学位論文要旨



No 217490
著者(漢字) 本田,和彦
著者(英字)
著者(カナ) ホンダ,カズヒコ
標題(和) 溶融Zn-11%Al-3%Mg-0.2%Siめっき鋼板の製造方法に関する冶金学的研究
標題(洋)
報告番号 217490
報告番号 乙17490
学位授与日 2011.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17490号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 教授 小関,敏彦
 東京大学 准教授 井上,純哉
内容要旨 要旨を表示する

溶融亜鉛めっき鋼板は優れた耐食性を示すことから,建材,家電分野等で幅広く使用されている.特に屋外など腐食環境の厳しい場所で使用されることの多い建材分野では,Alを添加し,耐食性を向上させた溶融Zn-5mass%Al合金めっき鋼板や溶融Zn-55mass%Al合金めっき鋼板が使用されている.Alの添加は耐食性向上に有効であるが,5mass%Al添加では耐食性向上効果が小さく,55mass%Al添加では,めっき浴の浴温が大幅に上昇するため既存の設備を使用した製造が難しい.そこで,優れた耐食性を持ち,既存の設備で製造可能なめっき鋼板の開発を目的として,Mgを多量に添加した溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼板の耐食性に与える添加元素の影響とその最適製造方法についての研究を行った.本論文は,このMgを多量に添加した溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼板の組織制御と特性および製造方法について熱力学的,冶金学的および腐食科学的に研究した結果をまとめたものである.

第1章は序論であり,Zn系合金めっき鋼板の開発の歴史,その耐食性とめっき層の相構造について述べた.その中で,耐食性に与えるMg添加の影響,合金めっき鋼板の相構造と性能の関係をまとめ,高耐食性めっき鋼板の必要性を明確にした.

第2章では,溶融亜鉛めっき浴へのMgの添加方法,耐食性に与えるAl,Mg,Siの添加効果ならびにめっき/鋼板界面におけるAl-Fe系金属間化合物の成長について検討を行った.

溶融亜鉛めっき浴中へMgを添加すると,浴表面がMgの酸化物で覆われるため,Mgを多量に添加した溶融亜鉛めっき鋼板の製造はこれまで行われてこなかった.本研究では,MgとAlを複合添加することによって溶融亜鉛系めっき浴表面でのMgの酸化を抑制できることを見出し,Mgを多量に添加した溶融亜鉛系めっき鋼板の製造条件を明確にした.

次に,Mgを添加した高耐食性めっき鋼板を実用化するにあたり,塩水噴霧試験を使用し,耐食性に与えるAl,Mg,Siの添加効果を調査した.その結果,Al含有率,Mg含有率共高いほどZn-Al-Mg系めっき鋼板の耐食性が向上した.また,このZn-Al-Mg系めっき鋼板に微量のSiを添加することで,めっきの耐食性は更に向上した.Znめっき鋼板へのAl,Mg,Siの添加は,腐食生成物を絶縁皮膜化するZnCl2・4Zn(OH)2の生成を促進し,Znめっきの腐食速度を小さくする効果がある.特にMgはその効果が著しく,Zn-Al-Mg系めっきの組成は,操業上可能な範囲でAl,Mg,Siの添加量を大きくすることが望ましいとの知見が得られた.

また,めっき/鋼板界面におけるAl-Fe系金属間化合物の成長を検討するために550℃のZn-10mass%Al-3mass%Mgめっき浴,これに0.2mass%Siを添加しためっき浴への鋼板浸漬試験を行い,Si無添加のめっき浴ではめっき/鋼板界面でAl-Fe系金属間化合物が急激に成長するが,0.2mass%Si添加めっき浴では界面でのAl-Fe系金属間化合物の成長が抑制されることを明らかにした.また,450℃のZn-11mass%Al-3mass%Mg-0.2mass%Siめっき浴に浸漬した鋼板のめっき/鋼板界面には,Si,Znを固溶したFe2Al5相が20~30nmの微細な粒状晶出物として観察されることを示した.これらの結果から,Zn-10mass%Al-3mass%Mgめっき浴ではFeが液相へ溶解し,その後Fe2Al5相として晶出するため,めっき/鋼板界面に厚い合金層が成長するが,このめっき浴へSiを添加すると,浸漬直後のめっき/鋼板界面に微細な金属間化合物の均一な晶出が起こり,Feの溶解が抑制されるためFe2Al5相の晶出が減少し,合金層が成長しないことを明らかにした.

