学位論文要旨



No 217466
著者(漢字) 北村,嘉章
著者(英字)
著者(カナ) キタムラ,ヨシアキ
標題(和) 肝胆系輸送および消化管吸収におけるMultidrug resistance-associated protein 3 (MRP3/ABCC3)の機能解明
標題(洋) Function of Multidrug Resistance-Associated Protein 3 (MRP3/ABCC3) in Hepatobiliary Transport and Intestinal Absorption
報告番号 217466
報告番号 乙17466
学位授与日 2011.03.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17466号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 准教授 楠原,洋之
 東京大学 准教授 伊藤,晃成
 東京大学 特任准教授 堀,里子
内容要旨 要旨を表示する

トランスポーターは基質薬物の細胞膜透過を促進し、医薬品や生体必須成分の消化管吸収、組織分布、排泄に関与する。近年では、トランスポーターに起因した薬物間相互作用、遺伝子多型による個体間変動の実例が多数報告され、臨床における薬物体内動態制御因子としての重要性を支持するデータが蓄積されつつある。理想的な体内動態特性を有する医薬品創製、個別化医療を見据えた医薬品適正使用のために、in vivo薬物動態に関与するトランスポーター分子の重要性を明らかにすることが必要である。

本研究ではABCトランスポーターMRP3に注目した。MRP3は分子薬物動態学教室において、MRP2欠損ラットの肝臓で誘導的に発現するMRPホモログとしてクローニングされた。MRP3は17回膜貫通領域と2つのATP結合ドメイン(ABC)を有し、ATPの加水分解と共役して、細胞内からの排出輸送を行う。ラットとは異なり、マウス肝臓ではMRP3は恒常的に発現していること、ヒト肝臓での発現量に個人差が大きいことが報告された。一方、消化管では動物種によらず恒常的な発現が見られる。P-gp、MRP2、BCRPなど異物排泄に働く主要なABCトランスポーターが管腔側膜に局在するのに対して、MRP3は血管側膜に局在する特徴を有し細胞内から血液中へのreverse transport(本研究では、肝臓や消化管で排泄の流れに逆らう輸送をreverse transportと定義する)を担うと考えられる。これまでに薬物のグルクロン酸抱合体、胆汁酸およびメトトレキサートがMRP3の基質として同定されている。近年、Mrp3(-/-)マウスが作出され、モルヒネ投与後のモルヒネグルクロン酸抱合体の血漿中濃度が野生型マウスに比べて低下していること、ならびにフラボノイドのグルクロン酸抱合体の血漿中濃度が低下していることが報告されており、MRP3がグルクロン酸抱合体の体内動態に深く関与することが明らかにされている。一方、親化合物の肝胆系輸送では、MRP3が関与すると考えられる肝シヌソイド側排出の重要性は、肝固有クリアランスの律速段階に依存する。肝臓における異物排泄は、血液から肝細胞への取り込み(PS1)、肝細胞から血液への排出(reverse transport; PS2)、代謝(CLmet,int)および胆汁排泄(CLbile,liver)の素過程により構成され、肝臓の異物排泄能力を表すオーバーオールの肝固有クリアランス(CLint,all)にreverse transportの変動が影響を与えるためには、肝細胞に取り込まれた薬物の大部分が血液へ戻ること(PS2>CLmet,int+CLbile,liver)が必要である。この条件を満たす医薬品では、Mrp3(-/-)マウスでPS2低下によりCLint,allが増加することが期待される。また、消化管基底膜側での排出輸送は消化管吸収への関与が考えられる。本研究では、医薬品の体内動態におけるMRP3の役割を明らかにすることを目的として、Mrp3(-/-)マウスを用いた体内動態試験を行った。

