学位論文要旨



No 217480
著者(漢字) 石関,嘉一
著者(英字)
著者(カナ) イシゼキ,ヨシカズ
標題(和) 吹付けコンクリートのリバウンドに関する研究
標題(洋)
報告番号 217480
報告番号 乙17480
学位授与日 2011.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17480号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 加藤,佳孝
 東京大学 教授 目黒,公郎
 東京大学 教授 岸,利治
 東京大学 准教授 野口,貴文
 土木研究所 理事長 魚本,健人
 徳島大学 教授 橋本,親典
内容要旨 要旨を表示する

ここ数年大断面トンネルや,吹付けコンクリートで永久覆工とするシングルシェルライニングの導入を目的として,新しい急結剤や施工機械の開発,各種混和材の添加やコンクリート製造方法の研究開発が行われるようになった。しかしながらその品質やメカニズムを詳細に検討した研究報告は少なく,吹付けコンクリートの理論的な解明を行わずに新規材料や施工方法を導入している。これは,吹付けコンクリートの施工を主に,経験的要素に頼ることで解決してきたことが原因となっている。今後の材料あるいは機械開発のためには,従来施工されている吹付けコンクリートに,材料および吹付けシステムから研究的アプローチを加えて特性を明らかにし,これまで経験に頼ってきた要素を理論的に体系化することが重要な視点となる。一般に,吹付けコンクリートの施工性は,配合条件あるいは吹付けの空気流量,吹付け距離および吐出量といった,各種吹付け条件に大きく左右されるため,実施工における品質の評価が難しい。特に,コンクリートが吹付け面に付着できずに脱落してしまう現象であるリバウンドの発生原因は,配合条件や施工条件等の多くの要因が関係している。しかし,施工現場は工期に追われ実施工を優先しており,また,実験室レベルで吹付けコンクリートの実験を行うのは困難なため,研究的アプローチからの解明は充分に行われていない。そのため,現状では1,000mのトンネルで,吹付けコンクリートは4,000m3から5,000m3程度使用され,リバウンド率が30%の場合,1,200m3から1,500m3のリバウンドが発生することとなり,岩ズリと共に廃棄されている。リバウンドが大量に発生することにより,天然資源の使用量の増大,トンネルから発生する岩ズリとの分離や処分場選定等の環境面からの問題が起こっている。これらの問題により,建設コストは増大し,経済状況が厳しい国や地方公共団体の大きな負担となっている。これらの状況を改善するためにもリバウンドを低減し,環境負荷およびコストを低減することが建設事業に関わる研究者の責務であると考える。

吹付けコンクリートの品質として,重要である圧縮強度はリバウンドの大小の影響を受けないことがわかっている。また,吹付けコンクリートの設計基準強度は通常18N/mm2であり,単位セメント量は360kg/m3と,通常の設計基準強度18N/mm2の打ち込みコンクリートと比較して,100kg/m3程度多い。これは,吹付けコンクリートの施工によるばらつきを考慮した結果である。よって,現行の標準的な配合では,リバウンドが発生し品質がばらついても所定の圧縮強度を確保できると考えられるため,圧縮強度に関する検討は今回の研究から除外した。さらに,耐久性の観点から検討をすると,通常のトンネルは吹付けコンクリートの施工を行った後,2次覆工のコンクリートによって全面を覆われてしまう。よって,現行のトンネル施工体系の基で,吹付けコンクリートの耐久性を検討する必要はないと考えられている。以上より,現行の基準において,リバウンド発生のメカニズムを解明し,リバウンドを低減することが,吹付けコンクリートの研究において,最も重要であると考える。

吹付けコンクリートのリバウンド発生は,既往の研究から配合条件と施工条件に起因していると言われている。特に,配合条件ではコンクリートに混和材を添加することにより,コンクリート中のモルタルの粘性が増加し付着強度が増加するため,リバウンドが低減するとされている。しかし,粘性が増加したコンクリートを吹付け圧送した場合,配管内の圧力が上昇し,閉塞気味になり,吹付けコンクリートの吹付力が小さくなる。従って,リバウンドの低減は,粘性が増加し付着強度が増加したためだけではなく,粘性の増加によって配管内の圧力が上昇し,施工条件が変化したためであると考えた。よって,配合条件を変化させて,吹付け実験を行い,配管内とリバウンドにどのような影響を及ぼすか検討した。

また,施工条件に起因するリバウンドの発生原因については,ノズルと吹付け面の距離(吹付け距離)が大きく影響しているとされている。しかし,これらのメカニズムを解明した研究はない。さらに,吹付けコンクリートは,コンクリートを圧縮空気で搬送しているにもかかわらず,搬送をしている空気流量とリバウンドの関係について,評価している研究がない。そこで,吹付け距離と配管内の空気流量を測定することにより,吹付けコンクリートの施工性とリバウンドの関係を評価できると考え検討した。

