学位論文要旨



No 217476
著者(漢字) 平尾,潤
著者(英字)
著者(カナ) ヒラオ,ジュン
標題(和) 肝臓の薬物代謝能に対する概日及び超日リズム制御因子の影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 217476
報告番号 乙17476
学位授与日 2011.03.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17476号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,裕司
 東京大学 教授 西原,眞杉
 東京大学 准教授 高橋,伸一郎
 東京大学 准教授 田中,智
 東京大学 准教授 武内,ゆかり
内容要旨 要旨を表示する

薬物療法における治療的反応と毒性発現の間のバランスを規定する全身曝露量は、吸収、分布、代謝、及び排泄という四つの薬物動態学的な過程によって制御されている。その中で、肝臓における薬物代謝は一般的に最も変動寄与率の高い過程である。肝臓の代謝は種々の変動因子;遺伝的因子(遺伝子多型及び生物学的性差)、時間的因子(概日リズム及びホルモン分泌の超日リズム)や環境因子(明暗サイクル及び摂食パターン)に影響を受け、個体間及び個体内変動を生じる。したがって、性差医学や時間治療を含めたテーラメード治療を目指した医薬品の適正使用を図るには、肝臓の代謝を中心とした機能に対する個体間及び個体内変動因子に着目した研究が必至である。

本研究では、遺伝的統御がなされたラットを用いて、主要な個体間及び個体内変動因子[概日リズム、摂食パターン、成長ホルモン(GH)分泌の超日リズム、及び生物学的性差]が肝臓の代謝を中心とした機能に及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。概日リズムは他の変動因子にも影響を及ぼすことから、種々の変動因子との複合的影響についても検討した。本論文は五つの章から成り、第一章は緒言として本研究の背景と目的の詳細を述べた。第二章では肝臓の機能に対する摂食パターンの影響を、第三章では肝臓の機能に対するGH分泌の超日リズムの影響を、第四章では肝臓の機能に対する生物学的性差の影響を、各々について概日リズムも考慮して精査した結果を述べた。第五章では、第二章から第四章までの結果を基に、肝臓の機能に対して各々の個体間及び個体内変動因子がどのように連関して影響し合っているのかを総括的に論議し、研究全体の科学的貢献を述べた。

第二章では、肝臓の機能に対する摂食パターンの影響を調べた。雄ラット肝臓において、第I相系薬物代謝酵素活性は、暗期に高く、明期に低い明瞭な日周リズムを示すことが報告されている。この肝臓の第I相系薬物代謝酵素活性の日周リズムは、飽食条件下のみならず絶食条件下でも認められ、概日リズムの駆動振動体として知られている視床下部の視交叉上核(SCN)の支配下にあることが確認されている。近年、概日振動体は、SCNのみならず肝臓などの末梢臓器にも存在することが明らかとなってきた。また、摂食シグナルは、SCNの駆動振動体の同調因子としては作用しないが、肝臓の概日振動体には光シグナルよりも優位に作用する同調因子であることも報告されている。しかし、どの概日振動体が肝臓の第I相系薬物代謝酵素活性の日周リズムを優位に調律しているのか不明であった。そこで、末梢と中枢の計時機構を脱共役する明期8時間[給餌時間:zeitgeber time(ZT)2~ZT10]の周期的な制限給餌処置を施した雄ラットを用いて、肝臓の第I相系薬物代謝酵素活性の日周リズムに及ぼす影響を調べた。その結果、明期の周期的な制限給餌処置がラット肝臓の第I相系薬物代謝酵素活性の日周リズムの振動位相を反転させることを示した。また、主要な時計及び時計制御遺伝子の発現に関しても、日内変動の振動位相が制限給餌によって完全に反転することが明らかとなった。さらに、外因性物質代謝、血糖調節、及び胆汁形成を含む主要な肝臓の機能に関わる遺伝子発現は、制限給餌によって完全に反転しうる日内変動を示した。以上の結果から、肝臓における第I相系薬物代謝酵素活性や主要な機能の日周リズムはSCNの駆動振動体による直接的支配よりもむしろ摂食行動リズムを介した末梢臓器の計時機構によってより優位に調律されていることが明らかとなった。