Chapter 1では、イリノテカンの活性代謝物SN-38とメトトレキサートの体内動態におけるMRP3の重要性を評価した。抗がん剤イリノテカンはプロドラッグであり、肝臓で加水分解されSN-38を生成する。野生型マウスとMrp3(-/-)マウスにイリノテカンを定速静脈内投与し、イリノテカンとSN-38の血漿中濃度を比較した。イリノテカン自身の血漿中濃度は両マウスで等しいが、SN-38の血漿中濃度はMrp3(-/-)マウスで有意に低下し、肝臓-血漿濃度比は有意に増加した。SN-38投与時の血漿中濃度は両マウスで一致し、循環血中からの消失速度が一致すること、イリノテカン投与時にSN-38がおもに肝臓で生成することから、SN-38のシヌソイド側排出にMRP3が関わっており、グルクロン酸抱合体以外に薬理活性を有する代謝物の排出にもMRP3が重要である可能性が示唆された。

次に、メトトレキサートを経口投与し、血漿中濃度の時間推移を比較した。メトトレキサートはリウマチや白血病の治療に使用される医薬品で、複数のトランスポーターがその体内動態に関与している。Mrp3(-/-)マウスでは野生型マウスと比べて、経口投与後の血漿中濃度が有意に低下し、薬物血漿中濃度-時間曲線下面積(AUC)で3.5倍の差が認められた。定速静脈内投与時の定常状態血漿中濃度はMrp3(-/-)マウスにおいて有意に低下しており、Mrp3(-/-)マウスでは胆汁排泄クリアランス(CLbile,p)の増加が観察された。門脈内投与後の短時間での肝取り込みの比較よりPS1が両マウスで同等で、in vivo試験で測定したCLbile,liverも両マウスで同等であることから、CLbile,pの増加はPS2の低下で説明できると考えられた。すなわち、MRP3がメトトレキサートの肝クリアランス決定因子として重要であることが示された。

速度論パラメータを比較した結果、Mrp3(-/-)マウスで観察された経口投与後のメトトレキサートの血漿中濃度低下は、全身クリアランス(CLtot,p)の増加とバイオアベイラビリティ(F)低下により説明可能であった。さらにFの低下は、肝臓初回通過効果(Fhの低下)だけでは説明できず、消化管吸収(FaFg)の低下も示唆された。そこで、メトトレキサートの消化管吸収をin vitro反転腸管法により評価した。メトトレキサートを反転腸管の刷子縁膜側に添加し、刷子縁膜側から基底膜側への輸送クリアランス(PSnet)を測定した。十二指腸ではPSnetは飽和性を示しMrp3(-/-)マウスで有意に低下した。一方、空腸以下の各部位でPSnetは十二指腸に比べて著しくに小さく、野生型マウスとMrp3(-/-)マウスでPSnetは同程度であった。MRP3は消化管全体に発現しているが、メトトレキサートの消化管吸収では特に十二指腸において、MRP3が基底膜側の排出輸送に関与することが示された。メトトレキサートは葉酸トランスポーターPCFTあるいはRFC-1により刷子縁膜側から取り込まれるが、これらのトランスポーターの発現は十二指腸で最も高く空腸、回腸、大腸では低発現である。すなわち、空腸以下の各部位では消化管吸収に占める経細胞輸送の寄与が小さくなった結果、MRP3による排出輸送がPSnetに及ぼす影響が観察されなかったと考えられた。

Chapter 2では、グルクロン酸抱合体をプローブ化合物として、MRP3が小腸全体で基底膜側の排出輸送を担うことを明らかにした。親化合物を反転腸管の刷子縁膜側に添加すると、細胞内で生成したグルクロン酸抱合体が基底膜側、刷子縁膜側へと排出された。反転腸管組織中濃度を測定し、各過程の輸送クリアランス(PSserosalとPSmucosalはそれぞれ基底膜側(漿膜側)と刷子縁膜側(粘膜側)への排出クリアランスを表す)を算出した。4メチルウンベリフェロン(4MU)を刷子縁膜側に添加したとき、4MUグルクロン酸抱合体のPSserosalは小腸全体でMrp3(-/-)マウスの方が野生型マウスに比べて有意に低かった。このPSserosal低下は、MRP3がマウス小腸全体で基底膜側排出輸送活性を有するものと解釈でき、MRP3が小腸全体で発現していることと一致した。PSmucosalについては、消化管の全体で両マウスの間で違いは見られなかった。SN-38とアセトアミノフェンのグルクロン酸抱合体でも、Mrp3(-/-)マウスの空腸から作成した反転腸管でPSserosalの低下が観察され、構造の異なる複数のグルクロン酸抱合体が、消化管でMRP3により排出されていることが示された。

Chapter 3では、MRP3が葉酸類縁体の消化管吸収に関わることを明らかにした。Mrp3(-/-)マウスから作成した十二指腸の反転腸管では、葉酸およびロイコボリンのPSserosalとPSnetが低下した。活性型葉酸である5MeTHFのPSserosalも低下が見られたがその影響は葉酸やロイコボリンより小さかった。葉酸類縁体について、in vivo経口投与で血漿中濃度を測定した。葉酸を経口投与したとき、CmaxおよびAUCはMrp3(-/-)マウスで有意に低下した。ロイコボリンでは投与後初期の吸収速度に違いが見られた。このように、葉酸類縁体についても、in vivoでMRP3の消化管吸収への関与が確認された。しかし、Mrp3(-/-)マウスで内在性の5MeTHF濃度には影響が見られず、Mrp3の欠損のみでは葉酸欠乏状態を誘発するには至らないことを明らかにした。

本研究により、肝胆系輸送および消化管吸収おいて、MRP3が薬物のreverse transportに関与することを明らかとした。親化合物の肝クリアランスに及ぼす影響と消化管吸収における役割は、本研究で初めて明らかとしたものである。さらに、MRP3が葉酸の消化管吸収にも関与することを明らかとし、これまで一般に異物解毒の役割を果たしていると考えられていたMRPファミリーのトランスポーターに、生体必須成分の体内動態を制御する役割があることを示した。今後、MRP3は薬物の効果持続性や消化管吸収をコントロールできるトランスポーターとして創薬研究への応用が期待される。また、薬物間相互作用や遺伝子多型を利用した臨床研究により、ヒトin vivo体内動態におけるMRP3の重要性が明らかにされ、医薬品の適正使用が促進されると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

医薬品の創製においては、薬効標的との相互作用を最適化するだけではなく、標的分子への暴露を規定する体内動態特性の最適化も必要であり、薬物体内動態制御因子である代謝酵素やトランスポーターの基質認識特性に基づいて、論理的な構造展開の提示が求められている。近年、トランスポーターに起因した薬物間相互作用、遺伝子多型と薬物の個体間変動の実例が多数報告され、薬物体内動態制御因子としてのトランスポーターの重要性を支持するデータが蓄積されつつあるものの、未だin vitroでの解析にとどまり、in vivo薬物動態における重要性が明らかにされていないトランスポーター分子も複数存在する。そうしたトランスポーター群の重要性を明らかにしていくことが、薬物動態学上の課題となっている。本研究で注目したMRP3は私が主宰する分子薬物動態学教室において、MRP2欠損ラットの肝臓で誘導的に発現するMRPホモログとして世界に先駆けてクローニングしたABCトランスポーターである。強制発現細胞を用いたin vitro解析により、グルクロン酸抱合体や胆汁酸ほかいくつかの薬物を基質とすること、また上皮細胞の基底膜側に発現し、肝細胞内から血液中への排出に関わると期待されていたものの、in vivo薬物動態における重要性は不明であった。近年、Mrp3(-/-)マウスが作出され、モルヒネ投与後のモルヒネグルクロン酸抱合体の血漿中濃度が野生型マウスに比べて低下していることが報告されており、MRP3がグルクロン酸抱合体の体内動態に深く関与することが明らかにされた。本研究では、本マウスを用いて、種々薬物についてin vivo体内動態について検討し、MRP3の重要性を明らかにした。

Chapter 1では、イリノテカンの活性代謝物SN-38とメトトレキサートの体内動態についての検討結果がまとめられている。

抗がん剤イリノテカンはプロドラッグであり、肝細胞内で加水分解を受け、SN-38を生成する。野生型マウスとMrp3(-/-)マウスにイリノテカンを定速静脈内投与し、イリノテカンとSN-38の血漿中濃度を比較した結果、イリノテカン自身の血漿中濃度は両マウスで等しいにも関わらず、SN-38の血漿中濃度はMrp3(-/-)マウスで有意に低下し、肝臓-血漿濃度比は有意に増加した。SN-38投与時の血漿中濃度は両マウスで一致し、循環血中からの消失速度が一致すること、イリノテカン投与時にSN-38がおもに肝臓で生成することから、SN-38のシヌソイド側排出にMRP3が関わっており、グルクロン酸抱合体以外に薬理活性を有する代謝物の排出にもMRP3が重要である可能性が示唆された。