従って,Zn-Al-Mg系めっき浴へのSiの添加は,ZnCl2・4Zn(OH)2の生成を促進し,腐食生成物を安定化させると共に,めっき/鋼板界面でのAl-Fe系金属間化合物の成長を抑制する効果をもたらす.このため,Zn-Al-Mg系めっき浴中へのSi添加は,めっき浴へのAl添加量増加に繋がり,高Al添加による耐食性向上効果にも寄与すると考えられる.

第3章では,めっき鋼板の各種性能に影響を与える溶融Zn-Al-Mg系めっきの凝固過程理解を目的として,凝固組織観察と計算状態図手法を用いた凝固機構の検討を行った.

EPMA,及びX線回折により観察した溶融Zn-11mass%Al-3mass%Mg-0.2mass%Siめっきの凝固組織は,Zn/Al/MgZn2の三元共晶組織,初晶Al相組織,及びMgZn2相組織であり,平衡状態図から予想される凝固組織とは異なっていた.これは,MgZn2がラーベス相と呼ばれる安定な構造をとるため,冷却速度が大きい本試料の作製方法では,平衡状態中のL+MgZn2→Mg2Zn11+Alの包晶反応が抑制されたと考えられる.そこで,Thermo-CalcによりMg2Zn11相を除外した準安定状態図を求め,これから予測した最終凝固組織とめっき凝固組織を比較した結果,両者には良い相関が得られた.また,本試験の冷却速度においてはZn/Al/MgZn2三元共晶反応のみ起こることが明らかになった.これはC14型ラーベス構造であるMgZn2相の液相中での核生成速度が大きく,Zn/Al/MgZn2三元共晶反応が優先的に起こるためと考えられる.これらの解析結果より,溶融Zn-11mass%Al-3mass%Mgめっきの凝固は,デンドライト状のAl相が初晶として晶出した後,Al相とMgZn2相の共晶を経て,Zn/Al/MgZn2の三元共晶が晶出し終了することを明らかにした.

第4章では,溶融Zn-Al-Mg系めっきのめっき凝固組織を微細化する製造方法を確立することを目的として,Ti添加によるめっき凝固組織の微細化とその機構についての検討を行った.まず,溶融Zn-11mass%Al-3 mass%Mg-0.2mass%Siめっき浴中にTiを添加することによって,このめっき凝固組織は初晶Al相が微細化することを明らかにした.この微細化した初晶Al相中には,TiAl3相が観察され,このTiAl3相とその周りのAl相の結晶方位関係をEBSD法で測定した結果,何れの試料でもTiAl3相とAl相の間に{001}TiAl3//{001}Al且つ〈100〉TiAl3//〈001〉Al,{100}TiAl3//{001}Al且つ〈001〉TiAl3//〈001〉Al,{102}TiAl3//{110}Al且つ〈201〉TiAl3//〈110〉Al,{110}TiAl3//{110}Al且つ〈110〉TiAl3//〈110〉Al,の方位関係があることを確認した.

さらにTEMを用いて,初晶Al相中のTiAl3相とその周辺のAl相の結晶方位関係について,電子回折結果による詳細な解析を行った結果, TiAl3相とAl相の間には,EBSD法による解析結果と同様,[010]TiAl3//[010]Al,[001]TiAl3//[001]Al,[100]TiAl3//[100]Alの方位関係があることを確認した.従って,Al/TiAl3界面のAl相は,TiAl3相を核生成サイトとして不均一核生成し,エピタキシャルに成長したことが示された.以上の結果より,めっき浴にTiを添加するとAl相の核生成エネルギーが低下するため,初晶Al相の凝固組織が等軸・微細に晶出し,初晶Al相が微細化すると結論できた.

