学位論文要旨



No 217487
著者(漢字) 森谷,高明
著者(英字)
著者(カナ) モリヤ,タカアキ
標題(和) サービス指向アーキテクチャ(SOA)によるWebテレコムサービス連携システムの開発効率化に関する研究
標題(洋)
報告番号 217487
報告番号 乙17487
学位授与日 2011.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17487号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 教授 若原,恭
 東京大学 教授 浅見,徹
 東京大学 教授 近山,隆
 東京大学 教授 江崎,浩
 東京大学 教授 森川,博之
内容要旨 要旨を表示する

NGN (Next Generation Network)は,ITU-Tにおいて標準アーキテクチャが規定されており,IMS (IP Multimedia Subsystem)をベースに,テレコムネットワークとしてのオープン化を指向している.オープン化されたNGNを,通信事業者に限らず多くの3rd partyの事業者等が利用することで,様々なサービスが創出されると期待されている.これに伴い近年,テレコムネットワークの機能をインターネット(Web)上にある様々なサービスと連携させる「Webテレコム連携」を実現する共通基盤として,SDP (Service Delivery Platform)が注目されている.SDPは,NGN等のテレコムネットワークが持つ呼制御(電話)・メディア制御・プレゼンス等のテレコム機能をイネーブラによりコンポーネント化し,サービス創出を促進するためのサービス連携機構を持つプラットフォームの総称である.近年,イネーブラや認証機構などSDPを構成する主要機能部については,OMA (Open Mobile Alliance)等において標準化が進められており,機能検討が進みつつある.

他方,インターネットではWeb2.0という新しい潮流が生まれ,またエンタプライズ業界ではSOA (Service Oriented Architecture)と呼ばれる新しいシステムアーキテクチャの概念が普及し始めている.そこでは分野を超えた共通認識として,既存の機能の実装依存部分を隠蔽しサービスコンポーネントとして部品化し,疎結合性を高め,システムのスケーラビリティやコンポーネントの再利用性の向上が図られている.そして通信業界においても,イネーブラやサービス連携機構などの要素機能をSOAに基づいて構成したSDPとして,「SOAプラットフォーム」の研究開発が進められている.SDPにSOAの概念を導入し,テレコム機能をWebサービスコンポーネントとして抽象化することで,テレコムネットワーク以外の非テレコムネットワーク(例えばインターネットやエンタプライズ等)上の様々なサービスと疎結合により連携し,低コスト・短期間での新サービス開発が可能になると期待される.

SDP上のWebテレコム連携サービスの実現性を検証し,実用化に向けた課題抽出を行うため,各国の通信事業者等によってSDPのテストベッドが運用され始め,またテレコム機能を外部から制御するためのAPI (Application Programming Interface)やSDK (Software Development Kit)が試験公開されている.しかし,APIやSDKの仕様がしばしば短期間で変更になるなど,Webテレコム連携サービスを効率的に開発しSDPを実用化する試みは,依然として模索が続いている.

Webテレコム連携サービスをソフトウェア開発として見たとき,開発プロセス,開発プロジェクト管理,ソフトウェア品質管理などソフトウェア開発管理手法自体は,従来と変わらない.しかし,開発者集団のスキルと外部技術条件については,次のようにSDP特有の条件が存在する.

はじめに開発者集団のスキルに関しては,Web2.0の潮流を踏まえると,Webテレコム連携サービスの創造を加速しテレコムネットワークの付加価値を高めるため,開発者の裾野を広げる必要がある.換言すると,Webテレコム連携サービスの開発者としては,テレコムシステム開発に精通していないインターネット系の技術者・ユーザを想定しなければならない.次に技術条件に関しては,従来のテレコムシステムの開発では用いられなかったインターネット発祥のWebサービス技術を用いて,テレコムネットワークを制御する必要がある.これらSDP固有の条件がボトルネックとなり,以下のような2つの問題が生じ,SOAプラットフォーム(ならびにSDP)の開発効率化と実用化を妨げている.

第一に,上述のような開発者集団が上記のSDP特有の技術条件を克服することは容易ではない.今日,マッシュアップの隆盛により多くのエンドユーザがインターネットの技術によるプログラム開発に親しんでいるが,テレコムネットワーク特有の呼制御などの概念を理解しテレコムネットワークに精通した技術者・ユーザは多くない.インターネットに慣れたプログラマ・開発者・ユーザによるWebテレコム連携サービスの開発を促すためには,彼らが開発時に直面する技術的難点を明らかにし,それらを解決する開発環境(ツール)を提供する必要がある.

第二の問題は,現状では,各国のSDPのテストベッドで試作されるアプリケーションは,Click-to-Callのような単純なWebテレコム連携サービスの域を脱しておらず,将来の商用化につながる新たな実用的なサービスは具現化されていない.その原因として,テレコムネットワークとインターネット(またはエンタプライズネットワーク)との接続という従来にない連携システムの構成手法が明らかになっていないことが考えられる.SOAは柔軟性に優れる反面,XMLパーシング処理等がネックとなり,従来アーキテクチャに比べると性能面で劣ることが懸念されており,実用性に足るシステム構成の設計指針を明らかにする必要がある.

本論文では,これら2つの問題を解決し,SOAベースのSDP(SOAプラットフォーム)において,Webテレコム連携サービスを実現するシステムの開発を効率化することを目的とする.そして,開発効率を妨げている原因として,従来の研究では明らかでなかった,SDPが直面するテレコムネットワークとインターネットの性質の違い(本論文ではこれをステートギャップと呼ぶ)に着目し,以下の2つの課題について検討する.

[課題I] 3rd partyによるWebテレコム連携サービス創出を促進するため,ステートギャップを克服し,SOAプラットフォームを利用するプログラムやシナリオの作成を容易にする開発環境の実現

[課題II] SOAプラットフォームを非テレコムネットワークと連携させる際のシステム構成を見出し,その実用性(性能および開発効率)を明らかにすること

課題Iに関しては,はじめにインターネットとテレコムネットワークの性質の違いを整理し,ステートギャップを顕在化させ,これが開発効率を妨げていることを論じる.その上で,Webサービス技術によりNGNを制御するAPIとして注目されているParlay Xを取りあげ,電話系サービスを制御するアプリケーションを作成するためのSDKを提案する.そして,被験者を用いた実際のプログラム作成により評価を行った結果,本SDKを用いることにより,コード量・ソフトウェアメトリクス・作業時間の面で生産性が向上することが示された.同時に,実際に被験者が直面したステートギャップの実態を分析するとともに,手続き的プログラミングスタイルを追求している提案SDKによって,ステートギャップを意識せずにプログラムを開発可能であることを確認した.

続けて,Webテレコム連携の敷居をより低くしサービス創出を促進するため,プログラミングスキルを持たない一般ユーザであっても,連携サービスを簡単に作成・利用できるシナリオ作成支援ツールを検討する.提案ツールは,連携シナリオのデータフロー等の難解な概念をサービス連結情報によってメタレベルで定義し隠蔽することを特徴としている.これにより,一般ユーザにとっては,利用したいサービスコンポーネントを視覚的に逐次選択するという作業しか要求されず,同期的・手続き的なスタイルで簡便にシナリオを作成することができる.そして,既存のツールとの比較評価を通じてシナリオ作成容易性や柔軟性を論じるとともに,さらにサンプルシナリオによる評価を通じ,サービス連結情報が再利用性に優れ,パラメータマッピングを記述する労力を低減する効果を有することを確認した.

次に課題IIに関して,SOAプラットフォームと非テレコムネットワークを連携する際に考えられるシステム構成を整理し,ゲートウェイを配備する手法(ゲートウェイモデル)を提案する.そして,インターネットと同様にステートレス・同期的な性質を有し,Webサービス化が進むファシリティネットワークとの連携を取りあげ,実機による性能評価を行った結果,従来の構成手法と比べて,ゲートウェイモデルが性能やスケーラビリティの面で優れていることを確認した.

その上で,SDPを構成する要素機能部を総合して実際にSOAプラットフォームを構築し,ゲートウェイモデルに基づき,ファシリティネットワークとテレコムネットワークを連携させた新しいサービスとして,ビル警報通知システムを開発した.そして評価実験の結果,本システムが十分実用に耐えうる性能を有することが示された.また,SOAプラットフォームを用いない従来の開発方法に比べ,規模や柔軟性をはじめとする開発効率の面でも優れていることを確認した.特にゲートウェイモデルは,非テレコムネットワーク内部でのシステム統合が進んでいない場合に適しており,非テレコムネットワークとSOAプラットフォームの間の結合を弱め,性能だけでなく開発効率を向上させる効果があることを確認した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「サービス指向アーキテクチャ(SOA)によるWebテレコムサービス連携システムの開発効率化に関する研究」と題し,サービス指向アーキテクチャ(SOA: Service Oriented Architecture)の考え方に基づいて,Web サービス技術等を用いたサービスコンポーネントを組み合わせることで,NGN (Next Generation Network)上の新サービスを短期間で開発するためのSDP (Service Delivery Platform)について検討を行ったものである。

まず,第1章「序論」では,Web サービス技術を用いてNGNのようなテレコムネットワークを制御する際には,ステートや同期性,サービスの粒度に対する考え方が,テレコムネットワークとインターネットとで対極的であることが障壁となり,開発効率が妨げられていることを指摘し,これをステートギャップと名付けている.その上で,本論文の課題として,プログラムやシナリオの記述や作成を容易にする開発環境の実現(課題I)と,SOA プラットフォームを非テレコムネットワークと連携させる際のシステム構成(課題II)とを挙げた後,本論文の構成について述べている。

第2章「SOAプラットフォームの開発背景と課題」では,背景技術について述べた後,テレコムネットワークとインターネットの性質の違いを分析し,テレコムシステムの歴史という観点からこの問題を捉えながら,従来の研究では明らかでなかったステートギャップの問題を顕在化させ,課題I・IIの内容について説明している。

第3章「ステートギャップの分析とSDKの検討」では,テレコムネットワークが提供する電話系サービスをSOAPで利用するアプリケーションを作成するためのSDKとして,呼オブジェクトを中心としたモデル(SDK-LL)と,話者オブジェクトを中心としたモデル(SDK-HL)の2つのライブラリから成るSDKを提案している。被験者による実際のプログラム作成を通じてコード量・メトリクス・作業時間を評価し,本SDKを用いることにより,開発効率が向上することを明らかにするとともに,特に手続き的プログラミングスタイルを追求しているSDK-HLを用いることによって,ステートギャップを意識せずにプログラムを開発できることを確認している。

第4章「シナリオ作成支援ポータルの検討」では,SOAプラットフォームのオーケストレーションエンジンで動作する連携シナリオを,プログラミングスキルのない一般ユーザでも容易に作成できるようにするための,シナリオ作成支援ツールを提案している。本ツールは,連携シナリオの制御構造やデータフローといった難解な概念をサービス連結情報によって隠蔽することを特徴としており,一般ユーザの理解しやすい同期的・手続き的なスタイルで簡便にシナリオを作成することができる。また, 2つのサービスコンポーネント間のデータフローと制御構造をメタレベルで定義しているため,同じような機能を提供するサービスであれば,WebサービスとUPnPというように実装が異なるサービスコンポーネントであっても,サービス連結情報を再利用することができる。

第5章「Webテレコム連携システム構成手法の検討」では,SOAプラットフォームと他のWebサービスシステムを連携する際に考えられるシステム構成として,ゲートウェイモデルを提案している。そして,近年インターネットと同様のステートレス性・同期性を指向しWebサービス化が進むファシリティネットワーク(広域ビル監視ネットワーク)を取りあげ,ゲートウェイを用いてビル情報を収集・集約し,SOAプラットフォームと連携するシステム構成が,CPU使用率や応答時間などの面で優れることを確認している。

第6章「Webテレコム連携システムの開発と評価」では,SIPイネーブラや認証機構などSDPを構成する主要機能部を総合して実際にSOAプラットフォームを実装し,ゲートウェイモデルに基づき,広域ビル監視ネットワークとテレコムネットワークとを連携させたビル警報通知システムを実装している。評価実験の結果,本システムが現実のビル設備の数や警報頻度に照らし合わせて十分実用に耐えうる性能を有すること,また,SOAプラットフォームを用いない従来の開発に比べ,開発規模や柔軟性の点でも優れていることを示している。更に,ファシリティネットワーク以外の,センサネットワークやエンタプライズネットワークと連携する際にとるべきシステム構成を示し,ゲートウェイモデルは,SOAに則ったシステム内統合が進んでいないネットワークとの連携において,性能面や開発効率の点で優れていることを示している。

第7章「結論」では,本論文の目的と課題を再度確認した後,各章で得られた成果と,今後の展望についてまとめている。

以上を要するに,本論文は,Web サービス技術を用いてNGNのようなテレコムネットワークを制御する際に障壁となるステートギャップについて分析を行い,SOAの考え方に基づきプログラムやシナリオ開発を効率化するための開発環境と,非テレコムネットワークとSOAプラットフォームを連携させる際のシステム構成を明らかにしたものであり,電子情報工学上貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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