第三章では、肝臓の機能に対するGH分泌の超日リズムの影響を調べた。GH分泌プロファイルはラットにおいて性的二型性を示す。成熟した雄ラットのGH分泌はおよそ3.5時間間隔で高振幅の間欠的バーストで特徴づけられる。一方、成熟した雌ラットのGH分泌は最下点がより高い上に不規則かつより高頻度な低振幅の分泌で特徴づけられる。ヒト型成長ホルモン(hGH)を構成的に発現する雄のトランスジェニック(TG)ラットでは、hGH及び内因性GHの分泌レベルが平坦化しており、雄型のパルス状分泌が認められないことが報告されている。この雄型の間欠的なGH分泌プロファイルの肝臓における制御上の役割を明らかにするため、雄TGラットと雄の野生型(WT)ラットにおける肝臓の遺伝子発現を明暗サイクルの2時点(ZT6及びZT18)で比較した。その結果、TGラットでは、明暗条件に関わらず主に外因性物質、脂肪酸、ステロイドホルモン、ピルビン酸、及び多くのアミノ酸の代謝に関わる遺伝子発現レベルが上方又は下方制御されていた。また、WTラットと比較してTGラットでは、雌で優位な代表的遺伝子(Cyp2c12及びalpha-1-B glycoprotein)の発現が上方制御され、雄で優位な代表的遺伝子(Cyp2a2、Cyp2c13及びCyp3a2)の発現が下方制御されており、遺伝子発現プロファイルが機能的に雌型化していた。したがって、生物学的な性ではなく性的二型なGH分泌プロファイルが肝臓の遺伝子発現に対する性決定因子であることが確認された。なお、概日リズムシグナル、糖質及びアミノ酸の代謝、ステロイド生合成、ならびにストレス応答に関するパスウェイに関与する遺伝子発現レベルはTG及びWTラットで共通した日内変動を示した。また、時計関連遺伝子であるCryptochrome (Cry) 1及びCry2の概日振動がWTラット同様にTGラットの肝臓において維持されていた。これまで、概日振動体の機能を失ったホモ接合型のCry1及びCry2ダブルミュータントマウス(雄)では、GH分泌プロファイルの雌型化とともに肝臓代謝系の機能的な雌型化が報告されていたが、本試験成績によって肝臓のCry遺伝子は肝臓代謝系の雌型化には直接関与しておらず、SCNのCry遺伝子が下垂体からのGH分泌を制御して肝臓代謝系の雌型化に関与していると推察された。さらに、GHのシグナル伝達に関与する幾つかの遺伝子はGH分泌プロファイルに依存して概日調節を受けることが示唆された。以上の結果から、肝臓における間欠的なGH分泌プロファイルの制御上の役割が明らかとなり、性的二型なGH分泌、肝臓代謝系、及びその概日制御の間の機能的な連関が示された。

第四章では、肝臓の機能に対する生物学的性差の影響を調べた。性的二型性は概日リズムと関与している可能性が推察されていたが、ラット肝臓における性及び概日調節の相互作用については検討がなされていなかった。そこで、ラット肝臓における性及び概日調節の影響、ならびにその相互作用を明らかにするため、若齢の成熟雌雄ラットを用いて肝臓の遺伝子発現を明暗サイクルの4時間間隔(ZT2、ZT6、ZT10、ZT14、ZT18、及びZT22)で経時的に調べた。その結果、雌雄間の時系列データの比較により同定した性的二型な遺伝子には、雄又は雌で優位なシトクロムP450サブファミリー(Cyp2c11、Cyp2c12、Cyp2c13、及びCyp3a2)、硫酸転移酵素(Estsul及びSult1c1)、及びGST Yc2といった代表的な性依存的遺伝子が含まれていた。生物学的パスウェイ解析の結果、性的二型な遺伝子はレチノール、外因性物質、リノール酸、又はアンドロジェン及びエストロジェンの代謝や胆汁酸の生合成に関与することが示された。一方、時系列データの日周リズムを分析するために適用したフーリエ変換解析を用いて雌雄で普遍的に概日制御される遺伝子を抽出した結果、主要な時計又は時計制御遺伝子が含まれることが確認された。周期的発現を示した遺伝子は尿素サイクル及びアミノ酸、脂肪酸、又は糖の代謝に関与しており、主要な肝臓の機能が概日制御下にあることが確認された。興味深いことに、転写因子のSP1及びHNF4-alphaは性的二型な遺伝子のみならず概日制御遺伝子も統制していることが示唆されたことから、性的二型性は重複する遺伝子制御ネットワークを介して概日リズムと相互連関していると考えられた。

本研究により、肝臓における第I相系薬物代謝酵素活性や主要な機能には概日リズムがあり、そのリズムはSCNの駆動振動体による直接的な支配よりもむしろ摂食行動リズムを介した末梢臓器の計時機構によってより優位に調律されていることが明らかとなった。この知見は、食事のリズムを適正にコントロールすることにより内在的な肝臓代謝能を能動的に制御しうることを示唆しており、臨床での時間治療的な応用可能性が期待される。また、SCNの駆動振動体は性的二型なGH分泌リズムを介して肝臓代謝系を精巧に制御し、概日リズムは肝臓の遺伝子制御ネットワークに関して生物学的性差と相互連関していることが示された。総じて、肝臓での代謝を中心とした機能に対する主要な個体間及び個体内変動因子(概日リズム、摂食パターン、GH分泌の超日リズム、及び生物学的性差)の影響が相互の連関も含めて明らかとなった。本研究より得られた知見は、医薬品の非臨床安全性評価における外挿性向上とともに、薬物の効果を増大させながら副作用を軽減するような臨床処方のデザイン設計の適正化に寄与するものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

