学位論文要旨



No 217477
著者(漢字) 仙波,靖子
著者(英字)
著者(カナ) センバ,ヤスコ
標題(和) アオザメにおける性特異的生活史に関する生態学的研究
標題(洋) Ecological study on the sex-specific life history of shortfin mako, Isurus oxyrinchus
報告番号 217477
報告番号 乙17477
学位授与日 2011.03.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17477号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 青木,一郎
 東京大学 教授 佐野,光彦
 東京大学 准教授 山川,卓
 東海大学 教授 田中,彰
 長崎大学 教授 山口,敦子
内容要旨 要旨を表示する

異型配偶に由来する繁殖戦略の性差は形態・行動の性差や性的対立の究極要因であり、その解はそれぞれの種や個体群によって異なるため現在見られる多様な性差のパターンが表出している。性差は形態・生理・行動・生活史等の様々な形質に現れ、雌雄の形質は相互に影響を受けて変化する。性差の維持メカニズムを解明するには、繁殖戦略の性差を基軸として様々な生態的特徴をもつ種の生活史や行動の性差を包括的な観点から解釈する必要がある。

アオザメ(Isurus oxyrinchus)は世界の温帯~熱帯の外洋域に広く分布するネズミザメ科のサメで、高い活動力を有する大型の捕食性魚類である。本種は長寿命で雌が雄よりも大型化し、空間的な性的分離があるとも言われており、生活史や行動パターンにおける顕著な雌雄差が存在するものと予測される。しかし、成熟雌や妊娠個体の出現が稀であり、繁殖特性はもとより配偶システムを含む雌雄の繁殖戦略に関する知見は皆無である。長寿命の外洋性生物について、成長段階を考慮して性差を多面的に分析した研究は極めて少ない。そこで、本研究では北太平洋のアオザメにおける生活史を通じた性差のパターンの解明を目的とし、以下の項目について検討した。先ず、雌雄の生活史特性を理解するために、雌雄の成長パターンについて比較し、性成熟サイズ等の雌雄の繁殖特性を明らかにした。これらの結果に基づき、はえ縄漁業・調査で得られた高精度の性別の体長データを雌雄それぞれの成長段階に分け、各性の月別分布パターンを成長段階ごとに分析した。更に、種特異的なマイクロサテライトDNAマーカーを用いた父性判別により、繁殖行動における雌雄の関係性を推定した。

1.年齢と成長

雌雄別の成長曲線を推定し、成長の雌雄差について検討した。成長曲線の推定に先立ち、体サイズとともに脊椎骨の椎体半径が大きくなり、また椎体に形成される輪紋数も増加すること、年輪が年に1本形成されることを明らかにし、椎体の年齢形質としての妥当性を確認した。275個体(雄128個体、雌147個体)の椎体に形成される輪紋を計測し、出生サイズを考慮したvon Bertalanffy 成長モデルにより雌雄別の成長曲線を推定した。雌雄の成長パラメータは有意に異なることが示された。体長170cm(約7才)までは雌雄ともに成長速度はほぼ同じであるが、それ以降になると雄の成長速度が鈍化するのに対し、雌は成長を続け、推定最大体長(L∞)は雄は231.0cm、雌は308.3cmと雌の方が雄よりも大型化することが示された。この結果は、既報の漁獲記録や他の海域における既往の研究にも合致するものであり、雌が雄よりも著しく大型化するfemale-biased sexual size dimorphismの存在が北太平洋のアオザメについても明らかになった。

2.繁殖特性

雌雄別の繁殖特性と雌の妊娠期間及び出産時期について明らかにした。雄の成熟についてはクラスパーの発達程度を、雌の成熟については現在及び過去の妊娠経験を基準として、476個体(雄123個体、353個体)の成熟状態を調べ、50%成熟体長を推定した。その結果、雄は156cm (5.2才)、雌は256cm(17.2才)で性成熟すると推定され、雌は性成熟に雄の3倍近くの時間を要するsexual bimaturismの存在が明らかになった。

成熟した雄のGSIの値を月別に比較した結果、GSIは1月から6月にかけて徐々に高くなり、7月~11月にかけて緩やかに低下し、11-12月に最も低い値を示した。雌については、成熟個体の標本が限られていたが、GSIの値は2~6月はその他の月よりも高い傾向にあった。また、交尾後間もない個体や妊娠初期の個体が9~10月に多く観察されたことから、交尾は9月以前の時期に行われると推察された。これらの結果から、本種の繁殖期は4~9月と推定され、比較的長期間に渡って続くものと考えられる。