先ず,配合条件を評価する目的で,コンクリートに混和材を置換し,吹付け実験を実施し,圧送性状およびリバウンド発生原因について検討した。その結果,コンクリートに混和材を置換することによりモルタルの組成が変化し,管内圧力と空気流量に変化が生じることが明らかとなった。また,空気流量が増加するとリバウンド率も増加する傾向が認められた。よって,混和材を置換することにより,リバウンドを抑制する方向に吹付けコンクリートの圧送性状を導いていることが明らかとなった。混和材の置換による,管内圧力の変動および空気流量の低下のメカニズムについては,コンクリート中のモルタルの塑性粘度が影響していると考え,コンクリート中のモルタルの塑性粘度を測定した。その結果,塑性粘度が上昇すると管内圧力が大きくなった。また,それに伴い空気流量が低下し,リバウンド率も低下することが判った。これによって,吹付け時の管内圧力と塑性粘度には相関があることが解明でき,塑性粘度を測定することにより,吹付けコンクリートを圧送する空気流量を推定することが可能となった。しかし,塑性粘度を大きくしすぎると,リバウンドは低減するが,圧送性状が著しく低下してしまう。既往の研究により,空気流量が7.0m3/min程度以上である場合,脈動が無く安定的な吹付けが行えるとしている。よって,7.0m3/min程度以上の空気流量を確保するためには,吹付けコンクリートの塑性粘度は3.0 MPa・s未満にする必要があることが明らかとなった。

次に,施工条件の評価をする目的で,ノズルと吹付け面の距離(吹付け距離)と,コンクリートを圧送する空気流量を変化させ,リバウンド発生原因を検討した。吹付け距離は0.5m,1.5m,2.0m,3.5mの4水準とした。コンクリートを圧送する空気流量は,7.0m3/min,9.0 m3/min,16.0 m3/minの3水準とした。また,リバウンドの発生原因を特定する目的で,リバウンドを2種類に分別して採取した。リバウンドの分別は,ノズルから噴出したコンクリートが吹付け面に付着した後,後から吹きつけられるコンクリートに押し出される「だれによるリバウンド率」と吹付け面から跳ね返ったものもしくは吹付け面に到達する前に脱落した「跳ね返りによるリバウンド率」とした。吹付け距離が0.5mの時,リバウンド率は最大となり,吹付け距離1.5mの時,リバウンド率は最小となった。吹付け距離1.5m以降は,距離の増加とともにリバウンド量が増加した。リバウンド率の内訳として,吹付け距離0.5mのとき,だれによるリバウンド率が93%を占めるのに対して,吹付け距離3.5mの時,跳ね返りによるリバウンド率が70%を占める結果となった。これらの原因として,ノズルから噴流される吹付けコンクリートの噴流エネルギーが大きく影響していると考え,吹付けコンクリートの速度を測定することとした。

吹付けコンクリートの速度を計測した結果,空気流量の増加にともない,コンクリートの平均粒子速度が増加することが明らかになった。また,ノズルから噴流する際,コンクリートはほぼ円錐状に拡散していることが確認できた。つまり,吹付け距離が増加すると吹付け面積が増加することとなる。そのため,距離に応じて吹付け面に作用する仕事量は変化すると考えた。そこで,リバウンドに対する空気流量と吹付け距離の影響を検討するためには,吹付け面におけるコンクリートの平均粒子速度と拡散を考慮した上で,単位面積あたりの噴流エネルギー(吹付けエネルギー)の検討をする必要があると考えた。吹付けエネルギーを算出した結果,吹付け距離0.5mと吹付け距離3.5mでは,吹付け距離0.5mの方が,吹付けエネルギーが400倍程度も大きくなっている。そこで,吹付けエネルギーとリバウンドの発生状態を比較した。その結果,吹付けエネルギーが大きい場合,だれによるリバウンドが増加し,吹付けエネルギーが小さい場合,跳ね返りによるリバウンドが増加していることが確認でき,吹付けエネルギーとリバウンドの関係が明らかとなった。空気流量9.0m3/minの場合,吹付けエネルギーを15×102kg/s2以上,30×102kg/s2以下の範囲に設定することにより,吹付けコンクリートのリバウンドが最低になることが確認できた。この指標を用いることで,リバウンドを低減できる空気流量と吹付け距離の組み合わせを設定することが可能であることを明らかにした。

これまでに得られた実験結果を検証する目的で,異なる施工機械および材料を用いて,吹付け実験を実施した。まず,吹付け距離1.5mおよび空気流量9.0m3/minの同一条件で,塑性粘度の違う2種類の配合を用いて吹付け実験を行った結果,2種類ともほぼ,同程度のリバウンド率となった。また,同一配合で,空気流量を9.0m3/minと7.0m3/minの条件の下,吹付け実験を行った結果,吹付けエネルギーが15×102kg/s2から30×102kg/s2の範囲でリバウンド率がほぼ最低となった。さらに,施工中の実トンネルを用いて,空気流量10.0 m3/min,吹付け距離を1m,2m,3mに変化させて,吹付け実験を実施した。吹付けエネルギーを推定した結果,吹付け距離2mの時にリバウンド率が24%となり,吹付けエネルギーの上限値とほぼ一致した。よって,吹付け距離および空気流量を設定することで,吹付けエネルギーを制御し,リバウンドを低減できることが実証できた。

今回の研究により吹付けコンクリートのリバウンドの発生原因は,吹付け距離,モルタルの塑性粘度および空気流量等が主要因であることが明らかとなった。これらの要因を吹付けエネルギーに置き換えることにより,リバウンドを抑制する方法が明確となった。

審査要旨 要旨を表示する

今日,NATM(New Austria Tunnel Method)工法はトンネル施工に導入されてから数十年が経過し,その間NATM工法の主要な支保部材である吹付けコンクリートは,材料や施工システムの開発により発展してきている.ここ数年では,大断面トンネルやシングルシェルライニングの導入を目的として,新たな技術開発が行われるようになった.これまでの技術開発は,吹付け機構を詳細に検討するのではなく,主に経験的要素に基づいて行われてきている.特に,コンクリートが吹付け面に付着できずに脱落してしまう現象であるリバウンドの発生は,配合条件や施工条件等の多くの要因が関係しており,経験的な施工に基づいた現状のシステムでの場合,リバウンドの発生割合が約30%と極めて高く,多量の廃棄物を発生している.加えて,労働人口の減少にともなう技術の伝承問題の観点から,ノズルマン技術の暗黙知を形式知とするためにも,吹付け機構の解明が極めて重要な課題となってきている.本論文は,吹付けコンクリートのリバウンドの発生機構を解明するために,コンクリートの配合および施工方法の影響を把握し,これらの結果に基づいてリバウンド発生の評価指標として単位面積当たりの噴流エネルギー(吹付けエネルギー)を提案したものである.これにより,現場条件に応じてリバウンド発生率を低減させる,配合および施工条件の設計を可能としている.

第1章は序論であり,吹付けコンクリートの黎明期から現在まで技術的変遷を述べ,施工に対する問題点を挙げて,本研究の背景,目的および構成について述べている.

第2章は既往の研究であり,吹付け施工に関わる機材システム,配管内の圧送条件ならびに空気流量,施工条件,配合条件等の要因が吹付けコンクリート施工に及ぼす影響に関する既往研究を分析し,吹付け機構が十分に解明されていないことを示している.

第3章では,配合条件がリバウンド発生に及ぼす影響を検討している.コンクリート中のモルタルの塑性粘度が上昇すると管内圧力が増大し,それに伴い空気流量が低下し,結果としてリバウンド率が低下することを明かとしている.脈動や閉塞を抑制するためには,塑性粘度を3.0MPa・s以下に設定することが重要であることを提案している.

第4章では,吹付け距離および空気流量がリバウンド発生に及ぼす影響について検討している.その結果,吹付け距離の違いにより,リバウンド発生の原因が異なることを明らかとし,この現象を解明するために吹付け速度の必要性について言及している.

第5章では,吹き付けられるコンクリートの平均粒子速度を計測し,リバウンドの発生機構について検討している.高速度ビデオを用いて吹付け状況を撮影し,濃度相関法をベースとした粒子追跡法によって吹付け速度が把握できることを示している.また,吹付け距離の増加にともなう吹付けコンクリートの拡散面積に着目し,速度と拡散面積から単位面積当たりの噴流エネルギー(吹付けエネルギー)を求め,これがリバウンドの発生に影響を及ぼしていることを提案している.実験結果より,吹付けエネルギーを15×102kg/s2~30×102kg/s2の範囲に設定することで,リバウンドの発生を抑制できると提案している.

第6章では,提案した吹付けエネルギーの妥当性を実験的に検証している.通常配合と混和材置換により塑性粘度を変えた配合の2種類を用い,空気流量および吹付け距離を同一条件とした結果より,両者ともほぼ同一のリバウンド発生状況となったことを確認している.さらに,通常配合を用いて,2水準の空気流量および4種類の吹付け距離条件で吹付け実験を行った結果,吹付けエネルギーが15×102kg/s2~30×102kg/s2でリバウンド率がほぼ最低となることを確認している.最後に,実トンネルの実証実験では,吹付け距離2mの時にリバウンド率が24%となり,吹付けエネルギーの上限値とほぼ一致していることを確認している.これらの実験により,適切な吹付けエネルギーの範囲を実現できる空気流量および吹付け距離を設定することで,リバウンドを低減できることを実証している.

第7章は結論であり,各章ごとに得られた成果をまとめ,本研究の有用性を示すとともに,今後の技術課題を検討して本論文の結びとしている.

以上を要約すると,吹付けエネルギーという指標を用いて,リバウンド発生率を最小化するための施工条件(空気流量,吹付け距離)および配合条件(塑性粘度)を,現場条件に応じて設計することを可能としたものであり,コンクリート工学の発展に寄与するところ大である.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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