メトトレキサートを経口投与し、その血漿中濃度の時間推移を比較したところ、Mrp3(-/-)マウスでは野生型マウスと比べて有意に低下しており、薬物血漿中濃度-時間曲線下面積(AUC)で3.5倍の差が認められた。定速静脈内投与時の定常状態血漿中濃度はMrp3(-/-)マウスにおいて有意に低下しており、循環血中からの消失が亢進していることを見いだした。メトトレキサートは胆汁と尿中への排泄が消失経路であり、胆汁排泄クリアランスの増加が認められた。胆汁排泄は、肝細胞への取り込み過程、肝細胞内から胆汁中への排出過程、類洞側での血液中への排出過程の3つの輸送過程により、決定される。門脈内投与後の短時間での肝取り込みの比較より、肝取り込み能力(PS1)が両マウスで同等であること、肝細胞濃度基準の胆汁排泄クリアランス(CLbile,liver)も両マウスで同等であることから、CLbile,pの増加は類洞側での血液中への排出輸送(PS2)の低下で説明される。すなわち、MRP3がメトトレキサートの肝類洞側での排出に関わり、肝消失の律速段階を決定する因子として重要であることを導出している。

静脈内投与後および経口投与後の速度論パラメータを比較した結果、Mrp3(-/-)マウスでは、全身クリアランス(CLtot,p)の増加のほか、バイオアベイラビリティ(F)低下も示唆された。Fの低下の一部は、肝クリアランスの増加に伴う肝アベイラビリティ(Fh)の低下で説明可能であるが、消化管吸収(FaFg)の低下も示唆された。この仮説を支持するため、メトトレキサートの消化管吸収をin vitro反転腸管法により評価している。メトトレキサートを反転腸管の刷子縁膜側に添加し、刷子縁膜側から基底膜側への輸送クリアランス(PSnet)を測定している。十二指腸ではPSnetは飽和性を示しMrp3(-/-)マウスで有意に低下した。一方、空腸以下の各部位でPSnetは十二指腸に比べて著しく小さく、野生型マウスとMrp3(-/-)マウスでPSnetは同程度であった。十二指腸から調製した反転腸管では、細胞内から基底膜側への排出輸送がMrp3(-/-)マウスで顕著に低下しており、MRP3が基底膜側の排出輸送に関与していることを示唆している。既報では、MRP3は消化管の上部から下部まで全体に発現しているが、メトトレキサートの消化管吸収では十二指腸においてのみ、MRP3が基底膜側の排出輸送に関与することが示されている。この発現部位と輸送能力との乖離は、取り込みトランスポーターの発現分布で説明されている。すなわち、メトトレキサートは葉酸トランスポーターPCFTあるいはRFC-1により刷子縁膜側から取り込まれることが示唆されており、real-time PCR法によりこれらのトランスポーターの消化管内分布を検討した結果、PCFTおよびRFC-1はともに、十二指腸で最も高く空腸、回腸、大腸では低発現である。実際、十二指腸を除く消化管の反転腸管でのPSnetは、著しく小さい。以上の事実から、空腸以下の各部位では、消化管吸収に占める経細胞輸送の寄与が小さくなった結果、MRP3による排出輸送がPSnetに及ぼす影響が観察されなかったと考察されている。これについては、Chapter 2で詳細に検討された。

