学位論文要旨



No 217495
著者(漢字) 上岡,麗子
著者(英字)
著者(カナ) ウエオカ,レイコ
標題(和) 海洋無脊椎動物由来の生物活性物質に関する研究
標題(洋) Studies on Biologically Active Metabolites from Marine Invertebrates
報告番号 217495
報告番号 乙17495
学位授与日 2011.04.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17495号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松永,茂樹
 東京大学 教授 渡部,終五
 東京大学 教授 浅川,修一
 東京大学 准教授 岡田,茂
 東京大学 准教授 作田,庄平
内容要旨 要旨を表示する

ガンの治療法のひとつに化学療法があり、無制限に増殖するガン細胞をターゲットとした治療薬が臨床的に使用されてきた。しかし、ガン細胞の耐性獲得や抗ガン剤の副作用など、化学療法剤には大きな問題点がある。したがって、既存の抗ガン剤とは異なる作用機序を示す新しい骨格を持った抗腫瘍性化合物が求められている。

本研究では、抗ガン剤の探索源として、頑丈な外骨格を有さないため化学物質によって外敵から身を守っているといわれるカイメンや、微生物を捕食して体内に微生物由来の二次代謝産物を濃縮しているといわれるクモヒトデを用いた。海洋無脊椎動物の抽出物には、ガン細胞に対して毒性を示すものが高頻度で含まれているということが知られており、すでにさまざまな生理活性物質が見つかっている。海洋由来で初めて抗ガン剤として認可をうけたecteinascidin-743は、群体ボヤEcteinascidia turbinataから単離された化合物で、現在、軟部組織肉腫の治療に抗ガン剤として用いられている。また、カイメンHalicondria okadaiから単離された化合物halicondrin Bの誘導体であるeribulin mesylateは、乳がんに対して第3相試験が行われており、好成績を挙げている。そこで、ガン細胞に対する細胞毒性を指標に精製を行ない、それぞれから異なる化合物群に属する化合物を単離し、化学構造を決定した。

1. 八丈島産カイメンPetrosia sp.由来の新規ポリアセチレンの単離、構造決定

カイメンPetrosia sp.を有機溶媒で抽出後、クロマトグラフィーにより精製し、4つの新規化合物neopetroformyne A-Dを単離した(Figure 1)。平面構造は、NMRおよびFAB-MS/MSデータの解析により決定した。

水酸基の絶対配置は、MTPAエステルに誘導し改良Mosher法により決定した。それぞれ、P388マウス白血病細胞に対して、IC50値0.089、0.2、0.45、0.45ug/mLで細胞毒性を示した。

2. 奄美大島産ウデフリクモヒトデ由来の新規ジラクトンの単離、構造決定

ウデフリクモヒトデを有機溶媒で抽出後、各種クロマトグラフィーによる精製を経て、2つの新規化合物ophiodilactone A, Bを単離した(Figure 2)。これらの化学構造は、NMR、MSおよびIRスペクトルの解析により決定した。相対配置はNOESYから、絶対配置はCDスペクトルの解析により決定した。それぞれP388マウス白血病細胞に対して、IC50値5.0、2.2 ug/mLで細胞毒性を示した。

3. 屋久新曽根産カイメンCeratopsion sp.由来の新規鎖状ペプチドの単離、構造決定

カイメンCeratopsion sp.をメタノールおよびクロロホルム/メタノール(1:1)で順次抽出後、各種溶媒系を用いた溶媒分画で得られた活性画分を、ODSフラッシュクロマトグラフィーやシリカゲルカラムクロマトグラフィーなどで分画した後に、ODS-HPLCに付して、新規細胞毒性化合物yaku'amide AとBを単離した。これらの化合物は、いずれも13残基のアミノ酸からなる鎖状ペプチドで、平面構造は、NMRスペクトルおよびマススペクトルデータを詳細に解析して決定した(Figure 3)。

Yaku'amide Aの絶対立体はMarfey法を用いて決定した。標品とのODS HPLCの保持時間を比較し、D-Ala、L-Valが1個、D-Valが2個、D-allo-Ileであるとわかった。OHVal、OHIle、CTAは、過去の文献をもとに片方のエナンチオマーの標品を合成し、L-FDAAとD-FDAAを反応させることでMarfey法を適用した。その結果、L-OHValが1個、D-OHValが1個、(2S,3R)-OHIle、2S-CTAであると決定した。

L型とD型のOHValとValの位置を決定するために、yaku'amide Aを部分酸加水分解に付した。すなわち、70% 酢酸中で110 °C、4日間加水分解し、ODS HPLCにより精製して15-17を得た(Figure 4)。これらの構造は、ESIMSから推定した。

15と16にMarfey法を適用し、OHVal2とVal1がどちらもD型であると決定した。さらに、Val2の絶対配置は、17をダンシル化した後、酸加水分解し、得られたダンシル化ValのキラルHPLCにおける保持時間を標品と比較した結果、L型であると決定した。よって、Val1、OHVal1、Val3の絶対配置も決定できた。

Yaku'amide AおよびBのP388マウス白血病細胞に対するIC50値はそれぞれ14 ng/mLおよび4.0 ng/mLで、いずれも強い細胞毒性を示した。

4. 奄美大島産カイメンEchinoclathria sp.由来のazaspiracid-2の単離、同定

カイメンEchinoclathria sp.を有機溶媒で抽出後、各種クロマトグラフィーで精製を行ない、二枚貝に含まれる毒性物質として知られるazaspiracid-2 (18) を0.1 mg単離し、1H NMRスペクトルを文献値と比較し同定した(Figure 5)。

Azaspiracid-2は、UV吸収が210 nm以上に無く含有量が微量であったため、単離が困難であったが、Phenylhexyl-phaseカラムとGS320カラムを用い、ESIMSによって検出することで、酢酸を用いることなく単離することに成功した。

Azaspiracid-2は、P388マウス白血病細胞に対するIC50値が0.72 ng/mLで強い毒性を示し、フローサイトメトリーによる分析から、細胞周期をS期で阻害することが分かった。

本研究では、3種のカイメンと1種のクモヒトデから、それぞれ種類の異なる化合物を単離、構造決定した。

Neopetroformynesは、Petrosia属カイメンにみられる長鎖ポリアセチレン化合物petroformyneの類縁体で、絶対立体も明らかにした。Ophiodilactonesは、シアノバクテリア等から単離されているフェニルアラニン由来のr-ラクトン化合物の類縁体であり、ophiodilactone Bの炭素骨格は新規である。Yaku'amidesは、多数のdehydroアミノ酸やr-hydroxyアミノ酸を含むユニークな化合物である。また、両末端の修飾基は、天然物としては初めての例である。Azaspiracid-2は、貝毒の原因物質であるが、カイメンから、主な細胞毒性物質として初めて単離された。このように、海産無脊椎動物は、新しい骨格をもつ細胞毒性物質を含む生理活性物質の有望な探索源であることを実証した。

Figure1.Structures of neopetroformyne A-D.

Figure2.Structures of ophiodilactones A and B.

Figure3.Structures of yaku'amide A and B.

Figure4.Structures of 15-17.

Figure5.Structures of azaspiracid-2(18).

審査要旨 要旨を表示する

申請者は、抗ガン剤の探索源として、頑丈な外骨格を有さないため化学物質によって外敵から身を守っているといわれるカイメンや、微生物を捕食して体内に微生物由来の二次代謝産物を濃縮しているといわれるクモヒトデを用いた。海洋無脊椎動物の抽出物には、ガン細胞に対して毒性を示すものが高頻度で含まれているということが知られており、すでにさまざまな生理活性物質が見つかっている。そこで、ガン細胞に対する細胞毒性を指標に精製を行ない、それぞれから異なる化合物群に属する化合物を単離し、化学構造を決定した。概要は以下の通りである。

1. 八丈島産カイメンPetrosia sp.由来の新規ポリアセチレンの単離、構造決定

カイメンPetrosia sp.を有機溶媒で抽出後、クロマトグラフィーにより精製し、4つの新規化合物neopetroformyne A-Dを単離した。平面構造は、NMRおよびFAB-MS/MSデータの解析により決定した。水酸基の絶対配置は、MTPAエステルに誘導し改良Mosher法により決定した。それぞれ、P388マウス白血病細胞に対して、IC50値0.089、0.2、0.45、0.45 μg/mLで細胞毒性を示した。

2. 奄美大島産ウデフリクモヒトデ由来の新規ジラクトンの単離、構造決定

ウデフリクモヒトデを有機溶媒で抽出後、各種クロマトグラフィーによる精製を経て、2つの新規化合物ophiodilactone A, Bを単離した。これらの化学構造は、NMR、MSおよびIRスペクトルの解析により決定した。相対配置はNOESYから、絶対配置はCDスペクトルの解析により決定した。それぞれP388マウス白血病細胞に対して、IC50値5.0、2.2 μg/mLで細胞毒性を示した。

3. 屋久新曽根産カイメンCeratopsion sp.由来の新規鎖状ペプチドの単離、構造決定

カイメンCeratopsion sp.をメタノールおよびクロロホルム/メタノール(1:1)で順次抽出後、各種溶媒系を用いた溶媒分画で得られた活性画分を、ODSフラッシュクロマトグラフィーやシリカゲルカラムクロマトグラフィーなどで分画した後に、ODS-HPLCに付して、新規細胞毒性化合物yaku'amide AとBを単離した。これらの化合物は、いずれも13残基のアミノ酸からなる鎖状ペプチドで、平面構造は、NMRスペクトルおよびマススペクトルデータを詳細に解析して決定した。Yaku'amide Aの絶対配置はMarfey法を用いて決定した。標品とのODS HPLCの保持時間を比較し、D-Ala、L-Valが1個、D-Valが2個、D-allo-Ileであるとわかった。OHVal、OHIle、CTAは、過去の文献をもとに片方のエナンチオマーの標品を合成し、L-FDAAとD-FDAAを反応させることでMarfey法を適用した。その結果、L-OHValが1個、D-OHValが1個、(2S,3R)-OHIle、2S-CTAであると決定した。L型とD型のOHValとValの位置を決定するために、yaku'amide Aを部分酸加水分解に付した。すなわち、70% 酢酸中で110 °C、4日間加水分解し、ODS HPLCにより精製してフラグメントペプチドを得た。これらのアミノ酸配列は、ESIMSから推定し、絶対配置は酸加水分解物のキラルHPLCから決定した。このようにして、全てのアミノ酸残基の絶対配置を決定できた。Yaku'amide AおよびBのP388マウス白血病細胞に対するIC50値はそれぞれ14 ng/mLおよび4.0 ng/mLで、いずれも強い細胞毒性を示した。

4. 奄美大島産カイメンEchinoclathria sp.由来のazaspiracid-2の単離、同定

カイメンEchinoclathria sp.を有機溶媒で抽出後、各種クロマトグラフィーで精製を行ない、二枚貝に含まれる毒性物質として知られるazaspiracid-2 (18) を0.1 mg単離し、1H NMRスペクトルを文献値と比較し同定した。Azaspiracid-2は、UV吸収が210 nm以上に無く含有量が微量であったため、単離が困難であったが、Phenylhexyl-phaseカラムとGS320カラムを用い、ESIMSによって検出することで、酢酸を用いることなく単離することに成功した。Azaspiracid-2は、P388マウス白血病細胞に対するIC50値が0.72 ng/mLで強い毒性を示し、フローサイトメトリーによる分析から、細胞周期をS期で阻害することが分かった。

以上、申請者は3種のカイメンと1種のクモヒトデから、それぞれ種類の異なる化合物を単離、構造決定した。Neopetroformynesは、Petrosia属カイメンにみられる長鎖ポリアセチレン化合物petroformyneの類縁体で、絶対配置も明らかにした。Ophiodilactonesは、シアノバクテリア等から単離されているフェニルアラニン由来のγ-ラクトン化合物の類縁体であり、ophiodilactone Bの炭素骨格は新規である。Yaku'amidesは、多数のdehydroアミノ酸やβ-hydroxyアミノ酸を含むユニークな化合物である。また、両末端の修飾基は、天然物としては初めての例である。Azaspiracid-2は、貝毒の原因物質であるが、カイメンから、主な細胞毒性物質として初めて単離された。このように、海産無脊椎動物は、新しい骨格をもつ細胞毒性物質を含む生理活性物質の有望な探索源であることを実証した。そこで、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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