のべ12個体の妊娠個体及び胎仔の情報をもとに、妊娠期間、出産時期を推定した。7個体の妊娠個体から採集した様々な発達段階の胎仔の月別平均体長を3つの成長モデル(線形モデル・修正Gompertzモデル・von Bertalanffyモデル)に当てはめ、胎仔期の成長をモデル化した。AICによるモデル選択で選ばれた後者2つの成長曲線の逆関数を用い、受精から出生までに要する日数は9-13カ月と推定した。妊娠個体の卵巣卵の卵径を胎仔の発達段階別に比較したところ、胎仔の発達と卵径の発達は比例していないことから、交尾は出産後に引き続いて生じず、休止期を経て起こるものと推察された。休止期の推定は今後の課題であるが、推定された妊娠期間はこれまでの推定値より約1年短く、本種の繁殖サイクルがこれまで考えられていたよりも短いことを示唆している。胎仔の月別体長変化や幼魚及び出産直後の雌の出現パターンより、胎仔は体長59-60cmで1~6月の間に生まれると推察された。また、一腹の産仔数(範囲:8-17個体, 平均:11.8個体)は雌の体サイズに伴い増加することが示された。

これらの結果を考え合わせると、本種の繁殖力はこれまで考えられていたよりも高く、雌は成熟までに長時間を要するものの(コスト)、生存率の高い子を産出し、その数は出産回数を経るとともに増加する(ベネフィット)ことが示唆された。

3.成長に伴う時空間的分布様式

行動パターンの性差に関して、雌雄の分布パターンに注目した。本種は長寿命であることを考慮して、まず全個体を未成魚(雌雄ともに150cm未満)・成魚(雄は150cm以上、雌は250cm以上)に分けて成長段階毎の出現変化を月別に分析し、次いで雌雄別の比較を行った。また、世界的に知見の少ない妊娠個体の分布に関する情報を取りまとめた。2006~2008年にかけて収集した緯度・経度1°×1°区画のはえ縄漁業による漁獲データをもとに、月、緯度、経度、表面水温、漁獲尾数を説明変数にとり、漁獲尾数に占める各属性を有する個体の割合を応答変数としてロジスティック回帰分析によって分析した。AICに基づくモデル選択を行った結果、月・緯度・経度をクラス変数に、水温・漁獲尾数を連続変数とするモデルが選ばれた。分析の結果、未成魚と成魚では日付変更線を挟んで分布パターンに違いが現れ、未成魚は1~5月までは北太平洋全体に高頻度に分布するが、西経域(特に180-160°W)では6月頃になると徐々に頻度が低下し、成熟個体(主に雄)の割合が高くなることがわかった。未成魚について、未成熟雌が年間を通じて東経域(30°N以北)に高頻度で分布するのに対し、未成魚雄は低頻度であるが南方及び西経域まで分布する傾向が見られた。また、雌雄ともに成熟に伴い分布域を東経域から西経域へと広げていくことが明らかになった。

成熟雌は北太平洋の東西に広く分布し、妊娠個体の分布については胎仔の発達段階と表面水温の間に負の相関が見られた。妊娠初期の雌は、妊娠中期~出産直前の雌に比べて表面水温の高い環境に多く分布する傾向が見られた。

これらの結果から、アオザメは成長に伴い東経域から西経域へと分布域を広げること、拡大パターンは雌雄で異なること、雌については妊娠段階においても分布環境を変えることが示唆された。

4.配偶システム

体サイズ及び生活史特性において性的二型が見られる雌雄間において、繁殖における関係性を調べるためにマイクロサテライトDNAマーカーを用いた父性判別による配偶システムの推定を行った。父性判別の実施にあたり、北太平洋におけるアオザメのゲノムを用いて多型性の高い8つのマイクロサテライトDNAマーカーを開発し、7個体の妊娠個体とそれぞれの一腹の胎仔に適用した結果、1個体の雌の繁殖に関与した雄の数は平均2.4(範囲:1~7)であった。また、分析した7個体の妊娠個体のうち5個体(71.4%)が複数の雄と交尾し受精に至っており、繁殖に関与する雄の数は雌の体サイズとともに増加することが明らかになった。この結果は、同時に、一腹の胎仔数が多くなるとともに関与する雄の数が増加することを示すものであり、体サイズの大きな雌にとっては多くの雄と交尾することが産仔数の増加と繋がることが推察された。また、複数雄が関与した一腹の胎仔について雄の貢献度を調べた結果、受精した子の数は雄間で大きな偏りがあり、半数近くの胎仔は1個体の雄によって、その他の胎仔はほぼ均等に残りの雄によって受精されたものであることがわかった。一方、一腹の胎仔の体長を雄親別に比較した結果、雄親によるサイズの違いはなかった。これらの結果から、本種の繁殖行動では1個体の雌に対し複数の雄が交尾に関与し、雌は短期間のうちにこれらの雄と交尾を行うこと、雄間には精子競争が存在する可能性が示唆された。

まとめ

本研究では、外洋域に広範囲に棲息するアオザメを対象として、成長・成熟・行動の性差を明らかにし、推定した配偶システムに基づいて生活史の性差の総合的な理解を試みた。雄は雌よりも若齢で繁殖に参加して雌との配偶機会を増やすのに対し、雌は雄の3倍以上の時間をかけて成熟し出生サイズを大きくするとともに、多くの雄と交尾をすることで産仔数を増やしていると推察された。また、10年以上の寿命の過程において、雌雄ともに外洋域という広大なハビタットの利用パターンを多様なスケールで変化させていることが明らかになった。個体群管理や人為的かく乱の影響評価を高度化させるためには、更に雌雄別の死亡率やより詳細な回遊パターンを明らかにするとともに、配偶システムや利用対象の性・成長段階を考慮に入れた検討が必要と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

アオザメ(Isurus oxyrinchus)は世界の温帯~熱帯の外洋域に広く分布するネズミザメ科のサメで、長寿命で高い活動力を有する大型の捕食性魚類である。しかし、成熟雌や妊娠個体の出現が稀であり、繁殖特性はもとより配偶システムを含む雌雄の繁殖戦略に関する知見は皆無である。本論文は北太平洋のアオザメにおける生活史を通した性差のパターンの解明を目的とし、雌雄の成長、繁殖、分布および配偶システムについて検討したものであり、6章からなる。

第1章の序論に続き第2章では雌雄別の成長曲線を推定し、成長の雌雄差について検討した。脊椎骨の椎体に形成される輪紋を計測し、出生サイズを考慮したvon Bertalanffy 成長モデルをあてはめた。体長170cm(約7才)までは雌雄ともに成長速度はほぼ同じであるが、それ以降になると雄の成長速度が鈍化するのに対し、雌は成長を続け、推定最大体長(L∞)は、雄は231.0cm、雌は308.3cmと雌の方が雄よりも大型化することが示された。北太平洋のアオザメについても雌が雄よりも著しく大型化するfemale-biased sexual size dimorphismの存在を明らかにした。

第3章では雌雄別の繁殖特性と雌の妊娠期間及び出産時期を明らかにした。50%成熟体長は、雄では156cm (5.2才)、雌では256cm(17.2才)となり、雌は性成熟に雄の3倍近くの時間を要するsexual bimaturismの存在が明らかになった。雌雄の生殖腺重量指数の季節変化および交尾後間もない個体や妊娠初期の個体の出現時期から本種の繁殖期は比較的長期間に渡って続き4~9月と推定された。妊娠個体から採集した様々な発達段階の胎仔の月別平均体長を成長モデルにあてはめた結果、受精から出生までに要する期間は9~13カ月であった。この妊娠期間はこれまでの推定値より約1年短く、本種の繁殖サイクルがこれまで考えられていたよりも短いことを示唆している。胎仔の月別体長変化や幼魚及び出産直後の雌の出現パターンより、胎仔は体長約60cmで1~6月の間に生まれると推定された。また、一腹の産仔数(範囲:8-17個体, 平均:11.8個体)は雌の体サイズに伴い増加することが示された。

第4章では、主にはえ縄漁業による漁獲データをもとに、成長段階毎の出現変化を月別に分析し、次いで雌雄別の比較を行った。また、世界的に知見の少ない妊娠個体の分布に関する情報を取りまとめた。未成魚と成魚では日付変更線を挟んで分布パターンに違いが現れ、未成魚は1~5月までは北太平洋全体に高頻度に分布するが、西経域では6月頃になると徐々に頻度が低下し、成熟個体(主に雄)の割合が高くなることがわかった。未成魚では、雌が年間を通じて30°N以北の東経域に高頻度に分布するのに対し、雄は低頻度であるが南方及び西経域まで分布する傾向が見られた。また、雌雄ともに成熟に伴い分布域を東経域から西経域へと広げていくことが明らかになった。胎仔の発達段階と妊娠個体の分布する表面水温の間に負の相関が見られ、妊娠初期の雌は、妊娠中期~出産直前の雌に比べて表面水温の高い環境に多く分布することがわかった。

第5章では、DNAによる父性判別手法を用いて配偶システムを明らかにした。妊娠個体とそれぞれの一腹の胎仔に適用した結果、1個体の雌の繁殖に関与した雄の数は平均2.4(範囲:1~4)であった。繁殖に関与する雄の数は雌の体サイズとともに増加することが明らかになった。また、複数雄が関与した一腹の胎仔について雄の貢献度を調べた結果、受精した胎仔の数は雄間で大きな偏りがあり、半数近くの胎仔は1個体の雄によって、その他の胎仔はほぼ均等に残りの雄によって受精されたものであることがわかり、雄間には精子競争が存在する可能性を示した。

第6章は総合考察である。雄は雌よりも若齢で繁殖に参加して雌との配偶機会を増やすのに対し、雌は雄の3倍以上の時間をかけて成熟し出生サイズを大きくするとともに、多くの雄と交尾をすることで産仔数を増やすという生活史戦略をもつこと、そして10年以上の寿命の過程において、雌雄それぞれが外洋域という広大なハビタットの利用パターンを多様なスケールで変化させていると結論した。最後に本研究成果を踏まえてアオザメの保全について論じている。

以上、本論文では、外洋域に広範囲に棲息するアオザメを対象として、成長・繁殖・行動の性差および配偶システムを明らかにし、生活史の性差の総合的な理解を試みた。この成果は個体群管理や人為的かく乱の影響評価に雌雄差という新たな視点と有益な知見を与えるものであり、学術上、応用上の貢献は大きく審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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