本研究では、まず、ランドスケープパターン解析の日本の森林管理への手法の適用可能性が検討され、日本の森林管理の特徴を踏まえ、ランドスケープの視点を取り入れた森林管理のためのゾーニング手法が考案された。日本の森林・森林利用の特徴の分析から、(1)短期的に移り変わる社会の要求に左右される機能の評価によらないゾーニングの必要性、(2)様々な要求が存在することから起こる森林利用の重複を解決する必要性、(3)林分に加えてランドスケープの視点をもつ森林管理を行う必要性、(4)地形が複雑、急峻であり、狭い範囲で大きく変化する特徴があるため地形を考慮する必要性が指摘された。これらの問題を解決する方法として、人間から森林へ与える人為撹乱の程度を基準として、森林利用を考えることで、利用の重複関係を解決するとともに、機能評価によるゾーニングから脱却し、ゾーンの判定基準にランドスケープ指数や地形要素を用いる森林ゾーニング(Forest zoning based on landscape pattern analysis、FOZLAP法)を考案した。

次に、FOZLAP法を2対象地に適用し、既存のゾーニングとの比較から、FOZLAP法の特徴を明らかにした。その結果、現在行われているゾーニングは、施業の規模や方法は異なるが実質すべての区分で施業が可能であり、実際の管理や撹乱の規模が見えにくいゾーニングと考えられた。一方で、FOZLAP法は人為撹乱に対する耐性を基準としてゾーンを設定しているため、どの場所がどの程度人為撹乱に耐えられるかという森林利用(施業)の可能性をポテンシャルとして反映できる手法であると考えられた。また、個別の林分の樹種や面積といった林分特性のみでなく、地域全体における森林の空間的な位置関係を考慮できるゾーニングであり、各ゾーンに対して計画立案者が求める空間的な条件を自由に取り入れることが可能という利点が考えられた。

さらに、森林管理の方向性が異なる2種類のシナリオを想定し、各々のシナリオに応じてゾーニングがどのように変化するか明らかにし、手法の特徴を考察した。その結果、FOZLAP法はパッチの組成と空間配置を基準としてゾーンの拡張を行う方法であるため、森林管理の方向性には直接影響されることはなく、ゾーンを拡張する際に用いる指数、解析対象となる森林パッチの組成や空間配置に大きく影響を受ける方法であることが明らかになった。そして、計画立案者がどのような空間構造の観点からゾーンの拡張を求めるかという条件を任意に選択可能であり、ゾーニングの結果を視覚的に空間的に確認できるため直感的に結果を理解しやすく、複数の拡張方法に応じたゾーニング結果を比較しやすいことが明らかになった。一方で、用いる指数や各指数の閾値の決定には、対象地の特性やランドスケープ構造を考慮する必要性が示唆された。

最後に、FOZLAP法の利点について考察を行い、FOZLAP法の特徴は、「人為撹乱に対する耐性」という1つの評価軸からゾーニングを行うことで、「機能」という名の下に様々なレベルの評価が混在した状態で行われていた機能評価によるゾーニングから脱却したこと、従来ひとくくりに捉えられていた森林利用を人為撹乱(施業)の視点から細分化して捉え直し再整理することで森林利用の重複構造を解決したことにあると考えられた。また、ランドスケープ構造を評価基準として用いることで、個々の林分の特徴のみではなく、その林分周囲の環境も含めたより広域における森林の空間配置技術を用いていることも特徴と考えられた。これにより、従来の林分単位の評価を超えて、より広域なランドスケープの視点を取り入れた森林管理へと貢献できたと考えられた。

以上のように,本論文は森林管理における重要な基礎技術であるゾーニングに関して、ランドスケープパターン解析およびランドスケープ指数という考え方を用いた新たな手法を開発し、さらにランドスケープの視点を取り入れた森林管理の可能性を示したものとして、今後の森林管理の発展に寄与する新たな知見を示したものと評価できる。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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