薬物療法における治療的反応と毒性発現の間のバランスを規定する全身曝露量は、吸収、分布、代謝、及び排泄という四つの薬物動態学的な過程によって制御されているが、その中で肝臓における薬物代謝は最も変動寄与率の高い過程である。本研究は、サーカディアンリズム、摂食パターン、成長ホルモン(GH)分泌のウルトラディアンリズム、及び生物学的性差といった主要な変動因子が肝臓の代謝機能に及ぼす影響を明らかにすることを目的に行われた。第1章は総合緒言であり、以下に説明する第2章から第4章が実験の説明、そして第5章は総合考察である。

第2章では、まず肝臓の機能に対する摂食パターンの影響が調べられた。雄ラットの肝臓において、第I相系薬物代謝酵素活性は、暗期に高く明期に低い明瞭な日周リズムを示す。サーカディアンリズムの駆動振動体としては視床下部の視交叉上核(SCN)がよく知られているが、近年、概日振動体は、SCNのみならず肝臓などの末梢臓器にも存在することが報告されている。そこで末梢と中枢の計時機構を脱共役するために雄ラットに対して明期8時間[給餌時間:zeitgeber time(ZT)2~ZT10]の周期的な制限給餌処置が施された。その結果、肝臓における第I相系薬物代謝酵素活性や主要な機能の日周リズムは、SCNの駆動振動体による直接的支配というよりも、むしろ摂食行動リズムを介した末梢臓器の計時機構によって、より優位に調律されていることが明らかとなった。

第3章では、肝臓の機能に対するGH分泌のウルトラディアン(超日)リズムの影響が調べられた。GH分泌プロファイルは性的二型性を示し、雄ラットのGH分泌がおよそ3.5時間間隔で高振幅の間欠的バーストで特徴づけられるのに対し、雌ラットのGH分泌は不規則かつ高頻度な低振幅の分泌で特徴づけられる。一方、ヒト型成長ホルモン(hGH)を構成的に発現する雄のトランスジェニック(TG)ラットでは、hGH及び内因性GHの分泌レベルが平坦化しており、雄型のパルス状分泌が認められない。そこで雄TGラットと雄の野生型(WT)ラットにおける肝臓の遺伝子発現を明暗サイクルの2時点(ZT6及びZT18)で比較したところ、TGラットでは明暗条件に関わらず、主に外因性物質、脂肪酸、ステロイドホルモン、ピルビン酸、及び多くのアミノ酸の代謝に関わる遺伝子群の発現レベルが上方又は下方制御されており、またWTラットと比較してTGラットでは、雌で優位な代表的遺伝子(Cyp2c12及びalpha-1-B glycoprotein)の発現が上方制御され、逆に、雄で優位な代表的遺伝子(Cyp2a2、Cyp2c13及びCyp3a2)の発現が下方制御されるなど、遺伝子発現プロファイルが機能的に雌型化されていることが分かった。したがって、生物学的な性ではなく、性的二型なGH分泌プロファイルが肝臓の遺伝子発現に対する性決定因子であることが示された。

第4章では、肝臓の機能に対する生物学的性差の影響が調べられた。雌雄ラットを用いて肝臓の遺伝子発現が明暗サイクルの各時期について4時間間隔(ZT2、ZT6、ZT10、ZT14、ZT18、及びZT22)で調べられた結果、雌雄間の時系列データの比較により同定された性的二型な遺伝子には、雄又は雌で優位なシトクロムP450サブファミリー(Cyp2c11、Cyp2c12、Cyp2c13、及びCyp3a2)、硫酸転移酵素(Estsul及びSult1c1)、及びGST Yc2といった代表的な性依存的遺伝子が含まれていた。生物学的パスウェイ解析の結果、性的二型な遺伝子はレチノール、外因性物質、リノール酸、又はアンドロジェン及びエストロジェンの代謝や胆汁酸の生合成に関与するものであることが示された。一方、時系列データの日周リズムを分析するためにフーリエ変換解析を用いて雌雄で普遍的に概日制御される遺伝子の抽出を行った結果、そのなかには主要な時計遺伝子や時計制御遺伝子が含まれていることが明らかとなった。興味深いことに、転写因子であるSP1及びHNF4-alphaは性的二型な遺伝子のみならず概日制御遺伝子をも統制していることが示唆され、こうしたことから性的二型性は重複する遺伝子制御ネットワークを介してサーカディアンリズムと相互連関しているものと推測された。

本研究により、肝臓における第I相系薬物代謝酵素活性や主要な代謝機能にはサーカディアンリズムが存在し、そのリズムはSCNの駆動振動体による直接的な支配よりもむしろ摂食行動リズムを介した末梢臓器の計時機構によってより優位に調律されていることが明らかとなった。こうした研究の成果は、医薬品の非臨床安全性評価における外挿性向上とともに薬物の効果を増大させながら副作用を軽減するような臨床処方のデザイン設計の適正化に寄与するものと期待され学術上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は申請者に対し博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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