学位論文要旨



No 217491
著者(漢字) 井川,智之
著者(英字)
著者(カナ) イガワ,トモユキ
標題(和) バイオ高機能分子の設計と合成
標題(洋)
報告番号 217491
報告番号 乙17491
学位授与日 2011.03.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17491号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 教授 浜窪,隆雄
 東京大学 教授 津本,浩平
 東京大学 准教授 上田,宏
 東京大学 講師 須磨岡,淳
内容要旨 要旨を表示する

天然に存在する機能タンパク質であるDNAを塩基配列特異的に分解する制限酵素や抗原に対する特異的認識能を有するモノクローナル抗体は、必ずしも我々が目的とする性質および機能を有してはいなかった。例えばDNAを塩基配列特異的に分解する制限酵素は、限られた4~8塩基配列しか認識できないため、いかなる配列・大さの基質DNAであっても任意の個所でのみ特異的にDNAを切断する理想的な制限酵素としての性質・機能を有しておらず、それを可能とする人工制限酵素が望まれていた。また、天然から取得されたモノクローナル抗体は必ずしもそれを医薬品として開発・臨床応用するうえで十分な性質や機能を有しておらず、必ずしも医薬品として最適な分子ではない。そのため、より優れた付加価値の高い医薬品を創製するために、より高機能を有するモノクローナル抗体を作製する技術が望まれていた。このように天然のバイオ機能分子では達成できないような性質・機能を付与するための設計と合成を本研究の課題とした。

第一部では、理想的な制限酵素としての機能を有する人工制限酵素の触媒部位に関する研究を行い、人工制限酵素の触媒部位としてCe(IV)-EDTA 系およびCe(IV)-EDTA-アミン系が有望であることを見出した。Ce(IV)-EDTA 系あるいはCe(IV)-EDTA-アミン系を目的の切断部位に相補鎖を用いて近接させることによって、天然の制限酵素では達成できない切断特異性を有する人工制限酵素を作製することができると考えられた。本研究によって見出された知見を活かし、巨大なDNAの任意の位置で選択的に切断することが可能なテーラーメードの人工制限酵素の創製が期待される。

第二部では、モノクローナル抗体にタンパク質工学的手法を用いることで、その最適化・高機能化を検討した。従来の手法で作製されたヒト化モノクローナル抗体に対して、人工的なアミノ酸置換を導入することによって、抗体の血漿中滞留性の向上させる方法、1つの抗原結合部位が複数個の抗原に対して繰り返し結合させる方法、低分子化抗体のフォールディングに伴う構造異性体の課題を解決する方法を見出した。第2世代のヒト化およびヒト抗体に対して、これらの新規な抗体最適化・高機能化技術を適用することで、より付加価値の高い第3世代の高機能性モノクローナル抗体の創製が可能になると考えられた。

このようなアプローチにより、天然のバイオ機能分子では達成できないような機能を付与することは多くのバイオテクノロジー分野に適用可能であり、今後のバイオテクノロジーの発展に重要な研究分野であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

天然に存在する機能タンパク質であるDNAを塩基配列特異的に分解する制限酵素や抗原に対する特異的認識能を有するモノクローナル抗体は、必ずしも我々が目的とする性質および機能を有してはいなかった。例えばDNAを塩基配列特異的に分解する制限酵素は、限られた4~8塩基配列しか認識できないため、いかなる配列・大さの基質DNAであっても任意の個所でのみ特異的にDNAを切断する理想的な制限酵素としての性質・機能を有しておらず、それを可能とする人工制限酵素が望まれていた。また、天然から取得されたモノクローナル抗体は必ずしもそれを医薬品として開発・臨床応用するうえで十分な性質や機能を有しておらず、必ずしも医薬品として最適な分子ではない。そのため、より優れた付加価値の高い医薬品を創製するために、より高機能を有するモノクローナル抗体を作製する技術が望まれていた。このように天然のバイオ機能分子では達成できないような性質・機能を付与するための設計と合成を本研究の課題としている。

第1章は、序論であり、上述に記したバイオ機能分子の研究背景をまとめており、本研究の位置づけを述べている。

第1部では、理想的な制限酵素としての機能を有する人工制限酵素の触媒部位に関する研究を行っている。

第2章では、DNA切断活性を有するCe(IV)ゲルの切断活性が、基質DNAの種類によってその反応が異なることを示しており、本研究のきっかけを示している。

第3章では、Ce(IV)均一系のDNA切断活性は、基質としてプラスミドDNAあるいはオリゴマーDNAを用いることで、大幅に上昇することを示しており、初めてCe(IV)-EDTAの均一系が高いオリゴマーDNA切断活性を示すことが確認され、人工制限酵素の触媒部位の設計に極めて重要な知見が得られている。

第4章では、このCe(IV)-EDTAのDNA切断活性の詳細を検討しており、Ce(IV)-EDTAの切断活性には基質DNAに3つ以上のリン酸ジエステル結合が必要であること、および、反応が加水分解により進むことを示している。

第5章では、Ce(IV)-EDTAのDNA切断活性をさらに高くするためにアミン類の添加を試みている。その中からスペルミンがCe(IV)-EDTA単独ではほとんど切断活性を示さないような条件下において切断活性を大幅に向上することが示された。Ce(IV)-EDTA-スペルミン系は極めて低濃度でDNA切断活性を示すことから、人工制限酵素の触媒部位として極めて有望であることを示している。

第6章では、Ce(IV)-EDTAの切断活性に対する基質DNAの末端リン酸の影響を検証している。基質DNAに末端リン酸を付加することでCe(IV)-EDTAと基質DNAのKmを10倍程度低下できることが示された。このことから、末端リン酸を用いることで目的部位にCe(IV)-EDTAを集めることが可能になることが示唆されており、今後の人工制限酵素の設計において重要な知見が得られている。

第7章では、第1部の総括が述べられており、本研究で見出されたCe(IV)-EDTA 系あるいはCe(IV)-EDTA-スペルミン系を用いることで、巨大なDNAの任意の位置で選択的に切断することが可能なテーラーメードの人工制限酵素の創製が期待される。

第2部では、モノクローナル抗体にタンパク質工学的手法を用いることで、その最適化・高機能化の検討を行っている。

第8章では、ヒト化モノクローナル抗体の薬物動態が抗体の等電点によって変化し、等電点が低い抗体のほうが血漿中滞留性が長いという、持続型の抗体を創製するための重要な知見が得られている。

第9章では、第8章で得られた知見を活かし、治療用の抗IL-6レセプター抗体の等電点をアミノ酸置換により人為的に低下させることによって、実際に抗体の血漿中滞留性を延長させることに成功している。

第10章では、抗体と抗原の反応にpH依存性を付与するという新規な方法を用いることで、1分子の抗体が複数回抗原に結合できることを動物実験で示している。これまでの抗体分子は抗体1分子が1回抗原に結合することしかできなかったが、本章で見出された技術を適用することで、1分子の抗体が複数回作用できることが可能となり、抗体医薬品の新しい改良技術として極めて重要な知見が得られている。

第11章では、TPOアゴニスト抗体である(scFv)2型の低分子抗体が2種類の構造異性体を有することを初めて示している。さらにこの2種類の構造異性体が相互に異性化反応すること、および、TPOアゴニスト活性が異なるという知見を得ており、医薬品として同分子を開発するための課題を示している。

第12章では、第11章で見出された課題を抗体工学的手法を用いて解決を試みている。VH/VL界面に静電的な相互作用および反発を導入することで、2種類の構造異性体を選択的に発現し、さらに異性化することなく安定的に保存できることが示された。

第13章では、第2部の総括が述べられており、第2世代のヒト化およびヒト抗体に対して、これらの新規な抗体最適化・高機能化技術を適用することで、より付加価値の高い第3世代の高機能性モノクローナル抗体の創製が期待される。

以上のように、本論文では、人工制限酵素および高機能抗体の設計と合成に関する研究により、天然のバイオ機能分子では達成できないような機能を付与できる可能性が示された。本論文で見出された手法は今後のバイオテクノロジーの発展に大きく寄与することが期待される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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