第5章では,上記これまで得られた結果を利用し,連続溶融亜鉛めっきラインを使用した実機通板試験を行い,実機製造技術を確立すると共に,作製したZn-11mass%Al-3mass%Mg-0.2mass%Siめっき鋼板の実用性能評価を行った.この連続溶融亜鉛めっきラインを使用した実機通板試験の結果,溶融Zn-11mass%Al-3mass%Mg-0.2mass%Siめっき鋼板の外観特性は,鋼板の板厚が厚く,めっき付着量が大きいときに,低下しやすいこと,この外観不良はAl相の柱状晶の成長が不均一であることに起因するため,めっき浴中にTiを添加し,初晶Al相組織を微細均一化することによって抑制可能であることを明らかにした.

また,この連続溶融亜鉛めっきラインで作製した溶融Zn-11mass%Al-3mass%Mg-0.2mass%Siめっき鋼板の耐食性を評価した結果,平面部,加工部,端面のいずれにおいても良好な耐食性を示すことを確認した.同様に本めっき鋼板は,塗装密着性,塗装後耐食性の評価においても良好であることが確認され,更にスポット溶接性の評価においては,広い適正電流範囲を持ち,約1000打点の連続打点が可能であることが明らかにした.

以上の実機試験の結果,連続溶融亜鉛めっきラインにおいてZn-11mass%Al-3mass%Mg-0.2mass%Siめっき鋼板の製造が可能であること,及び,作製されためっき鋼板が実験室で作製しためっき鋼板と同等以上の良好な性能を示すことが確認され,本めっき鋼板の商業生産に繋がったことを述べた.

第6章は結論であり,本研究で得られた結果を総括した.

審査要旨 要旨を表示する

溶融亜鉛めっき鋼板は優れた耐食性から幅広く使用されている。屋外など環境の厳しい場所ではAl添加により耐食性を向上させた溶融亜鉛めっき鋼板も用いられるが、添加量が多いとめっき浴温が大幅上昇し、既存設備による製造が難しくなる。本論文は、既存設備により製造可能で優れた耐食性を示す、Mgを多量添加した溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼板の組織、耐食性に与える添加元素の影響、およびその最適製造方法について冶金学的に研究した結果をまとめたもので、6章よりなる。

第1章は序論であり、亜鉛系合金めっき鋼板開発の歴史とその耐食性、めっき層相構造について述べるとともに、耐食性に与えるMg添加の影響や合金めっき鋼板の相構造の関係をまとめ、高耐食性めっき鋼板の開発の必要性を述べている。

第2章では、溶融亜鉛めっき浴へのMg添加方法、耐食性に与えるAl、Mg、Siの添加の効果、めっき/鋼板界面におけるAl-Fe系金属間化合物の成長について検討した結果を述べている。

ここではまず、溶融亜鉛めっき浴中へのMgとAlの複合添加により浴表面でのMg酸化物生成を抑制する方法を見出し、Mgを多量添加した溶融亜鉛系めっき鋼板の製造条件を明らかにしている。次に、Mg添加した溶融亜鉛系めっき鋼板の耐食性に与えるAl、Mg、Siの効果を塩水噴霧試験により調査し、AlおよびMgの含有率が高いほど耐食性が向上すること、また、微量のSi添加により耐食性が更に向上することを示している。そして、Al、Mg、Siの添加はZnCl2・4Zn(OH)2生成を促進し、腐食生成物の絶縁皮膜化による腐食速度減少効果があることから、操業上可能な範囲でAl、Mg、Siの添加量を大きくすることが望ましいとの知見を得ている。