Chapter 2では、前述のMRP3の消化管発現分布とメトトレキサート排出能力の低下との乖離について、グルクロン酸抱合体をプローブ化合物とした検証が行われた。親化合物を反転腸管の刷子縁膜側に添加すると、細胞内で生成したグルクロン酸抱合体が基底膜側、刷子縁膜側へと排出される。この排出速度と反転腸管組織中濃度から、各過程の輸送クリアランス(PSserosalとPSmucosalはそれぞれ基底膜側(漿膜側)と刷子縁膜側(粘膜側)への排出クリアランスを表す)を算出し、野生型マウスとMrp3(-/-)マウスとの比較が行われた。4メチルウンベリフェロン(4MU)を用いた場合、過去の報告と同様に4MUグルクロン酸抱合体は十二指腸でもっとも多く生成され、下部にいくに従い低下した。細胞内からの排出能力も、この抱合代謝活性と一致し、上部でもっとも高く、下部にいくに従い低下した。4MUグルクロン酸抱合体は基底膜側と刷子縁膜側の両方に排出されるが、刷子縁膜側への排出能力の方が高かった。4MUグルクロン酸抱合体のPSserosalは小腸全体でMrp3(-/-)マウスの方が野生型マウスに比べて有意に低かった。しかし、大腸では基底膜側の排出能力は野生型マウスと同程度であった。本結果は、MRP3がマウス小腸全体で基底膜側排出輸送活性を有するものと解釈しており、MRP3が小腸全体で発現していることとも一致している。PSmucosalについては、消化管の全体で両マウスの間で違いは見られなかった。4MUだけではなく、SN-38とアセトアミノフェンのグルクロン酸抱合体についても、Mrp3(-/-)マウスの空腸から作成した反転腸管でPSserosalの低下が観察され、構造の異なる複数のグルクロン酸抱合体が、消化管でMRP3により排出されていることが示されている。

Chapter 3では、MRP3が葉酸類縁体の消化管吸収に関わることを明らかにしている。葉酸は5MeTHFへと変換され、一炭素転移反応の補酵素となるビタミンである。食事から消化管で吸収されるため、その吸収機構に関して多くの研究が行われており、刷子縁膜側からの取り込み過程に働くトランスポーターとして、前述のPCFTおよびRFC-1が同定されている。基底膜側の排出輸送過程については、膜ベシクルを用いた解析から促進拡散であると考えられていたが、その分子実体は不明であった。葉酸を経口投与で与えたとき、そのCmaxおよびAUCは野生型マウスに比べて、Mrp3(-/-)マウスで有意に低下した。ロイコボリンでは投与後初期の吸収速度に違いが見られた。一方で、静脈内投与時には、葉酸の血漿中濃度は野生型マウスと同程度であった。十二指腸の反転腸管を作製し、葉酸およびロイコボリンのPSnetおよびPSserosalの両パラメータを評価した。Mrp3(-/-)マウスでは、葉酸およびロイコボリンのPSnetおよびPSserosalが著しく低下していることから、MRP3が葉酸およびロイコボリンの基底膜側での排出輸送に関与していることが示唆された。一方で、一炭素転移反応の補酵素となる5MeTHFについてもPSserosalの低下が見られたが、その影響は葉酸やロイコボリンよりも小さかった。葉酸と5MeTHFでは、主となる輸送機構が異なることが示唆された。これらの結果は、メトトレキサートと同様に、MRP3が葉酸の消化管吸収に関与していることを示している。しかし、Mrp3(-/-)マウスでは、内在性の5MeTHF濃度は野生型マウスと同程度であり、MRP3の欠損のみでは葉酸欠乏状態を誘発するには至らないことも明らかにしている。

本研究は、MRP3が薬物の肝臓での肝類洞側での排出輸送、ならびに消化管での吸収に働くことを明らかにした。特に、消化管吸収においては、これまで異物排泄に働くABCトランスポーターはすべて吸収を抑制する方向に機能していたことから、従来のコンセプトとは異なり吸収方向に働くことをin vivoで定量的に実証したという点で、新しい知見である。薬物の消化管上皮細胞の経細胞輸送において、基底膜側の排出輸送に関わるトランスポーターを初めて明らかにしたという点も特筆に値する知見である。MRP3が葉酸の消化管吸収にも関与することを明らかとし、これまで一般に異物解毒の役割を果たしていると考えられていたMRPファミリーのトランスポーターに、生体必須成分の体内動態を制御する役割があることも明らかとした。本研究は、トランスポーターの基質認識特性に基づいた医薬品の体内動態特性の最適化など創薬に貢献するものであり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク