学位論文要旨



No 217489
著者(漢字) 藤村,隆史
著者(英字)
著者(カナ) フジムラ,リュウシ
標題(和) フォトリフラクティブ結晶を用いた不揮発性ホログラフィックメモリーの研究
標題(洋)
報告番号 217489
報告番号 乙17489
学位授与日 2011.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17489号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒田,和男
 東京大学 教授 志村,努
 東京大学 教授 古澤,明
 東京大学 教授 近藤,高志
 早稲田大学 教授 上江洲,由晃
内容要旨 要旨を表示する

ホログラフィックメモリーは、多重記録、並列再生により大容量記憶・高速アクセスを可能にする次世代のメモリーシステムとして期待されている。特に記録媒体にフォトリフラクティブ結晶を用いると、書き換え可能なメモリーシステムを構築することができる。しかしフォトリフラクティブ結晶には、再生時に記録したホログラムが消えていくという再生劣化の問題がある。この現象は、再生時に照射する読み出し光が記録光と同様に記録媒体の感度波長領域内にあるため、記録時に形成した電荷分布を一様に再分布させてしまうことに起因している。

本研究は、このフォトリフラクティブ結晶における再生劣化の問題を解決し、再生時にも情報が消去されることのない不揮発性ホログラフィックメモリーを実現することを目的としている。特に本研究ではこの問題に対し、2つのアプローチで解決を試みた。ひとつは記録媒体の感度領域そのものをコントロールし、記録時と再生時で記録波長における吸収を変化させ電荷の再分布を制御しようというもの(Ru,Fe:LiNbO3結晶における不揮発性ホログラム記録)で、もうひとつは記録と再生の波長を変え、再生を記録媒体の感度のない領域で行おうというもの(広帯域光源を用いたホログラムの非破壊再生法)である。以下では、これらの二つの研究成果について概要を述べる。

1.Ru,Fe:LiNbO3結晶における 不揮発性ホログラム記録

再生時にも消えない不揮発性ホログラムの記録は、2色書き込み法によって実現することができる。2色書き込み法とは、信号光、参照光の他に、ゲート光と呼ばれる第3の光を用いて記録媒体の吸収を誘起し、その誘起された吸収を用いて電荷の再分布を行うというものである。本研究ではこの方法が利用可能な高感度・高性能な不揮発性ホログラム記録材料の開発を目標に、材料開発を行った。特にRuイオンの高感度ドーパントとしての性能を期待し、RuとFeを添加したLiNbO3結晶(Ru,Fe: LiNbO3結晶)において光学特性ならびに不揮発記録特性の評価を行った。以下に本研究において明らかになったことを簡潔にまとめる。

(a) Ru,Fe: LiNbO3における結晶の初期状態と光誘起吸収の起源

Fe添加量の異なるいくつかの結晶において吸収測定、光起電力電流測定を行った。その結果、Ru,Fe:LiNbO3結晶では、Ruが深い準位、Feが浅い準位を形成し、Feは酸化されほぼFe3+の状態で存在することがわかった。この結晶に青色領域の光を照射すると、700nm以下の可視光領域に室温で安定な吸収が誘起される。この吸収は少なくともふたつ以上の起源からなり、RuからFeへと電子が移動することによって生じる吸収変化の他に、RuのThree-valence stateモデルに起因すると思われる別の吸収の寄与があることがわかった。またFeを高濃度(Fe2O3:0.15 wt.%)添加した結晶では、従来の2準位モデルでは説明できない光誘起吸収の光強度依存性も観測された。これは浅い準位を形成するFeが高濃度に添加されていることでFe-Fe間およびFe-Ru間の原子間距離が短くなって電子のトンネリング(イオン間の直接遷移)が起こり、室温においてもFe準位に励起された電子がRuへと緩和するようになったことが原因と考えられる。実際、Fe2+に由来する光誘起吸収の緩和プロファイルは拡張指数関数(stretched exponential function)でよく表すことができ、これは伝導帯を介さないイオン間の直接遷移による緩和モデルにおける理論的な予測と一致する。

(b) ホログラム記録特性と不揮発性ホログラムの記録メカニズム

Ru添加のLiNbO3結晶は、従来の不揮発記録材料と比べ定着時のホログラム消去率が小さく、効率的に不揮発性ホログラムを記録できるという利点をもつ(図1)。特にFe2O3を0.15 wt.%、RuO2を0.18 wt.% 添加したRu,Fe:LiNbO3結晶では、記録波長633nm、ゲート波長458nmにおいて記録感度 0.12cm/J、ダイナミックレンジ(M/#)0.53@0.5mm、ゲート効率 200、定着率 0.94という従来にない優れたホログラム記録特性を得ることができた。

ホログラム記録特性と光誘起吸収の相関関係を見ることで、この結晶の不揮発性ホログラムの記録過程には、FeとRuの2準位モデルが強く関与していることがわかった。また先に述べたイオン間の直接遷移によって従来の2準位モデルでは説明できないホログラム記録特性の絶対光強度依存性が生じることも明らかとなった。従来の2準位モデルでは一般的に添加量を増やせば光誘起吸収が増加して記録特性は改善すると考えられてきたが、実際はイオンを高濃度に添加すると室温での緩和が顕著となって、逆に光誘起吸収が起こりにくくなることがわかった。このような知見は本研究において初めて明らかになったことであり、Ru,Fe:LiNbO3結晶以外の一般的なダブルドープ結晶においても添加イオン濃度の最適化などを行う際には非常に重要な知見となる。

2.広帯域光源を用いたホログラムの非破壊再生法

体積ホログラムを記録媒体に感度のない記録時とは異なる長波長の光で非破壊的に再生する方法として、広帯域光源を用いたホログラム再生法を提案した。特に多色光によるホログラム再生理論の構築を行い、本手法をホログラフィックメモリーに適用した場合にどのような影響がでるかを考察し、以下のことを明らかにした。

(a) 再生に必要な光源のスペクトル幅と再生像の形状

本手法によって得られる再生画像は、広い波長幅をもつ読み出し光をスペクトル分解した形で像が形成されていて、一枚の再生画像の中でもその結像位置によって再生波長が異なっている(図2)。一般的に、入力画像の大きさが大きくなればなるほど、また記録時のフーリエ変換レンズの焦点距離が短くなればなるほど画像再生に必要なスペクトル幅は大きくなる。また読み出し光ベクトルが信号光中心ベクトルと参照光ベクトルが作る面内に存在する場合に最も必要なスペクトル幅が狭くなり再生像の歪も小さくなる。さらに記録と再生の波長比に応じて再生に必要なスペクトル幅を最小にする最適な入射角度が存在する。

(b) 回折効率

本手法では光源のスペクトル全幅に対して、あるグレーティングによって回折されるために使われるスペクトル幅が狭いことに起因しピクセルあたりの信号回折光強度が低下するといったデメリットがある。

(c) 多重記録方式

本手法に最も適した多重記録方式は、多重時に結晶を回転させながら記録を行っていく結晶回転角度多重記録方式である。またこれとPeristrophic multiplexingを組み合わせ更なる記録密度の増大も可能である。しかし参照光角度を変化させて多重記録を行っていく通常の角度多重記録や波長多重記録は、原理的に不可能なわけではないが本手法にはあまり適さない。これは、再生時の回折方向がページごとに異なるため、プローブ光の入射角度を変えながら、かつ画像取得のためのイメージング光学系も移動しなければならず、システムが複雑になるためである。

(d) ページ内・ページ間クロストークノイズ

本手法では読み出し光の広いスペクトル幅に起因して、ページ内クロストークノイズの大きさがグレーティングベクトルに平行な方向のホログラムの厚さには依存しない。またページ間クロストークノイズの大きさは、入力画像の大きさや読み出し光のスペクトル幅に起因して大きくなり、多重記録に必要な結晶の回転角は通常の単色光再生の場合と比べ劇的に増加し記録密度限界は二桁程度低下する。

(e) 記録容量の改善方法(選択的検出手法)

信号回折光とクロストークノイズ回折光の回折波長の違いを利用することで、上記の多重記録性能の低下を改善することができる。これは通常であれば光強度のみしか検出できないイメージング光学系に、適切な分光機能を付加し、ノイズ回折光に埋もれている信号光画像を波長によって分離して選択的に取得することで行う。この時の改善の割合は付加した波長選択素子の分光性能に依存し、その波長選択性が高ければ高いほど、記録容量の改善率は増加させることができる。この手法を用いることにより、原理的には単色光再生の場合と同程度まで記録密度限界を回復することができる。ただしこの場合、同時に回折効率も減少してしまうため、実際には回折効率を減少させない範囲内で波長選択素子の分光性能を決定するのがよい。

以上述べてきたように本研究では、記録材料とシステムの両面からフォトリフラクティブ結晶における再生劣化問題の解決を試みた。本研究における成果は大きくわけて次の2点である。ひとつは、2色書き込み用記録材料としてRu,Fe:LiNbO3結晶が高性能なホログラム記録材料となりうることを示し、イオン間の直接遷移という従来モデルでは取り入れられてこなかった新しい現象の知見を得たこと。もう一つは、広帯域光源を用いた体積ホログラムの非破壊再生法を提案・実証し、ホログラム再生理論を構築して実際のホログラフィックメモリシーステムで利用した場合の有効性を理論的に示したことである。特にシステムの側から破壊再生を回避する広帯域光源を用いたホログラム再生法は、記録媒体の種類を選ばずに非破壊再生を実現することができるという点で大きなメリットを有している。例えば今日フォトリフラクティブ結晶におけるホログラム記録媒体といえばほぼLiNbO3結晶に限られてきたが、将来的により高感度でかつメモリー性を有するような新たな母材が開発されれば、その母材を記録媒体として用いてより高速なメモリーシステムを構築することも容易である。今後、選択的検出手法において使用する波長選択フィルターに、より高い波長選択性を有するボリュームホログラフィック回折光学素子などを用いれば、高い記録密度と非破壊再生とを両立したリライタブルホログラフィックメモリーシステムが実現できると期待できる。

図1. 2色書き込み時の回折効率の時間プロファイル(実線). 点線はゲート光を用いない場合の回折効率の様子を示している。記録光のトータルの光強度、ゲート光の光強度はそれぞれ18 W/cm2, 5.4 W/cm2.

図2. 再生像のシミュレーション.(a)入力画像,(b)再生画像.記録は波長532nmのシングルモードレーザーで記録を行い,再生には中心波長815nm, スペクトル全幅40nmの広帯域光源を用いたと仮定した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,次世代光メモリーとして期待されているホログラフィックメモリーに用いられる記録材料についての研究をまとめたものである。ホログラム材料としては,ライトワンス型材料であるフォトポリマーと並んで,書き換え可能なフォトリフラクティブ材料が以前から研究されている。ニオブ酸リチウムなどの強誘電性結晶では,長時間の記録保持が可能で,暗所に保存すれば年のオーダーで保持できるという報告がある。しかし,情報を読み出すと,読み出し光によって記録が少しずつ消えていくという再生劣化の問題があった。本論文の著者は,この課題の解決を目指し,二つの全く異なる不揮発記録法,材料自身を不揮発にする方法と読み出しを工夫した方法を研究し,それぞれに重要な成果を上げた。

第1章「序論」では,本論文の研究背景と目的,および,構成について述べられている。

第2章「ホログラフィックメモリー」では,現行の光ディスクメモリーを越える次世代光メモリーとして期待されているホログラフィックメモリーについて,システムの概略と,ホログラム記録の原理がまとめられている。ホログラフィックメモリーでは,記録の多重度が記録容量を決める重要な要素となるので,これについて詳細に述べられている。

第3章「フォトリフラクティブ効果」では,ホログラム記録材料であるフォトリフラクティブ材料について,概略がまとめられている。フォトリフラクティブ効果は,光励起された電荷が移動し,材料内部に電荷分布が生じることにより発現する。電荷を蓄えるトラップ準位はフォトリフラクティブ中心と呼ばれる。本章では,標準的な理論であるバンド輸送モデルに基づいた解析結果が述べられている。最後に,本論文のテーマである再生劣化に対する対処法について,過去の研究がまとめられている。

第4章「Ru,Fe:LiNbO3結晶における不揮発性ホログラム記録」は,再生劣化に対する第一の対処法である,二色書き込み法による不揮発記録に関する研究成果をまとめたものである。通常のフォトリフラクティブ材料では,情報の書き込みと保持は同一のフォトリフラクティブ中心を介して行われるが,二色書き込み法では,記録の保持に用いる深いトラップ準位と,書き込み時に暫定的に用いられる浅いトラップ準位を分けて,再生劣化の問題を回避する。これまで,FeとMnを二重ドープしたニオブ酸リチウムや,欠陥準位であるスモールポーラロンを用いた材料が知られていた。著者は,より高い性能を発揮する材料系を探索し,RuとFeを二重ドープしたニオブ酸リチウムで,従来のFe:Mn系を越える優れた性質を示すことを見出した。フォトリフラクティブ効果や光誘起吸収の実験結果を,2センターモデルに基づく理論に照らして解析し,不揮発記録のメカニズムを明らかにした。

第5章「広帯域光源を用いたホログラムの非破壊再生法」では,記録光に比べ長波長(低エネルギー)の光で再生することにより,記録の消去を避ける方法について述べられている。原理は簡単であるが,厚いホログラムでは,再生波長を変えるとブラッグ条件の制約により記録全体を同時に再生できないことが知られていた。著者は,読み出しの光源を広帯域化することにより,この欠点を克服できることを見つけた。ブラッグ回折について詳細に解析し,記録再生に必要な波長幅など設計指針を明らかにした。また,線形波長可変フィルターを用いることにより,多重記録密度を格段に上げられることを見つけ,実験により実証した。

第6章「研究の総括」は本論文のまとめに充てられている。

以上を要するに,本論文はホログラフィックメモリー用フォトリフラクティブ材料の不揮発記録について著者の創意工夫による重要な研究成果をまとめたものである。この成果は,フォトリフラクティブ材料とホログラフィックメモリーについて新しい知見を付け加えるものである。よって,本論文は物理工学に対し寄与するところ大であり,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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