さらに、めっき/鋼板界面におけるAl-Fe系金属間化合物の成長を検討するために、550℃のZn-10mass%Al-3mass%Mgめっき浴およびこれに0.2mass%Siを添加しためっき浴への鋼板浸漬試験を行い、Si無添加めっき浴ではめっき/鋼板界面でAl-Fe系金属間化合物の急激な成長を生じ、0.2mass%Si添加めっき浴では界面でのAl-Fe系金属間化合物の成長が抑制されることを示している。また、450℃のZn-11mass%Al-3mass%Mg-0.2 mass%Siめっき浴に浸漬した鋼板のめっき/鋼板界面にはSi、Znを固溶したFe2Al5相の微細な粒状晶出が観察され、Feの溶解が抑制され合金層が成長しないことを明らかにしている。このため、Zn-Al-Mg系めっき浴中へのSi添加はめっき浴へのAl添加量増加をもたらし、耐食性向上効果にも寄与するとしている。

第3章では、凝固組織観察と計算状態図手法による溶融Zn-Al-Mg系めっきの凝固過程の検討結果を述べている。

EPMAおよびX線回折により解析した溶融Zn-11mass%Al-3mass%Mg-0.2mass%Siめっきの凝固組織は、初晶Al相組織、Zn/Al/MgZn2の三元共晶組織、MgZn2相組織であり、平衡状態図から予想される凝固組織とは異なる。これは、冷却速度が大きい場合にはL+MgZn2→Mg2Zn11+Alの包晶反応が抑制されるためと、考えられる。そこで、Mg2Zn11相を除外した準安定状態図から予測される最終凝固組織と観察しためっき凝固組織の間には良い相関が得られることを示している。また,本研究の冷却速度ではZn/Al/MgZn2三元共晶反応のみが生じることを明らかにしている。そして、これらの解析結果より、本めっきの凝固過程は、デンドライト状初晶Al相、Al相とMgZn2相の共晶を経て、Zn/Al/MgZn2の三元共晶の晶出で終了することを明らかにしている。

第4章では、Ti添加による溶融Zn-Al-Mg系めっき凝固組織微細化とその機構について検討した結果を述べている。

まず、溶融Zn-11 mass%Al-3 mass%Mg-0.2 mass%Siめっき浴へのTi添加により初晶Al相が微細化されることを明らかにし、この初晶Al相中にはTiAl3相が観察されること、EBSD測定結果によりTiAl3相とAl相の間に特定の結晶方位関係があること、を確認している。さらにTEMによる電子回折結果の詳細な解析により、TiAl3相とAl相の間には[010]TiAl3//[010]Al、[001]TiAl3//[001]Al、[100]TiAl3//[100]Alの結晶方位関係があることを確認し、Al相はTiAl3相を核生成サイトとして不均一核生成・エピタキシャル成長することを示している。以上の結果より、めっき浴へのTi添加によりめっき凝固組織を微細化できると結論している。

第5章では、これまで得られた知見を利用した連続溶融亜鉛めっきラインによる実機製造技術の確立と、これにより作製したZn-11mass%Al-3mass%Mg-0.2mass%Siめっき鋼板の実用性能評価結果について述べている。

めっき鋼板の外観特性は、鋼板板厚が厚く、めっき付着量が大きいときに低下しやすく、この外観不良は不均一なAl相の柱状晶成長に起因することから、めっき浴へのTi添加による初晶Al相の微細化によって抑制可能であることを明らかにしている。また、めっき鋼板の平面部、加工部、端面のいずれにおいても良好な耐食性を示し、塗装密着性、塗装後耐食性評価においても良好であること、さらにスポット溶接では広い適正電流範囲を持ち、約1000打点の連続打点が可能であることを明らかにしている。以上の実機試験の結果、連続溶融亜鉛めっきラインによりめっき鋼板製造が可能であり、作製されためっき鋼板は良好な性能を示すことが確認され、本めっき鋼板が商業生産に繋がったことを述べている。

第6章は結論であり、本研究で得られた結果を総括している。

以上要するに、本研究は既存の設備で製造可能で優れた耐食性を持つめっき鋼板としてMgを多量に添加した溶融Zn-Al-Mg系めっき鋼板の組織制御と特性および製造方法について冶金学的に明らかにしたもので、鉄鋼材料プロセス工学の発展に大きく貢献するものである。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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