学位論文要旨



No 217483
著者(漢字) 伊藤,幸弘
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ユキヒロ
標題(和) 大口径シリコンウェーハの高精度形状測定を目的とした三点支持裏返し法の開発
標題(洋)
報告番号 217483
報告番号 乙17483
学位授与日 2011.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17483号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國枝,正典
 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 須賀,唯知
 東京大学 准教授 高橋,哲
 東京農工大学 教授 夏,恒
内容要旨 要旨を表示する

シリコンウェーハやFPD用ガラス基板の反りや板厚分布などの形状は製品の性能や品質,および製造プロセスに多大なる影響をおよぼす.そのために,シリコンウェーハやFPD用ガラス基板の高精度な形状測定が求められている.しかし,これらは大面積薄肉であるために測定時におけるクランプ力や重力などの外力により容易に変形し,振動などの外乱の影響を受け易いことにより,高精度な形状測定が困難となっている.そこで,本研究では大口径シリコンウェーハを測定対象とした高精度形状測定を目的として三点支持裏返し法を提案した.

第1章「序論」では,本研究における主な測定対象でありシリコンウェーハの表面形状の分類について示し,ウェーハの形状測定において重要なパラメータである反りと板厚の定義について示した.また,ウェーハの反りと板厚偏差の発生メカニズムを示し,それらを測定する意義について示した.そして,本研究で提案する三点支持裏返し法の概要を示し,また,本方法とは測定原理や方法が異なるウェーハの反りと板厚分布の測定技術を紹介した.最後に,本章のまとめとして本研究の目的,および本論文の構成について示した.

第2章「三点支持裏返し法」では,本章では,大口径シリコンウェーハを測定対象とした反り形状と板厚分布の同時測定方法である三点支持裏返し法の測定原理,方法,および自重によるたわみの数値解析について示した.

三点支持裏返し法では,安定した測定のために測定対象の中心から同心円上に120度の間隔で配置した3点で測定対象を水平に下方から支持する.そして,測定対象の反りと自重によるたわみ,および板厚の影響を含んだ測定対象のおもて面の表面形状を測定する.その後,測定対象を裏返して同様にうら面の表面形状を測定する.このとき,反り形状のみが上下反転する.したがって,おもて面とうら面の同じ測定点における測定結果の差を取ることにより自重によるたわみと板厚の影響が相殺され,その差の半分が反りとなる.

これに対し,板厚分布は表面形状結果だけでは求まらず,自重によるたわみが必要となる.しかし,自重によるたわみは実測できない.ここで,板厚分布が変化することにより自重によるたわみも変化する.つまり,自重によるたわみは板厚分布の関数である.一方で,板厚分布は自重によるたわみの関数である.そこで,測定対象の平面形状,板厚分布,密度,弾性率,および支持位置を考慮した自重によるたわみの数値解析を用いて,繰り返し計算によるつじつまの合う解を求めることにより測定対象の板厚分布を算出する.

このように,三点支持裏返し法では自重による変形の影響を含まない反りと板厚分布を高精度,かつ同時に測定できることを示した.

第3章「支持方法の検討」では,縦型測定法と三点支持裏返し法における支持方法の違いによる測定精度の比較,および三点支持裏返し法における支持方法の優位性について示した.

縦型測定法では,ウェーハを鉛直に保持してウェーハを回転させて測定を行うために,支持機構は複雑である.そして,支持部材の剛性不足による系統誤差が生じることを示した.また,ウェーハをプーリに設置する際の接触点の変動に依存したウェーハの変形が生じ,接触点はウェーハをクランプするごとに異なるため偶然誤差が生じることを示した.

これに対し,三点支持裏返し法では測定対象を水平面上の3つの支持点に設置するだけであるため重力,および支持点で生じる摩擦力以外に外力の影響はなく,三点で支持することにより,外乱振動の影響を受けにくいために安定した高精度な形状測定が可能であることを示した.さらに,測定対象の中心点から支持点までの距離を調整することにより自重によるたわみを大幅に減少させることができ,測定センサの分解能が向上することによる形状測定精度の向上が期待できることを示した.

第4章「三点支持裏返し法によるシリコンウェーハの反り形状と板厚分布の同時測定」では,直径300mmシリコンウェーハを測定対象とした,三点支持裏返し法による反り形状と板厚分布の同時測定について示した.

そして,三点支持裏返し法において,ウェーハの中心点を通りウェーハ平面に垂直な軸を回転軸としてウェーハを回転させた場合と回転させない場合で,測定された両者のノッチを基準とした反り形状,およびそのP-V値がほぼ同等であることから,三点支持裏返し法により反り形状が高精度に測定可能であることを示した.

さらに,3枚のウェーハについて,板厚分布を0.1μmの精度で測定することができる縦型測定法による板厚分布の結果と比較して,三点支持裏返し法による板厚分布の測定結果は何れのウェーハにおいても±0.75μm以下の誤差であることを示した.このことから,三点支持裏返し法による板厚分布の測定精度として,ウェーハ生産現場で板厚分布測定に要求されている精度1μmを満たしていることがわかった.

以上の結果から,三点支持裏返し法により直径300mmのウェーハの反り形状と板厚分布の同時測定が可能であることを示した.

第5章「三点支持裏返し法よる反り形状測定における誤差」では,三点支持裏返し法による直径300mmのシリコンウェーハの反り形状測定における不確かさの評価を行った.反り形状測定においては表面形状測定結果を使用する.そこで,測定装置に起因した誤差と測定対象に起因した誤差に大別した.さらに,2つの誤差それぞれを系統誤差と偶然誤差に分類し,各誤差の表面形状測定精度に対する影響を評価した.

各誤差要因による不確かさから,表面形状測定の合成不確かさを0.147μmと見積もった.さらに,支持点の位置決め精度の影響が例えば0.052μm,三点支持ジグに対するウェーハの位置決め精度の影響が最大で0.036μm,測定対象と支持点に生じる摩擦力による測定対象の変形の影響が最大で0.08μmが積算されることを示した.

一方,ウェーハの反り形状測定を繰り返して不確かさを算出した結果0.254μmとなった.このように反り形状測定について解析的に求めた不確かさと実験的に求めた不確かさが異なった理由として,測定対象であるウェーハの振動の影響について本章では振動振幅が小さい位置で評価したことが考えられる.

第6章「三点支持裏返し法による板厚分布測定における誤差」では,三点支持裏返し法によるシリコンウェーハの板厚分布測定における誤差要因について検討した.

自重によるたわみの数値解析において弾性率の異方性を考慮することが非常に重要であることを示した.さらに,弾性スティフネス定数や密度の不確かさによる自重によるたわみの変化の分布は,ウェーハを三点支持した場合の自重によるたわみの分布と同様に特徴的な分布となることを示した.

三点支持裏返し法による板厚分布測定における誤差の要因として,表面形状測定における偶然誤差が支配的であると考えられる.

第7章「三点支持裏返し法によるFPD用ガラス基板の形状測定」では,三点支持裏返し法における測定対象の応用例として,シリコンウェーハと同様外力により容易に変形し,外乱振動の影響を受け易いFPD用ガラス基板の反り形状と板厚分布の同時測定を試みた.

ガラス基板の板厚の違いにより光の透過率や反射率,およびうら面からの反射の影響が変化するため,板厚の薄いガラス基板を測定する場合にはレーザ変位計の感度を調整する必要があり,支持点に反射率の高い材質を使用した場合には,支持点近傍では正確な測定ができないことがわかった.

さらに,ウェーハの場合と同様に,ガラス基板においても支持点の配置を最適化することにより自重によるたわみを大幅に低減することができ,形状測定精度の向上が期待できることを示した.

そして,三点支持裏返し法によりガラス基板の反り形状と板厚分布の同時測定が可能であることを示した.

第8章「測定対象の異方性を利用した形状測定精度の向上」では,シリコンウェーハが有する弾性率の異方性や,FPD用ガラス基板が有する形状の異方性を利用することにより,測定対象自体の振動を低減させることによる形状測定精度の向上について示した.

表面形状測定の不確かさに対する測定対象の振動の影響は大きい.そこで,三点支持に対するウェーハの結晶方位やガラス基板の姿勢を変化させることにより,ウェーハやガラス基板の共振周波数が変化することを示した.これにより,測定装置の運動や地盤振動により励起されるウェーハやガラス基板の共振を抑制させることができ,表面形状測定精度が向上することを示した.

第9章「結論」では,第2章から第8章までに得られた知見をまとめた.

以上,本研究では大口径シリコンウェーハの反り形状と板厚分布の同時測定方法として,三点支持裏返し法を提案した.三点支持裏返し法では簡便な構造の測定装置,および支持方法により安定し,かつ高精度な形状測定を行うことができる.さらに,本測定方法では測定対象を裏返す前後の自重によるたわみが同等であることが前提となる.したがって,この条件を満たすことができれば,ウェーハに限らず非軸対称の測定対象にも適用することができる.そのため,シリコンウェーハやFPD用ガラス基板の他に,近年の工業製品として欠かすことができない石英ガラスウェーハや太陽電池用多結晶,さらに樹脂製品を測定対象とすることにより製品性能や品質の向上や,製造工程における効率や歩留まりの向上に大きな貢献ができると考える.

審査要旨 要旨を表示する

半導体デバイスのデザインルールの微細化に伴い,シリコンウェーハの形状精度の更なる向上が要求されている.そして,ウェーハの反り形状や板厚分布は,半導体の性能や品質,および製造工程に多大なる影響をおよぼす.しかし,直径300mm,厚さ0.775mmのウェーハなどの形状測定において,ウェーハは重力などの外力により容易に変形し,振動などの外乱の影響を受け易いために,測定精度の向上が困難となっている.この問題を解決するために,本論文では,大口径シリコンウェーハを測定対象とした高精度な反り形状と板厚分布の同時測定方法の開発を目的とする.

三点支持裏返し法では,以下の測定原理により,シリコンウェーハの自重によるたわみの影響を含まない反り形状と板厚分布を同時に測定することができる.本方法の原理は,測定装置の幾何学的な誤差の自己補正方法である反転法と基本的に同様である.本方法では,安定した測定のためにウェーハを水平に3点で支持する.まず,測定対象の反り形状,自重によるたわみ,および板厚分布を含んだ測定対象のおもて面の表面形状を測定する.その後,測定対象を裏返して,同様にうら面の表面形状を測定する.ここで,測定対象を裏返すことにより反り形状は上下反転するが,自重によるたわみは常に重力方向に生じる.そこで,おもて面とうら面の表面形状測定結果の差を取ることにより,自重によるたわみ,および板厚分布の影響を相殺して反り形状が算出できる.また,板厚分布は以下のように求められる.まず,自重によるたわみは板厚分布に依存する.そこで,仮定した測定対象の板厚分布,弾性率とその異方性,および表面形状測定における支持位置などの境界条件を考慮した,自重によるたわみの数値解析を行う.そして,板厚分布を修正しながら,自重によるたわみの繰り返し計算を行う.これが収束することにより板厚分布が求められる.

本研究では,まず,支持方法について検討を行った.その結果,三点支持裏返し法ではシリコンウェーハを水平面上の3つの支持点に設置するだけであるため,重力,および支持点で生じる摩擦力以外に外力の影響がなく,また,3点で支持することにより外乱振動の影響を受けにくく,安定した高精度な形状測定が可能であることを示した.そして,実験によりウェーハの反り形状測定の不確かさが0.254μmであることと,板厚分布を0.1μmの精度で測定可能な縦型測定法による測定結果と比較して,板厚分布が±0.75μm以下の誤差で測定できることがわかった.ここで,表面形状測定の誤差は測定装置と測定対象であるウェーハの両方から生じる.そして,反り形状はおもて面とうら面の表面形状測定結果を用いて算出される.したがって,表面形状測定の誤差は,反り形状測定結果に影響をおよぼす.そこで,表面形状測定の誤差の要因を分類し,それぞれの要因により生じる反り形状測定の不確かさを見積もった.さらに,自重によるたわみの数値解析の誤差は,表面形状測定の誤差とともに板厚分布測定結果に影響をおよぼす.そこで,自重によるたわみの数値解析の誤差をもたらす要因を調べた.その結果,ウェーハの振動,表面形状測定装置の振動,およびウェーハと支持点の間に生じる摩擦力によるウェーハの変形が,反り形状や板厚分布の測定精度に大きな影響をおよぼすことがわかった.

次に,フラットパネルディスプレイ(FPD)用のガラス基板もシリコンウェーハと同様に,外力により容易に変形し振動の影響を受け易いことから,三点支持裏返し法によるガラス基板の反り形状と板厚分布の測定を試みた.そして,ガラス基板の板厚に応じて光学センサの感度を校正しなければならないことと,支持点の反射率が高い場合には光学センサが支持点からの反射の影響を受けるため,ガラス基板の表面形状を高精度に測定できないことがわかった.しかしながら,測定センサの感度を校正し,支持点付近の測定値を補間することにより,三点支持裏返し法によりガラス基板の反り形状と板厚分布の同時測定が可能であることがわかった.

最後に,測定装置の運動や地盤振動によりシリコンウェーハやガラス基板が励振され,表面形状測定精度が低下する.そこで,ウェーハが有する弾性率の異方性や,ガラス基板が有する形状の異方性を利用して,三点支持に対するウェーハの結晶方位やガラス基板の姿勢を変化させることにより共振周波数を変化させ,共振を抑制する方法を試みた.その結果,共振が抑制される姿勢において表面形状測定結果の精度が向上することがわかった.

以上のように本研究では,大口径シリコンウェーハの反り形状と板厚分布の同時測定方法として三点支持裏返し法を提案している.大口径ウェーハは大面積薄肉であるため,外力により容易に変形し外乱振動などの影響を受けやすい.これに対し本測定方法は,測定対象を3つの支持点上に設置するだけなので重力以外の外力の影響が小さく,測定対象は安定している.しかも,測定装置の構造が簡便であるために誤差要因が少ない.これらの特徴により,測定対象が大面積薄肉の場合でも高精度な測定を行うことができる.よって,シリコンウェーハに限らず,矩形の太陽電池用多結晶ウェーハやガラス基板,薄肉の樹脂部品などにも適用することができる.こうして本測定方法は,従来測定が困難とされてきたシリコンウェーハなどの大面積薄肉である工業製品の高精度な反り形状と板厚分布の同時測定を可能にし,その製造工程における生産効率や歩留まりの向上に寄与するところが大きい.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク