学位論文要旨



No 217479
著者(漢字) 恒國,光義
著者(英字)
著者(カナ) ツネクニ,ミツヨシ
標題(和) ひび割れ幅とコンクリートのひずみの計測を利用したコンクリートはり部材の健全性評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 217479
報告番号 乙17479
学位授与日 2011.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17479号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 加藤,佳孝
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 准教授 桑野,玲子
 東京大学 講師 長山,智則
 東京大学 教授 中埜,良昭
 土木研究所 理事長 魚本,健人
内容要旨 要旨を表示する

コンクリートは鋼などの他の建設材料と比較して,コストの優位性や成型の容易さなどから社会基盤などの広範囲の構造物に用いられ,わが国の経済の発展や国民の安全の確保に大きく寄与してきたことは周知の事実である。しかし,近年では,トンネル覆工コンクリートの剥落事故に見られるように,劣化の顕在化が社会的な問題となる場合も見られ,コンクリート構造物の維持管理の重要性が増している。土木構造物の代表的なものの一つであるコンクリート道路橋について見れば,橋長15m以上の橋の数は約71,000になり,その約半数が1975年頃の高度経済成長期後半までに架設されたものであり,既に架設から35年以上が経過して老朽化が進行している。また,1995年の設計荷重の改定前に架設されたコンクリート橋が大半を占めることや,近年の交通量の増大,車両の重量化と相まって,今後,劣化した橋の数と,大規模な補修や架替えのための費用の増大が懸念されている。その一方で,到来する人口減少社会や高齢化社会により,建設投資は抑制される傾向にあることから,今後は,既存構造物の健全性を定量的に評価し,適切な補修や補強といった対策を講じることで延命化を図りながら供用していくことが必要となる。

現状のコンクリート構造物の維持管理における健全性の評価は,主に,点検員の目視による外観上の劣化の状態に基づいた,4段階程度のグレーディングによる評価が中心であると考えられる。しかし,本研究で取り上げるプレストレストコンクリート(以下,「PC」と略す)はリ部材のプレストレス力の低下や,鉄筋コンクリート(以下,「RC」と略す)はり部材の疲労の進行といった劣化については,外観上の状態だけでは判定が難しいことから,これらの健全性を定量的に評価するための技術の開発が急務であると考える。

PCはり部材の残存プレストレス力の評価については,鋼材の磁気特性の計測によるPC鋼材の緊張力の評価,コンクリートに設けた切欠きの変形の計測によるコンクリート応力の評価など,残存プレストレス力の絶対値を評価するこが可能な技術も確立されている。しかし,前者はPC鋼材へセンサを取付ける必要があることから,既設の内ケーブル方式への適用が難しく,後者は,切欠き周辺では応力が解放されることから既設構造物の同一断面で繰返して適用することができないといった課題がある。その他の方法として,PC鋼材が破断するときの弾性波を計測することで,破断に伴うプレストレス力の低下を評価する方法もある。この方法は既設構造物への適用は容易であるが,供用途中からの適用した場合で,破断したPC鋼材の本数の合計が特定できないと,残存プレストレス力の絶対値を評価することができないことが課題となる。

そこで本研究では,既設PCはり部材に適用が容易で,残存プレストレス力の絶対値を評価することが可能な手法の開発を目的とした。提案手法は,荷重の増分によって引張縁での圧縮応力がゼロとなったときに曲げひび割れが開口し,除荷した後には再び閉じるという挙動に着目して残存プレストレス力を推定するものである。実構造物と同様にプレストレス力を導入した基準試験体,プレストレス力をその70%,30%とした3体のPCはり試験体を作製し,荷重増分時のひび割れ開口の評価方法や,残存プレストレス力の推定精度について検討を行った。基準試験体と,プレストレス力をその70%とした試験体については,誤差10%以下で残留プレストレスを推定することが可能であった。さらに,PCはり部材では,曲げひび割れが開口するまでは全断面有効の弾性体に近い挙動を示すことから,残存プレストレス力の推定に必要なひび割れ開口時の曲げモーメントと中立軸高さを,圧縮縁と引張縁のコンクリートのひずみを用いて,平面保持の仮定を利用して推定できることを示した。これは,一般的には煩雑で費用を要することになる実構造物での荷重の計測を行うことなく,残存プレストレス力の推定を可能にする方法を提案したものである。また,ひび割れ幅の計測にはπ型変位計,圧縮縁と引張縁のコンクリートのひずみの計測にはひずみゲージを用いており,比較的安価で簡易的な計測であることから,多数の構造物への適用が可能であると考えている。

