学位論文要旨



No 217474
著者(漢字) 松倉,洋史
著者(英字)
著者(カナ) マツクラ,ヒロシ
標題(和) 不定期船輸送における物流シミュレーションの利用に関する研究
標題(洋)
報告番号 217474
報告番号 乙17474
学位授与日 2011.03.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 第17474号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 教授 保坂,寛
 東京大学 准教授 稗方,和夫
 東京大学 教授 鈴木,克幸
 東京大学 特任教授 末岡,英利
内容要旨 要旨を表示する

近年、世界経済の成長やグローバル化により、国際間の海上輸送が急速に伸長している。また、国内における輸送でも海上輸送は産業基礎資材の輸送に大きな役割を果たしている。海運は、大量の貨物を安価に輸送出来るという優れた特性により、内外の輸送にとって欠くべからざる重要な地位を占めており、また、今後人口問題、資源・エネルギー問題等に対処する上でも大きな役割を期待されている。

一方、海運は数々の課題を抱えているのもまた事実である。船舶からの地球温暖化ガスの排出、大気汚染、海洋汚染等の自らが原因となる環境問題や、海難・海賊問題など、その課題は多様である。更に、輸送規模の拡大や、輸送の各種不確実さへの対処、更なる効率の追求など、海運にとってより基本的と思われる課題への継続的な対処も必要である。

上記課題の幾つかについては、コンピュータを利用して適切な輸送システムの設計や計画を行うことで、大きく改善することが可能である。しかし、海運に対するコンピュータの高度利用の検討は十分には行われて来ておらず、各種課題の研究事例も十分ではない。また、企業が上記に取り組むに際し、どのような手法を用いてどのように行うべきか等の基本的な議論もなされていない。そのため、航空機やトラック、鉄道などの他の輸送モードに比べ、輸送システムの設計や計画におけるコンピュータの高度利用は進んでおらず、また、一部を除いてその機運も見られない。

本研究では、不定期船の輸送システム設計及び輸送計画を行うための基本的枠組みとして物流シミュレーションを用い、必要に応じて遺伝的アルゴリズム・確率論的評価・モンテカルロ解析・シナリオ解析などのヒューリスティックな各種手法を併用するアプローチを用いる。そして、不定期船輸送に関する課題を解く上で典型的かつ重要と考えられる幾つかの問題を解いて解決可能な問題領域を増やすと共に、それら解析事例を通じて上記アプローチの有用性を示すことを目的とする。

論文では、海運業の概要や海上輸送のシステム設計・計画手法について概覧した後、上記アプローチの長所について有用性、適用性、実施可能性の3点から論じた。解析の有用性については、船は輸送機関としては巨大で利害関係者も多く遅延の影響は甚大であるため、有用な解析を行うには対象を正確かつ詳細にモデル化することが必須であり、それにはシミュレーションの柔軟なモデル化能力が有益であることを述べた。また解析対象への適用性については、シミュレーション解析はコンピュータ上に再現した現実の縮小モデルによる実験であり、これまで他でも行われていない新しい案件の分析や数理計画法等の他手法の部分的利用も行いやすいことを述べた。更に実施可能性については、上記アプローチによる解析システムの構築及び運用は、人的及び資金的に経営資源への負担が小さいため実行しやすいこと、上記アプローチは解析過程の納得性が高く、可視化と親和性が高いため改善策の実行段階で利害関係者への協力取り付けを行いやすいことを述べた。

また、上記アプローチを利用するには十分な詳細度を持った海上輸送シミュレーションシステムを適切な人的・物的資源の範囲内で構築出来ることが必要である。システムの構築はプログラムの開発とデータの収集・解析・管理から成るが、後者についてはシミュレーション実施に必要なデータの収集は可能であり、また近年のIT技術の進展・普及から、データ収集・解析・管理の仕組みを整備することで相当程度対処可能であると考える。前者については下記の開発指針を示した。

(1) オブジェクト指向開発

(2) マルチエージェント型のシミュレーション構造

(3) 現実の意思決定・情報伝達・活動等の構造を忠実に再現

(4) プロセスシミュレータを分離

(5) 再利用と上位計画レベルからの漸進開発

上記のうち、(3)は単に形式的にオブジェクト指向の考えに従いプログラムを作成するのではなく、オブジェクトが現実の仕組みと同様の権限・データ及び動作を持つようプログラムすることを意味し、(4)は配船計画等を行う上位の意思決定部分と、単なる輸送行為を行うシミュレーション部分(プロセスシミュレータ)を明確に分離して構成すること、また(5)は、汎用性の高いプロセスシミュレータ部分は積極的に再利用すると共に、戦略的な計画段階から戦術的・業務的計画へと漸進的に開発することである。これらは海運という大規模かつ複雑な対象のシミュレータを作成するには特に重要と考える。

次に上記を適用して不定期船輸送に関する課題を解く上で典型的かつ重要と考えられる幾つかの問題を解き解法を整備した。問題を分類する上での主要な観点は、戦術的・戦略的・業務的という各計画課題のレベル、ソフト・ハードの別、荷主・船社・港湾という各関係主体等である。

まず不定期船輸送における基盤的技術である自動配船手法を取り上げた。不定期船の輸送には大きく分けてオーダー式輸送、タンクバランス式輸送、周回輸送の3種類があるが、ここでは、配船計画を作成する際に課題となる前2者について、海上輸送シミュレーション及び遺伝的アルゴリズムを用いた自動配船手法を提案した。具体的には遺伝的アルゴリズムを運搬経路問題の探索手法として用い、配船案の評価に海上輸送シミュレータを利用するというアプローチである。複雑さに対処する部分が物流シミュレーションとして独立しているため、詳細な輸送条件の取り扱い能力や汎用性・柔軟性等様々なメリットがあり、海上輸送の解析に特有の困難を緩和することが可能であり、以下の結果を得た。

(1) オーダー式配船の自動配船手法

提案手法を実装した自動配船システムを開発し、実際の船社の輸送システム及び輸送タスクを対象に配船案の作成を試みた。その結果、配船担当者の作成する配船案よりも優れた経済性を持つ配船案を、自動かつ安定的に生成することが出来た。

(2) タンクバランス式配船の自動配船手法

上記の基本的枠組みに加え、ヒューリスティクスデータベースを加味した手法を考案し、それを実装した自動配船システムを開発して評価した。その結果、在庫過剰や在庫切れを起こさず、輸送内容が妥当でバランスのとれた配船計画を得ることが出来た。

次に具体的な例題として以下の6種を取り上げて解析を行った。これらは、戦術的・戦略的・業務的という計画課題のレベル、ソフト・ハードの別、及び荷主・船社・港湾という関係主体等の観点から、不定期船輸送の抱える問題領域を幅広くカバーするものである。

(1) 企業間協力関係の評価

共同配船、融通及び、究極の企業間協力としての合併という3種類の協力関係について、輸送効率化効果の評価を行った。その結果、合併・融通・共同配船の海上輸送の効率化効果は、おおむね3:2:1であり、また、理想的な条件下では、合併により燃料消費量を最大4割削減可能であることを示した。解析を通じ、海上輸送シミュレータを利用することによって輸送規模拡大の効果を定量的に測定し、企業間協力実施の交渉等における効果見積もりなどに活用可能であることを示した。

(2) 荷主・船社間の輸送条件の評価

荷主による荷役指定時間帯の幅が、船社の輸送効率にどのような影響を与えるのかを評価した。その結果、荷役指定時間帯を広くする程度と、その輸送効率化効果は正の相関があり、かつその効果は5~6%程度になりうることを示した。これにより、利害が相反しやすい関係者間の調整に海上輸送シミュレーションが役立つ例を示した。

(3) 港湾予約ルールの評価

滞船による非効率な運航を緩和することを目的として、オークション方式の予約ルールを取り上げてどの程度CO2排出量を削減可能なのか、また予約ルールは輸送にどのような影響があるのかを分析した。これにより、港湾予約システムの評価手順を示すと共に、海上輸送シミュレーションにより新しい運航制度を事前に定量評価できることを示した。

(4) 設備投資の確率論的評価

工場間輸送のシステム変更に関する意思決定を取り上げ、確率論的に評価することを試みた。多様な外的条件の組み合わせを考慮して海上輸送の設備投資を評価することは、海上輸送の配船が関係するために、また将来のシナリオが膨大であるために従来は評価が難しかったが、自動配船システムとイベントツリーを組み合わせることで、詳細かつ多面的な評価を実施できることを示した。

(5) 工場間物流のシステム改善及び輸送計画作成

ここでは工場間輸送システムの改善策のシナリオ分析を行った。その結果、近海域の工場間物流では荷役速度が全体の輸送効率に影響を及ぼしやすくボトルネックとなることがあること、また、燃油価格やCO2排出権費用等の社会的な情勢変化の影響評価においてシミュレータは有効な分析手段となりうることを示した。更に、海上輸送シミュレーションは、荷主や船社、港等の各関係者にとって、在庫・航行・バース・ヤード・用船等の各種計画を立案する上で有益な支援ツールとなることを示した。

(6) 海上輸送における外乱の評価

輸送遅れの検出及び自律的回復機能をシミュレータに装備し、荒天・機器故障・サプライヤ納品遅れ等の外乱を確率事象と捉えてモンテカルロ法により扱う解析手順を提案し、海上輸送シミュレーションによって外乱を適切に扱えることを示した。また、外乱のシミュレーション解析をもとに、重要度評価を基にした輸送システムの改善分析を行えることを示した。

