学位論文要旨



No 217486
著者(漢字) 新海,健
著者(英字)
著者(カナ) シンカイ,タケシ
標題(和) 環境負荷に配慮した大容量SF6ガス遮断器のコンパクト化に関する研究
標題(洋)
報告番号 217486
報告番号 乙17486
学位授与日 2011.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17486号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日,邦彦
 東京大学 教授 小田,哲治
 東京大学 特任教授 池田,久利
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 小野,靖
 東京大学 教授 大崎,博之
 東京大学 准教授 熊田,亜紀子
内容要旨 要旨を表示する

近年の時代背景から、環境負荷に配慮したコンパクトな高電圧大容量SF6ガス遮断器が要求されている。SF6ガス遮断器のこれまでの高電圧・大容量化の歴史を支えてきたパッファ形消弧室技術は、構造が簡単で信頼性が高く遮断性能も優れている。ところが、機械的圧縮によりガス吹付けを生み出し電極間のアークを消弧するため、高い圧力の必要な高電圧大容量クラスではコンパクト化が難しいという課題があった。一方、本研究の対象である自力形消弧室技術は、アーク自身の熱エネルギーを用いてガス吹付けを生み出し、その吹付けによりアーク自身を消弧するため、コンパクト化に非常に有効であることが従来研究により確認されている。ところが、その原理ゆえにガス吹付けは電流の大きさや位相に強く依存する。また、消弧室の形状にも敏感に反応する場合があり、経験的な開発手法では安定した遮断性能を得ることは容易でなかった。このため、自力形消弧室の製品化は145kV-40kA定格程度にとどまり、更なる高電圧・大容量化は容易でないと考えられていた。

従来研究においては、ガス吹付けアークについては様々なアプローチで多くの有用な実験的研究が知られている。ところが、アークエネルギーによりガス吹付けを生み出すプロセス(自力効果による昇圧プロセスと呼ぶ)については、アーク部分を切り出した実験室モデルから、製品相当実器の流体現象を推定することは難しく、また、実器は流体諸量の測定にとって過酷な環境にあることから、実効的な研究はなされていない。一方、自力形消弧室の遮断現象の計算機解析は数多く発表されているが、十分な実験データが存在しないため、計算手法の妥当性を実証できず、計算精度向上指針についても必ずしも明確とは言えなかった。

そこで、本研究では、コンパクトで信頼性の高い大容量SF6ガス遮断器の実現に必要な消弧室技術を確立することを目的に、以下の点に着目して研究を実施した。

(1)自力形消弧室の遮断現象、特に自力効果による昇圧プロセスを実験的に明らかにする。

(2)自力形消弧室の遮断現象、特に自力効果による昇圧プロセスの計算機解析手法を確立する。

(3)代表的な遮断責務に対する性能を理論的に検討し、計算機解析による性能評価手法を提案し、その妥当性を実証する。

また、上記3点の研究から得られた技術を活用した応用研究を行い、自力形消弧室の高電圧・大容量化(245kV50kA及び300kV-63kA定格)を実現する。

本論文は以下のように8章から構成されている。

第1章「緒言」では、SF6ガス遮断器の概要、本研究の背景、SF6ガス遮断器の技術開発および研究の動向、本研究の主題である自力形消弧室技術の位置付けおよび技術課題、本研究の目的および本論文の構成について述べた。

第2章「自力形消弧室の遮断プロセスの実験的研究」では、自力形消弧室の遮断現象、特に自力効果による昇圧メカニズムについて明らかにした。アーク近傍から上流流路および蓄圧室の圧力分布の測定手法を開発した。アーク近傍の圧力測定については、実規模遮断器として初めて発表されたものである。アーク膨張により発生する圧力波が、流れに先駆けて上流に伝播し蓄圧室の初期昇圧に大きく影響していることが明らかになった。特に、上流流路の圧力波形は、圧力波の粗密波(膨張波と圧縮波)や各所での反射波が重畳し、多様な周波数の振動が観測され、ノズル形状のわずかな違いで挙動に差異が出ることが明らかになり、遮断性能との相関が示唆された。また、微小ギャップを用いて蓄圧室の温度測定も実施した。大電流遮断時でも温度上昇は900℃程度であり、自力効果による昇圧において、熱ガスの流入は必ずしも支配的でなく圧力波の影響も大きいことを裏付ける結果が得られた。

第3章「自力形消弧室の遮断プロセスの数値計算」では、計算機解析手法について検討した。従来の熱ガス解析手法をベースに、高温(3万Kまで)・高圧力(10MPaまで)下のSF6物性を用いた実在気体モデル、電極材料とノズル材料のアブレーションモデル、電極間の導電率分布からジュール加熱分布を求めるアークモデルを適用し、第2章で得られた測定結果との比較検討を行った。従来の研究では蓄圧室の圧力挙動のみ解析と測定の比較検討が行われていたが、本研究では、アーク近傍や上流流路全体の圧力挙動および蓄圧室の温度の比較検討を行い、これにより、測定と解析、双方の妥当性を示した。アークエネルギーによる昇圧プロセスおよびアークへの吹付けプロセス、両者におけるアークと流体現象の可視化とともに、詳細な遮断性能検討への適用が可能となった。

第4章「自力形消弧室の熱的再発弧の性能評価に関する研究」では、近距離線路故障遮断時の熱的再発弧(プラズマ再加熱=電流再通電)について、第3章の計算機解析と実験から検討した。電流零点近傍でノズルの吹付け淀み点がトリガーとなり冷却チャネルが進展すること、吹付け淀み点の最低ガス温度と熱的再発弧に相関があり、電流零点で2100K程度まで低下すると熱的再発弧が発生しないことを確認した。吹付け淀み点のガス温度分布とともに、上流流路の圧力分布を総合的に評価する性能評価手法を提案した。この評価手法を用い、近距離線路故障遮断性能向上に適したノズル形状について明らかにした。自力形消弧室ではノズル形状がアークへの吹付けだけでなく昇圧にも影響を与えるため、わずかな形状差で性能差が出る場合のあることを述べた。

第5章「自力形消弧室の誘電的再発弧の性能評価に関する研究」では、端子短絡故障遮断時の誘電的再発弧(電流遮断後の熱ガス絶縁破壊)について理論的に検討した。自力形消弧室では、アークエネルギーを利用して吹付け圧力を得るために、極間もしくは極間から下流に排出される熱ガスの温度はパッファ形消弧室より上昇する傾向にあり、熱ガス存在下の絶縁回復の問題はより重要である。熱ガスの絶縁特性・電界計算・第3章の熱ガス流の計算機解析を組み合わせた性能評価手法を提案した。実験により、この評価手法を実証し、端子短絡故障遮断性能向上のためのノズル形状について明らかにした。

第6章「自力形消弧室の進み小電流遮断の性能向上に関する研究」では、進み小電流遮断性能について、第3章の計算機解析と実験から、電極先端近傍の高電界部の圧力・密度変動を検討した。自力形消弧室では、従来のパッファ形消弧室と異なり、進み小電流遮断時には高電界部の圧力上昇は0.1MPa程度であってほとんど期待できないことが明らかになった。このため、性能向上策として開極速度向上が重要であることを述べた。応用研究として、遮断器の大型化なしに開極速度を向上する技術として、デュアルモーション技術について検討した。デュアルモーション技術は、開極時に両側の電極を各々反対向きに駆動して相対速度を得、それぞれの絶対速度を抑制することで必要な操作力を低減する技術である。この方式で、両側電極の瞬時速度比を一定でなく時間の関数とし、両側電極へ運動エネルギーを動的に配分することで、より効果的な操作力の活用を可能にする溝カムを用いた新しい手法を開発した。

第7章「自力形消弧室の高電圧・大容量化に関する研究」では、第2章から第6章の研究成果を活用した応用研究として実器の自力形消弧室開発について述べた。はじめに、電流位相の影響(遮断幅)を考慮し消弧室全体の設計パラメータを最適化する計算手法について検討した。この手法を用いた上で、第2章から第6章の研究成果を活用して開発した2つの自力形消弧室について述べた。一つは、300kV-63kA-50Hz定格であり、一点切りの自力消弧室として世界最大電流を達成した。もう一つは、245kV-50kA-50/60Hz定格であり、世界の基幹系統の多くを占める定格のため、環境負荷と経済性を最大限考慮し、操作機構を含め徹底的なコンパクト化を志向した。これらの自力消弧室を適用したガス遮断器について環境負荷低減の評価を行った。300kV-63kA-50Hz定格の場合、従来のSF6ガス遮断器に対し、使用SF6ガス量は70%、遮断器重量(金属および樹脂部材)は50%、操作力は20%まで低減した。

第8章「総括」では、本研究を総括し、研究意義と今後の課題について述べる。

以上

審査要旨 要旨を表示する

近年、環境負荷に配慮したコンパクトな高電圧大容量SF6ガス遮断器が要求されており、それに応えるものとして、遮断器の心臓部である消弧室にアーク自身の熱エネルギーを用いてガス吹付けを生み出す自力形消弧室技術が注目されている。本論文は、自力形消弧室の遮断現象、特に自力効果による昇圧プロセスを実験的に明らかにし、また、その昇圧プロセスの計算機解析手法を確立して、遮断器の性能評価手法を提案することを目的としたもので、「環境負荷に配慮した大容量SF6ガス遮断器のコンパクト化に関する研究」と題し、8章から構成されている。

第1章「緒言」では、SF6ガス遮断器の概要、本研究の背景、SF6ガス遮断器の技術開発および研究の動向、本研究の主題である自力形消弧室技術の位置付けおよび技術課題、本研究の目的および本論文の構成について述べている。

第2章「自力形消弧室の遮断プロセスの実験的研究」では、自力形消弧室の遮断現象、特に自力効果による昇圧メカニズムについて明らかにしている。アーク近傍から上流流路および蓄圧室の圧力分布の測定手法を開発し、実規模遮断器に対して初めて適用している。アーク膨張により発生する圧力波が、流れに先駆けて上流に伝播し蓄圧室の初期昇圧に大きく影響していることを明らかにしている。特に、上流流路の圧力波形は、圧力波の粗密波(膨張波と圧縮波)や各所での反射波が重畳し、多様な周波数の振動が観測され、ノズル形状のわずかな違いで挙動に差異が出ることを明らかにし、遮断性能との相関を示している。また、蓄圧室の温度測定も実施し、大電流遮断時でも温度上昇は900℃程度であり、自力効果による昇圧において、熱ガスの流入は必ずしも支配的でなく圧力波の影響も大きいことを裏付ける結果を示している。

第3章「自力形消弧室の遮断プロセスの数値計算」では、従来の熱ガス解析手法をベースに、高温・高圧力下のSF6物性を用いた実在気体モデル、電極材料とノズル材料のアブレーションモデル、電極間の導電率分布からジュール加熱分布を求めるアークモデルを適用した解析手法を開発し、第2章で得られた測定結果との比較検討を行っている。これにより、測定と解析、双方の妥当性を示すに至っている。アークエネルギーによる昇圧プロセスおよびアークへの吹付けプロセス、両者におけるアークと流体現象の可視化とともに、詳細な遮断性能検討への適用可能性について述べている。

第4章「自力形消弧室の熱的再発弧の性能評価に関する研究」では、近距離線路故障遮断時の熱的再発弧について、第3章の計算機解析と実験から検討している。電流零点近傍でノズルの吹付け淀み点がトリガーとなり冷却チャネルが進展すること、吹付け淀み点の最低ガス温度と熱的再発弧に相関があり、電流零点で2100K程度まで低下すると熱的再発弧が発生しないことを明らかにしている。吹付け淀み点のガス温度分布とともに、上流流路の圧力分布を総合的に評価する性能評価手法を提案し、これを用いて近距離線路故障遮断性能向上に適したノズル形状を論じている。

第5章「自力形消弧室の誘電的再発弧の性能評価に関する研究」では、端子短絡故障遮断時の誘電的再発弧について理論的に検討している。熱ガスの絶縁特性、電界計算、第3章の熱ガス流の計算機解析を組み合わせた性能評価手法を提案し、実験によりこの評価手法の妥当性を実証した上で、端子短絡故障遮断性能向上のためのノズル形状について論じている。

第6章「自力形消弧室の進み小電流遮断の性能向上に関する研究」では、進み小電流遮断性能について、第3章の計算機解析と実験に基づき、電極先端近傍の高電界部の圧力・密度変動を検討している。自力形消弧室では、従来のパッファ形消弧室と異なり、進み小電流遮断時には高電界部の圧力上昇は0.1MPa程度であってほとんど期待できないことを明らかにしている。このため、性能向上策としては開極速度向上が重要であるとの結論を導いている。応用研究として、遮断器の大型化なしに開極速度を向上する技術として、デュアルモーション技術について論じている。デュアルモーション方式で、両側電極の瞬時速度比を一定でなく時間の関数とし、両側電極へ運動エネルギーを動的に配分することで、より効果的な操作力の活用を可能にする溝カムを用いた新しい手法の提案を行っている。

第7章「自力形消弧室の高電圧・大容量化に関する研究」では、第2章から第6章の研究成果を活用した応用研究として実器の自力形消弧室開発について述べている。まず、電流位相の影響を考慮し消弧室全体の設計パラメータを最適化する計算手法について検討し、この手法を用いた上で、2つの自力形消弧室の開発に結びづけている。一つは、300kV-63kA-50Hz定格で、一点切りの自力消弧室として世界最大電流を達成し、もう一つは、245kV-50kA-50/60Hz定格で、世界の基幹系統の多くを占める定格のため、環境負荷と経済性を最大限考慮し、操作機構を含め徹底的なコンパクト化に貢献していることを述べている。

第8章「総括」では、本研究を総括し、研究意義と今後の課題について述べる。

以上これを要するに、本論文は、高電圧大容量SF6ガス遮断器の小型化、高信頼度化に必須となる消弧室技術について、自力形消弧室の優位性に着目し、実規模遮断器における遮断時の圧力、温度分布を初めて明らかにすると共に、消弧プロセスの解析手法を構築し、計算機解析による消弧室性能評価法を開発することによって、世界最高性能の自力形消弧室の実現に結びつけた点で、電気工学、特に高電圧、電力工学に貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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