次に,架設から40年が経過したPC道路橋へ本提案手法の適用を図った。対象橋は,延長約1.1km,50径間のPC橋と鋼橋からなる高架橋であり,PC橋は支間長20m,片側2車線の単純ポステンT桁橋である。全径間のうちの6径間で,1本の主桁に最大7本の曲げひび割れが確認された。室内載荷試験と同様に支間中央付近のひび割れ幅,ひび割れ間のコンクリートのひずみについて,π型変位計とひずみゲージを用いて計測を行った。その結果,重量車の走行に対してひび割れが開口する挙動を,室内載荷試験と同様に捉えることができることを確認した。また,検討の結果,対象橋のプレストレス力は設計値の約80%と推定され,確認された曲げひび割れの要因はプレストレス力の減少によるものであることを推察することができた。

本研究では,RCはり部材の疲労の進行評価についても検討を行っている。RCはり部材の疲労進行の評価手法としては,圧縮コンクリートや引張鉄筋といった構成材料のS-N線式を用いた線形累積損傷則がある。この方法では,材料の応力振幅や繰返し回数が必要となることから実構造物では連続した計測が必要となり,かつ,引張鉄筋の応力振幅を計測するためにはかぶりコンクリートのはつりを伴うことから,既設構造物に適応する上では労力を要する。また,コンクリートや補強鋼材を対象として,線形破壊力学の破壊靭性パラメータを用いた疲労亀裂進展則に基づく進行の予測方法もあるが,パラメータの妥当性や,コンクリート内部の補強鋼材の亀裂の進展を知るためのはつり作業を必要とする。一方,部材の挙動に基づく疲労進行の評価手法として,圧縮コンクリートのサイクリッククリープと弾性係数の低下,引張域のひび割れと部材の断面2次モーメントの低下を用いた評価があるが,応力振幅や繰返し回数を知るための連続した計測が必要となる。また,上述の線形累積損傷則も同様であるが,既設構造物へ適用する場合,構造物の供用開始からの疲労の累積が不明であるといった課題があり,計測開始時点からの疲労の進展の予測にとどまる場合が多いのが現状であると考えられる。

そこで本研究ではRCはり部材を対象として,繰返しを受ける初期からの疲労の損傷の進行を,応力振幅や繰返し回数を計測することなく評価できる手法の構築を目的とした。手法の構築に当たって,まず,引張鉄筋比を0.66~1.29%とした3体のRCはり試験体を作製し,室内での疲労試験を行っている。繰返し載荷に対するたわみ増大,ひび割れ性状,圧縮域コンクリートの損傷などを分析している。その結果,従来から用いられている引張域のひび割れと有効断面2次モーメントの低下に加えて,本研究では繰返し載荷に伴う圧縮コンクリートの弾塑性挙動を考慮したときの載荷時の最大たわみと残留たわみの関係によって疲労の進行をモデル化した。ただし,既設構造物では部材のたわみを計測することは,計器の設置や費用の面から難しい場合が多い。そこで,本研究では,ひび割れ幅から推定した引張鉄筋のひずみと,圧縮縁コンクリートのひずみを用いて平面保持を仮定したときの計測断面の曲率をたわみの代替指標として用いている。さらに,一定の圧縮縁のひずみ(例えば100μ)での曲率と,残留曲率の関係を用いることで,部材に作用する荷重を計測することなく疲労の進行を評価する方法も提案している。

次に,最大荷重や載荷速度,断面の異なる繰返し載荷試験結果に対して,上述の提案手法による疲労の進行の評価を行った。その結果,最大荷重や載荷速度が異なる場合であっても,一定の圧縮ひずみに対する曲率と残留曲率との関係の差は小さいと考えられ,断面に作用する荷重や繰返し回数を用いることなく疲労の進行を評価することができる可能性を示した。

ここでの試験体の計測もPCはり部材と同様に,ひび割れ幅はπ型変位計,圧縮縁のひずみはひずみゲージを用いており,比較的安価で多数の構造物への適用が容易な計測方法を目指している。

本研究では,曲げひび割れを有するプレストレストコンクリートおよび鉄筋コンクリートはり部材を対象として,残存プレストレスの推定方法や,疲労の進行の評価方法の構築を図った。PCはり部材の残存プレストレス力の推定では,従来の手法では困難であった既設構造物での絶対値の推定を可能とした。また,RCはり部材の疲労の進行評価では,残留変形と荷重載荷時の最大変形の関係に基づいて,繰返し荷重を受ける初期からの疲労の進行を評価できる可能性を示した。また,いずれの手法も,ひび割れ幅とコンクリート表面のひずみの計測を利用したものであり,π型変位計やひずみゲージといった簡易的な計測器具を用いることが可能である。また,提案手法は,断面の曲げモーメントや荷重の計測を行う必要がないことから,同種の劣化が生じた複数の既設構造物への適用が比較的容易で安価な方法であり,定量的な健全性評価に基づく維持管理に資するものであると考えている。今後の課題として,PCはり部材では軸方向鉄筋量の影響,PCおよびRCはり部材ともに,丸鋼や異形鉄筋といった鋼材種の影響,あるいは鉄筋の腐食の影響を明らかにする必要があると考える。

審査要旨 要旨を表示する

膨大なコンクリート構造物を抱えるわが国においては,効率的で適切な健全度評価手法の確立が望まれているが,維持管理の中心として実施される日常点検,あるいは定期点検の方法として一般的に行われているのは,点検員によってコンクリート表面の変状を外観する近接目視が中心であり,外観上の劣化程度に応じたグレーディングによる評価となっている。しかし,PCはり部材のプレストレス力の低下や,RCはり部材の疲労の進行といった劣化については,外観の変状だけでは判定が難しい。これまでにも幾つかの手法が提案されてはいるが,現場への適用が困難などの理由から広く普及していないのが現状である。本論文は,曲げひび割れを有するPCおよびRCはり部材を対象として,その劣化の進行を定量的に評価するための計測方法と評価方法の構築を目的として,PCはり部材については,残存プレストレス力の絶対値を非破壊的に推定する方法,RCはり部材については,既設構造物であっても繰返し荷重を受け始める初期からの疲労の進行を,応力振幅や繰返し回数の計測を行うことなく評価する手法を提案したものである。いずれも,簡易で安価な計測を使用しているため,現場に広く展開できる可能性を有している。

第1章は序論であり,今後,劣化したコンクリート構造物が増大する可能性があることを示すとともに,定量的な健全性評価の重要性について述べ,本研究の目的の重要性を明確としている。

第2章は既往の研究であり,PC部材の残存プレストレス力の推定,およびコンクリートやRC部材の疲労の評価に関する既往の研究,指針類における健全性評価についてとりまとめを行っている。既往の情報を整理し,解決すべく課題を明確とした上で,提案する手法の特徴を明らかにしている。

第3章は曲げひび割れが生じたPCはり部材を対象として,残存プレストレス力の推定方法を提案している。載荷時のひび割れ幅とコンクリートひずみの計測から,載荷時にひび割れが開口する時点を評価し,そのときの部材に作用する曲げモーメントに基づいて残存プレストレス力を推定する手法を提案している。部材に作用する曲げモーメントは,計測断面のひずみ分布の計測に基づいて評価することで,載荷試験のように荷重を計測する必要のない方法を示している。

第4章は提案手法の実構造物への適用性について検討を行っている。実構造物においても,ひずみゲージによるコンクリートのひずみの計測と,π型変位計によるひび割れ幅の計測により,試験体の室内載荷試験と同様に残存プレストレス力の推定が可能であることを示している。

第5章はRCはり部材を対象として,繰返し荷重に対する疲労の進行のモデル化について提案を行っている。圧縮域コンクリートの損傷に,弾塑性破壊モデルを適用することで,荷重に対する変形と残留変形の関係から疲労の進行をモデル化している。このモデル化により,従来のように応力振幅やその繰返し回数を計測することなく,載荷時の変形と残留変形から疲労の進行を評価できる可能性があることを示している。また,載荷時の変形や残留変形として,圧縮縁のひずみと,ひび割れ幅から推定した鉄筋ひずみを用いた計測断面の曲率を用いる方法も示している。さらに,載荷時の曲率として,一定の圧縮縁のひずみのときの曲率を用いることで,荷重を計測することなく疲労の進行の評価が可能であることを提案している。

第6章は結論であり,本論文で得られた成果をまとめるとともに,今後の課題を挙げ本論文の結びとしている.

以上を要約すると,曲げひび割れを有するPCおよびRCはり部材を対象として,その劣化の進行を定量的に評価するための簡易な計測手法に基づく評価方法の提案を行ったものであり,コンクリート工学の発展に寄与するところ大である.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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