以上により、不定期船による海上輸送を対象に、各種の典型的かつ重要な課題に対し、物流シミュレーションによる基礎的な解法を示すことで解決可能な問題領域の幅を増やすと共に、論考及び解析事例を通じ、主たる解法としてシミュレーション手法を適用する利点を示し、海上輸送を対象とした問題解決には本アプローチが有益であることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章から構成される。

第1章は、研究の背景、アプローチ及び目的について述べている。本研究のアプローチは、不定期船の輸送システム設計及び輸送計画を作成するための基本的枠組みとして物流シミュレーションを用い、必要に応じてヒューリスティック手法を中心とした各種解法を併用するものである。研究の目的は、不定期船輸送の課題を考える上で重要な問題を解いて解決可能な問題領域の幅を増やすと共に、解析事例によりその有用性を示すことである。

第2章は海運業について概観している。まず海運の特徴と分類、商船の種類について述べ、次に海運における採算計算と荷主・船社間の契約について説明している。更に、海上輸送の現状と基本的な課題について簡潔に整理し、以降の検討の基礎的事項を述べている。

第3章では海上輸送システムの設計・計画手法について述べている。まず、海運を対象とした輸送システム設計・計画が、他の輸送モードに比べて、研究・利用事例共に少ない現況を述べ、次に一般的なシミュレーション手法の特徴と、数理計画法、メタヒューリスティクス手法、及び第4章に関係の深い運搬経路問題について既存解法の概要をまとめている。

後段ではシミュレーションを海上輸送の設計・計画問題に利用するメリットを、有用性、対象への適用性、実施可能性の観点から指摘し、更に、海上輸送シミュレーションシステムの開発に関し、データ収集・管理について論じると共にプログラム開発指針を提示している。以降はそれに従い研究・開発を進めている。

第4章は不定期船のシミュレーション研究で基盤的技術となる自動配船手法について述べている。取り上げているのは主要な2方式であり、荷主から船社が荷役日と品目・量からなる輸送指示を受けて船の割り当てを行う不定期船運航業で広く行われている方式と、インダストリアルシッピング業で行われている在庫を考慮して自由な輸送を行う方式である。本論文では上記をシミュレーションと遺伝的アルゴリズムを組み合わせることで解いている。これにより、従来は対象を簡略化して解を求めていたが、より実用的であり、また妥当かつバランスのとれた配船案を作成出来るようになった。

第5章は6種類の解析事例について述べている。

まず、船社における融通・共同配船及び荷主合併という3種類の企業間協力関係について輸送効率の評価を行った。これにより、企業間協力関係による輸送規模拡大の効果を初めて定量的に測定した。

次に、荷主・船社間の輸送条件として、荷役指定日の前倒し及び遅れ可能な日数の大小と必要な船隊総燃料消費量の関係の定量的評価を行い、日数が大きくなれば輸送効率化が可能であることを示した。

次に、滞船のある資源積み出し港にオークション方式の港湾予約ルールを導入した場合の評価を行い、新制度の影響を事前に定量評価できることを示した。

また、工場間の造船資材輸送を取り上げ、海上輸送の設備投資の意思決定を確率論的に評価した。これにより、海上輸送が関係するため従来は評価が難しかった投資案件について、従来よりも正確かつ多面的に評価できることを示した。

更に、工場間物流を対象に、輸送システム改善のボトルネック解析を行うとともに配船支援機能について述べた。シミュレーション解析が輸送システムの改善に有益であると共に、荷主や船社、港にとり、輸送計画の立案に非常に有用であることを示した。

解析事例の最後では、外乱を扱う方法を提案した。外乱は海上輸送では不可避かつ影響の大きい要素であるが、それをシミュレーションによって評価し、適切なリードタイムを求められることを示した。

上記の各課題は、戦略的・戦術的・業務的課題という海運の計画レベルだけではなく、荷主・船社・港湾等の関係主体、さらには海運の基本的課題について幅広く関係している。また重要であるにもかかわらず取り組まれてこなかった新規性・有用性の高い課題である。

第6章では、これまでの検討を受けて本研究のまとめが示されている。

不定期船の海上輸送システムの設計・計画問題に対し、メリットの大きいと期待出来るシミュレーションアプローチについて、具体的実施方法を示し、基盤的解法を整備した上で広範かつ有益な解析事例を示すことで、当該アプローチが多方面に適用可能な有力な選択肢であることを実証的に示している。今後の船社の経営を見る上でも、また温室効果ガス低減のための各種政策を考える国家的な見地からも重要な環境学的分析方法を示しているといえる。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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